戦闘携帯のラストリゾート
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フィフティ・フィフティ
サフィールが案内した建物の中に入る。正面には受付用のカウンターがあり、その周りにはショーケースにたくさんのカードが並んでいた。一枚だけで飾られているものもあれば、箱で売られているものもある。受付の奥にも番号をつけられた箱がたくさん置いてあった。
「いらっしゃいませ! こちら、『フィフティ・フィフティ』の対戦施設になります! ……あら、サフィール君」
受付のお姉さんがサフィールを見てそう言った。
「知り合い?」
「ほら、さっき休日は大体バトルリゾートに来てるって言ったよね。だから、結構店員さんには顔を覚えられててさ」
「そちらのお嬢さんはお友達? それとも……」
「ついさっきリゾートで会って、せっかくだからポケモンバトルをしようってなっただけです」
なんとなく先の言葉が読めたので、その前にぴしゃりと言い切る。大人はどうしてすぐそうやってからかおうとするんだろうか。
「失礼しました。こちらのご利用は初めてでしょうか?でしたら、私から説明をさせていただきますが」
「リゾートに来るのも初めてなので、お願いします」
砕けた態度になったのはほんのわずか、営業スマイルでお姉さんがわたしに聞く。
「ではまず、ポケモンバトルの基本的な説明から!対戦される方にはそれぞれお部屋に入っていただきます」
受付のお姉さんが手で示す先に見えるのはいくつもの小さな部屋。部屋ごとに番号が振られ、分厚いドアで仕切られたそこはどこか見覚えがあった。
「……カラオケみたい。ずいぶん狭そうだけどバトルできるの?」
部屋の中は、ポケモンバトルはおろか人が複数入るのも難しそうに見える。試着室とそう変わらない大きさじゃないだろうか。
わたしの疑問に、サフィールが口を挟む。
「えっーと、部屋の中でバトルするわけじゃないんだよね」
「どういうこと?」
「ポケモンは、ここから離れた別のフィールドで戦うんだ。で、僕らはあの部屋の中から遠隔で指示が出せるようになってる」
……言ってる意味はわかるけど、いまいちピンとこない。
「あちらの画面をご覧ください。実際には始めてもらえばすぐわかるかと思いますが……やっぱり、イメージが湧かないとやりにくいですよね」
受付横のディスプレイに、広い草原で戦うゲンガーとサイドンが映っている。自然そのものの光景で、トレーナーの姿は見えない。
ただ、ゆらゆらと体を揺らす自然体から突然『シャドーボール』を撃つゲンガーの挙動が、すぐには反応せず、突然弾かれたように『ロックブラスト』で応戦するサイドンの反応が。自分から動いているのではなく、誰かの指示を受けてから動いているように感じられた。
「バトルリゾートには、周辺にたくさんの小島があります。バトルするポケモンはそこに送られ、その映像はあの部屋の中でフルスクリーンで映るのでまるでお客様も一緒に戦っているような臨場感を味わえるのです!」
あの部屋に入っている人が、遠くのポケモンに指示を出してる……ちょっと不思議な感じだけど、スズだってアローラにいながらわたしにアドバイスしてくれてるし、それと似たようなものかな。
「……わかりました。それで、『フィフティ・フィフティ』って言ってましたけど、どういうルールなんですか?」
「はい! まず対戦する人同士で、手持ち六体を公開していただき、それを見てあらかじめ出すポケモンを三匹決める、というルールです! バトル自体は普通のシングルバトルなので、初めての方でも遊びやすいかと思われます」
「だけど、最初の三匹決めるところでおおよその有利不利は決まっちゃうからさ。わかりやすいけど、奥が深いルールなんだ」
なるほど。ポケモンバトルは相性が大事だから確かに簡単ではないんだろうけど、でもシンプルなのはありがたい。
「あと、バトルリゾートに来るのが初めてでしたら何よりもカードがいりますよね! お持ちでしょうか?」
ショーケースに入ったカードたちのことだろう。どれもポケモンのイラストが描かれていて、その下には使える技やその説明が載っていた。
「まさか、あれでバトルするの?」
アローラにだってカードゲームはあるけど、実際にポケモンが出てくるわけじゃない。大体さっき見せてもらった映像では紛れもなく本物のポケモンが出てきていて……立体映像?
まったく見当がついていないわたしに、お姉さんが一枚のカードを取り出して説明をしてくれる。ジュカインのイラストと使える技らしいものが書いてある。
「ええ、カードにはそれぞれポケモンの情報が登録されていまして……あのカードを部屋の中でスキャンすることで、そのポケモンがフィールドに向かうようになっているんですよ」
「使える技が『おんそくぎり』『リーフサイクロン』『ジャングルヒールGX』……?」
聞いたことのない技ばかりだ。地方によって技の種類も違ったりするのかな。でも昨日バトルしたチュニンさんはそんな素振りなかったし。
「ああ、すみません。それはカードゲームとしての技でして……これで見えますか?」
お姉さんがカードを傾ける。すると、イラストの下に書かれている技が変わった。……こういう玩具、昔シールで見たことあるかも。
新しく見えるようになった部分に書かれているのは『リーフブレード』『やどりぎのタネ』『ドラゴンクロー』『つるぎのまい』。うん、全部知ってる技。
「カードに書かれてるポケモンは、これらの技を使うことが出来ます。原則としては、この四つの技しか使用できません」
「ポケモンをレンタルするためのカードってことだね。ホウエンだとここでしかバトルできないからさ。普段からポケモンを連れてる人なんてそんなにいなくて。大体の人は、カードを買ったり借りたりしてポケモンバトルしてるんだよ。それだけじゃなくてね──」
サフィールが説明に割って入る。普通にカードゲームとして遊ぶこともできて、帰った後もポケモンバトル気分を味わえる優れもの。ホウエンでは20年近く前から大人気のカードゲームなんだ! と……熱い口調で語ってくれた。
でもそうか。アローラと違って誰でもポケモンバトルができるっていうからみんながポケモンを連れているものとイメージしていたけど、リゾートに来ないとバトルができないなら。やっぱり普段はポケモンバトルとは関係ない日々、関係ない形でポケモンと過ごしていて。バトルするときは専用のポケモンを借りるっていうのは自然なことだよね。
町中でバトルしてる人も、良く思い出してみればマリルとかハスボーとか、あまりバトル向きじゃないポケモンがほとんどだった気がする。
「自分のポケモンがいる場合はどうすればいいですか?」
「その場合は、モンスターボールをスキャンする装置に置いていただければフィールドに転送されますよ」
「サフィールは、どうしてるの?」
「オレはほとんどカードでやってるよ。たまにサーナイトに出てもらうけどまあ、彼女はお目付け役みたいなものだからね」
ちょっと考える。わたしも一回カードというのを試してみるべきか。いつも通りバトルするか。
「初めてだし、自分のポケモンでバトルします」
今は名乗れないけど、アローラの怪盗として来てるんだし。手の内全てをさらすつもりはないけど、慣れないバトルをしてこれ以上カッコ悪いところを見せるわけにもいかない……よね。
「かしこまりました!ではサフィール君は3番、お嬢さんは7番の部屋にお入りください!」
数字の書かれた板を渡され、サフィールと一緒にたくさん部屋がある場所に歩いていく。番号が若いサフィールが3番の部屋の前に自分のプレートを入れ、ドアを開けた。
明かりのついてない小さな部屋の中に、大型のディスプレイと映画館にあるような椅子。椅子の脇にはモンスターボールを入れるくぼみと、券売機のようなものがあった。多分あそこにカードを入れるんだろう。
「部屋はこんな感じ。じゃ後々本気で戦うことになるだろうけど……今日は、楽しいバトルをしよう」
「うん、助けてくれてありがとう」
そう言葉を交わして、わたしも自分の用意された部屋に入る・サフィールの言葉通り、さっき見たのとまったく同じ部屋。ディスプレイの前に置かれた椅子に腰かける。……柔らかい。
ボールに6匹を置くんだけど……その前に。ツンデツンデをボールから出す。
小さなブロックの集合体が一つのポケモンになっているこの子は、いつもは煙突みたいな姿で出てくるんだけど。今は部屋の中が狭いからか、ドアにへばりつく壁みたいな姿で出てきてくれた。
「レイは、このバトルは出ないでほしいの。とても珍しいポケモンだからわたしのことがバレちゃうかもしれないし……あまり手の内を出し過ぎないようにってスズにも言われてるしね。代わりに、さっきみたいな変なことが起きないように、周りを見張っておいてくれる?」
○○○○○
○■■■○
○・■・○
○■■■○
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ブロックの一部が青く光ってOKサイン。
サフィールは護神の仕業じゃないかって言ってたし、それを疑うつもりはないけれど……島全体を守る存在なら、離れていても何かわたしに見せてくることもあるかもしれない。
『対戦を申し込まれました。カードか、ボールをスキャンしてください』
ディスプレイの電源が入り、画面に文字が映し出される。言われた通りにレイ以外の6つのボールを置くと、画面が切り替わった。
「……すごい」
芝生の丘に、遠くには水平線まで見える海。映っているのはあくまで画面でその場所に移動したわけじゃない。なのに芝生が風に揺れるのも、近くを飛ぶキャモメの鳴き声も、はっきりと感じ取れた。
サフィールの手持ち6匹とわたしの置いた6匹の情報が公開される。バトルに出すのはお互い三匹。それをあらかじめ決めるんだから、さっきの説明通りここでの有利不利が勝負を大きく左右するのは間違いない。
「ちょっと変わったバトルだけど、これなら指示はいつも通りできそう……勝つよ、みんな」
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