魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Epica57はやてとルシリオン
前書き
とりあえずラスボス戦とエピローグ的なものは執筆完了。
予約投稿を設定して、引退日の来年7月21日合わせて毎日1話ずつアップするように設定。
これで最終話を迎えずに未完で終了とはならないはず・・・です。
†††Sideはやて†††
ある理由で魔法戦を行うことが難しくなったルシル君。そやからシャルちゃんが部隊長を務める特務零課――特殊機動戦闘騎隊では事務方に就いてる。もう1つの内務調査部でも、可能な限り移動が多くならへん仕事を請けるようにしてる。
「おはよう、はやて。少し遅れたかな?」
「おはよう、ルシル君。全然や。きっちり10分前。私が早く来すぎただけやよ。アイリも、おはよう」
「ん。おはよう、はやて。じゃあルシル。アイリ、特騎隊たちと合流しないといけないからもう行くね~」
「ありがとう、アイリ」
「おおきにな!」
車椅子に乗って、私との待ち合わせ場所にやって来たのはルシル君、それに車椅子を押すアイリの2人。私たちが今おるんは本局やから、私もルシル君もアイリも局の制服姿や。
「さてと。今日のデート、はやてが行き先を決めてくれるという話だったけど・・・」
ルシル君からデートのお誘いを受けた私は、すぐにルシル君が抱えてる問題が根底にあるって察した。ルシル君に残された時間は、魔法戦を一切行わずにいて3年、局の仕事によっては半年、“エグリゴリ”との闘いになれば1週間もあらへんってこと。
ルシル君は前々から、いつ死ぬか判らないから、ってゆう理由で、わたしやシャルちゃんやトリシュのアプローチをのらりくらりと躱してきた。確かに“エグリゴリ”は強敵やし、ルシル君も命懸けで戦ってきてた。そやけど、私はどこかでルシル君は勝ち続けて、“エグリゴリ”を全員救えるって思うてた。
(それやのに、まさかエグリゴリの全滅が・・・ルシル君の死に繋がるなんて・・・)
勝っても負けてもルシル君は死ぬ。その事実をルシル君から語られた後、家に帰った私は部屋でたくさん泣いた。ルシル君の抱えてること、何ひとつとして察してあげられへんかった。死ぬと解かっていながらも戦い続けてたルシル君は、それがセインテストの宿命だから死ぬことは怖くない、って言うてた。そやけど勘違いかもしれへんけどルシル君の目は・・・。
「あ、うん。今日は・・・あ、着いてからのお楽しみってことで!」
「そうか。ああ、判った」
そうゆうわけで、私はルシル君の乗る車椅子を押して、最初の目的地である「スカラボ・・・?」に到着。小首を傾げるルシル君は「トランスポートか」ここを訪れた理由をすぐに察してくれた。
「うん。お、ちゃんと私服も持って来てくれたんやね」
車椅子を押すためのグリップに掛けられてるバッグの中にはルシル君の着替えが入ってる。ルシル君は「そういう約束だったからな」私に振り向いて微笑んでくれたから、「おおきにな♪」私も微笑み返した。
「あ、はやてちゃん、ルシル君。約束の時間通りだね。いらっしゃい」
スカラボに入るためにスライドドアの側のタッチパネルに触れようとしたら、ドアの方が先に開いてすずかちゃんが出迎えてくれた。
「今日はトランスポート使わせてもらっておおきにな、すずかちゃん」
「ううん、気にしないで。技術を使わずに埋もれさせるより、どんどん使った方がいいんだから。えっと、まずは着替えからだよね。ロッカーまでちょっと遠いから、はやてちゃんはトランスポート室で、ルシル君はここで着替えてもらおうかな」
そう言いながらすずかちゃんは入り口のドアをロックし直して誰も入れないようにした。わたしにトランスポート室を宛がったのは、ルシル君は自分で着替えるやろうから脱いだ服などを置く場所が近くに必要やからかな。
「ルシル君、着替え手伝おうか?」
「ありがとう、はやて。でも大丈夫だよ」
わたしから受け取ったバックを膝の上に置いたルシル君はジャケットを脱いで、シャツのボタンを外し始めた。その様子をまじまじ見てると、「はやて、すずか。男の着替えを見て楽しいか?」ってルシル君がニヤニヤ。
「「ご、ごめん!」」
ルシル君にからかわれてるって判ってたけど、私とすずかちゃんは慌てて隣のトランスポート室に入った。鼓動が早くなってる胸を両手で押さえ、「わ、私も着替えんとな」こほんと咳払い。
「う、うん。あ、昨日預かった服持ってくるね」
キャスター付きのハンガーラックを近くにまで持ってきてくれたすずかちゃんにお礼を言う。今日のために選んだのは、ボウタイブラウスにキュロットにストッキング、あとPコートとブーツとベレー帽や。
「脱いだ服は貸してね。責任を持って預かっておくから」
「おおきにな、すずかちゃん」
脱いだジャケット、タイトスカート、ブラウス、タイをすずかちゃんに預け、ハンガーラックから服を取って着てく。
「・・・はやてちゃん」
「ん? なに、すずかちゃん?」
「あ、えっと・・・頑張って!・・・って、そんなことしか言えないけど。私も、ルシル君をこのまま亡くしたくないって思う。エグリゴリを斃すためだけに生み出され続けるセインテストシリーズ。でも勝ったら勝ったで、今度は世界に影響を及ぼさないために自壊するなんて。こんなの惨すぎる・・・。だってそれじゃルシル君は・・・」
「死ぬために生まれてきた・・・」
生命である以上、人もいずれ死ぬ。寿命、病気、事故、事件。どんな理由であれ必ずや。私たちもいずれ死ぬ。そやけどそれは生きるために一生懸命生きて、その結果ってことや。ルシル君のは特別すぎる。自分の死を自分の手で起こす。しかもそれが他人に定められたものやって自覚しながら。
「私も、ルシル君がこのままでええとは思わへん。せめて幸せの中でルシル君を・・・。『ルシル君。着替え終わった?』」
ハンガーラックと一緒に用意してもらったスタンドミラーの前に立って、服装に乱れがないことを確認してから念話でそう尋ねると、『ああ、終わったよ』着替え終わったことを伝えてくれた。
『ん。じゃあ迎えに――』
『あーいいよ。こっちに来てまたそっちに戻るのも二度手間だろ。俺が行くよ』
ハンガーラックに残るトートバッグを肩に掛けたところで、応接室とトランスポート室を隔てるスライドドアが開いて、ハンドリムを回して車椅子を進めるルシル君が入って来た。ロング丈のTシャツにニット、ウールチェスターコート、スキニーパンツ、スニーカーってゆうコーデや。
「すずか。応接室に俺の制服を残してきたんだが・・・」
「うん。ちゃんとお預かりします♪ だから安心してね」
「じゃあすずかちゃん。転送よろしく」
「うんっ、任せて!」
車椅子の後ろに回ってグリップを握って、ルシル君と一緒にトランスポートに入ると、すずかちゃんがキーボードモニターを展開してキーを打ち始める。その間に私は靴を脱いで、左手の人差し指と中指に引っ掛けて持つ。これから向かう場所は土足厳禁やからね。ルシル君の靴ははまぁ車椅子のフットサポートに乗ってるし、ええかな。
「よし。はやてちゃん、ルシル君。いってらっしゃい♪」
「「いってきます!」」
すずかちゃんが最後のキーを打つと同時、転送が始まった。そうして私たちは、私の決めたデートスポットの「ただいま、海鳴市!」に到着した。とは言うても、ここは「ハラオウン家・・・?」ルシル君の言うとおりの場所やけどな。
「おお! はやて、ルシル、いっらっしゃ~い!」
「こんにちは~、アルフ!」
「久しぶりだな、アルフ」
私たちを出迎えてくれたんは狼の耳と尻尾を生やした女の子、アルフ。フェイトちゃんの使い魔で、今はクロノ君とエイミィさんのお子さんであるカレルとリエラの面倒を看てる。お子さん達が小さな頃は、背格好も合わせて小さかったけど、今は私くらいの大きさに姿を戻してる。
「おう! フェイトやアリシア達から聞いてたけど・・・マジで車椅子なんだなルシル。ルシルって言えばさ、チーム海鳴の最強だったわけじゃん? だから割かしショックを受けてるあたしがいる・・・」
「すまないな。しばらくはこんな情けない俺のままでいさせてもらうよ」
「ご、ごめんルシル! あたし、馬鹿なこと言った! ごめん!」
「気にしない、気にしない。ところでアルフ。子供たちは居ないのか?」
しょんぼりしてるアルフの頭を撫でるルシル君がそう聞くと、アルフは「今日は友達んち行ってる。だから今はちょっと暇してんだ!」ニッと笑顔になった。
「そっか~。今日はお世話になるから挨拶をって思うてたんやけど」
帰りもこちらのトランスポートを使う予定やからな。でも居らんのやったらしょうがない。とゆうわけで、「じゃあアルフ。また夜にお世話になるな」ハラオウン邸から発つことにした。シャルちゃんやトリシュのデートの時、ルシル君は泊まりやったけど、私とのデートは日帰りや。
「そうか? じゃあそこまで見送るよ」
アルフを先頭に玄関まで来た私とルシル君は、「いってきます!」見送ってくれるアルフに手を振って、地上に降りるためのエレベーターへ乗り込む。
「しかしはやて。まさか海鳴市に来るとは思わなかったよ」
「そうか? 割と判りやすいと思うけど。シャルちゃんやトリシュとのデートはミッドやったろ? なら私は、私の生まれ故郷・海鳴市を推すよ」
「そうだな、ああ、はやてらしい選択だよ。それで、まずはどこへ?」
「ひ・み・つ、や♪」
マンションから出た後は、私の考えたデートコースの第1目的地に向かって車椅子を押してく。
「まずはバスに乗って移動やね。ちょう買い物に付き添ってもらうけどええかな?」
「もちろん。でもそれなら魔導師化して歩けるようにすればよかった。しかし・・・」
「私が頼んだからな。ルシル君は車椅子で来るように、って」
少しでもルシル君の寿命を延ばすには魔導師化の回数を減らす必要がある。魔導師化しても戦闘を行わへんかったら問題ないってゆう話やけど、蓄積することは間違いないはず。そやから少しでも気を付けたい。
それから私とルシル君は、停留所からバスに乗り込んで、最初の目的地である「スーパー・・・?」に到着や。
「買い物って、服や装飾品と思っていたんだけど・・・」
「あ、うん。今日はデートとゆうか、散歩みたいなことをしようって思うててな。ルシル君と思い出のある場所を回ろうって」
「それで、最初はこのスーパー・・・」
ルシル君は憶えてるやろか。ここは私とルシル君が初めて会った、私にとってとても深い思い出の場所や。スーパーの中に入ると、ルシル君が買い物カゴを膝の上に置いた。
「ルシル君。結構買う物があるから重くなるよ・・・?」
「大丈夫だよ。2リットルボトルの複数購入とかなら考えるが」
「んー。そこまでは重くなることもない・・・はず」
真っ先に向かうんは果物売り場。そこでリンゴやミカン。また別の売り場でお酒とジュースとお饅頭、お供え用のお水。さらに懐紙とロウソクとお線香をルシル君に手渡すと、カゴに綺麗に収めていってくれる。
「はやてのご両親の墓参りだな」
「うん。ちょう付き合ってな」
「去年は行けなかったからな。いい機会だよ。娘さんにはお世話になっていることも合わせて挨拶しておかないと」
「おおきにな」
お供え物の買い物を終えて外に出ようとしたところで、「はやてと初めて会ったときのことを思い出すよ」ルシル君が私に振り向いた。
「憶えててくれたんやね」
「忘れるわけがないさ。俺にとっても大切な思い出だよ」
そんなこと言われたら、きゅんってなる。そやから「ルシル君。後ろからでええから抱きしめてええ?」って聞いてみる。
「とりあえず人目があるからやめようか」
「とゆうことは、人目がなかったらええんやな?」
「・・・まぁそれなら」
「っ! じゃあ約束な」
まさかのOKに頬が緩んでまう。さて、スーパーでの買い物も終わって、次はお花屋さんに行くことに。目的のお花屋さんは、ルシル君の探し物(今思えばエグリゴリやったんやね。探し物やなくて探し者やったわけや)に初めて付いて行ったときに訪れたお店。会話の内容までは憶えてへんけど妖精とか膨大な花びらとかは、今でも憶えてる。
「(あと、そう言えば・・・)ルシル君の防護服も、今とデザイン違うよな? 昔のはもっとこう・・・怪しい雰囲気満載って感じやったけど・・・」
確か、フード付きのマントに仮面ってゆうものやったな。ルシル君は「消費魔力が大きいからな。だからあの日1回限りにしたんだ」って言うた後、「お、見えてきたぞ」お花屋さんを指差した。店内は車椅子で入るにはちょう狭いから、「俺は外で待ってるよ」と言うてくれたルシル君を置いて、私は「すぐ戻るな」ひとり店に入った。
(ガーベラとフリージアとミニバラ、他にミニ胡蝶蘭やベリーも見栄えで追加してっと)
お墓に供える花束を一対購入して、「お待たせや」ルシル君と合流。トートバッグにはさっき買ったものが入ってるから、花束はルシル君が持ってくれることになった。
そんで次の目的地である、父さんと母さんが眠る墓のある霊園へとバスで向かう。海鳴市の郊外ってゆうことで時間が掛かったけど、なんとか午前中に到着することが出来た。
「はやて。俺も掃除を手伝うよ」
「え? 車椅子やといろいろと難し・・・あ!」
ルシル君が魔導師化してまで車椅子から立ち上がったから、私は急いで「ルシル君は座って見てて!」駆け寄った。
「いいやダメだ、こればかりは譲れないよ。10年以上とはやての世話になっているんだ。はやてのご両親の墓の掃除を、そんな俺がしないわけにはいかない。・・・手桶と柄杓と雑巾を借りてくるよ。すまないが車椅子を持って行ってくれ」
「ちょっ、ルシル君!? もう! 嬉しい話やけど、あんま無茶せんでほしいわ・・・」
自由にレンタル出来る掃除用具一式を借りに走って行ったルシル君の背中を見送った後、私は車椅子を押して父さんと母さんの眠るお墓の前に向かう。
「久しぶり、父さん、母さん。はやてです」
霊園の管理人さん達が善意で草むしりをしてくれてるおかげで、うちだけやなくて他のお墓の周辺も綺麗なもんや。お墓を眺めてると「待たせたな」ルシル君が戻ってきた。
「おおきに! じゃあお言葉に甘えて、一緒に父さんと母さんを綺麗にしてくれるか?」
「当然! お父さん、お母さん、失礼しますね」
ルシル君が父さんと母さんのことをそう呼ぶから、私とルシル君が結婚したみたいや。なんて考えたら、ルシル君との結婚生活イメージがぽわぽわ~と脳裏に浮かぶ。そやけど「今とあんま変わらへんな~」苦笑した。一緒に暮らしてるし、脚が不自由になる前はご飯も一緒に作ってたし。さすがにお風呂や寝室は一緒せぇへんけど、家族として過ごしてた。あの当たり前が幸せやったんや。
「何が変わらないって?」
「ふえ!? あ、いや! なんでもあらへんよ!」
ルシル君と一緒に屈んで、お墓に手を合わせる。そんで掃除開始とお墓参りや。墓石を綺麗し終えた後は、花立てには花束を、お供え物は懐紙を敷いてから供え、線香に火を点ける。
「なんや不思議やね」
「ん?」
「ルシル君との出会いは、かなり奇跡的やなって思うたんよ。もし父さんと母さんが事故で亡くならずに元気でおった場合、私とルシル君があのスーパーで会うこともなかったはずやろうし、家に誘わへんかったと思う。シグナム達――夜天の書は、父さん達が生きてた頃にはあったから、きっと会えた。すると自然になのはちゃん達とも会えたはず。そやけどルシル君は・・・」
「おそらく会ったとしてもすれ違うレベルで、知人にすらならないと思う」
「うん。だから父さんと母さんがひょっとして、私とルシル君を引き合わせてくれたんかな?って・・・。まぁ男の子やったのは、当時のルシル君は完全に女の子みたいやったから、かな?」
最初はルシリオンちゃんって、私も呼んだしな。あの当時のルシル君の性別を初見で当てることなんて出来ひんよ。私のその話にルシル君も「否定はしないよ。長髪だったし、体も幼かったしな!」笑い声を上げた。
「父さんと母さんが亡くなったのは悲しいし寂しいけど、ルシル君やシグナム達が私の孤独を埋めてくれた。ホンマに感謝してるんよ」
「俺も、はやてには感謝しているし、今もし続けている。あの時、俺を誘ってくれて、家族にしてくれて・・・ありがとう」
「・・・さっきの約束・・・」
私はルシル君の後ろに回ってギュッと抱きしめた。ルシル君は静かに受け入れてくれた。
「あぁ、ちくしょう、死にたくないな・・・」
「ルシル君・・・?」
顔を近付けてたのにルシル君の呟きが聞こえへんかったから、「いま何て言うたん?」聞いてみた。すると「まるで母親に抱き締められているようだな、って」小さく笑った。
「おっと。私はルシル君のような大きな子供を産んでるような歳やないよ~?」
ルシル君の体の前に伸ばしてた両手で、ルシル君の頬を両側からムニムニして抗議を示す。
「あはは、すまんすまん。取り消すよ。それにしても、はやての手は温かいな。安心できる」
「そう? ルシル君も温かいよ? 幸せなぬくもりや♪」
「そうだな・・・。幸せ、だな」
それからしばらくそうした後は、お供え物などの回収や掃除用具の返却などを済ませて、「また来るな」お墓にそう挨拶して、私とルシル君は海鳴霊園を後にした。
「もうすぐ13時だけど、昼食はどうする?」
「海鳴市に帰ってきたら行くとこは1つしかあらへんやろ?」
「っ、喫茶翠屋だな!」
「そうゆうこと!」
再びバスに揺られて向かうのは、なのはちゃんのご両親が経営してる喫茶店、翠屋。
「いらっしゃいま――おお! はやてちゃんと・・・って、ルシル君!?」
翠屋に到着すると、空いたお皿を片付けてた美由希さん(なのはちゃんのお姉さんや)が、車椅子に座ってるルシル君を見て驚いた。
「ご無沙汰してます~!」
「お久しぶりです」
「う、うん! 久しぶり!じゃなくて、どうしたの!? 怪我!?」
「あーいえ。魔力消費を抑えるための処置なんですよ。魔力を使えば立てますし、歩けますけどね。今はちょっと体を労わって魔力を使わないようにしているんです」
お昼時を過ぎたおかげか今は店内に他のお客さんも居らんから、美由希さんも思わず大声を出してしまったみたいやね。そんな大声に、「美由希、うるさいわよ~」と、店の奥からなのはちゃんのお母さんである桃子さんがやって来た。
「あら。はやてちゃんとルシル君じゃない! ようこそいらっしゃい、翠屋へ! さ、こちらにどうぞ!」
桃子さんが案内してくれたテーブル席に、まずルシル君が自力で車椅子からイスに移動したのを見届けてから、私も向かい側のイスに座る。
「ほら、美由希。メニューを」
「あ、うん!」
「それじゃあ2人とも、ごゆっくり!」
満面の笑顔を向けて桃子さんがそう言うと、美由希さんと入れ違いに厨房の方へと戻って行った。美由希さんはニヤニヤとほくそ笑みながら「こちらメニューです!」メニューを私たちに差し出した。
「いやはや~。ルシル君、はやてちゃんとデートとはやりますな~。シャルちゃんと、えーと何て言ったかな。トリシュタンさんだっけ?とは決着したの?」
「違いますよ、美由希さん。ルシル君は、シャルちゃんやトリシュともデートしたんで、順番で私なんですよ」
メニューを捲る手を止めてそう言うと、美由希さんが「ルシル君。三股はダメだよ。うん、さすがに」冷たい目でルシル君をジロっと見た。
「えっ? ち、違いますよ。俺は・・・」
「ルシル君はまだ誰とも付き合ってないので、たぶん三股にはならへんと思います。それに、私とシャルちゃんとトリシュは了承済みですし・・・」
「それでもな~」
美由希さんがルシル君に顔を近付けたところで、「こーら、美由希。はやてちゃん達が決められないだろ?」と士郎さん(なのはちゃんのお父さんで、翠屋の店長さんや)がやって来た。
「久しぶり、はやてちゃん、ルシル君。先月、シャマルさんとアインスさんがケーキを買って行ってくれたよ」
「あ、俺のバースデーケーキです。いつも美味しく頂いてます!」
「いつもご贔屓にしてもらってありがとう♪」
「士郎さんの料理も、桃子さんのお菓子も、八神家みんな大好きです」
「かつての同僚にも桃子さんのケーキを差し入れたことがありますけど、とても好評でしたよ」
「あら嬉しい!」
リンディさん達にもそうやけど、桃子さんのお菓子はミッド人にも喜ばれる味を誇ってる。
「桃子さん。そろそろ話を切り上げないと、はやてちゃん達が料理を選べないよ」
「あ、ごめんなさい!」
「「いえいえ!」」
とまぁ、ちょう時間が掛かったけど私は「明太子パスタとコンソメスープと生野菜サラダ」にして、ルシル君は「ホワイトソースのオムライス、パンプキンポタージュ、クスクスサラダを」注文した。
「ご注文承りました。少々お待ちを」
「あと食後にスフレチーズケーキとミルクティーを」
「あ、それなら私もザッハトルテと、ルシル君と同じミルクティーをください」
「あ、はーい♪」
桃子さんが嬉しそうに厨房の方へと向かった。そして美由希さんも「ごゆっくりどうぞ~」厨房に入って行ったことで、ホールには私とルシル君だけになった。
「あのさ、はやて。午後からの予定だが、俺、車椅子を降りて歩こうと思う」
「え? そやけど・・・」
「魔導師化は確かにするが、見栄を張って変身魔法で身長は伸ばさないから消費量もごく僅かだ。俺は・・・はやてと歩きたい。デートなら尚更だ」
「っ!! そんなん言われたら、アカンってもう言えへんやんか・・・」
本音を言えばシャルちゃんやトリシュが羨ましかった。ルシル君と一緒に歩いていろいろとデートして。デートをしようって誘ってくれたんはルシル君の方やった。そやからルシル君は、シャルちゃん達としたような、いろんなところを歩いて回るデートを考えてくれてたはずや。そやけど負担を掛けることはしたくないって思う自分もおって。
「ホンマにええの?」
「俺に車椅子に乗ってくるように言ったのは、俺の体を気遣ってのことだろ? そんな優しいはやてに我慢を強いてしまっていることが、俺は情けなくて悔しい。だから一緒に歩きたい。いいかな?」
右手を差し出してくれたルシル君。私は「お願いします」その手を右手で握って握手した。となれば、行き先を追加できるかもしれへんな。当初は臨海公園と元八神邸の2つを回って帰る予定やったから。ルシル君と次の行き先を話し合ってると、「お待たせしました!」桃子さんと美由希さんが料理を運んできてくれた。
「「いただきます!」」
「はい! ごゆっくりどうぞ!」
「話は聞いてたよ2人とも! 美由希お姉ちゃんから、君たちにプレゼント!」
士郎さんお手製の料理を口にしてると、エプロンのポケットから美由希さんが取り出したのは2枚のチケット。1枚は「映画のペアチケット」で、もう1枚は「水族館のペアチケット」だった。
「ご飯を食べてすぐに向かえばいいと思うけど・・・。今日は泊まり?」
「日帰りのつもりですけど・・・」
「ふむふむ。ルシル君。シャルちゃんやトリシュタンさんのデートじゃどうしたの? 日帰り?」
「シャルとは温泉街の旅館で1泊、トリシュとは彼女の自宅で1泊しました」
「ほうほう。じゃあ、はやてちゃんとも2人きりで1泊するのが筋ってものでしょうが」
美由希さんが顔をグイッとルシル君に近付けさせた。黙るルシル君から今度は私に目を向けた美由希さんは「はやてちゃんはどうなの?」そう聞いてきた。それに関しては私は、シャルちゃんやトリシュより先に行ってると自負してる。9歳の頃から同じ屋根の下で暮らしてきたんやから。
「いいんです。私とルシル君が2人きりで1泊せぇへんのは、余裕の表れとゆうことで♪」
ポカンと呆けた顔のルシル君と美由希さん。そして一拍遅れて美由希さんが吹き出して、「はやてちゃん、最高!」笑い出す。
「そっかそっか! そりゃはやてちゃんとルシル君は、子供の頃からずっと一緒だったもんね!」
「そうゆうわけです♪ ところで美由希さん。チケットなんですけど、映画の方を貰っていいですか?」
水族館も魅力的やけど、今から楽しむには時間が足りひん。映画ならなんとか予定の合間に入れても問題ない。
「うん、映画だね。水族館のチケットはどうする? 今月末まで大丈夫だけど・・・」
「ペアチケットでしたからね~。今月はもう私とルシル君の休暇が揃うことあらへんので、遠慮しておきます」
「了解! そんじゃごゆっくり~」
美由希さんもテーブルを離れて行って、私とルシル君は食事を再開。士郎さんの料理がホンマに美味しいことを改めて実感しながら「ごちそうさまでした!」挨拶する。
「お皿をお下げしますね~」
「そして、ご注文のスフレチーズケーキとザッハトルテ、ミルクティーになります♪」
美由希さんが空いたお皿を片付ける中、桃子さんがケーキを私とルシル君の前に置いてくれた。このために料理数を減らしたんやからな。フォークを手にとって、もう1度「いただきます」した。フォークで一切れ取ってパクッと口に含む。
「ん~~~~♪」
「ケーキと言えばやはり翠屋だな」
「まあ嬉しいわ~♪ 今日1日だけで私、とっても幸せになっちゃった♪」
ご機嫌な桃子さんは軽い足取りで、「ごゆっくり~♪」と声を掛けてくれた美由希さんと一緒に厨房に戻った。ケーキを一切れ、また一切れと口に運んでく中、チラッとルシル君の食べてるケーキに目が行く。
「ん? 一口食べるか?」
「ええの? じゃあお言葉に甘えて・・・」
ルシル君のケーキにフォークを伸ばそうとしたら、ルシル君が一切れのケーキを刺したフォークを、「さ、あーん」私へと差し出した。
「え・・・!?」
「ほら」
まさかのあーん攻撃に私はしどろもどろ。別段特別な行為やないけど、ルシル君から率先してやったってゆうのがミソや。目の前には間接キスになるフォークに刺されたケーキ一切れ。ふと、別の方に視線を向けると、桃子さんと美由希さんがこちらを覗きこんでた。私の視線に気付くとサッと頭を引っ込めた。
「~~~~! あ、あーん!」
嬉し恥ずかしイベントを私は「パクッ」と攻略。ルシル君の口に触れてるフォークが、私の唇が触れながら離れてく。
「わ、私のも食べさせてあげるな。あーん」
一切れに分けたケーキを突き刺したフォークをルシル君に差し出すと、ルシル君は躊躇いなく「あーん。うん、美味しいなソレも」食べた。ルシル君の口に触れたフォークで自分のケーキを切り分けて、パクッと食べる。
(ルシル君とキスしたこともあるのに、ものすごい照れくさい)
その後はドキドキしながらケーキを食べ終え、レジでのお会計を済ませる。そして士郎さん達のご厚意で、車椅子やお供え物が入ったままのトートバッグを預かってもらい、帰り際に高町邸に取りに行くことになった。
「はやてちゃん、ルシル君、ありがとうございましたー!」
「ありがとー!」
「またのご来店をお待ちしています!」
士郎さん達に見送られながら私とルシル君は翠屋を後にして、次の目的である元八神邸へと向かう。幼少の頃にみんなで歩いた道を通り、「久しぶりやね」ミッドに家を移すまで過ごした八神邸が視界に入った。
「ルシル君やシグナム達と過ごした生家。今はもう他の人の手に渡ってるけど、私たちの始まりやと今も思うてる」
表札が“八神”やなくなってる元私たちの家。この家をルシル君と見ておきたかった。シグナム達が目覚める前は、ルシル君と2人で過ごしてた。そんでルシル君が来る前は、父さんと母さんと過ごしてた、私の始まりの家。
「ミッドに引っ越す前にも1度聞いたが、本当に良かったのか? この家を手放して。維持費くらい俺たちの稼ぎなら余裕で賄えたはずだ」
「そうやね。そやけどミッドに居る時間の方が多くなるのは決まってたからな。前は言わへんかったけど、人の住まん家の劣化速度は速なるって話や。それなら寂しいけど、他の人に住んでもらって少しでも長生きしてほしいって思うたんよ」
「そうか」
元八神邸から幼い兄妹が出て来て、「こんにちはー!」挨拶してくれたから、私とルシル君も「こんにちは!」笑顔で挨拶返し。車に気を付けることを注意して、その背中が見えなくなるまで見送った。
「帰る家は変わったけど、ルシル君が帰ってくる場所は・・・私、私たちってゆうことを伝えたかったんよ。ごめんな、ここまで付き合ってもらって」
「いや。帰る場所を認識できると言うのは幸せなことだよ。精神的な路頭に迷わずに済む」
「っ!」
ルシル君が私の右手を握った。しかも指を絡める恋人繋ぎ。顔も全身もカッと熱くなって、私もキュッと握り返した。そんな状態で次に向かうんは海鳴臨海公園。バスに乗って近くまで来て、人も疎らな公園内に入った。
「桜見の季節になったら、またチーム海鳴のみんなで来たいな~」
「・・・その時まで――いや、そうだな。一緒に来ような」
「うん!」
公園内を歩いてると、「あ、ここ!」ある場所で私は立ち止まった。海を一望できる展望台を指差して、ルシル君の手を引いてそこへ向かう。
「ルシル君。ここは憶えてる?」
「ああ。はやてと2度目に出会った場所だ。俺が釣りをしていて・・・」
「うんうん。私と顔を合わせたとき、ルシル君驚いたやろ? あれ、ちょうショックやったんよ? しかもここに何度も訪れてるのか聞いてきて。まるで私に会うのが嫌やったみたいや~って」
「それについてはその場で違うと言ったはずだ・・・よな?」
「うん。会いたくないなんて思ってない、やったね。んで、その後にルシル君が森林公園の木の上で寝泊りするサバイバーって知って驚いたわ~」
ルシル君の手を引いて森林公園の方に向かう。春になったら桜が咲き誇る桜見スポットになる。今はまだ3月の始まりってこともあって蕾もない。
「たった4日くらいだから、それほどでもなかったよ。海上の夜空がすごかったしな」
「そっか~。なら夏になったら月見ならぬ星見でもしよか~」
思い出がいっぱい詰まった臨海公園の散策を終えて、「じゃあそろそろ映画を観に行こうか~」バス停へと向かった。
さほど待たずに乗ることの出来たバスに揺られて着いた商業区画。その一画にある映画館は休日とあって大賑わいや。美由希さんがくれたダイでハードなアクション映画最新作の上映時間は、もうすぐってタイミングやった。
「ルシル君。なんか買ってく?」
「そうだな・・・。翠屋で満腹だし、オレンジジュースを買っていくよ。はやては?」
「じゃありんごジュースで。食べ物は確かにもう入らへんな」
そうゆうわけでお店で、ルシル君はLサイズ、私はMサイズのジュースを購入。ジュースを手に第8スクリーンへ入場する。指定席チケットでもあったソレが導いた席は「お、おお、カップルシート」やった。噂には聞いてたけど初めて見たし、初めて座る。
「ほら、ルシル君も♪」
私の右隣をポンポンと叩いてルシル君も座るように促すと、「カップルシートなんて初めてだな」苦笑いしながら座ってくれた。2人で顔を合わせて小さく笑った後、映画が始まるまで他愛無い会話をした。そんな何気ない時間が私の心を満たしてくれる。
「お、始まったぞ」
「うん」
派手なカーアクションやガンアクションや格闘シーンに会場から歓声が上がる中、私とルシル君も「おお!」歓声を上げた。魔導師である私たちは映画以上の戦闘を行えるけど、それでもCGなどの手間をかけて作られた映画に惹かれてしまう。
「あ・・・」
洋画に付き物のベッドシーンが流れ始めた。普段ならドキドキやけど、ルシル君とデート中とゆうこともあってバクバクや。
(うぅ、ルシル君の顔をまともに見られへん・・・)
チラッと横目で見ると、ルシル君はジュースを音もなく飲んでた。うん、完全に素面やね。そのおかげでバクバクからドキドキになった。
(やっぱラストスパートはドキドキハラハラやね!)
今まで以上にド派手なアクション満載や。興奮冷め止まぬまま、映画はエンディングを迎えてスタッフロールが流れ出した。私は「ほぉ」一息吐いた。ルシル君が「面白かったな~」ってゆう感想に、「そやね。あそこで――」私も感想を述べて、ルシル君と感想を言い合う。
「スタッフロールも終わったし、そろそろ行こうか」
「うん」
ルシル君と手を繋いで、映画館を出ると「もう夕方やね~」夕日に染まる空を仰ぐ。夕食は家族みんなで摂る予定やから「そろそろ帰ろうか、私たちの家に」ルシル君にそう伝える。
「ああ、腹を空かせて待たせるのも申し訳ないしな」
ハラオウン邸より先に高町邸に寄って、車椅子やトートバッグを受け取りに行かなあかんね。高町邸の近所までバスで行くため、バス停の待合所で待つ。
「(誰も居らへんな。よし)ルシル君!」
「ん?」
同じベンチに座るルシル君を呼んで、「どうした、はや――ぅむ?」私の方に振り向いたその瞬間にキスをした。完全な不意打ちやったこともあってルシル君は大きく目を見開いた。その驚き顔を見られただけでも十分な報償や。
「今日はデート誘ってくれておおきにな♪ 大好きや♪」
精一杯の愛情を示すように私は、ルシル君を全力で抱きしめた。するとルシル君も私の背中に手を回してくれたから、ひょっとしてこれは・・・なんて思うてたところで、ルシル君の携帯端末からコール音が。
「誰からやろうね?」
邪魔にならへんようにルシル君から離れて、携帯端末を操作してメール画面を表示させたルシル君が「っ!」大きく目を見開いた。尋常やあらへんその様子に「どないしたん?」そう尋ねた。
「ごめん、はやて。花見の約束、もしかするとダメかも・・・」
そんなことを言いながらルシル君がメール画面を見せてくれた。差出人は「リアンシェルト・・・!?」で、その内容は・・・。
「こちらの準備は整いました。いつでもあなたの挑戦を待っています・・・!」
「ああ。エグリゴリ最強のリアンシェルトとの決着を、これ以上の弱体化する前につける」
それは、私と・・・私たちとルシル君の別れがまた1歩と近付くことを意味してた。
・―・―・―・―・
ミッドチルダ北部、ベルカ自治領ザンクト・オルフェン。その北部カムランに在るミミル・テオフラストゥス・アグリッパの館、エンシェントベルカ技術宮。最後の大隊の一員だったとしてミミルと、彼女の使い魔であるフラメルとルルスは、時空管理局より広域指名手配を受けている。
そんなミミル達の拠点だった館は、管理局と教会騎士団の協力体制の下に管理下に置かれている。しかしそんな館の地下深くの秘密研究所に、逃げ果せているはずの彼女たち3人の姿があった。
「やっぱり隔絶された施設を造っておいて良かったね」
「この施設への出入りは転移魔法のみ。上の屋敷を乗っ取った局員や騎士には絶対にバレません」
フラメルとルルスがクスッとほくそ笑み、2人のマスターであるミミルも「そのとおりね~」と間延びした口調で微笑んだ。
「パイモン。例のモノが完成したと、そこの2人から連絡を貰ったのだけど」
ミミルの本名である“パイモン”と口にしたのは、転移魔法によって突如として研究室に現れた“堕天使エグリゴリ”の1機であるリアンシェルトだった。リアンシェルトは研究室の一角に設けられている4基の生体ポッドへと歩み寄り、ミミルは「はい~。完璧な出来ですわ~」と100cmを超える豊満な胸を張った。
「ですが本当に必要なんですか~?」
ミミルもリアンシェルトの側に寄って、4基の生体ポッドの中に漂う人影を見た。
「おそらくとしか言えない。でもきっと・・・」
リアンシェルトの最後の計画が今、動き出す。
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