| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

戦闘携帯のラストリゾート

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

怪盗乱麻と女城主の対面

【その突き当りを左へ。次の階段を上に、その踊り場で──】
「15秒待機、だよね」

 スズのナビゲートによって、わたしは初めて入るバトルシャトーを迷うことなく進み、階段の途中で一旦止まる。
 バトルシャトーの中は、置かれたポケモンの像も扉に描かれたシャトレーヌの絵も、今にも動き出しそうなくらいリアルで細かかった。照明もだいぶ穏やかな気がする。
 ポケモンバトルが行われる場所なのに傷一つついていないのは手入れを怠っていないことと、このリゾートの守り神のおかげなんだろう。

「レイ、進んでもいい?」

 レイの姿は今普段の煙突型でもなく飛んでくるときの絨毯型でもなく、体のほとんどはボールの中に戻ってほんの六つだけが出てきてる。
 わたしの四方に散らばって、人が近づいてきたら、あるいは進む先に人がいれば手元の二つが点滅して教えてくれる仕組み。一つ一つはほんの数センチの生き物であるツンデツンデだからこそできる芸当だ。
 青く光ってOKサインをしてくれるレイにうなづいて、わたしは階段を再び上る。
 もう侵入して15分くらい歩いただろうか。ようやく最上階までたどり着き、今まさにシャトレーヌの部屋の目の前だった。人に見られないよう注意しながら進むのは、結構気を遣う。

【この扉を開ければ、中にシャトレーヌがいるはずです。準備はいいですか?】
「……うん」

 そのままドアに触れようとすると、手元のレイが赤く光って×サイン。そのままわたしの指先にくっついた。どうしたんだろうとそちらに目をやってようやく、指が震えているのを意識する。

「ありがとう、レイ。怪盗がぜーはーいいながら入ってきたら、格好つかないもんね」

 青く光った相棒を指先で撫でて、その場でゆっくりと深呼吸。……うん、落ち着いた。
 改めて、丁寧にノックをする。今日の目的はあくまで予告状を渡すことと相手に話を聞くこと。何より人のプライベートルームに勝手に入るのは万死に値する。怪盗が何言ってんだと思われるかもしれないけど、盗むときは予告状を出しているのでノーカウントだ。

「あら……どなたかしら?」

 帰ってきたのは、猫がのどを鳴らすような落ち着いた女の人の声。この人がシャトレーヌなのだろう。

「わたしはアローラの『怪盗乱麻』。このリゾート地に招いてくれた貴女へ、直々に予告状を出しにきたわ」

 ちょっと声が上ずったかもしれないけど、気にしてられない。とにかくいつも通り、冷静に怪盗としてふるまうことだけ考える。

「まあ、噂は聞いてたけど……本当に、律儀な子なのね。ええ、ええ。入ってきてくださいな」

 扉に手をかけると、中身は自動ドアになっているのか力を入れていないのにゆっくりと開かれていった。

(この人が、シャトレーヌ……バトルリゾートの一番偉い人で、わたしを招いた人)

 部屋は広く。正面には仕事をするための机があり、その向こうに座っているのは眼帯をした女の人だった。漫画やアニメで見る眼帯のキャラクターって大体怖い人とかきつい印象のことが多いけど、それとは逆にルビー色の瞳がわたしを優しく見つめていた。年齢は少なくとも子供じゃない……けど、背中まで伸びているであろう綿菓子みたいにふわふわした茶髪と綺麗な目のせいで20歳ちょっとにも見えるし、実は40は超えているのかもとも思ってしまう、不思議な雰囲気をまとっている。
 
「まずはようこそ、バトルリゾートへ。アローラから遠路はるばる、一躍話題の怪盗が来てくれたこと、シャトレーヌとしてお礼を言わせていただきますね」
「……怪盗としてくることになるとは、わたしは思ってなかったけど」

 ちょっと皮肉っぽかったかもしれない。だけど向こうは眉をひそめることもせず、ゆっくりと頭を下げた。

「ごめんなさい。このことは、出来るだけリゾートだけの秘密にしておきたかったのです」
「それはスズから……アローラの管理者から聞いたわ。でも、どうしてわたしを?」
「うーん……笑わないかしら?」
「どんな理由であれ逃げだすつもりはないし、言いたくないなら結構よ」

 シャトレーヌは微笑んだままだけど、あまり気は進まない様子だった。なら遠慮しようかと思って言ったんだけど……

【大丈夫ですよ、シャトレーヌ。ほかの誰ならいざ知らずラディは気にしません】
「スズ、そんな勝手に」

 通話の設定をスピーカーに切り替えたであろうスズの声が部屋に響く。別に事情は人それぞれだから気にする方じゃないけど太鼓判を押されると妙なプレッシャーがかかるのでやめてほしい。

「実はね……私、スズからアローラで活躍を始めた女の子の怪盗の話を聞いたり、写真を見せてもらったりしてね。貴女のことが大好きになってしまったの」
「だ、大好き……!?」
「ええ、ええ!もしよかったら今からハグしても……いえ、握手だけでもしてくださらない?」

 椅子から立ち上がるシャトレーヌにわたしは思わずたじろいでしまう。初対面の人から大好きなんて言われたことなんてないし、まして大人相手になんて……!

【あなたは昔から女の子が好きでしたからねえ。他のシャトレーヌにもそうやって言い寄ったんですか?】

 鏡を見るまでもなく顔が真っ赤になっているわたしへスズが口を挟む。確かにシャトレーヌは全員女の人って聞いてたけど、まさかだよね?

「もちろん、あの子たちのことも大好きよ? ただ管理者として上に立つだけでなく、同じ姉妹の契りを交わした仲ですもの!」
「言い寄ったのは否定しないの!?」

 わたしは思い切り後退りしてシャトレーヌから離れた。このふわふわした態度はクチートの笑顔のような本性を欺くためのものなんじゃ……

【リアクションがずれてますよ。ちゃんと説明しないからラディがドン引きじゃないですか】
「あ、ごめんなさい……怖がらせてしまったわね……」

 わたしのリアクションを見てシャトレーヌさんは結構しょんぼりした様子で椅子に座りなおす。

「あの子たちのことはあくまでリゾートのポケモンバトルを任せるのに足る人たちだからだし……貴女のことも、まだ経験が少なくて年も若いのにあれだけバトルが出来て、しっかりとした振る舞いができる子なんだなって感動したの……別に取って食おうとかそういうつもりじゃなかったのよ? 不愉快だったわよね……」

 意気消沈、という言葉がぴったりなほどふわふわした髪がしぼんで背中が丸くなる。こうしてみると結構おばあちゃんっぽくも見える……なんて冷静さを取り戻したところで、わたしが怪盗らしくもなく取り乱したことを自覚した。
 と、とにかく話題を切り替えなきゃ。

「い、いいわそんなこと。それより……そう、シャトレーヌって四人いるのよね?その四人で管理者なの?」
【管理者は目の前にいる彼女一人ですよ。他の三人は彼女がポケモンバトルの実力と気概を認め、姉妹と認めた相手であり特にこのリゾートをどうこうする権限はありません。公にはシャトレーヌ四姉妹、ということになっていますが彼女はあくまで施設の運営者。時々他のシャトレーヌとのバトルを行う程度ですね】

 落ち込んでいるシャトレーヌに代わりスズが答える。

「なるほどね……で、結局『模犯怪盗』じゃなくてわたしが呼ばれた理由は?」
【スズはさっき女の子が好き、と言いましたがより正確な表現をするなら、彼女は大体の人間は好きですが少年に近づくのは苦手なんですよ。シャトレーヌが全員女性なのも、そうした理由です】
「あっちの怪盗もいい子だとは聞いているのだけど、できれば貴女にお願いしたかったの。でも嫌になってしまったかしら……」

 最後はシャトレーヌが言う。眼帯をつけていない方の目はわたしから反れていた。それはつまり、少年が苦手な理由は聞いてほしくないんだろう。最初も話したくはなさそうだったし。
 とりあえずわたしが呼ばれた理由はわかったから、後は予告状を渡そう。


「わたしの実力を認めてくれているのは理解したし素直に嬉しいわ。だから……この予告状、受け取ってくれるわよね?わたしは自分の力であなたたちが守る宝を盗み出す。一週間後……バトルの大会で優勝者に宝が渡される前に。あるいはわたし自身が優勝者として檀上にあがるかもしれないけど。八百長じゃない、真剣勝負こそ怪盗が盗みに来るのをみんなが見る意味があるはずだから」


 シャトレーヌの机に予告状をそっと置く。取り乱してしまったもののやっと言いたいことが言えた。後は受け取ってくれればミッションは終了だ。
 
「……わかりました。ただ、ただ。一つだけ、約束をしてくださらない?」
「何?」
「本気で盗むのが怪盗としての役割。それは貴女がとても大事にしていることはわかるのだけど……体を壊す、壊されるような危険なことはしないと約束してくれるかしら?」
「当然よ。どんな罠も敵も切り抜けてこそわたしは『怪盗乱麻』なんだから」

 ぱっと答えたわたしを、シャトレーヌは一瞬とても真剣に見つめているような気がした。が、すぐにぱっと明るい表情になって予告状を丁寧に受け取る。

【さて、無事交渉成立したところで帰りましょうか、ラディ?】
「その前に……はい。シャトレーヌさん」

 わたしは右手を差し出す。シャトレーヌはわずかにぽかんとしたが、右手を出してわたしの手を宝石に触るように丁寧に握ってくれた。冷たくて長い、だけど優しい手触りの大人の手だった。
 シャトレーヌは感極まったように潤んだ声で呟く。

「まあ、まあ!なんて冷静で、優しい怪盗さんなのかしら。ありがとう。こんな理不尽なお願いに答えてくれて。貴女が出会えて、本当に嬉しいわ」
「海外にいる人に実力を認めてもらえてたなんて知らなかったから……そのお礼よ」

 十秒くらいの間、ゆっくりと握手をしあう。せっかく実力を認めて呼んでくれたんだし、これくらいの気持ちを示すくらいは怪盗としての在り方に外れるわけじゃない……よね。
 
「それじゃあ今日は帰らせてもらうから。今から犯行への対策を考えておくことね」

 予告状を出し、話をつけた。これで心置きなく怪盗としてこのリゾートに向き合うことが出来る。

「はい、こうして予告状を受け取りましたから……今から城内へ忍び込んだあなたを捕まえても構わないわけよね?」
「えっ……!?」

 そう考えていたわたしにシャトレーヌは待ったをかけた。硬直したわたしに、スズがフォローを入れる。

【まあ理には適っていますが……このムードでシャトレーヌ自らラディをお縄につけると?】
「いえ、いえ。先ほど怪盗さんも話題に出してくれたけど、私には頼れる姉妹たちがいるのだもの。紹介も兼ねて、ついさっきこの部屋に来るよう連絡をしたのよ。せっかくこうして出会えたのですもの!『怪盗乱麻』の実力……私に見せてくださるわよね?」

 扉の外から人の足音が聞こえる。シャトレーヌの部屋は扉が一つあるだけで他に出入り口はない。窓を破って出られないこともないけど、それじゃあつまらないよね。

「……いいわ。なら見せてあげる。わたし達のポケモンバトルを!」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧