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曇天に哭く修羅

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第一部
  静寂(しじま)が沸き立つ

 
前書き
紫闇の修業はこれで終了。 

 
翌日は朝から基本の型稽古。

それが終わると問題の組み手。

的場聖持(まとばせいじ)》のお陰で《立華紫闇(たちばなしあん)》には覇気が戻ってきている。

しかし相変わらず恐怖で体は動かないし、攻撃に目を閉じたり苦痛に反応を示す。

例の如く《黒鋼焔(くろがねほむら)》からは半殺し。

直ぐに【氣死快清】で回復。


「さあ起きなよ」


焔の呼び掛けに紫闇が拳を握る。


(自分の弱さを越えられないなら先は無い。成長することが出来ない)


彼はそう悟った。

諦めや嫌気。そういったものをねじ伏せて一歩を踏み出す為に上体を起こす。

立ち上がることをさせないよう自身の足は震えているが活を入れて立つ。


「まだまだぁ!!」


気合いで叫んだ紫闇。

焔は即、その顎へ拳を叩き込む。

当然のように粉砕。

痛覚が脳を刺激。

自然と涙を(こぼ)す。

弱音が紫闇を染めていく。

しかし聖持とのやり取りがフラッシュバックして逃避を押し留め踏ん張らせた。


『俺は俺のことを助けてくれた紫闇(おまえ)が駆け上がってヒーローになる姿が見たいんだよッ!!』


紫闇の思い描く夢と歩む人生は既に自分だけのものではなくなったのだ。


(諦めるわけにはいかない)


彼は咆哮を挙げて床を蹴る。

右腕を輝かせて打つ。

まだ未完成の【禍孔雀(かくじゃく)】だ。

しかし不発して失敗。

焔は反撃に回し蹴りを見舞う。

頭蓋に(ひび)が入った。

倒れた紫闇は記憶に有る顔と声が浮かぶ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


『何でこんな風に育ったのかしら』

『お前に期待などしない。兄を見習え』

『産まれなきゃ良かったのに』


紫闇を否定しかしなかった家族。


『実在するんだな。最低のゴミタイプが』

『能無しに魔術師は務まらん』

『無駄な努力は止めろ』


嘲笑い罵倒する学園の人間。

しかし諦めない。

もしもここで紫闇が折れてしまったら奴等が正しかったことになってしまう。

氣死快清で回復された紫闇は痙攣する体を躍動させ、再び禍孔雀に挑戦。

拳に【魔晄(まこう)】を集めて凝縮し、突くと同時に爆発をイメージするが、それは軽い音を立てて黄金の光は消えてしまう。


(仮に成功しても当たらないと意味が無い)


カウンターの中段突きで肋骨が軋みを上げ、紫闇の体が後方へ吹き飛んだ。

焔は彼を追って覆い被さる。


「受けるか返すか素早く決めなきゃ死ぬよ」


途切れない拳の雨に紫闇は魔晄防壁を【盾梟/たてさら】にして防ぎ出すも、どんどん衝撃が伝わって息苦しくなってきた。

完璧に防げない威力は流石だ。

うんざりして頭が痛い。

体も熱く、気持ち悪くなる。


(自分は輝けるのだと証明したい。認められる英雄になりたい。物語の主人公で在りたい。《朱衝義人(あこがれ)》と同じ舞台に立ちたい)


その願いは許されないのか。

立華紫闇はモブキャラや背景で在り続けなければならないのだろうか。

(いな)

そのようなことは認めない。

例え神の決めたことであろうとも。

自分は絶対に受け入れない。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


焔が降り注がせる拳の隙間を突いて紫闇の貫手が彼女の喉へ放たれる。

読まれていたのか回避された。

互いの腕が流れるように絡まり肘の関節が極まると焔は紫闇の上半身を抑え込む。

ガチガチに固められ何も出来ない紫闇は痛みに『止めてくれ』と言いそうになった。

しかし彼は口を閉じて飲み込む。


(馬鹿か俺は。自分を殺すんだ。精神的に自殺するしか成長は無い。だから言うのは───)

「折れるもんなら折ってみろッッ!」

「それで良い。やれば出来るじゃないか」


優しい声の直後。

紫闇の肘は関節と逆に折れる。


「ぐぎゃあああああああああああ───────ッッッッッ!!!!!?」


彼の血管は切れそうになった。

刻名館の生徒を倒した時と同じく、まるで時間が止まったような感覚に包まれる。

緩んだ拘束を抜け出して蹴った。

焔は難なく避けたが動揺の色。

驚いて立ち上がる。

追うように紫闇も立つ。

何故か焔は笑っていた。


(腕は折れたが戦える)


紫闇は氣死快清をかけてもらわずにそのまま戦闘続行することを決断。

何故かと言うと《江神春斗(こうがみはると)》ならば腕の一本くらいどうしたと言わんばかりの態度を取るだろうと思ったから。

大英雄《朱衝義人(あかつきよしと)》も手足を失ったまま戦ったという逸話が有る。

だから紫闇もそうならなければならない。


(聖持やエンドの居る領域へ行くというのなら俺はそんな風になるべきなんだ。もう後戻りするわけにはいかないんだよ)


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「来いッッ! 焔ぁッッ!!」


天才だろうと人間は狂わなければ英雄達が集う戦場に辿り着くことが出来ないだろう。

そもそも狂うほど彼等と同じことをしたからと言って肩を並べられるとは限らない。

だからこその超人であり英雄。

だから狂え。

狂ってしまえ。

紫闇が折れた右腕に魔晄を圧縮させて黄金に輝かせるがここまでは何時もと同じ。

見た目は変わらない。

しかし頭の中で何かが開く。

そう、以前に一発で【音隼(おとはや)】を修得した時と同じ感覚の『あれ』だ。


(来た来た来た来たぁッッ!!!)


焔が腕を振り被るのが見えた。

しかし何も恐怖は無い。

繰り出された焔の拳に対して紫闇は折れた右腕をしならせ鞭のように叩き付ける。

強烈な爆発と閃光。

金色(こんじき)の魔晄が粒子となって弾ける。

焔が勢いよく吹き飛ぶ。

壁に叩き付けられた彼女を見て紫闇は脳が激痛で焼き尽くされていく。


「イヒッ」


紫闇の口から勝手に笑いが出る。

汗が、涙が、鼻水が、(よだれ)が、尿が(こぼ)れた。


「あぁ……堪らないねぇ。今の紫闇は凄く良いよ。とっても素敵だ」


焔はのそりと立つ。

左手の指をバキリと鳴らす。

上げられた彼女の顔に有る両の(まなこ)は紫闇を見据えて離そうとしない。

絶大な熱量が心を(あぶ)る。

その瞳は黒から赤になっていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


焔が(わら)う。

顔に有るは恍惚(こうこつ)艶然(えんぜん)

その表情は紫闇が今までの人生で見た中で最も恐ろしく美しいものであった。


(構えろ。行くぞ)


覚悟を決めた紫闇に黒髪の鬼が近付く。


七門の零(ヴィフス=ヨグ)


二人が人と思えぬ声で吠える。


混沌の解放(ナル・シュタン)


熱くて痛い。

だが心地良い。


我は虚無の顔に名を刻む(ヴォルグン・ナル・ガシャンナ)


紫闇に流れ込む何かは彼の血を、骨を、臓腑を、精神(こころ)を真っ黒に染める。


求むは苦痛(イア・ネフテス)


焔の打撃は全てその身で受けた。

返礼に焔を打つ。

延々と続く応酬に両者の笑みは深まる。

まるで一つに繋がったかのよう。


報奨は恐怖なり(ルスタ・グン・ビライ)


(良いぞ。もっと痛みをくれ)


紫闇も焔に対し出来ることを考える。

腕を折り合ったり

鼻を潰し合ったり

耳を千切り合ったり

目を(えぐ)り合ったり


(そんなことをしよう)


これは楽しい。

紫闇はやっと焔の教えを理解する。


(闘争は楽しいな。痛くて恐くて(おぞ)ましくて苦しくて。とても楽しいや。だから焔。もっと()ろう。どちらかが何も出来なくなるまで)


気持ちよくて

ワクワクして

ゾクゾクする


刻む我が名は(ウルグルイ・ゼェム)


来い来い来い来い来い来い来い来い。

さぁ。もっと。来い。来てくれよ。

この気持ちが果てるまで。

どちらかが燃え尽きて灰となり、風に(さら)われ全てが()せてしまうまで。


闇を彷徨う者(トラペゾヘドロン)

 
 

 
後書き
次から【龍帝学園】メインに戻ります。

後半の詠唱は原作とちょっと変えました。

とは言っても大体同じですけど。 
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