デート・ア・ライブ~Hakenkreuz~
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第五十一話「天央祭の夜」
夕日が沈み切り、辺りに闇が満ち始めた頃。十香の決死の努力の末ステージから逃げ切る事が出来た士道は、天宮市の外れにある廃ビルの中の一室に身を潜めていた。
流石にメイド服のままでは動きづらい上に、目立つため道中広場で行われていたフリーマーケットで適当な服を見繕いそれに着替えていた。勿論喉に付けている変声機も取り外している。
そんな士道は、手に持ったスマホから映し出される映像に目を奪われていた。そこには現在天宮市で起きている暴動についてだった。両手にペンライトを持ち何かを探すようにゆらゆらと歩くその姿は一種の恐怖を感じていた。言わずもがな、美九に操られている人たちだ。
テレビ内ではコメンテーターがしきりに持論を展開しているが一般人に今回の暴動の原因が分かるとは思えなかった。例え、真実に行きついても精霊について普通の人は信じられないだろうしまず国からの圧力がかかるだろう。最悪、抹殺の可能性もあった。
そんなテレビを見ながら士道は歯噛みする。明らかに人の数が増えている。
テレビには美九はステージの観客のみならずどんどん尖兵を増やしていた。〈破軍歌姫〉にどれだけの力があるのか士道には分からない。しかし、このままではジリ貧であった。
そして恐ろしいのはスピーカー越しでも〈破軍歌姫〉の効果はあると言う事だ。暴動を鎮圧に来た警官隊が街宣車から流れる美九の歌を聞き戦列に加わった時はさすがの士道も軽く絶望したものである。
「くそ…!」
忌々しげに固めた拳を床にたたきつける。
「こんなことしている場合じゃないのに…俺はっ!」
士道は今焦っていた。解決すべきことは美九の件だけじゃない。DEM社によってさらわれた十香も取り戻さなければいけないのだ。
彼らの目的は士道には分からない。だが、精霊を殺す事を至上とし、各国の軍や警察組織に顕現装置を提供している組織が意味もなく攫うとは思えなかった。
士道は苛立たしげにインカムを叩く。しかし、帰って来るのはノイズのみで琴里の罵倒すら聞こえてこなかった。
「一体、これからどうしたら…」
士道は苦悩に満ちた顔を作ると、再び拳を床にたたきつけた。
問題は山積みだった。
士道を狙う美九。それに支配された四糸乃、耶俱矢、弓弦。美九の従妹にして狂三と並ぶ危険度の【SS】改め誘宵美亜。
天宮市を埋める人の群れ。
未だ連絡の取れないラタトスク。
そして、十香をさらっていったDEMインダストリー。
それら全てに対応する為には、何もかもが不足していた。
時間が足りない。
設備が足りない。
戦力が足りない。
何よりも、士道には力が足りない。
屋上の一件以来士道を襲い続ける無力感。或美島の一件で少しは軽くなったとは言え未だに無力な事に変わりはない。何故なら五河士道たった一人の力ではこの局面を逃げ惑う事しか出来ないのだから。
「俺は…っ!」
奥歯を噛みしめる。
「俺はっ!」
そして、士道が全身に蟠る無力感を声にして零した瞬間。
-くす、くす、と。
誰かが、笑った。
「…っ!?」
肩を揺らし、バッと顔を上げる。
一瞬、士道は美九に操られた人に見つかったのかと思った。こんな廃ビルに訳もなく人が立ち寄るとは思えない。土木系の人だとしても今は夜である。とっくに仕事を終え帰路についているはずである。それに何より、今天宮市の外を歩いているのは美九に操られた人しかいないだろう。
しかし、辺りに人影はなかった。
だが、その声の主の正体は直ぐに判明した。
影が。
黒い部屋の中に充満した影が躍動したかと思うと、そこから一人の少女がはい出てくる。士道にはその少女に見覚えがあった。
血の様な紅と闇の様なドレスで構成されたドレス。左右不均等に結われた黒髪。左目に浮かんだ時計の文字盤と一秒ごとに規則的に時を刻む針。
そして、その作り物としか思えないくらいに整った貌は、愉悦とも嘲笑ともとれる生々しい笑い顔に彩られていた。
「うふふ、随分と暗い顔をしていらっしゃいますのね」
「狂三…っ!?」
時崎狂三。かつて士道と対峙し士道を殺そうとした精霊。いらっしゃいますのね誘宵美亜と並ぶ最悪の精霊の一人。
士道狂三の突然の訪問に警戒を露にする。一度は敵対し、殺されかけたのだ。経過して当然であったがもし狂三がその気なら士道は呆気なく敗れ殺されるであろう。それくらい二人の間には実力の差があった。
そして、それを理解している狂三は妖しく笑い、士道は唇をかみしめる。
「お困りの様子ではありませんの。…ねえ、士道さん。少し、お話をしませんこと?」
そう言う狂三は妖美に、妖しく笑みを浮かべるのであった。
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