ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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黒星団-ブラックスターズ-part4/初邂逅!
サイトはシエスタに引きつられる形で、トリスタニアの街でデートしていた。
服屋、アクセサリー店、食品店、本屋…とにかくいろんな場所を連れ歩かされた。シエスタはサイトと久方ぶりに、ルイズ達がそばにいない分サイトを独り占めせんと、ウキウキしながら彼との二人きりの時を満喫していた。
「はい、サイトさん。あーん」
トリスタニアのある飲食店にて、二人は注文した食べ物を頬張っていた。食べているものはパンやスープ、ケーキ等のデザート。奇しくも地球でも見かけるものとよく似ている。
その会食の最中、シエスタがフォークで切り取ったケーキの欠片をサイトに差し出す。
「それは流石に恥ずいっていうか…」
サイトは照れるあまり抵抗感を示すがこれそれを聞いてシエスタは頬を膨らませる。
「ハルナさんにはしてあげていたのに…」
「わ、わかったわかった!」
これ以上シエスタの気を損ねたくないサイトは、女子に弱いこともあって断れなかった。地球では味わえなかった異性とのデートに、思春期男子としての本能に逆らえないことも否めなかった。
シエスタの差し出してきたケーキを平らげると、シエスタは次に自分の口元を指さしてくる。
「今度は私にも食べさせてくださいな」
「わかったよ。それじゃ…」
どこか諦めたようにも、しかし一方で悦びも味わいつつも、シエスタに向けて自分もケーキのかけらをフォークで刺して差し出す。シエスタは内心飛び上がる思いで、甘えるように口を開ける。
「あー「今回の目的を忘れたのか?」…」
だがそんな時であった。シエスタたちを咎めるような口調で、シュウが彼女を引き留めてきた。
「うわ!?シュウにテファ!いつの間に戻ってたんだ?」
「ねぇねぇ、リシュもいるんだけど?」
自分たちを覗き込むように見るシュウ・テファの二人に驚いたサイト。二人だけでなく自分のことも忘れるなと、リシュが下から膨れながら口を挟んでくる。
「あ、あぁごめんなリシュ。別に忘れてたわけじゃなくって…」
「…私はサイトさん以外お呼びにした覚えはありませんのに…
…っち、全くいいところで」
二人きりのはずだったのだが、今日はなぜかシュウ、テファ、リシュの三人とさらにもう一人と会う羽目になった。シエスタは露骨に不満を口にする。
(ヒェ…)
サイトの耳に、シエスタの口から出たとは思えない小言が聞こえてきた。トーンがやけに低かった。触れたらいけない何かを、怪獣の逆鱗のようなものに触れてしまいそうで怖い。キレたルイズたちにも引けを取らないものを感じるあまり、サイトは突っ込めない。
「し、シエスタさん…その、ごめんなさい」
今の一部始終を見てどう反応すべきか迷っているテファ、そして機嫌が悪くなるシエスタを見て少し怯えるリシュもいた。
「シーちゃん、さっき怖い顔してたね」
「リシュ、しー!」
思わず口走ったリシュを、テファが踏み込んではいけないと、人差し指を唇の前で突き立てた。ちなみにシーちゃん、とはリシュがつけたシエスタのあだ名だ。
シュウの耳にもシエスタの舌打ちが聞こえたが、いちいち触れるだけ時間の無駄だと考えて触れることはなかった。
「着いてきた訳じゃない。たまたま街で出くわしただけだ。ずっと屋内に二人を閉じこけるわけにもいかないし、街にいるマチルダさんやチビたちにもしばらく顔を見せてないからな。そうしたら目的を忘れてデートに出掛けようとしてるお前たちを見かけた。それだけだ」
シュウ自身が言ったように、彼らは本当にたまたま出会しただけだ。
「やれやれ、冴えない顔にしちゃ相変わらず隅に置けない男だねぇ使い魔君」
「冴えない顔は余計だ…って!ふ、フーケ!?」
三人に続いてマチルダまでも、まるでさも当たり前に顔を出してきて、サイトは仰天した。
「え?フーケって…」
シエスタはサイトに対し何を言いだすのだろうと困惑を露わにした。テファからはサイト!と、シュウからはおい、と咎めるような一声に、サイトはやばっと自分の失言を自覚した。いやそりゃ急に現れたら驚くだろ!と文句を言いかけはしたが。
「フーケ?」
あくまで一介の、学院勤務のメイドであるシエスタはロングビルのことは知っているものの、しかしその正体が土くれのフーケであることは、破壊の杖騒動に直接関わったサイトたち、教員たちの間でもオスマンとコルベール以外には知れ渡っていなかった。トリステイン王国貴族がその養育施設である魔法学院にて盗賊風情の被害に遭い、犯人を結局取り逃したのだ。これだけでも貴族の面目が立たないとされたため、事件の結末と真相が関係者以外に知られることはなかったのだ。
聞き間違いでなければ、今間違いなくこの女…マチルダのことをフーケと呼んでいたサイトに、シエスタの視線が集中する。一体どういうことなのだと。
(やば、うっかり口走ってしまうとは、平賀サイト一生の不覚!)
ここしばらく結果的に放っておいてしまっていたシエスタのことだ。自分の預かり知らないところでまた新たに秘密を抱えていると気づけば、根掘り葉掘り問い詰めてくるかもしれない。
「あ、思い出しました!ミス・ロングビルではありませんか。どうしてこちらに?フーケ騒動の後、急に退職なされてそれきりと聞いておりましたのに」
だがシエスタはマチルダの顔を見て、かつて彼女が学院長秘書であった時のことを思い出した。
「え、ええ。覚えていてくれて光栄ですわ。実はそのフーケ事件でフーケを取り逃してしまった責任を取る形で学院を辞めなければなりませんでしたので」
マチルダとしては、あくまで学院の財宝狙いで学院の教師として入り込んだだけに過ぎない。どうせならさっさと忘れてくれた方がこちらとしてもありがたいところなのだが。…だが今は、シエスタがその偽りの姿を覚えていたことと、フーケ事件とは無縁であったことが結果として功を期した。
「そうだったんですか。悪いのはミスではなかったのに…」
「ねぇ、お姉ちゃんの名前違ってなかった?どうして?」
シエスタのマチルダに対する呼び名が違う事に、リシュが詳細を問うと、シュウが口を開いた。
「マチルダさんは元々アルビオンの孤児院の責任者でな、運営資金を調達するために、トリステイン魔法学院で働いてたんだ。元々貴族の名を無くした身である以上、下手に本名を明かさない方が、難癖をつけてくる貴族を避けられると思ってのことだろう」
テファがマチルダを本名で呼んでいることと、シエスタがロングビルと呼んでいることを考慮して、シュウはとってつけた事情を口にし、チラッとサイトやテファへ目をやる。マチルダが貴族の家名を失った詳細な事情もまた、シエスタが知る由もないのでこれで良いはずだ。
「そ、そうなんですよ。かくいう私もお世話になった身で、私にとっても本当の姉さんのような、大切な人なんです」
「そうそう、それでテファのように子供たちを育てるために学院長の秘書やってたんだ」
「ふーん、そうなんだぁ」
「なるほど、確かに貴族の名を無くされた方は、そうではない方々から良い目で見られないことがあるそうですから…心中お察しします」
ひとまずりもシエスタも信じてくれたようだ。サイト達の機転もあり、名前の違いについても、本名を悟られないことで貴族の名を失った事情を問われることを避け易いと察しただろう。とはいえ、サイトが迂闊なことをうっかり喋った今、これ以上変に探りを入れられる前に話題を変えなくては。もしマチルダが本物のフーケだと気づかれたら、シエスタとて憲兵に喋ってしまうことも考えられた。
「それより平賀。例のカフェや、世話になった妖精亭の協力は得られたのか?」
シュウは、舞踏会に向けて協力を取り付ける予定のはずでありながらデートしている二人に、予定通り済ませてきたかどうか確認をとってくる。
「あ、あぁ。ちょっと予想外ことはあったけど、それについては問題なかったぜ」
「予想外?どういうことだ、協力を仰げなかったのか?」
「いや, 、スカロン店長からの協力を仰ぐことはできたんだ。例のコーヒーの提供のことも含めてさ。ただ…」
サイトは、魅惑の妖精亭でスカロンから伝え聞いた、『ブラック』と呼ばれた女性が経営していたカフェが、コーヒーを狙ってきた貴族の横暴によるゴタゴタや彼女らの一身上の都合が重なった果てに廃業していたことを明かした。
「そうか、それでか。俺も興味あったが…仕方ないか」
「ねぇ、そのコーヒーってどんな飲み物なの?」
関心を寄せるシュウに、まだ森の外に出て間もない身でもあることもあって知見を広めるつもりでテファが尋ねてきた。
「見た目は黒く染まった水だな」
「黒!?それ、飲めるの…?」
色が黒い飲み物と聞いて、グツグツと煮込まれ泡立ちながら異臭を放つ飲み物とは言えない毒物のイメージがテファの頭の中を過った。その顔を見てなにやらとんでもな想像をしていることを察し、シュウが即座に口を開いた。
「この世界のコーヒーが地球のものと同質なら飲めるだろう。それも巷で評判だと言うならな。俺もナイトレイダーにいた頃は良くコーヒーを嗜んでた。眠気覚ましの効能は夜型の仕事にはもってこいだし、あの苦味と香りは好きだしな」
マチルダたちを訪ねる以外にも、実はシュウもそのコーヒーが出るというカフェに興味が湧いたのも、今回の外出の理由である。
「へぇ、渋い味覚なんだな。俺砂糖がないと飲めない方だぜ」
「えぇ?苦いの?リシュ、苦いの嫌い」
サイトが感心を寄せるが、リシュが嫌いな給食でも見るかのように、嫌そうな顔を浮かべる。
「リシュくらいの子供には、苦いものはきついか」
「ぶー!リシュ、子供じゃないって言ってるでしょ!またリシュのこと子ども扱いするんだから」
「まぁまぁ…」
(苦いのが好きなんだ…どんな飲み物なんだろ?)
また子供扱いされ膨れ顔になるリシュをサイトがなだめる中、テファは、珍しくシュウが自分の好物だと告げたコーヒーに対する興味がわいた。シュウが好む味なら大丈夫だろうと安心を抱いて。
道中、シュウはすれ違う人々、そしてトリスタニアの街に並ぶ店を眺めていた。
「そういえばシュウ、テファも大丈夫だったか?ルイズから聞いたんだけど、この町はスリも結構いるって聞いてる」
サイトはその時のシュウに、初めてこの町を見たときの自分と姿を重ねていたのか、シュウに忠告を入れてくる。
「ティファニアさん、痴漢とかにも気を付けてください。見ての通り、街って結構混みますから」
「ええ。ありがとう」
テファがこの街に本格的に散策するのは、初めてのことだった。炎の空賊団に村の子供やマチルダと共に庇護され、虚無の力を持つ自分を狙ってクロムウェルに擬態したアンチラ星人に襲撃され、その後はアンリエッタによって城に招かれた。その後は子供たちをトリスタニアの修道院に預け、マチルダにも面倒を見てもらっている。今回の機会まで、街に出向くことさえままならなかった。折角の機会だからトラブルは避けたいものだ。
「あぁ、それなら適当にかわしておいた」
「あたしもいるんだ。うちのテファに手を出そうなんて男は生き埋めにしてやるつもりさ」
「ね、姉さん。気持ちは嬉しいけどそこまでしなくてもいいわ」
「はっはっは、冗談だよ。…半分は」
「半分もなくていいから!」
シュウとマチルダに頼もしさを感じつつも、姉代わりの物騒な発言にテファは呆れやら苦笑いやらと忙しくなる。
一応、この世界の通貨はある程度所持している。シュウも、実質今は稼ぎの手段がない状態だからどこぞの馬の骨にくれてやるようなことは避けたいと思うのだった。
「まっ、痴漢に関しちゃ、ここに貴族の娘っ子がいたら、うちのバカ犬もあんたを狙ってるかもしれないからなんて言っただろうな。な、相棒」
「おいこら!誤解を招くようなこと言うな」
サイトは顔を出してきたデルフに突っ込みを入れるように言い返す。
「え…」
しかしデルフのいらない発言によって、女性としての防衛本能が働いたらしいテファが、ささっとシュウの後ろに隠れる。
「…なぁテファ、このタイミングで俺を見るのやめてくれね?俺そんなことしないって…」
サイトは凄まじく傷ついた。…本音を言うと、男としてちょっと堪能してみたい、という気持ちはあるのだが決して口には出さない。
「サイト、ダメだよ?女の子は好きな人以外に触られちゃうとすごく悲しい気持ちになっちゃうんだよ?」
「もう、サイトさん!私という女がいながら!」
「前にも言ったと思うけどけど使い魔君、テファに手を出すなら、土に帰るつもりでいなよ」
「忠告、痛み入ります…」
リシュにまで叱られ、シエスタやマチルダからも痛烈な視線を向けられる…何もやってないのに。ルイズがいなくても自分はなぜこうも理不尽な目に遭うのだろうかと己の運命を嘆くのだった。シュウに至っては深いため息を漏らしている。
…そんな時であった。
街からガヤガヤと騒ぎ声がサイトたちの耳に入った。
「各員街の至る地点にて、奴の出現に備え待機しろ!なんとしても奴を捕まえるのだ!」
銃士隊の隊長アニエスの声だ。彼女が部下たちを率いてトリスタニア各エリアに隊員たちに命令を下し、銃士隊隊員はそれに従い各地へ散っていく。それを見ている街の人たちも、また何らかの危機が街に起ころうとしておることを予感して不安げだ。
部下たちを各地に飛ばしたのを見送ったところで、アニエスの目にサイトたちの姿が映り、サイトたちの元へ歩み寄ってきた。
「む、サイトではないか。ミス・ヴァリエールは一緒ではないのか?」
「今日は普通に授業受けてますよ。俺はちょっとこっちに用事ができたんで、俺だけなんです」
「私たち、ですよサイトさん」
横からひょいと顔を出してきたシエスタが頬を膨らませながら、サイトの腕に自身のそれを絡ませた。
「シエスタ、アニエスさんが見てるから…」
堂々とくっついてきたシエスタにサイトはタジタジだ。
「少女よ。私はサイトをそのような目で見ていないから安心してくれ」
「どうでしょうかね…サイトさんはお優しいですから、どうも綺麗な方が集まってくる傾向にありますから」
「やれやれ、ミス・ヴァリエールといい、そこの彼女といい、相変わらず隅に置けない男だな」
アニエスはシエスタとサイトのやり取りにクスリと笑ってくる。対するシエスタだが、アニエスを警戒し、威嚇のつもりで鋭い目で睨んでいる。アニエスもスタイルの良い女性だから、またサイトに新たな女がくっついてこないよう牽制しているのだろう。
笑っていたアニエスだが、その目にシュウやリシュの姿も映すと、彼女の脳裏にメンヌヴィルによる魔法学院襲撃事件の記憶が過った。
「…コルベールはどうしてる?」
「あの人も同じですよ。ルイズたちを相手に以前通り先生やってます」
「そうか…」
コルベール。彼女にとって絶対に忘れられない存在となった、魔法学院の教師。国の汚れ仕事を引き受ける秘密部隊の元隊長であり、その任で何の咎もないアニエスの故郷を滅ぼしてしまった人物。彼の名を口にした時のアニエスの声は、妙に落ち着いていた。メンヌヴィルによる魔法学院立てこもり事件の現場にいたシュウには、それが逆に異様な印象を受けた。
サイトも、自分が不在の際に起きたその事件のことは既に聞き及んでいた。あの温厚で、異世界人…もといこの世界では平民扱いの自分にも良くしてくれているコルベールが、アニエスの故郷の仇であることも。
「アニエスさん。まだ、先生のこと…」
当然、あのコルベールからは想像もつかない過去だ。あのコルベールが、リッシュモンたち国の腐った上層部に騙される形になったとはいえ、無実の村を滅ぼし、村人たちを虐殺したなんて、耳を幾度も疑ったものだ。
「まぁな。何せ幼き日から仇を殺すと誓って20年以上生きてきた。今でもあの男を殺してやりたいと思っていることに嘘はない」
やはりそうかと、サイトも認めたくはないが納得するしかなかった。自分も、同じ経験があったからだ。かつて、復讐の鬼であった当時のウルトラマンヒカリ=ハンターナイト・ツルギの放った光線によって、実の両親が勤務していた街諸共二人を殺されたのだから。
「だが…もし奴を殺せば、かつての私と同じ憎しみを学院の生徒やお前が背負うことになる。そう教えられてな。どこぞのお節介焼きにな」
そう言ったアニエスの視線は、サイトからその後ろに立つ男…シュウに向けられた。それに気づいたテファもシュウに目を移すが、二人の視線にシュウは何も言わない。
「っと、勤務中に無駄話をした。済まないな、お前も自分の事情があるというのに」
「それはいいんですけどアニエスさん、何があったんですか?」
話を切り上げたアニエスに、サイトは今彼女が何をしているのかを尋ねる。見たところ銃士隊としての任務中ということはなんとなくわかるが、銃士隊だけでなくそれ以外の国の兵たちもあちこちに見かけられ、どうもいつぞやの王都での狐狩りを思わせる様子だ。
「お前たちは見ていないか?黒いローブに身を包んだ女だ。年齢は私に近い若い女らしいのだが」
サイトだけでなく、後ろのシュウたちにもアニエスは尋ねるが、つい先ほど来たばかりの自分たちには心当たりはなかった。誰もが初耳と言いたげな反応を察し、アニエスは説明し始めた。
「ここしばらくの間、トリステイン各地で盗賊による連続盗難事件が起きている。財宝はもちろんだが、それ以上にマジックアイテムや武具を好んで盗んでるのだ。高名な貴族の屋敷にも簡単に入り込んで、その貴族が隠し持っていたお宝を確実に奪う。噂を聞いて他の連中も選りすぐりのメイジを雇い、隠し場所を変えたりでやり過ごそうとしても、その盗賊にかかればどんな守りも突破され、隠し場所も正確に突き止められて結局ブツを盗まれてしまう。
その盗賊に対して、我々もこうして魔法衛士隊等と連携して追っているのだが…」
苦い顔を浮かべるアニエス。いつ、現在のアルビオンを支配しているレコンキスタやその後ろに控えている真の元凶が、メンヌヴィルのような刺客を送り込んでくるとも、それとは全く異なる脅威がこの国を狙うとも限らない。
「盗賊かぁ。なんだかフーケみたいな奴だな」
サイトはその盗賊に、以前戦ったフーケのことを思い出す。彼女も、大胆にも国中から凄腕のメイジが教員として集められている魔法学院に秘書として潜入して『破壊の杖』を盗もうなどとしたものだ。
「…」
テファはそれを聞くと気まずそうな表情を浮かべる。フーケことマチルダは自分達を養うために盗賊稼業に勤しんだ。間接的に自分が何も悪くない人たちに迷惑をかけたようにも感じてしまった。本人であるマチルダも同様である。
「そのまさかだ」
が、次にアニエスが口にした言葉は、サイトたちに、一層の衝撃を与える。
「どうもその女…少し前にも騒ぎを起こしていた女盗賊、土くれのフーケらしいのだ」
「フーケが…!?」
「嘘…」
「なんだって!?」
「…!」
口からそんな言葉が出たのは、サイトとテファ、マチルダの三人であった。
そんなはずがない。フーケ、もといマチルダはテファや子供達と共にアルビオンを脱出して以降、アンリエッタの計らいもあって修道院にて孤児たちと一緒に過ごしている。アニエスが知らぬことだが、その本人もここにいるのだ。今更盗賊に戻るなんてあり得ない。シュウもまた言葉を発さなかったが、表情がやや険しくなる。
でも今、トリステインは『土くれのフーケ』のために窃盗被害を各地で被っている。
「ただ、一つ不可解なことがある」
「不可解なこと?」
しかしさらにもう一つ、アニエスはその『フーケ』なる人物について、気になることがあるらしい。それをサイトに問われ、詳細を告げようとしたその時、
突如サイトのビデオシーバーと、シュウのパルスブレイガーが着信音を鳴らした。
これが鳴るということは、ムサシの方で何かあったかもしれない、ということ。その着信音を聞いて、シエスタは曾祖父の形見を変わらずサイトが愛用していることを内心喜んでいた一方、テファの表情に陰りが生じる。あれが鳴るということはつまり…何か嫌な予感がしてならなかった。
そんなテファの不安を他所に二人はそれぞれ携帯している通信機を起動する。思った通り、そこにムサシの顔が映った。
「ムサシさん、どうかしたんですか?」
『サイト君、黒崎君!さっきジャンバードの生体センサーに反応があった!今君たちの近くに向かってその反応の源が急接近している!』
「え!?」
かつてタルブ村の決戦にて鋼鉄の武人ジャンボットの姿が牙を向いたジャンバードは、今はトリステイン王国の管理下に置かれ、アンリエッタの命令の下ムサシの手で解析中だ。
今は生体反応を探知、サイトたちの通信機の回線サーバーとして利用されている。そのセンサーに反応があった。
それだけでも何か非常時と言えることが起きた、ということだ。
「待てえええええええええ!!!」
図ったかのようなタイミングで、何者かを追っているような声が響き渡った。
サイトたちは思わずその声に反応して声の聞こえた方角の奥を見た。見えたのは、黒いローブを身に纏う女だ。それを、あの魅惑の妖精亭の店長とその娘である従業員…スカロンとジェシカ、加えて複数人の妖精さんたちが追いかけていた。
「気をつけろ!あの女がさっき話したフーケだ!」
「!」
さらに続けて、アニエスがサイトたちに向けて黒いローブの女の正体を告げた。テファが特に衝撃を受ける中、サイトはデルフリンガーを背中から引き抜き、シュウも反射的にパルスブレイガーに麻酔弾を装填し迎え打つ姿勢をとる。噂をすればなんとやらと聞くが、よもやこれほど早く遭遇することになるとは。
フーケと呼ばれた女は止まることなくこちらに走って迫ってきている。
「止まれ!撃つぞ!」
黒いローブの女はサイトたちが進行先にいるにも関わらず、銃口を向けるアニエスの警告を無視しそのまま突貫しようとしていた。そして、ついに彼女はこちらと激突、アニエスが引き金を引こうとした瞬間であった。
ローブの女はその下に隠していた腕を突き出す。…否、突き出されたのは腕ではなく、その袖下から放出された水であった。それもただの水ではない。
「ジェリースプラッシュ!」
その粘液はアニエスの銃にバシャっと浴びせられる。しかもただ付着しただけに止まらなかった。
「何!?」
液体が付着した銃が、じゅうう…と音を立てて溶けたのである。
(物を溶かす液体!?)
衝撃的な能力を披露した女に、サイトたちは目を剥く。
「待て!」
アニエスは今、使い物にならなくなった銃を捨てて剣を引き抜いている。そのわずかな間の隙も埋めようとサイトがデルフを構えてローブの女に立ち塞がる。ローブの女も一度立ち止まるしかなく、だが再度逃亡を図ろうと、サイトにも粘液を飛ばした。
「相棒、避けろ!」
「っくそ!」
サイトは避けるしかなかった。いくら魔法吸収能力があるデルフでも、魔法で作られたものであっても鉄の銃を溶かす粘液を吸収できないらしく、何よりサイトにあの粘液が浴びせられる危険がある以上、避けるしかなかった。
「今のうちに…きゃ!」
サイトが自分の放った粘液を避けたところで、ローブの女はこの場を切り抜けようとするも、ドバン!という轟音と共に彼女の足元の地面が抉られる。シュウがブラストショットの波動弾で撃ち抜いたのだ。
驚いたローブの女は盛大に転んだ。立ち上がって再度逃走を図ろうとしたものの、そんな隙をこの大人数で構えているサイトたちが見逃すはずもない。彼女が立とうとしたところでアニエスが彼女の背に乗り後ろから両手首を引っ掴んで捕える。
「は、放して!痛!」
「放すわけなかろう!トリスタニアを荒らす不届き者め!」
抵抗する銀髪の少女だが、当然トリステインに害をなした彼女をアニエスは見逃したりしない。同じく、ローブの女を逃すまいとスカロンたちもサイトたちと一緒になってその周囲を囲む。
ローブの女がアニエスに抵抗し踠いてる拍子に彼女の頭を包んでいたローブが露わになる。
その女は、サイトやシエスタとほぼ同年代と見受けられる銀髪と褐色肌の若い少女だった。ローブの下に、両腕よりもさらに数十サント(センチ)は長いであろう、手を覆い隠すほどの長袖のセーターを着こんでいる。
「こいつが例のフーケか?最近また騒ぎを起こしてるっていう…」
「へぇ、誰かと思ったら、こんな小娘だったとはね」
サイトたちは、フーケの名を騙ったであろうその少女を見て目を丸くした。悪事を働くように見えない、こんな年若い少女が偽フーケであるという事実に戸惑っている。本物のフーケであるマチルダもだが、テファも同じ反応だ。別にフーケの偽名に未練も愛着もないのだが、マチルダとしては一体どこのバカが人の偽名を好き勝手に利用しているのか、もしそんな奴がいたら口に二つ名の通りの土くれを御馳走してやろうかと思ったくらいだ。それがどうだ、その偽フーケの正体がこんな年若く、無邪気と言うか天真爛漫そうな…いや、見た目とは裏腹に結構な悪なのかもしれない。本当の悪党はワルドのように、表向き紳士的に振る舞い、こちら側が油断してる間や自身が追い詰められた時に本性を表すものだ。
だが、一番戸惑いを見せてたのはスカロンたち魅惑の妖精亭スタッフであった。
「あなた…『シルバ』じゃない!」
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