ある晴れた日に
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220部分:オレンジは花の香りその三
オレンジは花の香りその三
「何ならまた持って来るけれど」
「あっ、それお手柄の時じゃなくても是非ね」
明日夢の店のケーキとなると目を輝かせてこう言ってきた。
「御願いするわ」
「私も」
奈々瀬もこっそりと明日夢に頼んできた。
「もうお店に出せないようなのどんどん持って来て欲しいなあって」
「結構人気あるのね。うちのケーキ」
あらためてそのことを知る明日夢だった。
「お店でもかなり売れてるけれど」
「義彦さんのお店だからね」
咲は自分の婚約者のことなのでかなり嬉しそうだ。
「美味しいのも当然ね。けれどこの季節ってねえ」
「下手したらカビが出て来るのよ」
明日夢は咲に応えながら顔をまた不機嫌なものにした。
「だから保存にかなり気を使ってるわ」
「カラオケ屋さんも大変なのね」
「腐ったものとかカビの生えたものなんて絶対に出せないから」
そのカビの話もする。
「だからね。今の時期が一番嫌なのよ」
「やっぱり」
「早く梅雨終わらないかしらね」
明日夢は腕を組んでそのうえで窓の外に顔をやった。雨は相変わらずしとしとと降って止む気配は全くなかった。
「お店の掃除も大変だし」
「何か話もじめじめしてるな」
野本もかなりうんざりとした顔になっていた。
「ここはいっちょ晴れねえのか?そりゃ雨だとお百姓さん喜ぶけれどな」
「まあ我慢するしかないね」
桐生は達観していた。
「今はね。梅雨は雨があるものだからね」
「やれやれだな」
正道もうんざりとした調子になっている。
「ギターにも湿気あるしな。何もかもが鬱陶しいな」
「気分転換したいわね」
千佳も皆と同じ意見だった。やはり皆同じである。
「何かいいものないかしら」
「いいものね」
加山が千佳のその言葉に反応する。しかし反応しただけだった。
「スポーツをしてもね」
「ずっと最近屋内練習よ」
凛もまたうんざりとした顔を見せてきた。
「本当にずっと。グラウンド使えないから」
「やっぱり」
「トレーニングウェア着て外走ることもあるけれど」
それでもであった。
「雨ばかりだから大抵中だし」
「道場も湿ってるしね」
「うん」
静華の言葉に加山が頷く。静華はやはり空手部で加山は柔道部だ。
「床が変に滑ったり引っ掛かったりして気になるのよ」
「畳も湿っぽいし」
「自転車乗りにくいし」
自転車通学の奈々瀬にとってはとりわけ迷惑な話だった。
「いいことないわね、全然」
「折角姉ちゃんのバイクのおさがり貰ったのによ」
春華もぼやきだした。
「こんなんじゃ運転できねえよ。免許取ったのによ」
「本当に何もいい話ないね」
インドア派の竹山はそれでも皆の中では一番機嫌がよかった。
「梅雨って」
「飴食べてもね」
凛はふてくされた顔で自分の鞄から飴の袋を取り出した。レモンのキャンデーだ。そしてそこから一つ取り出してそれを口の中に入れるのだった。
「気が晴れないし」
「そうなのよね。とにかく晴れないとね」
明日夢もそれに応えてまた言ってきた。
「どうしようもないわよね」
「全く。ところで少年」
凛がその明日夢に声をかける。
「飴いる?」
「くれるの?」
「うん、一個ね」
言いながら早速袋から一つ取り出してきていた。
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