緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──
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最初の大舞台 Ⅰ
「──ってもな、自習ってダルいわ」
「くっそ分かる。何していいか検討つかねぇもん」
「まだ銃撃ってる方がマシだべ?」
「それな」
あちらこちらから聞こえてくるそんな声を耳に入れながら、教室の机に顔を伏せていた。自習時間の今は、担任である高天原先生もおらず、我がクラスは騒然としている。
しかしその騒然の中に、何やら違和感を覚えた。というのも、今日は依頼の関係で不登校の生徒も少なくはない。普段よりも、その騒然の度合いが低くてもいいはずなのに……。そんなことを思いながら、伏せていた顔を上げて周囲を軽く見渡した。
この人数でもこれだけうるさいんだね──と半ば呆れながら、隣の席を一瞥する。本来ならアリアが座っているであろうその席には、何故か、本当に何故か──今朝から理子が座っているのだ。「どうしたの」と問い掛けたら「気分!」と返されたので、今朝ぎり相手はしていない。
そんな気紛れな少女と、目線が合ってしまった。小さく笑い返された。こちらも真似をして微笑を返してみると、少し驚いたような理子の顔が、最後に視界の端に掛かる。
……そういえば、アリアはどうしたのだろうか。昨夜は空いてる部屋に泊まらせて欲しいと要請をしてきて、自分はそれに背いた。そのまま泊まりきりかと思えば──今朝に部屋を覗いたら、荷物だけは残して勝手に居なくなっているという始末だ。というわけになるから、昨夜っきり会ってない。
キンジはというと、特にやることもないのか、こちらを茫然と見遣っている。ところで昨日に渡した本を一通り読んだらしいのだが、内容が理解し難いという有難い感想をいただいた。
キンジの課題は、かの幼馴染と一線を超えることだろうか。それまでには、果たしてどれだけの時間を要するんだろうね……?
なんて考えていると、ふと、ケータイが振動する。どうやらメール着信らしい。端末を開いて宛先を確認しようとすると、キンジと理子がそっと画面を覗き込んできた。
宛先は──あれ、アリアだ。おかしいなぁ、相互登録した覚えなんてないんだけれども……。寝ている時に、勝手に部屋に入られたのかな。ちょっと怒る気も失せてきてしまった。
しかしその感情も、次の1文で微塵も残らず、打破されてしまったのだが。
「『強襲科のC装備に着替えたあと、女子寮の屋上までくること。15分越したら風穴』……? 何これ、強襲科からの新手の脅迫メールみたいで嫌だなぁ……」
……いや、そんな軽口を叩いている場合ではない。嫌な予感がする。脳が警鐘を鳴らすとは在り来りな表現だけれども、本当に聴こえるような気になっているのだ。今も、そうだ。まるで、大きな事案が発生するかのような──それも勿論、良くない方の。
「あっくん、行くの?」
「嫌な予感がする。早めに行きたいところだね」
「……気を付けろよ」
「うん、ありがとう」
心配してくれる2人に笑いかけてから、強襲科棟へと向かって《境界》で移動する。周囲の驚いた調子を、視界の端に掛けながら。出来るだけ小事でありますようにと、祈りながら。
◇
奇しくも、今日は雨。活動するに適した気候でないことは定かだが、万全を期さねばならない。
そうして自身の装備を確認しつつ、女子寮の屋上へと降り立った。アリアが指示したのは、C装備──TNK製の防弾ベスト。強化プラスチックのフェイスガード付きゴーグル。無線のインカムに、フィンガーレスグローブ。ベルトには、拳銃のホルスターと、予備弾倉が4本。
特殊部隊を彷彿とさせるこの格好は、いわゆる『出入り』の際に着込む攻撃的な装備だ。
降りしきる水の粒を手の甲で拭い取り、周囲を見渡す。居るのは、2人。 何やらインカムにがなり立てているアリアと、鉄柵に腰掛けながら狙撃銃を抱えて体育座りしている少女がいた。
珍しいメンバーもいるモノだ──と思えば、それと同時にアリアの着眼点に感心させられた。
ふと、その少女と視線が合う。こうしたのは数ヶ月ぶりかな、と思い返しながら口を開いた。
「……レキもアリアに呼ばれたのかい」
「はい」
返ってきたのは、いつも通りの抑揚の無い声だ。相変わらずだけど、直せと言っても難しいか。
とはいえこの少女──レキは狙撃科の麒麟児と謳われる、こと狙撃に於いては武偵校内で右に出る者は居ないほどの天才だ。その無表情さとミステリアスさ故に『ロボット・レキ』などと呼ばれているが、一部の人間には、彼女のその容貌というものが好評らしい。
そんなレキが装着しているヘッドフォンを、指で軽く叩きながら問い掛けた。
「そのヘッドフォン。いつも何を聞いてるの?」
「風の音です」
「……風?」
「はい」
そうとだけ言うと、レキは抱えていたドラグノフ狙撃銃を肩にかけた。そうして、流れるような動作でアリアへと視線を向ける。ちょうど通話を終えたらしいアリアが、2人に目線を遣った。
「時間切れね……。残念だけど、これでやるしかないわ」
「……何のこと? 今の状況は?」
「バスジャックよ。今朝、男子寮に停まったはずのやつ」
「……面倒なことになったね」
いつも自分たちが乗っているバスだ。とはいっても、今日は《境界》を使って、ホームールーム開始時間のギリギリまで部屋にいたのだが。功を奏した……とは、言い難い。
アリアは小さく頷くと、何やら思案げに話を続けた。
「もう1人くらいSランクが欲しかった所だけど、他の事件で出払ってるみたい。3人パーティーで追跡するわよ。火力不足はアタシと彩斗が補う」
「その犯人は車内に居るの?」
「多分、居ないでしょうね。そのバスには、爆弾が仕掛けられてあるから」
爆弾──その観念連合で導き出されるのは、武偵殺し。
その単語を聞いて、先日の光景が鮮明に回想させられてしまった。大破した自転車と、見に受けた爆風。あれをまともに受けていたならば、生死は危うかっただろう。
自分の考えていることを何やら感じ取ったのか、アリアはこちらに流し目をしながら頷いた。
「そう、これは武偵殺しの仕業よ。恐らく先日と同一犯ね。最初の武偵は、バイクを乗っ取られたわ。次に車。その次が彩斗とキンジの自転車で、今回がバスよ。武偵殺しは毎回、減速すると爆発する爆弾を仕掛けて、遠隔操作でコントロールしているの。 でも、その操作に使う電波にパターンがあってね。彩斗たちの時も、今回も、その電波をキャッチしたわ」
そう説明してくれたアリアの語感には、気位が満ち満ちていた。そうして、その気位に負けないほどの凄まじい轟音が、頭上から存在感を放っている。車輌科のヘリコプターだった。
「──乗るわよ」
アリアの合図を最後に、パートナーになってから最初の事件解決が始まったのだ。
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