魔法が使える世界の刑務所で脱獄とか、防げる訳ないじゃん。
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第一部
第40話 リセット
前書き
Side.Mafia
体を起こしてみれば、そこは地下牢獄では無く、昨日入った琴葉の部屋の様な場所だった。
自由に腕や足が動く。体も動かせる。拘束も解かれている様だ。
そして、自分の手を見てみれば———
べったりと、紅い血が付いていた。
が、それは一度瞬きをすれば完全に消えて無くなる。
『ごめん……琴葉』
昨日、僕は最愛の人を殺した。
その時に握っていた銃の冷たさ、肉塊となった琴葉の体を持ち上げた時についた血の色、臭い。全て鮮明に覚えていた。
琴葉が最期に見せた、悲しそうな笑顔まで、はっきりと。
「失礼します。お早う御座います、要様。首領がお呼びです。身仕度を済ませ次第、僕に声を掛けてください。首領の執務室までご案内します」
軽く扉をノックする音が聞こえ、何か返事を返そうかとも思ったが、その前に扉は開き、向こうからいつも通りメイド服を着ている、仁君が来た。昨日とは打って変わって丁寧な対応に、戸惑いを覚える。
それに、彼は幹部である琴葉を、僕が殺した瞬間を見ていた。琴葉のドレスに仕組んであった、超小型のカメラに因って。
なのに、僕が丁寧な対応をされる理由が分からない。もっと言うなら、マフィアの幹部を殺してしまったのに、なんで今生きていられるのかが分からない。
「お着替えはこちらです。手伝いが必要な場合はお声掛けください」
「いや、手伝わなくていいけど……なんで僕はここに居るの?」
「要様の疑問は、全て首領が答えてくださいます。僕へされても答えられない質問も有ると思いますので、僕が答える事は出来ません」
なんとも不思議な感じだ。普通なら執事の様な立場の人間が、メイド服を着ているのだから。と言うか、人を殺す事に喜びを覚えている化物がメイド服を着て執事をやっているのだから。
仕方なく用意して貰った黒いシャツとズボン、白いネクタイを身に付けて、顔を洗う。そして軽く髪を整えたら、仁君に声を掛ける。
「準備は……出来たよ。で、どこ行くの」
昨日みたいな、しっかりとした服を今日も着なくて済んだのは、本当に良かった。だが、サイズもぴったり、デザインも僕好みな服が用意されると、どうも気味が悪い。
全て知り尽くされている様な気持ち悪さが、気分を害する。
「先程申し上げた通り、首領の執務室です。首領が要様に用があるそうなので」
「へー。……昨日、僕が琴葉にした様な事を、君のご主人様にするかもしれないって考えた事、ある?」
「いいえ、ありませんでした。ですが、首領はそう簡単にやられません。それに、向かう場所は首領の執務室です。一瞬でも怪しい動きをしたら、響が黙っていませんしね」
気の所為かもしれないが、仁君は一瞬だけ僕を嘲笑する様な笑みを浮かべた。まるで、僕を小馬鹿にしている様な感じ。
兎に角、ここで色々話していても進展が無いと思った為、僕は仕方なく歩き始めた。
◆ ◆ ◆
「やぁ、おはよう。気分は如何だい?」
「サイアクだよ。なんで僕を呼び出した。なんで僕を殺さなかった」
マフィア首領、黒華湊のへらへらとした笑みを見て、無性に腹が立ってきた。
語尾を荒げながら、僕は問う。だが、黒華が答える訳もなく、勝手に話を進めていく。
「実はね、君にお願いがあるんだ。聞いてくれるかな?」
「聞く訳ないってこと、分かってるよね?」
「そう言うと思ったよ。だけど、三分後には君は僕のお願いを聞く事になる」
意味が分からない。未来予知の様なモノだろうが、僕がマフィア首領のお願い事を聞く? 有り得ない。
だが、そんな考えは直ぐに打ち砕かれる事になる。
「響君。あの子を入れてあげて」
「はい」
僕の後ろに立っていた響君が歩き出して、執務室の扉を開ける。すると、そこには———
傷一つない、まるでいつも通りの琴葉が立っていた。
「失礼します。何の御用でしょうか、首領」
「来たね、琴葉。早速だけど、君は此の人の事を知っているかい?」そう言って、黒華は僕を指差す。知っているに決まっているのに、なんでそんな質問をするのだ。黒華だって知っているだろう。
だが、数秒の沈黙の後、琴葉は小首を傾げながら、答えた。
「いいえ。何処かでお会いしましたっけ」
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