ある晴れた日に
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106部分:谷に走り山に走りその二
谷に走り山に走りその二
「そうしないといけないんで補習はばっくれますよ」
「そうならない為にもボールペンは真面目に使うことね」
「つまり赤点取るなってことですか」
「まだ中間テストでもないけれどね」
この学校では五月の中旬である。少なくともゴールデンウィークには全く関係ないがそれでも江夏先生はあえて言ったのである。理由は簡単でそれだけ野本の成績が悪いからだ。入学当初から問題視されているのだから相当なものなのである。本人は全く気にしていないが。
「まだね。けれどよ」
「勉強しろってことですか」
「そういうことよ。自覚しなさい」
野本を見据えたまま言う。
「君はね。特に」
「何か俺頭のことはいつもボロクソだな」
「だって御前馬鹿じゃねえか」
ここで春華が彼のところに来た。
「馬鹿だから言われるんだよ」
「御前に言われたくねえんだけれどな」
「あたしは一応ちゃんとしてるぞ」
野本に少しむっとした顔になって返す。
「御前と違ってよ」
「その喋り方が結構あれだけれどな」
「ああ、春華はいつもこうだから」
ここでまた未晴が出て来てフォローをするのだった。
「ちょっとそれは」
「勘弁してっていうのかよ」
「気にしないで」
実際に野本にこう言うのである。
「春華はね」
「わかったさ」
少し憮然としながら答える野本だった。
「まあこいつもな」
「何だよ」
「悪い奴ではねえよな。言葉遣いがかなりあれだけれどな」
「褒めてるようにか聞こえねえぞ」
「無理矢理自分に納得させてるんだよ」
野本も負けていない。
「実際のところな」
「じゃあ言うなよ。ったくよお」
「だからその言い方だろ」
また雰囲気が剣呑なものになってきた。しかし未晴は今回は動かない。
「御前よ、何でそんなんだよ」
「これはあたしの個性なんだよ」
こう言って春華も引かない。
「御前が馬鹿なのと同じだよ」
「また馬鹿かよ」
本当に何度も何度も馬鹿と言われる野本だった。
「何なんだよ、俺は」
「だから。春華は」
ここで未晴がようやく動いた。
「昔からこの喋り方で悪気はないから」
「わかったよ」
未晴がいつもここぞという時に出て来るので野本も困った顔で頷くのだった。
「とりあえずこいつはこういう喋り方ってことだな」
「そう。だからね」
「何か竹林に言われるとな」
野本は今度は未晴に対して言うのだった。言いながら右手に持っているそのボールペンをくすくると回している。そうしながら言うのである。
「引っ込んじまうんだよな。どうしてだよ」
「それが未晴のいいところなのよ」
今度は静華が出て来て言う。
「側にいてくれてね。いざっていう時にフォローしてくれるから」
「中学の時からか?」
「勿論よ」
にこにことしながらその未晴のところに行く。そうして彼女にそっと何かを差し出した、見ればそれは。
「はい、これ」
「ああ、これね」
「有り難う。おかげで助かったわ」
「んっ!?何だそりゃ」
野本だけでなく丁度次々とやって来たクラスの男組が今静華が未晴に差し出したものを見る。見ればそれは。
「時計じゃねえか」
「どうしたんだよ、それ」
「借りてたの」
静華はこう皆に答える。その時計は黒いデジタル式の腕時計だった。
「ちょっとね」
「借りてたって」
「時計をかよ」
「ちょっとこっちに持って来るの忘れて」
ここでは少し申し訳なさそうになる静華だった。
「それでね。未晴に」
「携帯の時計機能使わなかったの?」
「そこんところはどうしたんだよ」
凛と春華が彼女に突っ込みを入れる。
「それ使えばいいじゃない」
「携帯持ってるだろ」
「秒とかまでわからないじゃない」
だが静華が言うのはそこまで細かかった。
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