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ある晴れた日に

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598部分:誰も寝てはならぬその十六


誰も寝てはならぬその十六

「それでな」
「それで?」
「飯食って寝るよ」
 笑顔で言うのだった。
「これからな」
「そうするのね。じゃあそうしなさい」
「あと飲むか」
 酒の話もするのだった。
「それで寝るよ。気分よくな」
「本当にいつもの春華ね」
 飲むと聞いてつい笑ってしまった彼女だった。
「そういうところはね」
「ああ、やってやるよ」
「それじゃあね」
 こうして二人で言い合い春華はまずはシャワーを浴びた。シャワーから浴びた彼女はいつもの彼女だった。行く先はもう決まっていた。
 静華は空手着を来て家の道場で打ち込みを続けていた。ただひたすら打っていた。
 道場は空手のそれらしく木造であり下は木の板だ。白い壁には太い筆で心を鍛える文字が書かれている。そして入門者を示す札もあるのだった。彼女は今その中にいて拳を打ち蹴りを放つ。一心不乱にそれをただひたすら行っているのだった。
 それを続けてだった。何時間もしているうちにだ。やがて父が来たのだった。見れば大柄でいかつい顔をしている。髪は短く刈っている。父の名は国臣という。
「随分と励んでいるな」
「お父さん」
 その静華に顔を向けて応える。
「ちょっとね」
「ちょっとか」
「ええ、ちょっとね」
 こう返す静華だった。
「何か気持ちが晴れなくて」
「気持ちが晴れないのか」
 見れば彼もまた空手着だ。その格好で彼女の前に出て来たのだ。
「今は」
「ちょっとね」
 こうは言ってもだった。実はかなりのものだった。どうしてもそれが晴れないのだった。
「どうしても」
「それならだ」
「それなら?」
「拳の先を見ろ」
 こう言ってきたのである。
「己の拳の先をだ」
「拳の先?」
「そこに何がある」
 石の響きの言葉の声であった。
「そこには。何がある」
「ええと」
 実際に正拳を撃ってみた。そのうえで先を見る、そこには。
 未晴が見えた。間違いなかった。そしていつもの仲間がだ。確かにいた。
「見えたか」
「見えたわ」
「それが答えだ」
 まさにそれだと告げる父だった。
「それでわかったな」
「そうだったの。これが答えだったの」
「言っておく」
 そして父はまた言ってきたのだった。
「我が家の空手は確かに拳を振るう」
「ええ、そうよね」
「しかしそれは悪しき者に対して振るうものだ」
「子供の頃から言っていたわね」
「それは邪悪な者だけではない」
 それだけではないというのだ。
「そしてだ」
「そして?」
「己の中にある邪な心も撃つのだ」
「心の中もね」
「迷いもまた然り」
 腕を組んで強い言葉を出し続けていた。
 
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