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オルフェノクの使い魔

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オルフェノクの使い魔5

「本当にいいのか? こんなことをして」

「ええ、彼らはその称号に胡座をかきすぎました。彼らは、ミスを許されつづけることはないということを理解していなかったようです」

サイトは村上から言い渡された今回の指令に眉をひそめた。

「彼らは身体能力こそ上の上ですが、それ以外ならば、君のほうが上と考えて平気でしょう」

「わかった」

電話が鳴り、電話先に何らかの指示を出すと、村上はサイトに笑みを浮かべた。

「さぁ、時間です」

「楽しいパーティになってくれるといいんだけどな」

「期待には添えると思いますよ」


*****************************


ルイズは夢を見ていた。夢の中のルイズは6歳だった。
幼き日、二人のデキのいい姉たちと比べられ、母に叱られて彼女は誰も寄り付かない中庭の池に浮かぶ小船の中へ逃げ込んだ。
ここは彼女くらいしか訪れず、彼女が唯一安心することのできる幼き少女の『秘密の場所』だった。
小船の中に用意してあった毛布に潜り込む。いつも通り、ほとぼりが冷めるまでじっとしているつもりだった。
だが、中庭の池にかかる霧の中から、一人のマントを羽織った貴族が現れた。

「泣いているのかい? ルイズ」

つばの広い、羽根つき帽子で顔が隠れているが、ルイズは誰だかわかった。憧れの子爵だ。

「子爵さま、いらしてたの?」

ルイズはみっともないところを憧れの人に見られ、恥ずかしさで紅くなった顔を隠した。

「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」

「まあ!」

ルイズの顔はさらに紅くなる。

「いけない人ですわ。子爵さまは…」

「ルイズ。ボクの小さなルイズ。きみはボクのことが嫌いかい?」

おどけた調子で、子爵が言った。ルイズは、首を振った。子爵はニッコリと笑みを浮かべ、手を差し伸べた。

「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」

ルイズが差し伸べられた憧れの手を取ろうとしたとき、突然吹いた風に帽子が飛んだ。

「あ」

ルイズはいつのまにか6歳から16歳の今の姿となっていた。

「な、なによ。あんた」

帽子の下から現れたのは憧れの子爵ではなく、使い魔のサイトだった。

「行くぞ、ルイズ」

「何が行くぞ、よ! なんであんたがここにいるのよ!!」

「さぁ? おまえが俺のことを気にしているからじゃないのか?」

「なッ!?」

「夢は人の願望を具現化するって恩師がいっていた。つまり、おまえは俺を求めているということだ」

ルイズの身体を軽々と抱き上げた。

「ふ、ふざけんじゃないわよ!!!」


――――――――――――――――――――――――――


サイトはいつものように身体の調子を確認し、水を求めて外へ出て行こうとしたとき、ルイズがうなっていることに気がついた。どうやら悪夢を見ているようだ。ほっとくべきかどうするか悩んでいると突然、ルイズが叫んだ。

「ふ、ふざけんじゃないわよ!!!」

「……」

部屋に沈黙が訪れ、数分経ったところでルイズは周囲を見回し、サイトと目が合った。

「おほよう」

「…ええ」

「嫌な夢でも見たのか? うなされていたぞ」

「うん…最悪」

「そうか、恩師が嫌な夢を見たときは何も考えずに顔を洗えっていっていたぞ。なんでも悪夢が洗い落とせるそうだ」

「…そうする」

フラフラと昨日くんできた水で顔を洗い始めた。


――――――――――――――――――――――――――


サイトは基本的にルイズに付き添って授業に参加したりはしない。いくら平気な人間とはいえ、四六時中一緒にいては気が滅入ってしまう。彼の病が現れるのは特定の人間との肉体的な接触であるため、彼は人に触れることを極力避けているのだ。
今日も日当たりのいい場所でタバサの使い魔ウィンドラゴンのシルフィードと、キュルケの使い魔サラマンダーのフレイムと一緒にのんびりしている。
といっても、のんびりしているのはサイトのみで他の二匹はきゅいきゅいギャンギャンとなにかもめている。

*二匹の会話をどうぞ
(フレイム! ダーリンから離れるのね!)

(何がダーリンよ。私のほうが先に知り合ったんだからあんたがどっかいきなさいよ!)

(だいたい、ダーリンはアクアドラゴンなのね。火の属性のあんたがダーリンに惚れているの?)

(さぁ? いい雄っていうのは属性さえも超えるってことね)

(とりあえず、離れるのね!)

(い~や~)
以上。

サイトはそんな会話を気にすることなく、タバサから借りてきた本を読むのを中断して何かを感じ取ったかのように、視線を今ルイズが授業を受けている塔の方へ視線を向けた。その数秒後、ルイズが現れた。
まだ、授業中のはずだ。彼女がここにいるのはおかしい。朝見た限りは体調が悪そうには見えなかった。となると考えられることは一つだ。

「さぼりか?」

「違うわよ。姫殿下が行幸なされるから全授業を中止にして、学院全体で歓迎式典の準備をすることになったの」

「そういえば、あのハゲが似合わないカツラして走っているのみたな。なるほど、それでさっきから騒がしいのか」

「ハゲって…ミスタ・コルベールのこと? 普段なら叱るところだけど、まぁ、いいわ。
だから、あんたもこんなところにいないで、さっさと準備して」

「準備?」

「オールド・オスマンがあんたにも出席して欲しいんだって」

「面倒だな」

小さくため息をつくとルイズの後について歩き始めた。
残された二匹がルイズを睨んでいたことに二人は気づかなかった。


――――――――――――――――――――――――――――


王女を迎える式典は、大急ぎで用意したにもかかわらず、それを感じさせないほど立派なものだった。
サイトはルイズの半歩後に立ち、それに参加した。
王女が生徒たちを見たとき、ルイズの姿を見てわずかに微笑んだのと、王女の護衛だと思われるグリフォンに乗った凛々しい貴族を見たルイズの表情が変わったことがサイトの印象に残った。

「……」

「……」

その日の夜、ルイズの様子はおかしかった。立ったり座ったり、もじもじしたかと思えば遠い目で空を見上げる。
まぁ、難しいお年頃というやつか。と、妙にジジ臭い結論に達したサイトはそんなルイズをそのままに指定席となっている窓に腰掛け読書を始めた。
そんなとき、ドアがノックされた。
ノックははじめに長く二回、次に短く三回叩かれた。

(なんの儀式だ?)

突然、挙動不審だったルイズが急いでドアを開けた。そこには、真っ黒な頭巾を深くかぶった少女だった。
少女はそそくさと部屋に入り、後ろ手でドアを閉め、杖を取り出し、短くルーンを呟いた。

「…ディティクトマジック?」

「ええ、どこに目や耳があるか分かりませんからね」

少女は頷くと盗聴されていないことを確認してから頭巾を取った。
現れたのは、すらりとした気品ある顔立ちに、薄いブルーの瞳、高鼻が目を引く少女、なんと今日、突然、学院を訪問したアンリエッタ王女だった。

「姫殿下!?」

ルイズが慌てて膝をつく。サイトは窓に座ったまま、アンリエッタを眺めていた。

「お久しぶりですね。ルイズ・フランソワーズ」

アンリエッタは涼しげな、心地よい声で言い、感極まった表情を浮かべ、膝をついたルイズを抱きしめた。

「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」

サイトは、美少女たちが抱き合う姿を見つつ、会話から二人が幼い頃からの知り合いであること、アンリエッタは近々、ゲルマニアという国の王族と政略結婚することがきまったことなどを聞き取った。
そして、アンリエッタの要件とは、自分の政略結婚を阻止しようとしている連中がおり、その連中にアンリエッタが過去に現在、内乱真っ只中にあるアルビオンの王子(負けかけている方)宛てに書いた恋文を発見されたら、政略結婚は破棄されてしまうため、その恋文をとってきてほしいというものだった。

(ただの学生に頼みにくる内容じゃないな)

そんなことを冷静に考えているサイトの目の前でアンリエッタとルイズが三流映画でもやりそうのない、やり取りをしている。

「無理よ! 無理よルイズ! わたくしったら、なんてことでしょう! 混乱しているんだわ! 考えてみれば、貴族と王党派が争いを繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと頼めるわけがありませんわ!」

(だったらくるなよ)

ルイズの方を伺うと、彼女から行く気満々のオーラがもれ出ている。

「土くれのフーケを捕まえた、このわたくしめに、その一件、是非ともお任せくれますよう」

「ちょっと待て、ルイズ」

「何よ?」

今まで、心の中だけでツッコミをいれ、幼馴染同士の久しぶりの会話に水を差すのは無粋だと、黙っていたが、そろそろ声をかけなければ、後先考えないまま進みそうだったため、サイトが割って入った。

「内乱真っ只中の国に行くんだろ? 治安も悪化しているだろうし、そんな中行ったところで門前払いくらうか、反乱軍側の刺客と思われて問答無用で攻撃されかねないんじゃないのか?」

「そ、そんなことないわよ。姫さまに一筆書いていただいて…」

「どうだろうな、確かにそうすれば、いきなり殺されることはないかもしれないが、それがそのオヒメサマが、書いたものかどうかを確認するのにどれだけ時間がかかる? その間に滅びるかもしれないし、なによりとばっちりで死ぬかもしれないんだぞ」

「で、でも」

ここまで言われてもルイズは退こうとしない。名声を欲しているのではなく、本気でこの王女の力になりたいと思っているようだ。

「まぁ、最悪、忍び込めばいいか…」

邪な思いではないことが、確認できただけで十分だとため息混じりに行くことを了解したサイトを見て、ルイズは嬉しそうに笑みを浮かべる。仮に行かないと言ったとしても、連れて行くつもりだったが、やはり自分の意志で行くと言ってくれたほうが、気持ちがいい。
二人のやり取りを見ていたアンリエッタは、サイトに興味をしめし、近づいてきた。

「頼もしい使い魔さん、わたくしの大事なおともだちを、これからもよろしくお願いしますね」

そう言って、すっと左手を差し出した。握手を求めているのかと思ったが、相手は手の甲を向けている。その意味を理解しかね、サイトはルイズの方を見る。

「いけません! 姫さま! そんな、使い魔にお手を許しなんて」

「いいのですよ。この方はわたくしのために働いてくださるのです。忠誠には、報いるところがなければなりません」

中世の映画を思い出し、なんとなく、意味を理解したサイトは冷たい目をアンリエッタに向けた。

「勘違いしていないか、オヒメサマ?」

「え?」

今まで、こんな目で見られたことのないアンリエッタはサイトの冷たい視線に戸惑った。

「何故、俺があんたに忠誠を示さなきゃならないんだ? 俺はこの国のために働く気なんてまったくない、皆無だ。
俺は、まったくもって、まったくもって不本意ではあるが主であるルイズがあんたを助けたい、と言うからついていくだけだ」

「不本意ってなによ!! しかも、なんで「まったくもって」って二回も言うのよ!?」

ルイズのツッコミを無視してサイトは続ける。

「使い魔である俺が、忠誠を示すべきはルイズであってあんたじゃない」

ルイズのツッコミを無視してサイトは続ける。
アンリエッタは呆然として突っ立ち、ルイズが慌ててアンリエッタの前に跪いた。

「も、申し訳ありません! 使い魔の不始末は、私の不始末です! あんたもほら! 謝りなさいよ!! っていうか、あんた、私に忠誠なんて示したことないでしょう!!」

「断固として拒否する。いわれのないことで下げる頭など持ち合わせていない。それに俺は使い魔だろ? オヒメサマがやろうとしたのは犬にキスさせようとするのと同じことだ。犬に突然手を出したら噛まれて当然だと思うが? 
忠誠ならこうして日々、おまえが突っ走らないようブレーキとなって示しているじゃないか」

「私はそんなに暴走してない!!」

サイトは、こんな無礼な行いをしてもアンリエッタなら大丈夫であろうと先程までの態度で予測した上でとっている。もし、これで侮辱罪だとでも言って死刑を言い渡しそうな相手ならこんなことは言わず、大人しくしていただろう。
そのとき、ドアが開き、誰かが飛び込んできた。

「きさまー! 姫殿下にー! なんてこッグボア!!」

すべて言い終わる前にサイトの蹴りが顔面に叩き込まれ、侵入者は放物線を描いて頭から倒れた。
うつ伏せに倒れた男を蹴り、仰向けにして顔を見てみると、以前サイトと決闘したギーシュ・ド・グラモンだった。

「この不法侵入者どうする?」

「とりあえず、起こして話を聞きましょう。この時間、女子寮に男子が入ることは禁止されているのにいるわけだし」

サイトはパチンと指を鳴らす、するとためてあった水から、コップ一杯分くらいの水がふわふわと中に浮き上がり、ギーシュの上まで来ると重力に従って彼の頭を直撃した。
呪文を唱えた気配もないのに動き出した水にアンリエッタは目を丸くして驚いている。

「うわっぷ!? な、なんだ!?」

サイトは目を覚まして起き上がろうとするギーシュを踏みつけ、床にはいつくばらせる。

「き、きさま! 貴族に向かって何をしているんだ!?」

「黙れ、不法侵入者」

「うるさい! ボクはバラのように見目麗しい姫さまの後をつけてきてみればこんなところへ……それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがえば……ってきみは何時まで僕に足を乗せているつもりだ!?」

「ストーキングに覗き、ついでにプライベートの侵害もつけるか。どうする? 裁判長」

「死刑」

サイトの問いにルイズ裁判長は即答した。

「方法は?」

「まかせるわ。ただし、部屋を汚さないでよ」

「了解」

「な、何を言い出すんだ君たちはぁぁぁ!!!! ボ、ボクはグラモン元帥の息子だぞ!」

「そういえば、そうだったわね。サイト、やっぱり死刑は止めるわ。あとで学院に報告しましょう。そしてしかるべき罰を受けてもらうわ。それと、このことをグラモン元帥にも報告しましょう。元帥はとても厳しいお方だと聞いているし」

ルイズの判決にギーシュは死刑を言い渡されたときよりも、さらに青くなった。
ギーシュは救いを求めるように周囲を見回し、アンリエッタがいることを思い出した。

「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンに仰せ付けますよう!」

なんとかサイトの足の下から這い出したギーシュは跪いた。

「どうせ、この任務に参加してその功績で、今回の件を許してもらうつもりだろ?」

サイトの鋭い指摘にギーシュの肩がビクンと揺れた。

「ひ、姫殿下のお役に立ちたいのです」

必死に懇願してギーシュも任務に参加することが許された。しかし、だからと言って報告することを止めるとは誰も言っていない。
後日、実家から呼び出しの手紙が届くのだった。
アンリエッタはルイズの部屋で手紙を書き、その手紙と自らが、はめていた『水のルビー』をルイズに手渡した。


――――――――――――――――――――――――――――


現在、サイトは馬に乗って前方を行くグリフォンを追いかけていた。

(そういえば、乗馬も峡児に教わったんだよな…)

今、自分がさまざまなことができるのは、間違いなく自分を拾ってくれた村上峡児のおかげだ。
もといた世界で、ここのように階級制度が設けられていたら、自分は間違いなく一番下の奴隷、しかも、奴隷の中でも最も下位である性奴だった。
もし、あの日、あの時、あの場所で拾われなければ、自分はスラムで朽ちていただろう。

(……裏切ったつもりはないんだけど、な)

サイトは過去の思い出に浸るのをやめ、前方を行くグリフォンを追いかけることに意識を向ける。
早朝、出発の準備をしていたサイトたちの前にさっそうと現れた男。ルイズの婚約者を名乗る魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵は、ルイズをグリフォンに乗せると、出発の準備が整っていないにもかかわらず、出発。
何に感化されたか知らないが、ギーシュもそれに続いて出発。
最後に残されたサイトは、自分だけでも準備してから行こうかと考えたが、前日のうちに決めたルートを知らないワルドが先陣を進んでいるため、はぐれたままになりかねないとしかたなくサイトも準備をそこそこにして出発した。

(そのせいでカイザギアをとりにいけなかった…)

ちらりと横を見るとすでに何時間も休みなしで進んでいるため、グロッキーになったギーシュがなんとか馬に跨っているという状態で走っていた。
準備不足が作戦にどれだけ影響を与えるか、そして大部隊ならまだしも、小隊で隊員の事を考えているとは言いがたいワルドの行動にサイトは不安を覚えた。
準備は作戦の成否を握る大事なカギである。実際、サイトは準備不足が故の痛い思い出がある。
それに今のギーシュは戦闘に入ったとしても足手まといになるであろうことは容易に想像がつくにも関わらず、ワルドは休もうとする気配がない。進言したくともサイトの馬ではワルドに追いつくことができないし、さきほど、何度も呼びかけたが、聞こえていないらしくまったく反応してくれなかった。

(準備不足での出発、隊員の状態も考えない先行…あいつは本当に隊長をやっているのか?)


―――――――――――――――――――――――


馬を何度も替え(この間、ワルドに進言しようとしたが、手続きをやっている間にさっさと進まれたためできなかった)、飛ばしてきたため、サイトたちはその日の夜中にラ・ロシェールの入り口についた。

(ここが本に載っていた空飛ぶ船の港、ラ・ロシェールか)

月夜に浮かぶ、険しい岩山を縫うようにして進むと、峡谷に挟まれるようにしてラ・ロシェールの街が見えた。

「早く、宿を見つけて休みたいよ」

ようやく街にたどり着き、一息つけるという安心感からかほぼゼロに近い体力を振り絞ってギーシュは馬の手綱を握りなおした。
そのとき、不意に、サイトたちの跨った馬めがけて、崖の上から松明が何本もなげられた。
サイトはすぐさまトライデントを生み出し、自分に向かってくる松明をすべて叩き落しつつ、驚いて暴れる馬をなだめる。
「うわッ」という叫び声と何かが落ちた音がした、既に体力の限界を向かえているギーシュに暴れる馬をなだめつつ、松明を避けることなどできず、振り落とされてしまったようだ。
松明の奇襲が終わると続いて何本もの矢が飛んでくる。
ルイズの方を確認すると、ワルドがちゃんと守ってくれているようだ。
サイトはギーシュを馬に引きずりあげ、トライデントで矢を叩き落す。

「ギーシュ、振り落とされるなよ」

「わ、わかった!!」

片手で手綱を操り、ワルドの側へ向かう。かたまるのは危険だが、孤立して全方位から攻撃されるより、背中を預ける相手がいたほうが安全と判断したのだ。

(オヒメサマの言っていた連中か? それにしても早すぎる。命を受けてまだ一日だぞ。オヒメサマのあの様子から事前に誰かにいっていたとは考えられない……どうなっているんだ?)

そのとき、ばさばさと聞き覚えのある羽音が聞こえた。

「これは…シルフィード?」

「シルフィード? それって確か、ミス・タバサの使い魔のウィングドラゴン?」

矢の雨がやんだため、空を見上げると、そこには、月を背にした一匹のドラゴンがいた。
強襲してきた者たちは恐れおののき、夜空に向かって矢を放ち始めた。しかし、それは風の魔法で反らされた。続いて小規模な竜巻が舞い起こり、崖の上の者たちを吹き飛ばす。崖から落とされた男たちはうめき声を上げている。
シルフィードが地面に降り立つと、キュルケが飛び降りた。

「お待たせ」

ルイズがグリフォンから飛び降りて、キュルケに怒鳴った。

「お待たせじゃないわよ! 何しにきたのよ!!」

なんでもキュルケは朝、出発していくサイトたちを見かけ、興味を覚えてタバサを叩き起こし、シルフィードで追いかけてきたらしい。
キュルケのわがままの被害者であるタバサはパジャマにナイトキャップ姿でシルフィードの上で読書をしている。

「子爵、あいつらはただの物取りだ、と言っています」

ルイズとキュルケが怒鳴り合いをしている中、男たちを尋問していたギーシュがワルドに報告する。

「フム…なら捨て置こう」

「待て、こんな用意周到に武装した物取りがいるものか。それに、こんな夜間に、人が通る可能性などほとんどないもに関わらず、待ち伏せをしていた。どう考えても、我々をターゲットにしていたとしか考えられない。少し痛い目にあわせてでも情報を聞き出すべきだ」

「君は、ここでこのものたちを拷問しろと? そのようなこと、貴族のすることではないな。
君は深読みしすぎだ。それに我々は急ぎの任がある。こんなところで立ち止まっている時間はない」

ルイズ、キュルケ、ギーシュがワルドの意見に賛成したため、一行はラ・ロシェールへ向かった。


―――――――――――――――――――――――


一行は、ラ・ロシェールで一番上等な宿、『女神の杵』亭に泊まることにした。
ついてすぐに乗船の交渉のため、『桟橋』へ向かったワルドとルイズが1階の酒場にいるキュルケとギーシュのもとに帰ってきた。

「サイトとタバサは?」

「なんか、サイトは用があるって少し前に出て行って、タバサはそれについて行ったわ。
それで、船のほうは?」

キュルケの問いに席についたワルドが、困ったように言った。

「アルビオン行きの船は明後日にならないと、出ないそうだ」

「ふ~ん」

明日一日空くことがわかり、テーブルの上にぐったりと体を預けていたギーシュが嬉しそうな顔をする。

「さて、今日はもう寝よう。部屋を取った」

ワルドはカギ束をテーブルの上に置いた。

「キュルケとタバサ、ギーシュとサイトがそれぞれ相部屋だ。そして、ルイズはボクとだ」

キュルケは二つカギを受け取る。

「わかったわ。私はタバサたちが帰ってくるまでここにいるから。ほら、ギーシュ! こんなところで寝ない! 寝るなら部屋で寝なさい!」 
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