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兄のこと

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第三章

 しかしだ、その実はというのだ。
「信じておられなかったわ」
「あくまで覇業のみ」
「神よりも謀」
「そうした方でしたね」
「そうした方だったけれど今は」
 この世を去り遠い昔の人として想う様になればというのだ。
「もうね」
「その色々あったこともですか」
「過去のものであって」
「今ではですか」
「懐かしくもあるわ、そして」
 自然と微笑んでだ、ルクレツィアはこうも言うのだった。
「あの方のことを忘れたことはないわ」
「今もですね」
「亡くなられてからも」
「そうなのですね」
「ええ、だから朝と夕方には」
 一日のこの二つの時にはというのだ。
「私は礼拝堂でお祈りを捧げているけれど」
「あの方のこともですか」
「祈られていますか」
「神を信じてはおられなかったけれど」
 それでもというのだ。
「亡くなられたなら」
「それならばですか」
「その後は」
「そう思うから」
 だからこそというのだ。
「祈り続けるわ」
「では今日の夕方もですね」
「そうされるのですね」
「あの方の為にですね」
「祈られますか」
「そうするわ」
 静かにこう言ってだった、ルクレツィアは。
 あらためてコーヒーを口に含み菓子を食べてからだ、侍女達に言った。
「では次はね」
「はい、次は」
「何をして楽しまれますか」
「薔薇を見て」
 傍にあったその紅の艶やかな花達を目を少し細めさせて見つつだ、こういうのだった。
「そうしましょう」
「はい、それでは」
「これから」
 侍女達も主の言葉に頷いた、そうして実際に彼女と共に薔薇達を見て楽しんだ。
 ルクレツィアは嘘を言わなかった、この日の夕方も礼拝堂で神に祈りを捧げた、その時に彼の冥福も祈った。そのうえで薔薇を一輪捧げた。紅のそれを。


兄のこと   完


                 2019・3・3 
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