魔法が使える世界の刑務所で脱獄とか、防げる訳ないじゃん。
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第68話 過去語 一
——— 五年前。
「……ぁっ……は、っ……はぁっ……は」
マフィアの研究所をぶっ壊して、抜け出して、只管走った。
……走り過ぎて、もう一歩も動けない。
「……はぁ……っう」
表通りに居たら目立ってしまうので、路地裏に入っておいて正解だった。
ひんやりとした地面に横になりながら、体力回復を待つ。
一時間前、私はマフィアの研究所をぶっ壊した。今頃、全勢力をあげて私の捜索を行っているだろう。
———はは、ザマァねぇな、マフィア。てめえらの研究、全部ゴミにしてやったよ。
「……逃げなきゃ」
震える体に鞭を打って、また走り出す。
きっとある程度走れば、マフィアの手が届かないところまで行けるだろう。だから、動け。
「———ハハハッ‼︎ そりゃ馬鹿だろっ! なぁ?」
前方から声が聞こえて、反射的に物陰に隠れる。
声の数と気配的に、相手は男六人程度。会話の内容を聞く限り、“アッチ”の世界のヤツ。
———どーせ、お前らもマフィアの仲間なんでしょ?
赤い絨毯が広がる。
もう、これで表には出られない。
———なんで? 世界は自由なんだよ?
こんな、血で汚れた服を着て歩いてるなんて、“逮捕してくれ”と言っているようなものじゃないか。
———じゃあその言葉を誰にも聞かせなければいいじゃないか。
駄目、何も悪くないヤツらに手を掛けるなんて。
———殺人人形が人になれるわけないじゃないか。
———お前、何夢見てんだよ。
「……ほら、もっとやれるでしょ……? 早く立てよ……‼︎」
「ヒィッ‼︎ もう勘弁してくれ、ぇえッ‼︎」
「命だけは……命だけは助けて……ッ‼︎」
———あーあ、人殺し。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
———何十人殺したんだよ、人殺し。
違う、殺してない。
———分からないんだろ。
「…………い……るさい……うるさい……うるさいうるさいうるさいうるさいッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
———あーあ。また増えちゃったネ。
「なんで……なんで……」
———後ろを見てみろよ。
「うし、ろ……」
———お前が作った道だよ。真っ赤な真っ赤な、血の絨毯が敷いてある道。
———これじゃ、マフィアからは逃げられないね。
「い、や……いやだ……っ‼︎」
また走り出す。
真っ赤な道は、帰り道へ私を導くように、マフィアの研究所へと伸びている。
早く、早く逃げなきゃ。
◇ ◇ ◇
マフィアを抜け出して、何回めの朝。
毎日灰色の天井と睨めっこしていた日々が懐かしい。
「よぉ、嬢ちゃん。こんなとこで寝てるなんて、駄目だろ?」
横から声。寝起きでぼーっとする意識を頭を振る事で無理矢理活性化させながら、横を向く。
そこには、いかにも「ヤクザです」みたいな格好をした男共が、十人くらい並んでいた。
「……はぁ? アンタには関係ないでしょ。クソ野郎共が、私に話しかけてくんじゃねえ」
「なっ……アニキになんて口きいてんだクソ餓鬼‼︎」
「女の分際で、調子に乗ってんじゃねぇ‼︎‼︎」
うるさい。うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。
“女の分際で”だって? 私はそんなにヤワじゃない。
うざい。うざいうざいうざいうざいうざい。
「……………………てめえらイラつくんだよ。だから……死ねよ」
「はいストップストップー」
また横から声。高そうな革靴の踵をコツコツと鳴らしながら、おちゃらけた声とともにまた人が増える。
今度は一人だけ。これまた高そうなスーツを着込んで、髪をしっかりと整えたヤバそうな奴。
警察か?
「君達は巷で噂になっているヤクザで間違えないですね?」
「だとしたらなんだよ。今、イラついてんだよ。失せろ」
ヤクザが警察らしき男に暴言を吐いた直後、一瞬にしてピリッと張り詰めた空気になる。
この警察野郎、ガチギレ状態。
「………あ゛あ? 調子乗ってんじゃねぇぞクソヤクザ。すぐにしょっぴいてやる」
“しょっぴく”……署まで強制連行って訳か。
だったら、死んだ方がこのヤクザ共は嬉しいのでは?
気付けば目の前にヤクザ共は居なかった。
今は足元で、寝ている。
「……クソ餓鬼。警察が見てる前で殺したぁ、いい度胸じゃねえか」
「嗚呼、警察なんて居たんだ。そこに転がってるブタ野郎と全く同じ様な感じしてたから、気付かなかったわ」
「……お望み通り、直ぐに豚箱に突っ込んでやるよ」
「やれるもんならやってみろよ、クソポリ公」
またマフィアで殺しをやっていた時から愛用している、折りたたみ式のナイフを取り出して———
「え……?」
刃を見て……否、“刃があったはず”の部分を見て絶句した。
「……ん? 何ですか、其れは。とても、武器には見えませんけど」
刃が完全に無くなっている。使っている途中で折れてしまっていた様だ。
なんでそんな重大なことに気付かなかったのだろう。
「……なんでこんな時に折れてるんだよ……使えねえな」
最悪だ。マフィア時代はこのナイフ以外にも銃等を持っていたが、今は持っていない。
ナイフだったものを地面に放り投げ、先程ぶっ殺したヤクザ共の服を漁る。丁度、若頭らしき奴が銃を持っていたので、それを拝借。
残りの弾数は四個。無駄遣いは出来ない。
「へぇ。今時の中学生は銃も使えるんですか」
「悪いけど、私は“人間ごっこ”に興味は無いんだわ。学校なんか行って遊ぶ暇があったら、その間に気に入らない奴全員ぶっ殺す」
「“横暴な女王様”って訳ですか……其れは、早く捕まえて、豚箱にブチ込まなければ」
余裕そうに笑みを浮かべる警察。懐から銃を取り出して、安全装置を外す。ガシャと音を立てて、銃弾を装填する。
そして、トリガーに指を掛けて、銃口を私の眉間に向ける。
「———イラつくんだよ、その態度」
あのクソ首領みたいで。
「小さい餓鬼一人を助けたくらいで……」
何時もヘラヘラと笑っていて。
「私をまた実験に使いやがって……」
助けてくれた筈なのに、また突き放されて。
「イラつくんだよ」
私の大切な友達を殺して。
それでもまだ生きているという事が。
「ぶっ殺したくなる程イラつくんだよ」
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