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ある晴れた日に

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455部分:これが無の世界その四


これが無の世界その四

 未晴は確かにいた。暗い何もない部屋の奥に置かれているベッドの中に半身を起こしてそこにいる。しかしその頭には包帯があり口には酸素を吸引する器具が備え付けられている。目は完全に虚ろで開いているだけで何も見ていないことがわかる。両手も身体も患者の服から包帯で覆われ無惨な姿だった。その無惨な姿でそこにいたのだった。
「どうなったんだ、一体」
 何とか言葉を出した。それはこの言葉だった。
「交通事故か。それか」
 最初はそう思った。思いたかった。呆然としてその場に立ち尽くしてしまったがそれでも頭の中でこう思うのだった。
 だが彼はここで気付いていなかった。その後ろに人が来ていたことを。彼女は。
「貴方は・・・・・・」
「え・・・・・・」
「確かあの時の」
 正道がその声がした自分の真後ろを振り向くとそこにあの人がいた。他ならぬ未晴の母親がそこに立っているのだった。
「未晴の同級生の」
「確か未晴の」
「はい、母です」
 彼女は暗澹とし強張りながらもそれでもこう答えたのだった。
「この娘の母です」
「そうだったな。確か」
「けれど何故」
 だがまだ言う彼女だった。
「どうしてここに」
「見舞いに来た」
 こう答える正道だった。
「ここにいると思って来てそれで隔離病棟の扉が開いていたから」
「そう。それでここに」
「未晴は一体」
 彼は暗い、それでも何とか平静を保っている顔で尋ねた。
「何故こんな」
「ずっと。いなかったの」
 こう彼に話す母親だった。
「未晴はずっと」
「いなかった!?」
「ここじゃ何だから」
 母親はここで話を変えてきた。
「場所。変えますか」
「場所を」
「未晴がいるから」
 言いながら自分の娘を見るのだった。その目は自分の母親が来ても動くことはない。ただ開いているだけで何も見てはいなかった。
「だから」
「そうですね。それだったら」
 正道も珍しく自分の言葉を敬語にさせていた。
「場所を変えて」
「わかりました。それじゃあ」
 こうして彼等は未晴の病室から離れた。そうして一旦隔離病棟から出て誰もいない休憩所まで行き。そこで紙コップのコーヒーを飲みながら話すのだった。
「未晴はね」
「はい」
 二人は休憩所の自動販売機の側で向かい合って座っていた。そうしてそれぞれコーヒーを手に話をした。とはいても正道は聞く方であった。
「お祭の日にいなくなったのよ」
「あの時に」
「ええ。捜索願を出しても見つからなくて」
 彼女は俯いて話すのだった。
「それでやっと見つかった未晴は」
「ああなっていたのか」
「身体のあちこちが骨折して火傷して切り傷や打ち傷で一杯で」
「火傷!?打ち傷?」
「言えないようなことにもなっていたわ」
 これは母親としてあまりにも言えないことだった。
「それで公園に捨てられていたの。ボロボロになって」
「まさか」
「多分。捕まって何処かに監禁されて」
 そのことを言う母はこのうえなく辛い顔になっていた。今にも泣きそうな顔にさえなっている。
「それであんなことに」
「未晴は」
「生きてはいるわ」
 そのことは確かだというのである。
「けれど。あまりにも酷い目にあったらしくて身体だけじゃなく」
「心もか」
「ええ、そうなの」
 それもだというのである。
 
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