戦闘携帯のラストリゾート
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ポケモンカードGX
真っ暗な部屋のディスプレイに映る風に揺れる草原。照りつける日差しが草をキラキラの輝かせているのがわかるほどの解像度。まるで自分がその真ん中に立ったような気分になっていると、サフィールの使うポケモンだろう6匹が表示された。
ジュカイン トロピウス
バシャーモ ルンパッパ
ラグラージ ソルロック
このルール、『フィフティ・フィフティ』ではお互いに公開した6匹の中から3匹を選んでバトルをする。相手のポケモンを見てどれだけ相性のいいポケモンを選べるかが勝負のカギを握る……というのは説明を受けた。それを踏まえてサフィールのポケモンを見てみる。
(……草タイプが多い)
半分が草タイプ。残りのポケモンは……炎、格闘、水、地面、岩、エスパー。草ポケモンが苦手とする虫、毒、炎、飛行、氷に対して有利になれるポケモンをそろえているように見えた。
「日本晴れからのソーラービーム狙い……それとも、タイプを偏らせておいて、弱点を突きに来た相手を狙い撃ちにする作戦?」
多分、作戦としてはこのどちらかだと思う。スズがもうサフィールについて調べ終わっていたらはっきりわかったかもしれないけど、会話に加わってこないということはまだなんだろう。つれていたサーナイトがいないのも少し気になる。
「・・・・・・ともかく、今は自分の作戦を考えないとね」
わたしの出したポケモンは、この6匹。
グソクムシャ スターミー
ハッサム ルカリオ
クレッフィ ポリゴンZ
レイには部屋の周りを見張ってもらってるから、バトルはおやすみ。
草タイプに有利なポケモンを出しつつ、その対策に掛からないような組み合わせは・・・・・・
『お互いの使用ポケモンが決まりました』
わたしが選び終わるともうサフィールは済ませていたのか、すぐに勝負開始の自動音声が流れる。すると、草原のフィールドにわたしの選んだハッサムとサフィールが選んだだろうトロピウスが現れた。
「どう? 初めてのバトル形式だと思うけど、問題なさそうかな?」
部屋のスピーカーから、少し遠くから話しかけられているようにサフィールの声がする。・・・・・・普通のポケモンバトルと同じで、対戦相手の声は聞こえるようになってるみたい。
「心配いらない。さっきはみっともないところを見せちゃったけど・・・・・・バトルするからには、最初に思ってくれたような人として」
「ならよかった! だったらこっちも・・・・・・初心者相手に本気でやることを躊躇わなくていいからね!!!」
サフィールはこのリゾートでのバトルに慣れている。対戦で使うカードに入ったポケモンについても熟知しているはず。でも、こアウェイなのは百も承知。
『 10秒後、対戦を開始します』
9,8,7・・・・・・ カウントダウンが始まり、相手のトロピウスがハッサムを睨む。ハッサムはそれをボクサーのような身をかがめた姿勢で受け止めた。やる気十分だ。
「ハッサム、聞こえる?」
わたしが声をかけると、トロピウスから目線をそらさずにちらりと後ろを向いて背の羽を広げた。・・・・・・大丈夫みたい。
草・飛行のトロピウスと虫・鋼のハッサムの相性は互角。サフィールがどこまで読んだのかわからないけれど、いきなりバシャーモが出てきてすごく不利になるなんてことはなくて助かった。後は残りポケモンの読みと、バトルの内容次第。
カウントダウンが進む。3,2,1・・・・・・
「ハッサム、『高速移動』!」
「『エアスラッシュ』!」
トロピウスの大きな葉っぱが竜の翼のように唸りをあげて、大きな風を巻き起こす。それをハッサムは背中の小さな羽を激しく動かし、一気に後ろに下がってかわした。
「 ハッサム、『バトンタッチ』!」
わたしは手元にあるモンスターボールをタッチする。普段とボールの扱いも違うから少し違和感はあったけど、問題なくハッサムの姿が消え草原には少し不似合いな電子のポケモン、ポリゴンZが現れた。
「『バトンタッチ』で交代したポケモンはその能力の変化を受け継ぐ! この効果でポリゴンZの素早さは二倍になる!」
「『エアスラッシュ』!」
風の刃がボリゴンZを切り裂き、赤と青の体からバグのような黒いモヤが漏れる。・・・・・・でもこれは計算通り。
「一気に決める! 『冷凍ビーム』!」
わたしの手持ちポケモンの中で一番の特殊攻撃力から放つ弱点をつく一撃。速度の上がったそれは防ぐ猶予を与えずトロピウスの葉っぱを凍り付かせていく。
だけど──全身を封じる前にトロピウスが首の房についた果実を食べる。
「氷タイプの攻撃を半減させるヤチェの実・・・・・・」
「よし、『羽休め』」
葉っぱの翼を使えなくなったトロピウスがドシンと地面を響かせて着地し、体力を回復させる。
さらに、食べたはずの首の房にもう一つの果実が復活している。
これは羽休めじゃなくて特性『収穫』の効果だろう。草タイプのポケモンなら珍しくはない。
「だけど、耐えて回復するだけじゃ状況は変わらない! 『冷凍ビーム』!」
もう一発、ポリゴンZが氷の光線を放つ。今度こそ胴体まで凍り付いていくけど・・・・・・凍りながら前進してきてる!?
「危ない、いったん距離を取って!」
「『ドラゴンハンマー』!」
まだ自由になっているトロピウスの長い首がまるでアローラナッシーのしなる巨体のように振り回され、ポリゴンZを打ち抜いた。元から怪しい動きをするその体が、ぐわんぐわんと揺れる。
(ヤチェの実があるとはいえ、四倍弱点の一撃を耐えながら反撃してくるなんて)
サフィール、というよりこのリゾートのバトルで使われるポケモンはカードによって情報が入力されたレンタルポケモンらしい。
使える技も四つだけって言ってたし、正直ポケモンとして強いイメージはなかったんだけど・・・・・・やっぱり油断は禁物。
「お疲れトロピウス。次はルンパッパ!」
「ならわたしも、いくよグソクムシャ」
サフィールはさすがに凍り付いた体ではこれ以上の戦闘は厳しいと判断したのかあっさりポケモンを交代した。わたしもいったんポリゴンZを下げて残ったグソクムシャを出す。
相性は有利・・・・・・サフィールの6匹の中でグソクムシャがはっきりと不利なのはトロピウスとソルロック。その二体に負けないようにハッサムの高速移動をポリゴンZに引き継がせつつ冷凍ビームやシャドーボールで戦う作戦は、どうやらうまくいっているみたい。
とにかく、この対面ならわたしのやることは一つ。
「『であいがしら』!」
「『守る』!!」
グソクムシャの体から繰り出される猛突進を、ルンパッパは後ずさりながらも自分の頭で受け止めた。
「グソクムシャ、『シザークロス』で追撃!」
であいがしらによる先制ができるのは場に出た直後だけ。でも、まだ他にも弱点をつく技はある。この一撃で・・・・・・
「『やどりぎのタネ』」
まともに攻撃を受けながらもグソクムシャの鋭い爪に体力を奪うタネを仕込むルンパッパ。だけど体力にもう余裕はないはず、なら!
「『アクアジェット』で止めよ」
「させない、『守る』!」
水の逆噴射による突進を再び頭の葉っぱで受け止めながら後ろに下がるルンパッパ。そうしている間にも、やどりぎのタネが少しずつ体力を奪い、ルンパッパを回復させていく。
「さて・・・・・・頼むよ、今日のジョーカー!」
ジョーカー。そう呼んでサフィールが交代させたのは、密林の王様と呼ばれるポケモン、ジュカイン。これで三匹がはっきりした。
だけど、わたしの口から漏れたのは疑問だった。
「 全部草タイプ・・・・・・『日本晴れ』を使わないのね」
少しの間、サフィールは答えなかった。ジュカインはグソクムシャの攻撃を待ち構える体勢を取っている。
「トロピウスが『光合成』を使ってたし、最初に『日本晴れ』を使わないならてっきり後ろはラグラージやソルロックが控えてると思ってたから、少し意外だった。どうして──」
「・・・・・・このカード達は生憎覚えてなくてね。話しかけてる間にも『やどりぎのタネ』の効果は続いてるけど、与太話をしている余裕があるの?」
与太話。サフィールの言葉尻に浮かんだほんのわずかな苛立ち。それを受けてわたしの体が少し竦む。
確かに勝つことを考えれば一刻も早く攻めるべき場面。だけど、サフィールはバトルが始まってからこちらの行動に反応せずポケモンへの指示に徹していて。わたしが怪盗として向き合ってきたアローラの人やシャトレーヌとは違っていた。彼の声はさっきまで話していたときよりもずっと真剣で、必死で。
わたしを見ていない。だからついこの状況で言葉が出てしまった?
いや、今はバトルに集中しなきゃ。
「まさか、手持ちがわかって勝ちきれると思ってオレにハンデでも与えてるつもり・・・・・・?」
こうしてサフィールが返事をしているのは、今は攻め込むより『やどりぎのタネ』によるスリップダメージを与えた方が得だから。話したくて話してるんじゃない。そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。
だからわたしは、とっさに否定する。
「違う、ちょっと気になっただけ! それにやどりぎのタネへの対策はある! グソクムシャ、『吸血』!」
「『リーフブレード』!」
グソクムシャの伸びた爪とジュカインの腕から鋭い蔓がぶつかる。だけど虫と草ならこちらの方が有利。
「『吸血』で与えたダメージの半分の体力を回復する! これでやどりぎのダメージは回復できる! さあ、続けていくわ!」
「単調だね、『こらえる』!」
続く攻撃を、サフィールはそう断じて技を命じる。どんな攻撃でも体力をほんの少し残す技だ。だけど、体力がわずかなら・・・・・・
「『アクアジェット』で止め!」
「『リーフストーム』ッ!」
「えっ・・・・・・!?」
相手の先を取る水の逆噴射より先に、木の実を咀嚼したジュカインが両手からとがった葉っぱを巻き込む嵐を起こしてグソクムシャを吹き飛ばした。
グソクムシャは自分からボールに戻る。
「・・・・・・お願いハッサム」
「さっきのお返しに教えてあげるよ。『イバンの実』を使ったポケモンは体力が少なくなったとき、一度だけ先制攻撃ができる。そしてジュカインの特性『新緑』は体力が少ないとき草タイプの技の威力をあげる」
その説明は、なんだかわたしやシャトレーヌと違ってテキストを棒読みしているような、普段なら言わないことを言っているように聞こえた。
「・・・・・・なるほどね。カードのポケモンは四つしか技を使えないっていうからそういう技の組み合わせは苦手なのかと思った」
「『日本晴れ』のことなら、見当違いだよ。だって、そんな技使わなくても草タイプで統一するもっと重要な意味があるからね! 見せてあげるよ、カードならではの力を!」
満身創痍のジュカイン、『バレットパンチ』の一発を撃ち込めば倒れるその体に、緑色のエネルギーが募っていく。
「GXスキル起動、解放条件は草タイプの技一回以上・・・・・・【ジャングルヒールGX】!!」
ジュカインがメガ進化できるのは知ってる。Z技だって見慣れてる。でもこれはどちらとも違う。直感でそう思った。それにその技は・・・・・・
「それはカードゲームの方に書いてあった・・・・・・実際のバトルでは使えないはずじゃ?」
「原則的にはね。ただしGX技は指定されたタイプと数の技を使うことで、バトル中一度だけ起動することができる! 【ジャングルヒールGX】の効果は・・・・・・草タイプポケモンの体力をすべて回復させる!」
「体力の全回復・・・・・・『光合成』の強化版ってこと」
「違うね。ジュカインだけじゃなく、まだ瀕死になっていないトロピウスとルンパッパ、二体とも草タイプだからそっちも全回復する!」
「そんなっ!?」
めちゃくちゃな能力だ。普通ボールのポケモンを全回復させようと思ったら『三日月の舞』みたいな代わりに一体瀕死にさせなきゃいけないくらいのリスクがあるのに。でも現に、さっきまで満身創痍だったジュカインはすっかりダメージが抜けていた。
「さあ、これでさっきのんびりされた借りは返した・・・・・・ここからは、また本気だよ」
「わたしは、そんなつもりで話しかけたんじゃない・・・・・・でも、サフィールがそう思うなら」
バトルの途中で相手だけ最初の状態に戻すような能力。サフィールはこのために手持ちを草タイプで固めた。
それをわたしの中の知識だけで余計なことを聞いて、怒らせてしまったし追い詰められている。・・・・・・でも、ここで狼狽えたらサフィールに手を引かれた時と同じ。
バトルする前のサフィールと今のサフィールは別人みたいに態度が違うけど・・・・・・それでも、約束した。みっともないところは見せない。最初にイメージしてたクールな怪盗としてバトルするって。
「こんな状況くらい、切り開ける・・・・・・それが、わたしがここに来た理由だから」
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