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人理を守れ、エミヤさん!

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地獄の始まりだよ士郎くん!





『目に映る全ての人に幸福でいて欲しい』

 酒の席でうっかりと溢してしまった、我ながら幼稚で度し難い戯れ言だ。今時夢見がちな小学生だってもう少しまともな夢を見る。
 世界中の人々が幸福だという結果なんて、そんなものは絶対に有り得ないと知っているのに。そんな願いがふとした拍子に溢れていたのだ。
 今ではそれが、アラヤ識に埋め込まれた楔の影響なのだと知っている。だがそれは、偽りなく男が抱く潔癖な願望でもあった。
 或いは、だからこそなのかもしれない。力足りず知恵及ばずただの人間の限界として、せめて己の手の届く範囲にいる人にだけは、不幸に嘆く涙を流させたくなかったのだ。
 綺麗好きで潔癖性。些細な不幸(よごれ)を赦せない独善者。好きに言え。偽善独善大いに結構、それでも本気で夢見ていた。

『なに? アンタ、もしかして気でも狂った?』

 素っ頓狂な声音で、直截的に正気を疑う女に、男は酔いの回った顔で文句を投げた。
 俺は至って正気だぞ。そう言うと、女は呆れるやら笑えるやら。一頻り可笑しそうに肩を揺らすも、やがて笑いを収めると真摯に忠告する。

『ばかね。アンタはまず、アンタ自身を幸せにしなさい。それがアンタの身の回りを幸せにする、一番の近道で唯一の方法よ。……って、わたし何言ってんだろ……わたしまで酔っちゃったか』

 道半ばに立つ男に向け、女は酒の勢いで饒舌に語った。これも酒の魔力と嘯きながら。

『ま、酔っ払いついでに言ってあげるわ。いい、士郎。自分の幸せも分からないまま突っ走っても破滅するだけで、なんにもならない。他人の不幸に首突っ込んで、怪我ばっかして。桜とか藤村先生とか、あとついでにイリヤスフィールをヤキモキさせるなって話。どうせ聞かないんでしょうけど。
 でも――もし。もしよ? 士郎。アンタがもしも自分の幸せのカタチを見つけられたんなら、絶対に後悔しない選択肢を選びなさい。命が掛かっていようが、迷ったらダメ。いつも通りお得意の屁理屈捏ねて周りを巻き込んで、盛大にばか騒ぎして進みなさい。アンタのその姿に桜は惹かれたんだと思う。イリヤスフィールだってね。
 ……わたし? 知らないわよそんなの。あのね衛宮くん。勘違いされたくないからはっきり言っとくわ。心の贅肉塗れなアンタの事、わたし大っ嫌いだから。だってアンタに付き合ってたら、こっちまで太っちゃいそうじゃない』

 男は笑った。そうか、それは大問題だと。だってただでさえ贅肉の塊だもんな。胸には贅肉がないのに。

『もぉ、仕方ないわね衛宮くんは……』

 にっこりと微笑む遠坂凛は、実に悪魔めいていた。そこで記憶は途切れている。

 ――昔からそうだった。

 なんとなく、見捨てられない。なんとなく、諦められない。なんとなく……負けたくない。
 子供の頃は、弱い者苛めを見過ごせなかった。少し大きくなってからは意地を張った。多くの現実に直面してからは、理不尽なものに負けたくなくて道理を蹴っ飛ばした。
 見捨てられない。諦められない。負けたくない――つまるところその男は、底無しに馬鹿で負けず嫌いだったのだ。

 大の為に小を切り捨てる。

 そんな賢しらげな計算など糞食らえ。助けたいと思って始めたのだ。なのに小を切り捨てるなんて、そんなのは負けを認めたようなものだろう。現実という理不尽に膝を屈したようなものだ。
 ふざけるなと吼えた。啖呵を切った。見捨てたくないからやるのだ、諦めたくないから救う、負けたくないから認めない。それだけだ。それだけでいいのだ。自分以外のモノが原因で突き進んだのだとしても、己の足跡は己だけのもので、あらゆる苦悩も喜びも、己自身の生きた証だ。死にたくない、だが死なせたくもない。偽善だなんだと好きに言え、所詮は徹頭徹尾自分の為の自己満足。その道への文句だけは絶対に赦さない。

 ――俺は俺の目に映る者を救う。誰がなんと言おうと救う救わないは俺が決める。自己満足の自己責任だ、誰にも文句なんか言わせない。言われたとしても認めない。俺は絶対に成し遂げる。だって……そんなバカ、貫き通せたとしたら最高にカッコイイだろう?

 己の言い分は無責任かもしれない。大の為に小を切り捨てるのが大人の選択だろう。だがそれでもと言い続ける。だって小を切り捨てるような事をする奴が、どうして大を救い続けられる。きっと何処かで破綻するのが目に見えていた。
 無理でもなんでもいい、最初から全てを救う気概もなしに、どうして誰かを救うなんて宣える。人理を守る、なら人理に含まれる善性も悪性も、丸ごと全て救えばいい。
 まずは自分、その後は手近な者、その後にもっと輪を広げていけば、いつかきっと自分の世界は平和になる。嘘でも虚飾でも構わない、だからただ己を貫くのみ。誰に後ろ指を指されようと、己自身に誇れるのなら構うものか。

 だから――士郎は惑わない。風魔の忍にも誓った。これは自棄っぱちの万歳特攻などではない。

「む……」

 背後より轟く銃撃音。ペンテシレイアは自身の隊の後背より、襲撃してくる者がいるのを察して振り向いた。
 黒と白の双剣銃、銃口より吐き出される弾丸の霰が次々とケルト戦士を穿つ。指揮官足るアマゾネスの女王ペンテシレイアは眉を顰めた。人間? それも『単騎』だと?
 襲撃者は衛宮士郎。その名を知らないペンテシレイアは、侮蔑も露に吐き捨てた。

「鏖殺を前に無謀な義侠心にでも駆られたか? 怯え潜み、やり過ごしていれば死なずに済んだものを……度し難い弱者め。踏み潰されて死ね」

 ペンテシレイアは大音声を張って後陣の者らに命じた。楯構え! 槍衾を立てよ! 陣に入れず跳ね返し、そのまま突き殺せ! 軍神の血を引く女王の覇気が、ケルト戦士を過不足なく統率せしめる。個々が好き勝手に蛮勇を振るってなお武勇に長けた戦士が、卓越した指揮官の手綱によって一糸乱れぬ隊列を組む。
 真っ向から突っ込むのは単騎。浅黒い肌に、撫で付けられた白髪、左目を覆う眼帯――鋼じみて固く、青い炎のように熱い冷酷な眼光……。破れかぶれの特攻ではないとペンテシレイアはすぐに気づいた。歴戦を踏破した勇者だけが持つ『なにか』がある。幾度もの死地を征服し、死の危機を勝機に転じる威風がある。そうと察した瞬間に女王の威が膨れ上がった。渓谷に追い詰められてくる雑魚どもよりも、己はこの男一人を敵とせねばならない――

「――……ァアアァアァアアアッッッ!! 勇を奮えッ! 力を翳せッ! そして殺せェッ!」

 軍神咆哮。その身に宿す軍神の血を呼び起こす閧の声。女王より発される莫大な戦意が戦士として自陣に立つ者を奮い立たせ、軍神に率いられたが如くその叫びを伝播させていく。
 軍勢が叫ぶ。嘗て敵対したあらゆる軍集団が震え上がった閧の咆哮。しかし、肌を打つ音の打撃にも全く怯まぬ鋼の心――異形の双剣銃をだらりと下ろした男がカッと眼を見開いた。来る、とペンテシレイアの全神経が研ぎ澄まされた。

 虚空に投影されるは神造兵装。その投影工程を全てキャンセルする事で、ハリボテとして打ち出される超質量。斬山剣とも称されるそれは全長数十メートルにも及び、『虚・千山斬り拓く翠の地平(イガリマ)』と銘打たれたそれは堅牢な戦士の防壁を正面から打ち砕いた。

「……!」

 ペンテシレイアは瞠目する。ハリボテの玩具、己に掛かれば一撃で破壊できるガラクタ。しかしそれは歴とした宝具としての存在の名残を感じさせたのだ。今のはなんだ、宝具を持っているのかとペンテシレイアは驚愕するも、あんなガラクタを幾ら出されても己には脅威足り得ぬと見切る。それさえ分かれば充分なのだ。未知の力を持つ敵など珍しくもない。神々の加護を受けた英雄には特にそれが顕著だ。
 その瞬間である。気配もなく、音もなく、白髪の男が現れた森から飛び出す者がいた。誰にもその姿を捉えられない。



 ―― 一歩音越え ――



 男が『虚・千山斬り拓く翠の地平』によって切り開かれた陣に突入する。ペンテシレイアは軍神の威を発しながら叫んだ。

「抜剣せよ! 包み込み、揉み潰せ!」

 戦士らが襲い掛かる。ペンテシレイアの中で眼帯の男は殺されるだけの弱者ではなく、蛮勇を振るうに相応しい勇者となっていた。屠るのに躊躇など元よりないが、ペンテシレイアはあの男を殺し尽くすべく睨み据えた。
 男はただ突貫するのみ。頭部を双剣銃で隠し、後は背中も胴も、腕も庇う素振りすらない。戦士らの無数の剣が四方八方から走る男を切り刻む。
 だが堅い。その総身に纏う衣服、紅い外套が男を鎧う甲冑となっている。強化魔術の練度が楔として打ち込まれている霊基に後押しされていた。『防弾加工』とでも呼ぶべきそれは、刃すらも通さない。しかし全身を金属の棍棒で殴打されるに等しい衝撃は徹る。それにはただ、頑強な筋骨と意思の力で堪えるのみ。
 己へと一直線に突き進む男の姿にペンテシレイアは獰猛な笑みを浮かべる。肉食獣の笑みだ。()き男だと嗤う、蹂躙し甲斐のある男だと。刃の洗礼を浴び、嬲られる男は走る。幾ら堅くとも無限の護りなどあるはずもなく、やがて刃が男の守りを砕き、総身を徐々に切り裂いていった。
 斬撃の雨に晒され続ける鋼の男。全身に斬られていない箇所などない。しかし己だけを見る男の直向きさに戦闘女王は昂った。よかろう、相手をしてやる――それは油断か。いいや、ペンテシレイアはそれを『余裕』と言うだろう。



   ―― 二歩無間 ――



「下がれ、お前達」

 ペンテシレイアは少数のアマゾネスの女戦士達を退かせる。親衛隊のような戦士らだ。
 陣内に空白が生まれる。ペンテシレイアと白髪の男を結ぶ道に、空洞が。それは女王が蛮勇の勇者を迎え撃つ為の場である。手ずから討つに値する戦士を殺すのだ。
 男は怯まない。女王は余裕を示す。
 その男が何をして来ようと対処できる自信がペンテシレイアにはあった。防禦を固めようとその上から潰してしまえる、何を出されても粉砕してしまえる。

「私が直々に殺してやる。褒美だ。芥のように潰してやろう」
「――」

 返答は陰剣、白の銃剣の投擲だった。己の首を狙う軌道。ペンテシレイアはそれを叩き落とそうとするも、陽剣、黒の銃剣より撃ち放たれた銃弾に阻止される。手甲に備えた鉄爪で軽々と切り落とすも、ペンテシレイアは白の銃剣を叩き落とす間を逸する。しかし躱すのは容易い。
 首を横に傾けるだけで躱し、白の銃剣は背後へ飛んでいった。発火炎(マズルフラッシュ)を瞬かせ銃撃しながら接近してくる男を、ペンテシレイアは一撃で殺さんと鉄球のついた鎖を手繰り――背後から襲い掛かってくる白の銃剣に、感覚だけで気づき剣を抜いた。
 振り向きもせず剣を背後に振るい、白の銃剣を叩き落とす。ペンテシレイアは嗤った。小賢しいと。



      ―― 三歩絶刀 ――



 ――女王の不覚は、男を侮った事ではない。
 蛮勇の徒と見誤った事。眼帯の男、衛宮士郎は勝算無き戦いにも怖じず、躊躇なく飛び込む精神性を持つが、その本領は冷酷なまでの戦運びにあるのだ。
 故にそれは必然。ペンテシレイアは突如として真横に跳んだ男に眉を顰め。

「――無明三段突き」

 眼前に突如として現れた剣者の姿に、驚愕も露に眼を見開く。
 並みの暗殺者なら。否、例え英霊として祀られる暗殺者であろうとも、襲撃者が眼前に現れたのなら女王は応手を誤らなかっただろう。
 だが相手は壬生の狼。数多の剣豪集う新撰組に於いてさえ恐れられた『猛者の剣』である。気配を絶ち、間合いを縮め、姿を現すなり見舞うは防御不能の対人魔剣。魔法の域の剣戟の極致。
 軍神の血が反応させた。咄嗟にペンテシレイアは手甲の手爪、剣を交差させて防御を選択する。

 ――放たれる沖田総司必殺の魔剣。

 『壱の突き』に弐の突き、参の突きを内包する三連の刺突。平正眼の構えから『ほぼ同時』ではなく『全く同時』に放たれる平突きが唸る。
 壱の突きを防いでも同じ位置を弐の突き、参の突きが貫いているという矛盾の為、引き起こされる剣先の事象飽和。その秘剣・三段突きは事実上防御不能の剣戟である。ペンテシレイアの鉄爪、鋼の銘剣を――事象飽和を利用しての対物破壊によって刳り貫いて。ペンテシレイアは本能的に身を捻っていた。

「かはっ――」

 左脇腹を『貫かれた』のではなく、刳り貫かれ『消滅』したような傷。風穴を躰に空けられた女王が膝をついた。

「チッ」

 沖田が舌打ちする。仕留め損ねた。だが拘らない、仕損じるのも想定の範囲。沖田はペンテシレイアを一顧だにせず、主人に縮地で一瞬にして追い付き、その血路を開くべく刃を振るう。血風吹き荒ぶ天才剣士の剣の結界が主の通る道を作る。
 走り去る男へ向けてペンテシレイアは吼えた。屈辱に打ち震えながらも。彼女は悟っていた。あの男は『マスター』だ。サーヴァントを使役する男だ。なら問うべきはサーヴァントではない、サーヴァントはマスターに使われる武器でしかないのだ。故に、

「貴様ぁ……! 名を名乗れ、覚えてやる……!」

 天地を震わせたのではないかと感じさせるほどの怒号。男は小揺るぎもせず、一瞬だけ視線を背後に向けるとペンテシレイアに言った。

「いずれ知る。それまで精々、生き恥を晒せ」
「は――」

 重傷である。追える躰ではない。故にペンテシレイアは敗北を噛み締める。
 ペンテシレイアは想う。そうだ、これこそが戦いだ、本当の戦いだ。そして、それに己は――敗れた。なんたる屈辱、ペンテシレイアは雪辱を誓い怒号を発した。

「――いいだろう、貴様はこの私を出し抜き勝利した。ならばこれより私は、貴様に焦がれる。なんとしても殺してやるぞ、是が非でもこの手で潰してやるッ! 私に殺されるその時まで、この大地で見事生き抜いてみせろ、英雄ッ!」

 狂ったように哄笑する女王を背に鉄心の男は疾走する。ただの一度も振り向きもせず。
 そうだ、それでいい。そのまま走れ、遠くへ行け、何処までも追い縋り、その首を圧し折ってくれる――









 士郎は渓谷を駆ける。谷の壁に剣弾を無数に撃ち込み炸裂させ、瓦礫の山を築き後方からの追撃を断った。既にペンテシレイアの存在は意識の外に締め出している。沖田の顔色が悪い。その背を労うように軽く叩き、士郎は騒然とする軍の部隊と難民達を見据えた。
 道を塞がれ愕然とする彼ら。しかし安堵も何処かにある。挟み撃ちにされそうだったのを、絶望と共に悟っていたのだ。
 だがそのすぐ背後から、千余りのケルト戦士の軍勢が迫っている。どのみち死は近い。
 己にも向けられる警戒と怯えの眼。理解不能な剣弾を見たからだ。だが士郎はまるで物怖じせずに胸を張り、堂々と――自信と自負を隠さずに、前面に押し出して大声で彼らに語りかけた。

「俺は敵じゃない。お前達を助けに来た」

 鏖殺への恐怖に染まった彼らの耳に、その鉄の芯の籠った声は染み渡った。
 絶大な自負は、救い主を名乗る男に後光すら差して見せているかもしれない。沖田はその主人の背中を見ている。眼を見開き、己のマスターの力強い断言に惹かれている。



「時間はない。だから選べ。
 此処で死ぬかッ!
 それとも俺と生きるかをッ!
 二つに一つだ、まだ死にたくない者だけが俺の背に続けッ!!」



 極限の状況の中に多弁は不要。提示される究極の選択肢。直前に見せた超常的な力。
 男は待たなかった。彼らの真ん中を切り裂くように走る。そしてすぐそこまで迫っていた戦士の軍団に突貫していく。
 虚空に幾つもの剣弾を現して、次々と放つその姿。沖田は感じた。令呪を。何があろうと戦い抜けと。躰が軽くなる。病の発作が一時的に治まった。
 その感覚に。その命令に。嘗て戦い抜く事が出来なかった天才剣士は歓喜した。遅れてはいられないとその背を追う。

 残された人々の前には、剣が突き立っている。

 銃は効かない。かといって剣を取っても戦える者など軍人しかいない。故にそれを執るとしたら戦う意思表示に他ならず。
 心の折れていなかった軍人の一人が剣を執ると、次々とその剣を握る者達が続いた。

「お、」

 恐怖に塞き止められていた本能が吼える。
 死にたくない、死にたくない――なら戦うしかない!

「おおおおお――ッッッ!!」

 眼帯の男に続けと、男達は奮い起つ。女達は祈りを捧げる。

 ――此処に、最新の英雄に付き従う者達が生まれた。





 
 

 
後書き
せっかくの挿絵……マイイラストってところから登録しようとしても全然できない……説明通りに何回やっても同じ。どうなってるのん? 
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