曇天に哭く修羅
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第一部
狂気
前書き
_〆(。。)
「兄さん。治して」
《黒鋼焔/くろがねほむら》の指示で《永遠レイア》が《立華紫闇》に近付き手から緑色をした【魔晄】の光を放つ。
すると砕けた大腿骨がみるみる元に戻り、痛みも残らず消えてしまった。
(確かレイアさんは『喰牙』で右腕を折られた後に治してたな。同じ緑の光で)
紫闇はレイアの顔を見る。
「これは黒鋼流練氣術の技で【氣死快清/きしかいせい】という。この技を生み出したことで黒鋼一族は極限を超えた努力を可能とし、一族の狂気に拍車をかけた。何せ即死以下の負傷は直ぐに治るんだから」
紫闇は氣死快清の力に驚くが、それ以上にレイアの言う『極限を超えた努力』とは何を意味するのかを悟って全身の毛穴が開く。
脂汗が溢れる。
これは治療を目的とした優しい技などではなく、その逆のことをする為に考案・開発された恐るべきものであるに違いないと。
「生まれついて修羅や戦鬼のような気性の人間しか居ない好戦的な黒鋼一族が地獄の修業に耐えて乗り越える為に氣死快清が有るのか……」
紫闇から漏れた答えに焔が満足する。
「良い技だろう?
鼓膜が破れても、
顎が割れても、
肋骨が折れても、
鼻が陥没しても、
筋肉が裂けても、
手足が砕けても、
耳が千切れても、
顔面がめり込んでも、
眼球が抉れても、
金玉が潰れても、
神経が断たれても、
五感を失くしても、
全部治せるんだよ?
それも見てる間に。
となればどうなるか解るだろう?
黒鋼なら考えるまでも無い。
幾らでも無理や無茶や無謀が出来る。
そんなの最高じゃないか!
何せ世を闊歩する闘技者達が絶対にできない修業をこなせるんだからねぇ」
黒鋼の血族は皆このような狂気と力に対する渇望、強さへの欲求、そして飽く無き闘争への執着を持ち併せてしまっている。
それは変わらない。
どれだけ武の才が無くとも。
「焔さーん。紫闇がドン引きしてるぞ。まあ黒鋼の技を自分のものにするっていうことは焔が言ったような内容のことを正気で望めるような人間になるってことだから覚えておいて」
紫闇は思った。
このイカれた精神性が有るから黒鋼の人間は代々強く在れたのだろうと。
(俺にそれだけの狂気が有るか?)
正直今は解らない。
ただもう後には引けないのだ。
紫闇も引きたくないと思っている。
彼はその一念でここから三日を過ごす。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
三日後。
紫闇はシンデレラの話を思い出した。
魔女と出会い変身する。
彼女は魔法の力でお姫様になったのだ。
紫闇は自分もそんなお話のように変われるのだと少し前までは信じていた。
しかし世の中は甘くない。
彼は現実の中に居る。
今も体の隅から隅まで丹念に入念に念入りに破壊され尽くしている最中。
それを回復させてまた破壊される。
「控え目に言って地獄だし、まともじゃ居られないよね。黒鋼や僕等みたいな人間以外は。この環境を耐えられたら常人じゃない」
二人の組み手を眺めるレイアの前でちょっとした、しかし大きな問題が発生していた。
紫闇が攻撃に目を瞑る。
無条件にだ。
防御がままならない。
『イップス』や『パンチアイ』だろう。
しかし焔には知ったことではない。
彼に対して投げを使い、地面に叩き付ける。
すかさず寝技に入り、腕ひしぎ十字固めを極めて体重を乗せ、肘に負荷を掛けていく。
関節が喚き靭帯が鳴く。
恐怖で紫闇の口から懇願が飛び出す。
「やめてくれえぇぇぇぇぇ───ッッッ!!!」
その声に焔が動きを止めた。
彼女は直ぐに立って構える。
「続きだ」
紫闇は震える体を起こせない。
(逃げるのか?)
彼の脳内で自問が反響し谺する。
もう二度と逃げないと誓ったのに。
また繰り返してしまうのか。
しかし叱咤に心身が応えない。
「もう、嫌だ……」
紫闇は我慢できなかった。
この日はこれで終了となる。
「解るよ。でもこれを乗り越えられないのなら紫闇が憧れている大英雄《朱衝義人》の域まで辿り着くことは無い。紫闇は今まで負けて、逃げて、這いずり回ってきた。後は勝って上へ登るだけなんだ」
レイアは頑張れとは言わない。
もちろん強要もしない。
結局は本人次第なのだから。
後書き
_〆(。。)
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