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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン10 熱血!青春!大暴走!

 
前書き
珍しくシリアスな前回の引きを1瞬でぶっ壊しにかかるタイトル。
最近気づいてきたのですが私の場合、いくらでもシリアスできる世界観を設定してその中でコメディタッチというかこんな緩いもの書いてるのが一番性に合う気がします。

前回のあらすじ:糸巻が寝落ち回想しているうちに八卦ちゃんが行方不明に。 

 
 デュエルポリス2人が七宝寺から八卦が帰宅していないとの知らせを受け取った、ほんの少し前。糸巻らの元を後にした、それからの少女の足取りを追ってみよう。その純真さとポジティブ思考は自分がうまいこと締め出された、などという可能性には少しも結びつかず、敬愛する「お姉様」の言葉に従いいったんは家の方角に向け歩き出したものの、ほんの数歩も進まないうちにその足が止まってしまった。

「(あんなに喜んでもらえるなんて、思わなかったな。お姉様、実は怪談とか好きな人なのかな?)」

 ほんの話の種になれば、そんなつもりで持ってきた幽霊騒動に関するうわさ話は、少女の想像を超えて糸巻らの興味を引いていた。しかしその真意がまるで予想もつかない少女は無邪気に、幽霊という言葉に対し彼女らが食いついたのだとすっかり思い込んでいた。日が傾いているとはいえまだ夜にはわずかに時間があり、小さな背中を押す太陽の残滓が少女の心に余計な弾みをつける。

「(今から私も、この図書館のあったところに行ってみようかな?もしかしたら、幽霊さんに会えるかもしれないですし。お姉様の調査のお役に立つものが見つかるかも!)」

 そうと決めれば、若い少女のフットワークは軽い。学校帰りの女の子にしか見えない彼女はあくまでもごくありふれた学生でしかなく、いつもの帰り道とはまるで違う方向にふらりと踏み込んだ人影に注意を払うものは誰もいなかった。
 いくつもの路地を越え、信号を渡り。歩くにつれてまばらになってゆく周りの人影と比例するかのように、太陽の面積も小さくなってゆく。少女が目的の場所にたどり着いたときには既に、その上端がわずかなオレンジの光をどうにか浮かべているのみ。すぐ後ろまで忍び寄っていた夜の気配に多感な少女は身震いして躊躇するも、敬愛する彼女の顔を思い浮かべて自問自答する。お姉様ならば、夜になったからといって躊躇するようなことがあるだろうか?いや、答えはノー、だ。ならば、自分がここで躊躇するわけにはいかない。そんなことでは、いつまでたっても追いつけやしない。
 当然それは、勝手な思い込みでしかない。もしこの場所に当の糸巻本人がいれば、血相変えて止めに入ったであろう。しかしその彼女は現在、煙草を片手に大量の検挙記録を目を皿のようにして睨みつけている真っ最中だ。

「(……す、少しだけ。鍵がかかってたら、そこで帰りましょう)」

 そうは言っても、怖いものは怖い。迷った末に妥協案を心に決めて封鎖された裏門に回り込み、それを乗り越えて音もなく着地。かつて司書たちが使っていたのであろう勝手口のドアノブを掴み、そっとひねる。彼女にとって幸か不幸か、そのドアは開いていた。油がしっかりと残っているのかすんなりと開いたドアの前でまたもや固まるも、気を取り直してその体を屋内に滑り込ませる。きっちりとドアを閉めると、暗い廊下にはなぜかまだ生きているらしい非常口のランプが緑色の光を唯一の光源として不気味に落としているのみ。

「ゆ、幽霊さん、いらっしゃいますか?」

 かつては人もいたであろう無人の廊下に、わずかに震えた声が響く。少女自身この問いかけに何か反応があるなどと期待していたわけではなかったが、意外にもそこで動きが起きた。視界の端に見えていた、2階と地下に繋がる最も大きな一般客が利用するための大階段。そこで彼女の声に驚いたように小さな人影が立ち上がり、逃げるようにして2階へと走り去っていったのだ。それは遠目の、しかもほんの1瞬の邂逅でしかなかったが、デュエリストとしての卓越した少女の動体視力はそれを確かに捉えていた。
 そして確信する。あれこそが最近話題の、少女の幽霊だと。自分と同じく幽霊のうわさを聞き付け、肝試しに来た子供という線はあり得ない。なぜならば走り去っていくあの瞬間、確かに幽霊と後ろの階段は重なっていた。にもかかわらず、少女の目には終始階段が見えていた。つまり、その体はかすかに透けていたのだ。

「……!!」

 興奮が恐怖を一時的に追いやり、無鉄砲な好奇心がその足を前へと動かす。埃の積もったカウンターから一定間隔に並んだがらんどうの本棚を抜け、足音を殺すことも忘れてパタパタと走る。
 それほどまでに興奮していたからだろう、すぐ近くにいた2つの人影に、手遅れになるまで気が付けなかったのは。

「ん?誰だ!」
「どこの……って、なんだ子供か」

 その足音に振り向いたのはよれたGパンに「熱血」と力強い字体でプリントされた赤いTシャツ姿の青年に、その相方としてはあまりに不似合いな黒いスーツ姿にサングラスをかけた髭面の男。1人1人ならまだしもコンビとなるといかにも怪しい2人組に、少女は1瞬言葉に詰まる。そもそも今いる場所は立ち入り禁止であり、忍び込んだ自分以外に人がいるはずはないのだ。その場でフリーズする少女に、髭面の男が相方を手で制して優しく語り掛ける。

「嬢ちゃん、肝試しか何かかい?ここは立ち入り禁止だろう?」
「お、おじさんたちだって、入っているじゃないですか」

 咄嗟に口を突いて出た反発の言葉に、言い切ってからしまったと後悔する。そもそも同じ状況でも堂々と開き直れる糸巻や平然とすっとぼけられる鳥居とは違いまだ世間に擦れていない少女は自分が悪いことをしているという自覚と罪悪感が強く、生真面目な少女の感性はこれだけで今のは言いすぎたと感じたのだ。
 そして熱血シャツの青年がむっとした顔になった様子を見て、より一層罪悪感が強くなる。

「おじさんだと?待てぃ、俺はまだお兄さ……」
「わかったわかった、お前は黙っとけって。んで嬢ちゃん、確かにこりゃ一本取られたな。んー……おじさんたちはな、実はデュエルポリスなんだよ。知ってるだろう?あんまり評判良くないけどな」
「ええっ!?」

 この突然の宣告に、目を見開く少女。デュエルポリスということはお姉様の同業者で、しかもデュエリストとしても大先輩。しかし、その発言に戸惑ったのは1人だけではなかった。隣にいた熱血シャツもまた、慌てた様子で口をはさむ。

「ちょ、ちょっと、朝顔さん!?」
「いーからいーから、お前は黙ってろよ?で、この辺で最近話題になってる幽霊騒ぎ。とりあえず、近場にいた俺たちが今日は様子を見に来たのさ」

 朝顔と呼ばれた髭面の男は、なぜか2方向から注がれた驚愕の視線もどこ吹く風にそう言って小さく笑う。その笑顔にはとても裏があるようには見えず、少女もその言葉を信じかける。しかしその心のどこかには、ほんのわずかに引っかかるものがあった。そうとも知らず、朝顔が笑みを絶やさぬままに畳みかける。

「なあ嬢ちゃん、ここはひとつ俺たちに任せて、嬢ちゃんはお家に帰ってくれないかな。危ないことはないと思うが、一応こっちも仕事だからな」
「あ、あの!」
「うん、どうしたい?」

 ぬぐい切れぬ違和感。意を決して声を発した少女に、朝顔がにこやかな笑顔のまま聞き返す。
 少女は、ここでひとつミスを犯した。ここで彼女が取るべき最適解は、大人しく彼の言うことを聞いて外に出たと思わせておいてから糸巻お墨付きの隠密能力によりその後をつけるなり最初に見た少女の方向へ向かうべきだったのだ。しかし少女はまっすぐで、どこまでも純真だった。そのような相手の裏をかく手など思いつくはずもなく、正面から違和感の元を口に出してしまう。

「おじさん達、デュエルポリスなんですよね」
「ああ、そうだが……」
「この町のデュエルポリスは、お姉様……糸巻さんと、鳥居さんのはずです。あの2人でも私が今日教えてはじめてこの幽霊の話を知ったのに、どうしておじさん達がそのことを知っているんですか」

 ぴしり、と音がしそうなほどに空気が凍り付いた。たっぷり10秒ほど沈黙が流れ、朝顔がぎこちない笑みで諦めたように近くのテーブルに腰かける。

「……なるほど。咄嗟に出たにしては、俺にしちゃ結構うまい詭弁だと思ったんだがな。まさか嬢ちゃんが巻の字の知り合いだったとはな、裏目にもほどがあるってもんだ」
「え、えっと……?」
「いいか、そもそも俺たちがデュエルポリスだってのは真っ赤な嘘だ。むしろその正反対、巻の字に言わせればテロリスト。それが俺たちだ」
「そ、そん―――――」
「おっと、逃がさないぞ!」

 まるで笑っていない目を見た瞬間に身の危険を感じ、咄嗟に身を翻して逃げ出そうとする少女。しかしその細腕を、熱血シャツの青年が寸前にがっしりと掴んで止める。大人の男と少女では腕力の差は歴然、いくら身をひねって逃れようとしても頑としてその手が緩む気配はない。その様子を確認し、朝顔がまた口を開く。

「嬢ちゃんがここに来たのは、おおかた巻の字に何か頼まれたからか?この辺の様子を探ってこい、とかな」
「ち、違います!私が、勝手に……!」
「そうなのか?まあ、どっちでもいい。巻の字がこの幽霊騒ぎを聞きつけたってことは、奴のことだから当然俺らがらみだと思うだろうなあ……明日、下手すれば今夜。怒り狂った赤髪の夜叉が、ここに突っ込んでくる様子が目に浮かぶ」
「うう……!」

 朝顔の独り言も耳に入らず、動く範囲でじたばたと暴れる少女。拘束を抜け出せる気配はまるで見えはしなかったが、動いた拍子にバッグが床に落ちてその中身をぶちまける。教科書やノートの中に混ざる、デュエルディスクと彼女のデッキ。それを見た朝顔の目が、興味深そうな光を放った。

「そうか、嬢ちゃんもデュエルやるのか。なあ、嬢ちゃん。ひとつここで、俺らとアンティ勝負をやってみる気はないか?」
「うぅ、痛いです……え?」

 アンティ勝負。互いに了承の上で何か……通常はレアカードを賭けて行われる、俗に言う賭けデュエルである。「BV」の誕生する以前、糸巻らがまだ表舞台で喝采を浴びていた過去にはこのシステムがデュエルモンスターズの楽しみ方の一形態である合法賭博として受け入れられていた時期もあったが、それはすでに昔の話。デュエルモンスターズそのものにすら色々と規制のかかる現代では、当然違法行為として名を連ねている。

「ああ。嬢ちゃんとこの暑苦しい格好の奴、夕顔ってんだがな、こいつがデュエルをする。サイドなし、時間無制限の純粋な一本勝負だ」
「え、俺?」

 抗議の声をきっぱりと無視し、朝顔の説明は続く。その内容は理不尽この上ないはずなのに、なぜか引き込まれる語り口。いつの間にか少女は脱出も忘れ、真剣にその声に耳を傾けていた。

「とはいっても、別にレアカードが欲しいわけじゃない。嬢ちゃんに賭けてもらうのは、自由だ」
「自由、ですか?」
「そうだ。夕顔の奴が勝てば、嬢ちゃんには俺たちについてきてもらう。とはいえ安心しな、その場合でも海の底で石抱いて眠ってもらうことにはならないだろうからな。なにせ巻の字は甘ちゃんだ、可愛い妹分が人質に置いてあるのは俺らにとって相当大きい。まあ、家に帰れるのはかなり後のことにはなりそうだがな」

 私が負けたら、お姉様に多大な迷惑がかかる。あまりに現実離れした展開のせいでなかなか湧いてこなかった実感が、今になってようやく追いついてくる。そして彼女がまず最初に感じたものは、そこまで追い込まれた自分自身のふがいなさに対しての強い怒りだった。口を開くこともできずうつむいたままで小さく震える少女。その姿を恐怖由来のものと判断し、朝顔はあえてそれには触れずルール説明の続きに移る。

「嬢ちゃんが勝てば、このまま何もせず逃がしてやる。嬢ちゃんはその後で巻の字にチクるなりなんなり自由にすればいいが、少なくとも俺たちは今日は誰にも会わなかった体でいく。おい、お前もそれでいいな」
「勝手にしてくれよ、朝顔さん。俺は別に異論はないぜ、人質ってのはどうも卑怯だからな」
「そう綺麗ごと言ってられるのも、巻の字に敵として覚えられるまでの話だろうな。さあ、嬢ちゃんはどうしたい?」
「……もし私が断ったら、どうするつもりなんですか」

 にやり、と髭面の下で朝顔の口元が笑みを浮かべる。それは下卑た笑みというよりも、むしろ目の前の少女を認める称賛の表情のように見えた。

「なかなか肝が座ってるな、嬢ちゃん。その場合扱いとしては、夕顔の不戦勝だ。当然、最初に言った通り嬢ちゃんには誘拐されてもらう。ただ、その時はこっちも多少手荒な真似になるかもな」
「もうひとつ、聞かせてください。私が勝てば逃がしてくれるというのは、本当ですか」
「ああ。嬢ちゃんが巻の字からこいつを聞いてるかは知らんが、なんなら誓ってやろう。デュエリスト、朝顔涼彦(すずひこ)。プロネーム『二色のアサガオ』の名前でな」

 一見何気ない宣言。だがデュエリストにとって、その名前は大きな意味を持つ。かつて糸巻から聞いた話が、少女の脳内でリフレインする。

『……だからな、八卦ちゃん。実力はもちろんだがイメージ商売でもあるプロデュエリストは、名誉と名前を何よりも重視する傾向がある。アタシも絶対に破れない約束をするときは糸巻太夫の名前にかけて、そして赤髪の夜叉の名において誓いを立ててやったもんさ。そいつを代価に置いた以上、その約束を破ることはデュエリストとしての名誉を全部捨てたうえで踏みにじるのと同じ。例えるならデュエリストの魂、ずっと戦ってきた命より大事なデッキを1枚1枚自分の手で破いてヘドロの中に捨てるようなもんだ』

 その言葉の意味を何度も頭の中で繰り返し、目の前で注意深く様子を窺っている朝顔の目をまっすぐに見つめる。あるいはここでもう少し粘っていれば、危険な賭けに首を突っ込まずとも朝顔自身が危惧していたように糸巻が介入する可能性もある。
 だが、少女はその可能性をあえて自分から切り捨てた。お姉様に、迷惑はかけられない。

「わかりました。その勝負、お受けします」





 ほこりっぽいがらんどうの図書館、その元閲覧スペース。邪魔な机や椅子が脇にのけられることで作られた空間で、男女2人のデュエリストが対峙する。そのうち男の腕に装着されたデュエルディスクは、通常サイズよりも一回り大きい。正規品とは規格の違う、内部機構に「BV」の組み込まれた真っ赤な違法品だ。緊張感を隠しきれずやや動きの硬い少女に、男がさわやかに笑いかける。

「おいおい、随分と緊張してるじゃないか。そんなことじゃあ、デュエルモンスターズは応えてくれないぞ?」

 返事はない。すでにこの状況だけでいっぱいいっぱいの少女は、そこに割くだけの余裕がなかったからだ。

「放っておけ。夕顔!子供だからって油断はするなよ。あの巻の字の妹分なら、下手に扱うと手ぇ噛まれるぞ」
「いや犬かよ!まあいい、それじゃあ……」

「「デュエル!」」

 先攻後攻がランダムに選ばれ、それぞれのデュエルディスクに互いのデッキ、手札、エクストラデッキの枚数と共に表示される。男が先攻で、少女が後攻……だがそんなことよりも少女が目を疑ったのは、そこに記されたひとつの情報だった。

「エクストラデッキの枚数……6枚!?」
「おお、そうだ。俺のエクストラにカードはきっかり6枚、それで十分だ。何か問題でも?」
「い、いえ!失礼しました、私、つい……」

 慌てて謝罪する少女だが、その驚きも無理はない。百万喰らいのグラットン、強欲で金満な壺。いまやある種の聖域であったエクストラデッキそのものをコストとして力を発揮するカードも数多く、たとえエクストラデッキに入るモンスターを使わないデッキであってもそういったカードの使用を見込んで15枚ギリギリまでカードを入れる、それがスタンダードなデッキ構築だ。唯一の例外がサポートカードのほぼすべてにエクストラデッキにカードが存在しないことを要求する【帝】だが、そのデッキは基本強力なサポートが腐ることを危惧し最初からエクストラ0枚で勝負することが多い。
 つまり、男の提示した6枚という数字は0か15、という二極化が進むデュエリストのエクストラ事情に真っ向から抗う極めて異例な構築なのだ。

「気持ちはわかるぞー、嬢ちゃん。俺も最初は同じことを思ったからな」

 なぜか相手側の朝顔から飛んでくるフォローに目をぱちくりとしたまま頭を下げつつも、頭の中では必死に相手の狙いを定めようとする。しかしカードショップという叔父の職業柄カード知識はそれなりに豊富な少女でも、このエクストラの枚数から相手のデッキを絞りきることは至難の業であった。

「さあ、俺の先攻だ少女よ!俺のフィールドにモンスターが存在しないとき、フォトン・スラッシャーは特殊召喚できる!」

 先陣切って図書館に呼び出されたのは、銀の刃を光らせる大剣を手にした単眼の光輝く戦士。

 フォトン・スラッシャー 攻2100

「そして、召喚僧サモンプリーストを召喚!このカードは召喚成功時、守備表示となる!」

 召喚僧サモンプリースト 攻800→守1600

「フォトン・スラッシャーにサモンプリースト……【ランク4】?でも、それだとエクストラデッキの枚数が……」
「考えているな少女よ、では答え合わせの時間だ!サモンプリーストの効果発動、手札の魔法カードをコストにデッキからレベル4モンスターを呼び出す詠唱呪文を唱える!俺はこの魔法石の採掘を捨て、銀河の魔導師(ギャラクシー・ウィザード)を特殊召喚する。さらにこの銀河の魔導師は、1ターンに1度自身のレベルを4つ上げることが可能となる!」

 銀河の魔導師 守1800 ☆4→8

「さあ、開幕だ!魔法カード発動、ギャラクシー・クイーンズ・ライトオオオォォォ!」

 ただでさえ無意味に声の大きい夕顔がさらにオーバーなリアクションと共に声を張り上げ、その魔法カードを高々と掲げる。朝顔は彼のこうした行動にも慣れているのか彼が全力で声を張る数秒前にはすでに両手で耳をふさいで防御姿勢をとっていたが、そんなこと知る由もない少女は近距離で大音声をまともに聞く羽目となってしまった。

「このカードは俺のフィールドのレベル7以上のモンスターを選択し、他のレベルを持つ俺のモンスター全てをその数値に合わせる!燃え上がれ、俺のモンスター!」

 そのフィールドに存在するのは、レベル8となった銀河の魔導師。その数値に合わせ、残る2体のモンスターもまたそのレベルを倍加させる。

 フォトン・スラッシャー ☆4→8
 召喚僧サモンプリースト ☆4→8

「1ターン目からレベル8モンスターが、3体……!」
「俺はレベル8となったフォトン・スラッシャー、サモンプリースト、銀河の魔導師でオーバーレエェイ!3体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」

 3体のモンスターが光となって絡み合いながら宙に飛び、地面に落下して大爆発を引き起こす。真っ赤に燃える光の中から、その背にくくりつけた大量の竹刀やバット、そして剣道着のような完全武装の防具の重さをものともせずにその重武装で腕立て伏せをする巨人の姿が浮かび上がった。

「沈みゆく夕日に俺は誓う、青春と血と汗と、そして永遠の熱血を!エクシーズ召喚、ランク8!熱血!指導!王!ジャイアントレーナーアアアァァ!」
「おーおー、熱血(バカ)は今日も元気だ」

 よほど慣れているのか冷めた目で呟く朝顔を尻目に、夕顔が力強くその拳を振り上げる。それと同時にようやく腕立て伏せを止めた巨人が、体の周りに浮かぶ3つの衛星のような光の弾を従えて仁王立ちした。

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800

「いくぞ少女よ、覚悟はいいかあぁ!ジャイアントレーナーの熱血効果、発動!オーバーレイユニットを1つ使い、カードを1枚ドロー!そのカードがモンスターカードだった場合、相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!」

 ジャイアントレーナーの持つ竹刀に光の弾のうち1つが吸い込まれ、その力を解放した竹刀を巨人が力強く振りかぶる。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(3)→(2)

「熱血指導イチの太刀、青春!ドローカードは……魔法カード、戦士の生還!」

 自信満々に引き抜かれたカードはしかしモンスターではなく、まずは助かったと少女が小さく息を吐く。しかしそれを目ざとく見つけた夕顔が、またしても声を張り上げる。

「甘い、甘いぞ少女!確かにモンスターエクシーズは通常、1ターンに1度しか自身の効果を使用できない。しかああし、このジャイアントレーナーはたゆまぬ血と汗と涙と青春と熱血の鍛錬により、その枠を突き破ることに成功した絶対無敵の熱血王!俺は再びジャイアントレーナーの熱血効果発動、熱血指導二の太刀、闘魂!」
「1ターンに2度、効果を使うエクシーズ!?」
「そいつは違うぞ、嬢ちゃん。夕顔の使うジャイアントレーナーは、同名縛りで1ターンに3度まであの効果を使うことができる。初手で出されたのは、まあ事故だと思って諦めな」

 背負った無数の得物からゴルフクラブをおもむろに引き抜いて竹刀の代わりに構えてまたしても素振りを始める熱血指導王に驚愕する少女に、冷静に訂正を入れる朝顔。少女の専門はHERO、つまり融合召喚であり、エクシーズモンスター……ましてランク8もの大型モンスターの知識はまだ乏しい。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(2)→(1)

「ドローカードは……ちっ、今日は調子が悪いみたいだな。永続トラップ、リビングデッドの呼び声。またしてもダメージは発生しないが、ならば最後の1回だ!おい、いいか少女よ。熱血指導に最も必要な要素、それは一体なんだと思う!」
「え、ええ!?えっと……」

 なぜか唐突に自分に話が降られ、そもそも飛んできた質問の意味もよく分からず返事に詰まる少女。見かねて助け舟を出したのは、このままだと話が進まないと察した朝顔だった。

「嬢ちゃん、わからないときは素直にわからないって言っといた方が楽だぞー。どうせ大したこと考えて聞いてるわけじゃないんだ、真面目に考えてると考えただけ損だからな」
「え、えっと、その……申し訳ありませんがわかりません、まだ私が至らなくて、ごめんなさい……?」
「そうか、ならば仕方がない!この俺が直々に、熱血指導の在り方について教えてやろう!いいか少女よ、熱血指導に最も必要となる要素……それはずばり、愛だ!」
「愛、ですか?」
「あーあ。適当に聞き流しときゃいいものを、真面目だなあ嬢ちゃんは」

 あまりに唐突かつ不釣り合いな単語につい、オウム返しに聞いてしまう少女。呆れ気味の相方の言葉は相変わらず無視したままで、夕顔がそうだ、と大きく頷く。

「ただ痛めつけるだけの指導、そんなものは熱血の風上にも置けはしない!熱血指導とはすなわち相手に対する愛、ラブ、アモーレ、ローマ字で言えばエルオーブイイー!それが根本にあってこそ、真の熱血は成立する!少女よ、わかるかあああ!」
「LOVEってラブじゃねーか、そんなものローマ字読みしてもロべだぞロべ」

 喉元まで出かかっていたものの少女には遠慮のあまりなかなか言い出せなかった一言を、何の躊躇もなく突き刺していく朝顔。そんな冷静なツッコミも相変わらず聞こえていないのかはたまた聞こえていて無視しているのか、ともあれ熱血指導王がまたしても武器を持ち変える。最後に選ばれたのは、その巨体に見合った特大サイズのフェンシング用フルーレだった。

「熱血指導サンの太刀、愛!ドローカードは……来たかモンスター、BK(バーニングナックラー) ベイル!喰らえ、800のダメージを!」
「きゃあっ!」

 振りぬかれたフルーレの先端から稲妻が走り、容赦なく少女の身を焦がす。糸巻らデュエルポリスとは違い八卦の持つデュエルディスクは市販品であるため、「BV」の元素固定による実体化ソリッドビジョンの結合を弱めダメージを和らげる妨害電波発生機構はついていない。それでも大人であればまだその場に踏みとどまることもできただろうが、それよりはるかに軽い少女の体は勢い余って吹き飛ばされ、そのまま押しのけられていた机の角に背中からぶつかってしまう。幸いなことに手ひどくぶつけたにもかかわらず骨に異常はないようだったが、それでも背中を走る熱い痛みに息が詰まる。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(1)→(0)
 八卦 LP4000→3200

「おいおい嬢ちゃん、大丈夫か?」
「起き上がれるか、少女!」
「い、痛たた……はい!まだまだ、問題ありません!」
「よおし、その意気だ!なかなか見込みがあるぞ、少女よ!カードを1枚伏せて、俺はこれでターンエンドだ!さあ、どんと攻めてこい!」

 壁に手をつきながらも立ち上がりきっぱりと宣言する少女に、そのガッツが気に入ったらしい夕顔が破顔して自らの胸をどんと叩く。吹き飛ばされる最中も手放さなかった自らの手札をぐっと力を入れて握り、彼女もまたカードを引く。

「私のターン、ドロー!ここは……魔法カード、融合を発動!」
「ほう、嬢ちゃんは融合使いか」
「私が素材とするのは手札に存在するE・HERO(エレメンタルヒーロー) クノスぺ、HEROモンスターであるこのカードを2体。英雄の蕾、今ここに開花する。幻影の大輪よ咲き誇れ!融合召喚、V・HERO(ヴィジョンヒーロー) アドレイション!」

 彼女の最も信頼する蕾のヒーロー2体を墓地に送り呼び出されたのは、青黒い地肌に黒い衣装を着こんだ八頭身のヒーロー。その腰からは左右に3本ずつ計6本もの装飾が、まるで影の触手のように風もないのにはためいている。

 V・HERO アドレイション 攻2800

「さらに永続魔法、増草剤を発動します。これは1ターンに1度、私の通常召喚権を放棄することで墓地に存在する植物族モンスター1体を蘇生させることのできるカードです。私はこのターンその効果を使い、今墓地に送ったクノスぺのうち1体を蘇生させます!」

 その言葉通りに表を向けられた増草剤のカードの中から、固く閉じられた花の蕾が擬人化したかのような異色のヒーローが飛び出してアドレイションの隣に並ぶ。これは少女のエースにしてこのデッキの軸となる、ヒーローの中でも珍しい植物族の特性を持つこのカードだからこそできる芸当である。

 E・HERO クノスぺ 攻800

「行きます!アドレイションは1ターンに1度自分以外の私の場のHERO、そして相手モンスター1体を対象とし、選んだ相手モンスターの攻守をこのターンの間だけ選んだHEROの攻撃力分ダウンさせます。私が選ぶのは当然、クノスぺとジャイアントレーナーです!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800→2000 守2000→1200

「俺の熱血指導王が!」
「これでアドレイションの攻撃力は、あなたのモンスターの攻撃力を越えました。このままバトルに入ります、まずはアドレイションで攻撃です!」

 弱体化した巨人の放つ力任せの一撃を、漆黒のヒーローが難なく回避する。まさに自身の所属が示す幻影(ヴィジョン)のごとく滑らかな動きで背後に回り込んだアドレイションが、分厚い防具の隙間に鋭く正確な反撃の手刀を叩きこんだ。

 V・HERO アドレイション 攻2800→熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2000(破壊)
 夕顔 LP4000→3200

「なかなかにいいパンチだ、少女よ!だが、そんな程度ではまるで効かないぞ!」
「まだです!クノスぺでそのままダイレクトアタック!」

 蕾のヒーローが懸命に飛び上がりその小さな体を精一杯に使って蕾の腕で夕顔を殴りつけると勢い余ったその衝撃で派手に埃が舞い上がり、少女の視界を1瞬ふさぐ。再びその目が夕顔の姿を捉えた時、空になったはずのその場には両腕で巨大な盾を構えるオレンジ色のアーマーを着込んだ戦士が立ちはだかっていた。

 E・HERO クノスぺ 攻800→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP3200→2400→3200
 BK ベイル 守1800

「そんな、ダメージが!?」
「今のも悪くない一撃だった……だがしかああし!俺はクノスぺの攻撃を受けた瞬間、手札からBK ベイルの効果を発動させてもらった!ベイルは俺が戦闘ダメージを受けた際に手札から特殊召喚でき、その時受けたダメージを回復する!」
「回復、ですか。あれ、でしたら最初にアドレイションの攻撃でダメージを受けた時にその効果を発動していれば、クノスぺの攻撃も受けずに済んだのでは?」

 ふと感じた疑問が、少女の口をついて出る。実際にクノスぺの攻撃力ではベイルの守備力を突破できず、ベイルの発動タイミングによっては夕顔のライフは結果的に全く減っていない状態のままターンを迎えることもできたはずだ。だがそれを聞いていた朝顔が、代わりにやれやれとたしなめる。

「おいおい嬢ちゃん、素直に質問するのも大事だが、勝負中はやめときな」
「は、はい!ですが気になったので、つい」
「あのな、嬢ちゃん?嬢ちゃんがそう思ったってことは、つまりアドレイションに戦闘ダメージを受けたタイミングでベイルの効果を発動していたらクノスぺでは勝てなかった、そう言いたいんだろう?ってことはつまり、だ。嬢ちゃんは今自分から、私の手札には手札から捨てることでHEROの攻撃力を2500上昇させるカード、オネスティ・ネオスは入っていませんよーって大声でばらしてるのと同じなんだよ」
「え?……あ、ああっ!」
「やーっぱり気づいてなかったのか。発言にはもっと気を付けときなよ、嬢ちゃん」
「す、すみません!ご指導のほど、ありがとうございます!」

 ぺこぺこと何度も頭を下げてお礼を言う少女の姿に、どこかやりにくそうな表情でそっぽを向く朝顔。負けたら自分が誘拐されるというのにその理不尽な勝負を持ち掛けた相手にすら素直に礼を言う、その純真さはすっかり裏稼業に染まった大人には眩しすぎるものだった。

「じゃああなたは、モンスターをより確実に残すためにベイルを……?」
「さあな、どう思う少女よ。だがその答えは、今にわかる!」
「で、ですか。ならば気を取り直しまして、相手に戦闘ダメージを与えたクノスぺの効果を発動!攻撃力が100上昇し、守備力が100下がります。さらにカードを2枚伏せて、ターンエンドです」

 E・HERO クノスぺ 攻800→900 守1000→900

 クノスぺの頭頂部にほんの少し赤みが差し、ごくわずかにその蕾が緩む。まだまだその英雄としての素質が花開くには時間が必要だが、それでも確実に成長を重ねていた。
 しかし今のクノスぺはまだまだ弱小モンスターにすぎず、パワーアップしたところでそのステータスは下級モンスターからの攻撃ひとつで簡単に倒れてしまう程度のものに過ぎない。その欠点をカバーするために少女が今伏せたカードのうち1枚が通常トラップ、ピンポイント・ガードである。相手モンスターの攻撃宣言時にレベル4以下のモンスターを1ターン限定の完全破壊耐性付きで蘇生できるこのカードを使えば、墓地に眠るもう1体のクノスぺを蘇生することができる。そしてクノスぺには自身以外のE・HEROと同時に並んだ時、攻撃対象とすることができなくなる効果がある。つまり朝顔が攻撃宣言を行ったが最後、アドレイション以外のモンスターに攻撃ができなくなる簡易ロックが完成するのだ。
 彼女の計画に穴はない。密かな自信とともにターンが移り、夕顔がデッキに手をかける。

「俺のターン、ドロー!相手フィールドに攻撃力2000以上のモンスターが存在するとき、限界竜シュヴァルツシルトは手札から特殊召喚できる!さらに伏せてあったリビングデッドの呼び声を発動、墓地から召喚僧サモンプリーストを熱血大復活!さらにこのターンもサモンプリーストの効果により、戦士の生還を捨てることで銀河の魔導師、その2体目をデッキより特殊召喚する!」

 限界竜シュヴァルツシルト 攻2000
 召喚僧サモンプリースト 攻800
 銀河の魔導師 攻0

「そして、先ほどとは違う銀河の魔導師もう1つの効果を発動!このカードをリリースすることで、デッキからギャラクシーの名を持つ魔法、または罠1枚を手札に加える!」
「ギャラクシー、そしてシュヴァルツシルトはレベル8……まさか!?」
「どうやら気づいたようだな、少女よ。そのまさかだ、俺はこうして手札に加わった2枚目のギャラクシー・クイーンズ・ライト、はつどおおおおぉう!」

 召喚僧サモンプリースト ☆4→8
 BK ベイル ☆4→8

 サモンプリーストとベイルのレベルが、シュヴァルツシルトのそれに等しくなるまで一気に引き上げられる。気づいたときにはもう遅い、再び熱血の幕は上がろうとしていた。

「俺はレベル8となったサモンプリースト、ベイル、そして元からレベル8のシュヴァルツシルトでオーバーレイ!3体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築、エクシーズ召喚!俺たちの青春はまだ終わらない!この熱い魂が燃え盛る限り、熱血全開大噴火ぁぁ!ランク8、熱血指導王!ジャイアントレーナーアア!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800

「ま、またそのモンスターを!もしかして、そのエクストラデッキの6枚のカードって……」
「いい着眼点だ、少女よ!だがまずは全国五千万人の熱血ファンがお待ちかね、熱血指導のはじまりだ!ジャイアントレーナーの熱血効果発動、1回目!熱血指導イチの太刀、青春!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー(3)→(2)

 早速先ほどと同じようにその得物を、だが今回はテニスラケットを素振りしてその効果を発動する巨人。

「ようし、来たな!モンスターカード、炎の精霊 イフリート!喰らえ、800のダメージを!」
「うぅ……!」

 八卦 LP3200→2400

「更に熱血指導二の太刀、闘魂!魔法カード魔法石の採掘、よってダメージは無しだ!だが、次はどうだ?熱血指導サンの太刀、愛!」

 2度目の効果が不発に終わったと見るや、続けざまに3度目の効果に繋げる夕顔。それに従いフィールドの巨人もその手にした武器を最初のテニスラケットから砲丸投げの弾、そして薙刀へと素早く入れ替えてはそれぞれのフォームでの素振りに繋いでいく。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(2)→(1)→(0)

「ドローカードは……少女よ、どうやら先ほどの疑問に対する答え合わせの時間が来たようだな。俺は今の熱血効果で引いた3枚目のカード、RUM(ランクアップマジック)-アージェント・カオス・フォースを発動!このカードは俺のランク5以上のモンスターエクシーズを選択して発動し、ランクが1つ上のモンスターへとカオス化させ、ランクアップさせる!熱血進化だ、ジャイアントレーナー!お前に秘められた真の熱血、今こそ解き放ち熱血界の神となれ!カオスエクシーズ・チェンジ!」
「ランクアップ……それじゃあ、やっぱり!」
「その通ーり!俺のエクストラデッキにはジャイアントレーナーが3枚、そしてこのカードが3枚の計6枚しかカードは入っていない!他のカードなど不要、俺のデュエルはこの熱血のみがあればいい!出でよ、CX(カオスエクシーズ)!熱血!指導!神!アルティメットレーナーアアァァァ!」

 この時点で薄々そうではないかと思ってはいたが、改めて明言されたあまりといえばあまりの宣言に言葉を失う少女の前で素材全てを使い果たした熱血指導王が真っ赤に燃える光となって宙に飛び、空中でエクシーズ召喚に特有の爆発を引き起こす。燃える瞳と共にその爆発より降り立ったのは、防具という名の拘束から解き放たれた真にして神なる熱血指導の姿だった。

 CX 熱血指導神アルティメットレーナー 攻3800

「いやいやいや、え、えぇ……?」
「嬢ちゃんは礼儀正しいなあ。でも大丈夫だぞ、思いっきり馬鹿にしてやって。わざわざエクストラ半分以上空けてまで好き好んでこんな縛りプレイやってるような奴、馬鹿じゃなけりゃなんだってんだ」
「行くぞおおぉ、少女よ!ジャイアントレーナー改めアルティメットレーナーの、超・熱血効果発動!このカードがオーバーレイユニットにモンスターエクシーズを保持している場合!1ターンに1度オーバーレイユニットを1つ使い、自分のデッキからカードを1枚ドロー!そのカードがモンスターカードだった場合、相手プレイヤーに800ポイントのダメージを与える!超熱血指導ヨンの太刀、熱血!」

 伸ばした拳に飛び込んだ光の弾をアルティメットレーナ―が力強く握りつぶし、光り輝く6本もの拳が空を裂く。突如として始まったシャドーボクシングと共に拳を突き出しながら、夕顔がカードを引く。

「ドローしたのはモンスターカード、グラナドラ!喰らえ、800のダメージを!」

 八卦 LP2400→1600

 無数の拳がもたらす風圧が、またしても軽い少女の体を後ろに飛ばす。先ほどの手痛い一撃による学習のおかげで今度はきちんと受け身の姿勢をとれたものの、それでも勢いを殺しきれず床にバウンドして叩きつけられながら転がってしまう。

「うぅ……!」
「どうだ、少女よ!このターンもジャイアントレーナーの効果を発動したため、俺はバトルを行うことができない。カードをセットし、ターンエンドだ!」

 まだ1度も攻撃を受けていないというのに、すでに少女のライフは初期値の半分を割ってしまった。効果ダメージの積み重ねに対しては、せっかく伏せてあるピンポイント・ガードも何の役にも立ちはしない。そして目の前にそびえ立つのは、攻撃力3800ものランク9モンスター。

「それでも、私は負けません!ドローです!」
「おお、いい闘魂だ!なかなか熱血の見込みがあるぞ、少女!」
「……まあ、巻の字の妹分ならなあ。どうしても似るんだろうなあ、かわいそうになあ」

 三者三様の反応の中で、少女が素早く自身の手札に目を走らせる。

「私は装備魔法、薔薇の刻印を発動!墓地の植物族モンスターを除外することで相手モンスターにこのカードを装備し、私のターンの間だけそのコントロールを……あれ?」

 彼女が引いた起死回生の一手のはずの装備魔法、薔薇の刻印。しかしアルティメットレーナーに装備しようとするもデュエルディスクはエラーメッセージを吐き出すのみで、ソリッドビジョンが現れない。その様子を見て、夕顔が高らかに笑う。

「わっははは、残念だったな少女よ!アルティメットレーナーは自身の持つ熱血耐性により、互いのプレイヤーのカード対象とならない!そして装備魔法は必ず対象を取るカード、アルティメットレーナーしかいないオレのフィールドに対してそのカードを発動することは不可能だ!」
「そんな効果があるなんて、やっぱりもっとカードの知識を増やさないと。対象に取れないと、アドレイションの効果も意味がない……ですが、まだ手はあります!除外ができないのならこのターンも増草剤の効果により、墓地のクノスぺを蘇生召喚です!」

 E・HERO クノスぺ 攻800

「そしてこの瞬間、クノスぺ2体の効果が適用されます。自分以外のE・HEROが存在するときこのカードは相手プレイヤーにダイレクトアタックができ、さらに攻撃対象に選ぶことができません!これが私の必殺コンボ、クノスペシャルです!」
「おお、必殺コンボか!いいぞいいぞ、そう来なくてはなあ!」
「……まあ、うん。いいんじゃないかな嬢ちゃん、まだ子供だもんな。それはそれとして朝顔、お前はもうちょっと大人になれ。こんな嬢ちゃんと同レベルよりちょい下で張り合ってどうする」
「バトルです。クノスぺが自身の効果を使用して、そのまま直接攻撃!」

 E・HERO クノスぺ 攻800→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP3200→2400
 E・HERO クノスぺ 攻800→900 守1000→900

「ぐふっ……やるじゃねえか!」
「クノスぺはもう1体います。最初に場に出ていた方のクノスぺで、連携直接攻撃です!」
「その攻撃宣言時にトラップ発動、ドレインシールド!相手モンスターの攻撃を無効とし、その攻撃力の数値だけ俺のライフを熱血回復させぇぇる!」
「お、ここで切るのか。もったいない使い方だ」
「くっ……私のクノスぺの攻撃が!」

 夕顔 LP2400→3300

 予想外の回復が挟まったために結果的に与えられたダメージは小さく、それどころかむしろライフをバトルフェイズに入る前よりも増やす結果となってしまったことに少女は小さく歯噛みする。
 ふざけた態度こそ取ってはいるが夕顔本人は2ターン連続でレベル8モンスターを3体フィールドに並べるほどのセンスと腕の持ち主であり、このまま勝負が長引けば残るライフがあっという間に燃やし尽くされるのも時間の問題だろうということは容易に想像がついた。むしろ800ポイントのバーンが5回決まればそれだけで勝負が決まることを考えると、そのチャンスが8回もありながら今こうしてライフが残っていること自体が少女にとってはかなりの幸運だ。

「メイン2にアドレイションを守備表示に変更。これで、ターンエンドです……」

 V・HERO アドレイション 攻2800→守2100

「いよいよ俺のターンだな、ドロー!参ったな、熱血指導神がエクストラモンスターゾーンにいるままでは、次の熱血指導王を呼び出せない……とでも思っていたか!魔法カード、極超辰醒を発動!このカードは俺の手札及びフィールドから通常召喚不可能なモンスター2体を除外し、2枚のカードを引くことができる。俺は手札のイフリートと場のアルティメットレーナーを除外し、ドロー!」

 確かにアルティメットレーナーが居座っている限り、リンクモンスターも採用していない夕顔は3体目のジャイアントレーナーをエクシーズ召喚することは不可能。そしてアルティメットレーナーは自前の攻撃力とその耐性から、相手にとってもそう簡単に除去できるわけではない。そのため、自分からエクストラモンスターゾーンを解放できる極超辰醒の採用は、ある意味では理にかなっているといえるだろう。
 それでも、である。そもそもそれだけアルティメットレーナーの場持ちがいいのであれば、それを軸に攻め立てればいいだけなのでは?わざわざ大型モンスターを切り捨ててまで場所を空けようとするプレイングは、ただの本末転倒ではないだろうか。なにか根本的に不条理なものを感じつつも、少女は熱血の神がフィールドから消えていく様を見送った。

「これでよし、だ。魔法カード、魔法石の採掘を発動!手札を2枚捨てることで、俺の墓地に存在する魔法カード1枚を再び手札へと戻す。俺が選ぶのは当然、ギャラクシー・クイーンズ・ライトだ!」
「またですか!?なら、もしかして……!」
「その通り!すでに俺の熱血脳細胞には、次なる熱血への方程式が浮かび上がっている!なぜ俺が先のターン、攻撃力わずか900のクノスぺからの攻撃に対しドレインシールドを発動したのか、その理由を教えてやろう!魔法カード、ソウル・チャージを発動!俺の墓地から任意の数だけモンスターを蘇生できる代わりに、蘇生させた数1体につき1000ものライフ及びこのターンにバトルフェイズを行う権利を払わねばならない。俺が選ぶのは、魔法石の採掘の手札コストとして墓地へと送ったモンスター。グラナドラ2体を蘇生!さらに銀河の魔導師もだ!」
「グラナドラ?確か、あのカードの効果は……」

 テキストを思い出そうとする少女の目の前でその目の前に甦る、とても地球の生命とは思えない異形の爬虫類型生物と、このデュエルでは毎ターンその顔を見ている純白のローブを着た魔法使い。

 グラナドラ 攻1900
 グラナドラ 攻1900
 銀河の魔導師 攻0
 夕顔 LP3300→300

「そうだ、このモンスターにもまた効果がある。この瞬間、グラナドラ2体の効果を発動!このカードが召喚、反転召喚、特殊召喚に成功した時、俺は1000ものライフを回復する!」

 夕顔 LP300→1300→2300

 目まぐるしくライフが動き、最終的には手札のソウル・チャージ1枚とわずか1000のライフから3体のモンスターを蘇生したに等しい結果だけが後に残る。これで彼のフィールドにはレベル4のモンスターが3体、だがまだそれで終わりではない。彼の熱血指導には、最後の仕上げが残っている。

「もうわかっているな、少女!銀河の魔導師の効果により、このターン自身のレベルを4上昇!そして……ギャラクシー・クイーンズ・ライトオオオォ!」
「またですかー!?」

 銀河の魔導師 ☆4→☆8
 グラナドラ ☆4→☆8
 グラナドラ ☆4→☆8

 恐ろしく強引な展開により、その過程はどうあれまたしても3体のレベル8モンスターが揃う。エクストラモンスターゾーンにも、モンスターを呼び出すための空きができた。そして夕顔のエクストラデッキには、まだあと1枚のあのカードが出番を待っている。

「俺はレベル8となった銀河の魔導師と、グラナドラ2体でオーバーレエエェイ!俺の熱血はここから始まり、そして永遠に終わらない!熱血こそが我が人生、世界に轟け熱き生き様!エクシーズ召喚、ランク8ッ!これが最後の熱血指導王!ジャイアン……トレーエエェナアァァァーッ!」

 熱血指導王ジャイアントレーナー 攻2800

「ですが、まだ……!」

 腕立て伏せとともに三度現れる巨人を前に、ちらりと手札に目を落とす。そこにあるのは先のターンに使えなかった装備魔法、薔薇の刻印。アルティメットレーナーと違い耐性のないジャイアントレーナーならば、今度こそこのカードを装備することは可能。これから始まる3度のドローでモンスターを2回以上引かれなければ、確実に勝利できる。やや分の悪い賭けではあるが、それでも運の勝負にもつれ込んだ。
 だが夕顔もまたその視線に気づき、ちっちっちと指を振る。

「甘い甘い甘い、甘すぎるぞ少女!俺はこの瞬間、墓地に存在するRUM-アージェント・カオス・フォースの効果を発動!ランク5以上のモンスターエクシーズがエクシーズ召喚に成功した際、墓地に存在するこのカードをデュエル中に1度だけ手札に戻すことができいいぃる!」
「そんな、それじゃあ!」
「ドローは計4回、万一外しても立ちはだかるのはアルティメットレーナー。ちと厳しい賭けだな、嬢ちゃん」
「だが、もう遅い!まずはジャイアントレーナーの、熱血効果発動!」

 ジャイアントレーナーが7度目に振るう得物は、ウエイトリフティングのバーベル。巨人のサイズに合わせ果てしなく巨大なそれをえいやっとばかりに持ち上げて頭上にキープするさなか、そのバーベルに光弾が吸い込まれる。

 熱血指導王ジャイアントレーナー(3)→(2)

「トラップカード、エクシーズ・ソウル……だと……!?ならば二の太刀、サンの太刀だああ!闘魂、そして愛!」

 まずは1度目、しかし引いたのはまたしてもトラップカード。ならばと飛んだ次なる命令に巨人が応え、ずっと持ち上げていたバーベルを下ろし背中から取り出した新たな武器は、ゲートボールのスティックだった。

「3枚目のギャラクシー・クイーンズ・ライト……え、ええい!まだまだ俺はへこたれないぞ、次でモンスターカードを引き、アルティメットレーナーでもう1枚!それできっかり俺の勝ち、何も問題はなあぁぁい!」

 スティックでの素振りをそそくさと終えた巨人がいよいよ最後の得物、金属バットを振りかざす。最後の光弾を吸収して満ち溢れるエネルギーに光り輝くそのフルスイングが、強大な風圧と共に夕顔のデッキトップを巻き上げる。

「うおおぉぉー!モンスターカード、BK ベイル!来たぜ来たぜ来たぜ、喰らえ、800のダメージを!」
「キャアアアーッ!」

 八卦 LP1600→800

「お、やっと引いたか。首の皮1枚で勝機が繋がったな」
「いよいよリーチのようだな、少女よ!泣いても笑っても次が最後の1枚、俺は全身全霊の熱血指導でかかる!少女よ、お前も男……じゃないが、もはや性別などはどうだっていい!その燃え盛る魂で、見事俺の思いに応えてみせろ!」
「はいっ!不肖この八卦九々乃、全身全霊で受けて立ちましょう!かかって来てください、夕顔さん!」
「……なんだこの茶番」

 ぽつりと呟かれた呆れた一言は、もはやどちらの耳にも入らなかった。最初から最後まで無駄に燃えに燃えている男と、その素直さゆえにあっさり感化されてつられ熱血に陥った少女。いつのまにやら完全に2人だけの世界で行われていたこのデュエルは、最終盤になるにあたっていよいよ熱く激しく燃え盛っていた。最後のドローを行うため、先ほど手札に加えた1枚の魔法カードを取り出す……その寸前、なぜか夕顔が少女へと声を張り上げる。

「RUM-アージェント・カオス・フォースを発動!ランク8のジャイアントレーナー1体を素材として、熱血大進化ああぁ!さあ少女よ、ともに叫ぼう!」
「ええっ!?わ、私もですか!?」
「大丈夫だ、恐れることはない!その胸に秘められた熱き魂を、この口上に載せて解き放つのだ!俺も共に叫ぶ!」
「で、では!」

 対戦相手の召喚口上を一緒に叫べというもはや理解不能を通り越してこの男は本当に大丈夫なんだろうかと勘繰りたくなるような訳の分からない誘いに、しかしすっかり場の空気に飲み込まれ熱血に感化されきった少女は元気よく了承する。そして欠片も間を置くことなく、2人の声が図書館いっぱいに響き渡った。

「「熱血の前に熱血なし、熱血の後に熱血なし!燃えよ青春燃えよ闘魂、そして何より燃えよ、俺(私)!全ては愛の指導の下に、カオスエクシーズ・チェンジ!CX 熱血指導神!アルティメットレーナーアアァ!!」」
「いやなんで息ぴったり合うんだよ仲良しだなお前ら」

 CX 熱血指導神アルティメットレーナー 攻3800

「息が合う?それは違うぜ、朝顔さん!俺たちは今、魂の奥深くで分かりあった!そう、熱血の魂でだ!そうだろう、少女よ!」
「はい!まさにそういうことです!」
「……あ、そ。もうなんでもいいけど、まあ……早よ終わらせてくれや」

 ついに朝顔が突っ込みを放棄したところで、改めて夕顔が少女の方へと向き合う。モンスター越しに2人の視線がかち合ったところで、ついに少女の運命を決める最後の号令が下された。

「アルティメットレーナーの、超熱血効果発動!」

 CX 熱血指導神アルティメットレーナー(1)→(0)

 そして勢いよく引き抜かれる、そのデッキに眠る一番上のカード。2人のデュエリストが息をのんで熱い視線を送る中、ゆっくりとそのカードが表を向けられた。

「それは……!」
「トラップカード、エクシーズ・リボーンだと……!?」

 ダメージを与えるという観点から見れば、それはまたもやはずれの1枚。よほど精神ダメージが大きかったのか、夕顔の体がカードを手にしたままその場でよろめく。

「ゆ、夕顔さん!」
「俺のデッキはどちらかといえば、モンスターの比率を高めに組んである。なのになぜだ、なぜここまで引きが偏る!」
「夕顔さん……」

 しかしその場に崩れ落ちそうになった彼は、土壇場で大きく床を踏みしめて持ちこたえた。にやりと笑みすらも浮かべながら、再びまっすぐに立ち上がり少女と向かい合う。

「いや、恐らくこれが、この熱血指導の答えなのだろう。ならば少女よ、今度はお前の番だ!お前なりの熱血を、この次のターンで見事この俺に示してみせろ!」
「私なりの、熱血を?」
「そうだ、俺は逃げも隠れもせん!俺の度重なる熱血指導により少女よ、今のお前には熱血の魂が息吹いている!ならばその魂を持って、見事この俺を打ち砕け!それが俺の与えられる最後の課題、最後の熱血指導だ!ただしこの俺も、ただでやられはせん!俺はカードを2枚。このエクシーズ・ソウル、そしてエクシーズ・リボーンを伏せてターンエンドだ!」
「わかりました、夕顔さん……いえ、夕顔師匠!これが私の、私なりの熱血指導です!ドローッ!」

 どうせ正体の見えているカードとはいえ、わざわざカードを見せつけてからフィールドに叩きつけるようにして置く夕顔。そのまっすぐな瞳に対し全身全霊で懸命に応えようとする少女もまた、音が聞こえるほどに勢いよく運命を決めるカードを引き抜いた。

「さあ来い、少女よ!ただしこのターンで俺のライフを削りきれなかった場合、俺は今伏せたエクシーズ・リボーンを発動し墓地のジャイアントレーナーを蘇生、さらにエクシーズ・リボーン自身をその素材とする。その熱血指導をもって少女よ、その熱血にとどめを刺そう!」
「……!いいえ師匠、その必要はありません!私は今、あなたを越えてみせます!」

 大胆な宣言を受けて夕顔はにやりと笑い、朝顔も興味深げにサングラスの奥の目を光らせる。その挙動に注目が集まる中、少女が動き出した。

「まず私は、守備表示にしたアドレイションを攻撃表示に変更します」

 V・HERO アドレイション 守2100→攻2800

「アドレイションを攻撃表示に……?」
「そして、一気にバトルフェイズに移行します。まずはクノスぺ2体で直接攻撃、熱血クノスペシャル!」

 主に影響されてか、その漫画チックな瞳の中に炎を宿した蕾のヒーロー2体がそれぞれ仁王立ちするアルティメットレーナーを左右から潜り抜けて夕顔に手痛い一撃を叩きこむ。

 E・HERO クノスぺ 攻900→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP2300→1400
 E・HERO クノスぺ 攻900→1000 守900→800

「ちっ……」
「いいですよ、クノスぺ!そのままもう一撃です!」

 E・HERO クノスぺ 攻900→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP1400→500
 E・HERO クノスぺ 攻900→1000 守900→800

 この瞬間夕顔の脳内で、あらゆる可能性へのシミュレーションが行われる。彼の実力は本物であり、そのカード知識もまだまだ才能の開花しきっていない少女に比べはるかに多い。
 まず最初に思い浮かんだのは当然、打点増強カードの存在。アルティメットレーナーを正面から超えてみせようというのだろう。ここまでの立ち合いから相手のデッキがやや変則的とはいえ【HERO】の範疇であることを理解した彼は、もっともそのデッキに入ることが多くなおかつアドレイションの打点をアルティメットレーナー以上に引き上げる2枚のカードに思い至る。
 まず1枚が、先ほどの話にも出ていたHEROの攻撃力をフリーチェーンで2500アップさせるオネスティ・ネオス。そしてもう1枚が融合モンスターの戦闘を行う攻撃宣言時に発動し相手モンスターの攻撃力をそのモンスターにそのまま加算する速攻魔法、決闘融合-バトル・フュージョンである。

「(だが、その2枚はないな)」

 思いついたものの、彼の頭脳はすぐにそれを否定した。理由は単純、前者であればクノスぺの攻撃にそれを使わない理由がなく、後者であったとしてもそれだけではこのデュエルを制することなど不可能なのである。
 それが彼の伏せたカードのうち1枚、エクシーズ・ソウル。発動時に彼の墓地に存在するエクシーズモンスター1体を選択し、そのランク1つにつき300もの全体強化を行うことのできるカードである。彼の墓地に存在するジャイアントレーナーを選択すれば、アルティメットレーナーの攻撃力は6200にまで上昇する。
 仮に少女がバトル・フュージョンを握っているとしても、発動タイミングが攻撃宣言時に限定されている関係上アドレイションの攻撃力は6600。これではアルティメットレーナーを倒すことはできても、その後ろに控えた夕顔自身のライフを削りきることはまだ不可能。

「(だが、あの目……)」

 その1瞬の間に、少女と目が合う。その目は嘘偽りなく本気であり、このターンで勝利を掴むという少女自身の自信のほどを何よりも雄弁に物語っていた。ならば、どうして出し惜しみする理由があるだろう?彼の腹は、そこで決まった。

「俺が戦闘ダメージを受けたこの瞬間、手札からBK ベイルの効果を発動!特殊召喚すると同時に、俺のライフを今受けたダメージの数値だけ熱血大回復する!」

 BK ベイル 守1800
 夕顔 LP500→1400

「さあ、これで俺のライフにはまだ余裕があるぞ!」

 その言葉を聞いて、しかし少女は……静かに、しかし会心の微笑みをその口元に浮かべた。

「ありがとうございます、師匠。私はこのターン、いくつかの賭けをしていました」
「何……?」
「ほう、面白そうな話だな。続けてくれ、嬢ちゃん」

 抑えきれない喜びが、その言葉の端々に出る。それは、勝利を確信した者に特有の現象。それを察知した朝顔が、後ろから油断ない目で催促する。

「アドレイションを攻撃表示とし、クノスぺでライフを限界まで削る……そうすれば、師匠は先ほどドローしたベイルを出す。まず、これが最初の賭けでした」

 それを聞いた2人の男が、同時にアルティメットレーナーの横に並び立つベイルへと目を向ける。そんな視線の動きと合わせるかのように、少女の声が続いた。

「そして2つ目は師匠がそのベイルをこうして、守備表示で特殊召喚するということ。私もこれは知っていましたが、エクシーズ・ソウルは全体強化のカード。つまり攻撃力が0のベイルであっても、ランク8のジャイアントレーナーを選択すればその数値は2700まで上昇する。それを狙う可能性も捨てきれませんでしたから、どちらかといえばこちらの方が分の悪い賭けでした」

 それは、どこかひとつが崩れればあっさりと瓦解する、一見すればごく小さな希望。それでもライフが追い込まれればベイルが回復のために出てくる、そして攻撃力0のベイルはいくら強化カードがあったとしても守備表示で呼び出される……それはすべて、きわめて合理的な戦術。だからこそ、少女はその目が出ることを信じた。
 ゆっくりと、少女が笑う。その微笑みに2人の様子を観戦していた朝顔は、ふとかつての同僚がよく見せた姿を思い出す。

「……ふん。巻の字直伝のポーカーフェイスか。通るわけない希望をなぜか予定調和のごとく押し通す、あれもそういう奴だった」

 その言葉通り、堂々たる態度でのハッタリを少女に教え込んだのは糸巻本人である。相手にこちらの自信を嘘でもいいから伝えることで勝手に深読みさせ、その思考をドツボにはまらせることでこちらの狙い通りの結果へと暗に誘導する。まさに彼女の得意としていた盤外戦術を、この1か月で少女の柔軟な脳と純粋な頭は乾いたスポンジが水を吸い取るかの如く吸収していた。
 もっとも、少女にとってもこの戦法を実践に使うのは初めてのことである。本人の気質からはかけ離れたこのような盤外戦術を、しかもぶっつけ本番で成し得たのはまさしく七宝寺が見出し、糸巻が感じた少女自身の持つ天性のセンスの賜物か。

「ありがとうございます、お姉様。お姉様のおかげで、またひとつ私は成長することができました。では師匠、参ります!」
「なにがなんだかわからんが、ああ来い!言っただろう、俺は逃げも隠れもせん!」

 その声に背中を押されるように、少女が1枚のカードを表に返す。それはピンポイント・ガードと共に1ターン目からずっと伏せられ、しかし使う機会のこれまで訪れなかったカード。満を持して、その力が牙をむく。

「トラップ発動、メテオ・レイン!このカードの効果によりこのターン、私の全てのモンスターは守備モンスターに対する貫通能力を得ます!」
「なるほど、それでベイルを叩くつもりか?だがアドレイションの攻撃力は2800、貫通で1000ダメージを与えようが……」
「さらに!手札から速攻魔法、フォーム・チェンジを発動します!」
「ほう……!」

 興味深そうに、朝顔が唸る。それこそが少女がこのターンに引いたラストドローであり、勝利へと続く奇跡の一本道を辿る最後のパーツだった。

「このカードは発動時に私のフィールドから融合HEROを1体エクストラデッキに戻し、戻したHEROと同じレベルで名前の異なるM・HERO(マスクドヒーロー)1体をマスク・チェンジの効果によるものとして特殊召喚します。戻りなさい、アドレイション……そして!」

 闇のヒーローがその名の通り幻影へと消えていき、深くて暗い影のみがその場に残る。主を失った影はしかし消えるどころかますます色濃くなり、その中央から硬質な光を反射し輝く細身の剣を握った1本の腕が伸びた。そして同じく硬質な仮面が、その全身が、青いマントが、影を通り廃図書館に飛び上がる。

「英雄の蕾、今ここに開花する。金剛の大輪よ咲き誇れ!変身召喚、レベル8。M・HERO……ダイアン!」

 M・HERO ダイアン 攻2800

 その攻撃力は、戻したばかりのアドレイションと同じ。しかし、この戦術には意味がある。少女のデッキのエースにしてフェイバリットカード、あらゆるカードの全てはその力を最大限に生かすために収束する。

「ダイアンでベイルに攻撃します。そしてメテオ・レインの効果により、貫通ダメージの発生です!」
「ぬぐ……ぬおおおっ!」

 M・HERO ダイアン 攻2800→BK ベイル 守1800(破壊)
 夕顔 LP1400→400

「この瞬間、ダイアンの効果発動です!このカードが戦闘でモンスターを破壊した時、デッキからレベル4以下のHERO1体をリクルートすることが可能となります。そして私が呼び出すのは、私のエースモンスター。最後のクノスぺを特殊召喚します!」

 E・HERO クノスぺ 攻800

「やっぱりな、嬢ちゃん」
「ここでクノスぺ……そういうことか、少女よ!」

 フォーム・チェンジを認識した時点ですでにこの結果を察していた朝顔にやや遅れ、夕顔も少女の狙いにようやく思い至る。そして、バトルフェイズ中に特殊召喚された蕾のヒーローは、当然まだ行っていない攻撃を行うことが可能。

「これが最後の攻撃です!クノスぺは場に自分以外のE・HEROが存在するとき、相手プレイヤーにダイレクトアタックできる……必殺コンボ、クノスペシャル!」

 クノスぺが走り、アルティメットトレーナーの股下を潜り抜ける。反応が遅れた1瞬の隙に、蕾の両腕はその後ろに立つ夕顔の体へと届いていた。

 E・HERO クノスぺ 攻800→夕顔(直接攻撃)
 夕顔 LP400→0





「や……やりました師匠、お姉様!」

 精神的プレッシャー、そして肉体的負担。大きく肩で息をしながらも、抑えきれない喜びに少女の目は輝く。パチパチパチ、とゆっくりとした拍手が響いた。

「おー、まさか本当に勝っちまうとはなあ。大したもんだ、嬢ちゃん。で、お前はいつまで寝てるつもりだ」

 その言葉に、クノスぺによる最後の攻撃で殴り飛ばされてからずっと床に寝転がっていた夕顔がむくりと上半身を起こす。

「痛つつ……見事だった、少女よ!よくぞ熱血魂をものにし、そしてこの俺をも超えた!少女よ、お前にはもう俺が教えられることはない。熱血免許皆伝だ!」
「なにがだ」
「ありがとうございます、師匠!」
「だからなにがだ……まあいいか」

 結局この2人の世界へのツッコミは放棄されたところで、朝顔がくるりと少女に背を向ける。

「それはそうとして、負けたものはしょうがないな。帰るぞ、夕顔。この件はこの勇気ある嬢ちゃんと、デュエルポリスに丸投げだ」
「ま、待ってくれよ朝顔さん!」
「阿呆。早くしないと……」

 そう言い終えるよりも先に派手な音が閲覧室の向こう、入り口付近から響く。まるで停止した自動ドアを叩き割ってこじ開けたような……というよりも、まさにそれそのものの破壊音。そしてワンテンポ置き不機嫌と苛立ち、そして焦りを隠そうともしていない女の声。

「ここにいるテメエら全員動くんじゃねえ、とっくに調べはついてんだ!家紋町デュエルポリス、糸巻太夫!証拠隠滅なんてくだらない真似、アタシが通すと思うなよ!」
「同じく家紋町デュエルポリス、鳥居浄瑠。現在時刻午後7時31分、これより強硬捜査に入る。これはデュエルポリスの権力に基づく正式な捜査であり、一切の反抗及び抵抗は現行犯として即時拘留の対象となることを宣言します。つーか糸巻さん、これぐらいの宣言自分でやってくださいよ。一応形式だけでも言っとかないとあとあと面倒なんすよ」
「うるせえ馬鹿、こちとら緊急事態だぞ。八卦ちゃーん、いるかー!?」
「お姉様……!」

 聞き覚えのあるその声に、少女の顔がぱあっと晴れやかになる。声の方向に走りだそうとするも、しかしその両足は少女の意志に反してうまく動かない。それでも無理に歩き出そうとするも数歩も進まないうちに両足から力が抜け、なかばその場に倒れるようにしてへなへなと座り込む。
 しかし、それも無理はない。先ほどまでは勝負に全神経を集中させ全身をアドレナリンが駆け巡っていたためにさほど感じてはいなかったが、一切の軽減がなされていない「BV」による3200ものダメージは、少女の体を確実に蝕んでいた。気持ちばかりがはやるもまるで言うことを聞かない体を床の上でもがかせる少女に、朝顔が一つため息をつく。

「ほらな。まあ思ったよりちょっと早かったが、おおむねこんなもんだ。巻の字には見つかるとめんどくさい、とっとと帰るぞ夕顔。と、そうだ。最後に嬢ちゃん、ひとつ伝言を頼まれてくれないか」
「伝言、ですか?」

 相変わらず起き上がることもできないまま、どうにか首だけを傾けてそちらに視線を向けて見上げる。すでに日は沈んでいるにもかかわらず付けっぱなしのサングラスに隠れその目の中の感情を窺うことはできないが、男はああ、と頷いた。

「巻の字に伝えといてくれ。信じようが信じまいが勝手だが、今回の幽霊騒ぎに俺らは一切関与してないからな。むしろ誰の仕業なのかがかわからねえから、こうして調べてこいなんて上に使われてんのよ。んで今回俺らは、嬢ちゃんとのアンティに負けたから大人しくこの件からは手を引かせてもらう。協力する気はないが邪魔する気もないから、まあデュエルポリスの方で頑張っといてくれ、ってな。ほれ行くぞ、夕顔。そろそろ巻の字なら焦れて踏み込んでくる」
「応!さらばだ少女よ、俺とお前の熱血魂、もし縁があればまた会おう!」
「はっ、やめてやれよ夕顔。嬢ちゃんにとっちゃ、俺らとなんざもう会わない方がいいに決まってるさ。じゃあな嬢ちゃん、いいデュエル見せてもらったぜ」

 その言葉を最後に2人は身を翻し、糸巻の怒声が聞こえた方向とは反対側へと姿を消す。彼らの気配を感じられなくなってからわずか数秒後、どたどたと足音を響かせながら怒り狂った赤髪の夜叉が戦場の跡へと飛び込んできた。

「アタシを無視たぁいい度胸じゃねえか、その喧嘩買っ……八卦ちゃん!」

 荒っぽい言動とは裏腹に、踏み込むや即座に閲覧室全体のクリアリングを行う糸巻。そんな彼女が真っ先に目にしたものは閲覧室の真ん中にある明らかに人為的に机や椅子をどけて作られた不自然な空間と、その中央で倒れ込み彼女の方へ向き直ろうともがいている少女の姿だった。

「ちょっと糸巻さん、だから踏み込むの早いですって!施設封鎖もまだ終わってないんすよ!?」

 遅れて飛び込んできた鳥居もまた、倒れた少女と駆け寄る女上司の姿を目にする。
 そして、肝心の少女はといえば。見慣れた2人の顔を見て、張り詰めていた緊張の糸が切れたのか。自分は助かったのだという実感が、ようやくその身に湧き上がったのか。堪えきれないほどの感情がその小さな胸のうちでいっぺんに爆発し、その視界がにじむ。息が詰まり、呼吸が熱くなる。
 ……そして。

「う、うぐ、ううう……」
「おい、八卦ちゃん?」
「う、うわーーん!お、お姉様ー!ごべんなざい、わだし、私ーっ!」

 軽々と自分を抱き上げた赤髪の豊かな胸にしがみつき、普段の彼女らしくもなく全力で泣きはらすのだった。 
 

 
後書き
夕顔のセリフ回しに関しては私の頭の中で宮野プロが大暴れしてました。ランクアップ合わせて同系統モンスターに5回も別の口上考えるの結構大変なんだぞ。でも1話丸々熱血指導回はわりとやりたかったことのひとつなのでとりあえずは満足です。
……それはそうと、今回は久々の八卦ちゃん回ということで割と彼女のやりたいように動いてもらったのですが。その結果なぜかやたらとお姉様LOVEっぷりが前面に出てきましたが、これ百合タグ付けたらさすがに怒られるかなあ。 
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