ある晴れた日に
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670部分:炎は燃えてその十四
炎は燃えてその十四
「それもな」
「そう。それじゃあ」
「それで拾ってきたらだ」
「うん」
「どうするんだ?」
食べながらそのことを尋ねてきた。
「それからは」
「ああ、パパも遊ぶ?」
「どのおもちゃかはわからないがな」
「じゃあパパにも貸してあげるからね」
「思いだせばな。それでだ」
ここで話を変えてきた父だった。息子に対して言ってきた。
「御前が今拾っているおもちゃは幾つあった?」
「一つだよ」
何でもないといった口調で返す吉見だった。
「それだけだよ」
「そうか。一つか」
「そうだよ。一つだけれど」
「前は二つあったんじゃないのか?」
「一つ捨てたよ」
何でもない口調は相変わらずだった。
「もう使い物にならなくなったから」
「そうだったのか」
「小学生は小学生でいいけれど」
吉見は食パンを食べながら邪な笑みを浮かべた。そのうえでの言葉である。
「何かね。壊れやすいよね」
「壊れやすいな、確かに」
「小さな女の子はそこが困るよね」
「そうだな。何年だった?」
「四年だったかな」
吉見は思い出した様に父に述べた。
「確かね」
「そうか。四年か」
「中学生からにしておくべきかな」
何でもないといった口調はそのまま続く。
「やっぱり」
「好きにしろ。おもちゃは幾らでもある」
「そうだね。まあ今度はそれでね」
「その捨てたおもちゃをまたか」
「確かあそこは」
彼女を見たその場所を思い出しながらの言葉である。
「あれだったね。病院の傍だったね」
「病院か」
「まあ少し調べるかな」
首を少し捻ってからまた言った。
「それもね」
「そうしろ」
「さて、それじゃあ」
ここで自分の食事は全て食べ終えた。それからまた話した。
「今度は」
「今度はどうするんだ?」
「おもちゃをお風呂場に連れて行くよ」
そうするというのである。
「そこで遊ぶよ」
「そうか」
「置いておくからね、お風呂場に」
「悪いな」74
「楽しめばいいんだよ」
立ち上がりながら何でもないといった言葉をまた出した。
「生きていたらね」
「自分の人生をだ」
「そうそう。それが人間として正しい姿だったね」
「何をしてもいい。それが自由だ」
父は笑いながら話していく。彼は今度はデザートを食べている。如何にも高そうなケーキを食べている。その豊かな白クリームのケーキをである。
「わかっているな」
「わかっているよ。それじゃあ」
「後で入る」
「うん、それじゃあね」
こんな話をしてから部屋を出るのだった。暫くして風呂場から胸の悪くなる何かを殴る音と無惨な悲鳴が聞こえてきた。しかしそれを聞く者は僅かであった。
その頃正道は家に帰ってきていた。もう夜遅くだった。
「帰ったのね」
「ああ」
家の奥の方からの声に答えるのだった。
「今な」
「そう。御飯あるから」
「わかった」
「電子レンジであっためなさい」
また彼に言ってきた。
「いいわね」
「悪いな、置いてくれていて」
「何言ってるのよ。当たり前でしょ」
それは当然だというのだった。その言葉は。
「家族なんだから」
「家族だからか」
「そいうことよ。わかったわね」
「じゃあ貰うな」
「たっぷりあるからね」
量についても言ってきた。
「お風呂もあるから」
「俺が最後だな」
「そうよ。だから栓は抜いて掃除はしておいてね」
「ああ、それじゃな」
「お母さんはもう寝るから」
「親父は?」
「もう寝たわ」
玄関と家の奥、それぞれの場所から話す。正道は今ギターケースを置いて靴を脱いでいるところであった。もう鍵は閉めている。
「今さっきだけれどね」
「そうか」
「あんたも御飯食べてお風呂に入ってね」
「わかっている」
それは言うまでもないと返すのだった。
「早く食べてそうしてな」
「何でも休憩も必要よ」
そうしたことも言ってきた母だった。
「いいわね。それじゃあ」
「そうだな。それではな」
「お休み。お母さんも寝るわ」
「ああ」
「何をしてるのかはあえて聞かないけれど」
最後に母は言ってきたのだった。
「頑張りなさい、最後までね」
「最後までか」
「一旦決めたら最後までやる」
いささか道徳的な言葉も出て来た。
「それがあんただからね」
「だからか」
「そういうあんただから今回も最後までやりなさい」
自分の息子をわかっていた。それがはっきりとわかる言葉であった。
「いいわね」
「済まない。それではだ」
「これで本当にお休みよ」
声だけだった。しかしその声には愛情が入っていた。親としての愛情がである。そこには確かに含まれているのであった。正道はそれを感じながら一日の終わりを迎えるのだった。
炎は燃えて 完
2010・1・11
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