提督はBarにいる。
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金城提督によるヒアリング調査【表】
-ブルネイ第一鎮守府・AM6:00-
「……なぁ、やんなきゃダメか?これ」
「ダメです。提督はブルネイ地域に点在する鎮守府の纏め役なんですから、真面目に仕事してください」
何度かこの作品内でも語った事があるから読者諸兄は知っているとは思うが、俺はブルネイ地域にある艦娘運用施設ーー通称【鎮守府】全ての統括をやっている。鎮守府と一口に言ってもその規模はピンキリで、ウチのように何百人と艦娘を抱えている巨大鎮守府もあれば、小島にポツンと存在する艦娘在籍数が100にも満たない警備府クラスの鎮守府もある。昔は呼び方で区別したらしいが、今は全て鎮守府と呼ぶことになっている。そんな大小様々な鎮守府を各地に点在させて、防衛網を構築して敵に目を光らせている訳だが、日本から遠く離れた場所での話だ、風紀に乱れが生じる可能性は高い。が、横須賀の大本営だけで全ての鎮守府に風紀の目を光らせる訳にはいかない。時間も手間も無駄に掛かるしな。そこで、白羽の矢が立てられるのは各地域の取り纏めをしている鎮守府の提督、ってワケだ。俺のような立場にある提督は年に数回、自分の担当する地域の鎮守府を監査する、というかしなくてはならない。今日はその為に他の鎮守府の提督を呼び出して、俺自ら聞き取り調査をする日ってワケだ。……まぁ、悪い事さえしてなけりゃあ何の事は無い『引き続き頑張れよ』程度で済む話だからな。
「段々と遠慮が無くなって来たな、特にケッコンしてから」
「え?何ですって?スケコマシ提督」
「聞こえてんのに聞こえねぇフリすんな。それと指輪見せつけながらのドヤ顔やめーや」
そう言って睨む俺の視線の先には、左手の指輪を見せつけながらにやけている大淀の姿があった。ついこの間、3ヶ月ぶりに錬度が限界に達した連中に纏めて指輪を配った。その中にこの腹黒眼鏡が混じってたんだ。『やれやれ仕方ないですねぇ』なんて言いながら受け取ってたクセに、その日の仕事終わりに明石と飲みに行って散々自慢したらしい(次の日号泣しながら明石本人に報告された)。最近余計も経理や執務関係には口煩くなったのは、嫁になったからには!と気合いが空回りしてるらしい。
「お陰で明石の奴がオーバーワーク気味悪なんだぞ?過労で倒れたらテメェのせいだからな」
ただでさえオーバーワーク気味だった明石が、錬度を上げる為にと休憩時間を削って演習に勤しんでるんだ。ここん所目の下から隈が取れなくなって来ていて、少し心配になってたりする。
「はい……私も少しやり過ぎました」
「まぁ、それが解ってるならいい。さてと、早速呼ばれてる提督を入れてくれ」
「了解です」
そう言ってパタパタと執務室を出ていく大淀。数分後、一人の男を連れて戻ってきた。……さて、仕事を始めますか。
「……さて、君はまだ着任して1年経っていなかったな」
「はっ、はい!」
目の前には緊張気味の若い男。資料を見ると歳は24、とある。防衛大を卒業して、そのまま提督としてブルネイの警備府に赴任とある。実戦経験の殆ど無いお坊っちゃんだ。まぁ、赴任した鎮守府が特殊な場所ではあるから、そこまで実戦での経験を必要とはしていない所だからな。
「君の所は航空部隊の基地の防衛用の鎮守府だからな。海域の攻略というよりも、当該海域の防衛に力を入れているんだろう?それならこの数字は立派な物だ」
着任からの半年間で、潜水艦の掃討数が300を超えている。対空・対潜に重きを置いている鎮守府と比べても、中々の数字だ。シーレーンの安全性向上の点から見ても、潜水艦を掃討するのは効果が高い。実戦での経験は少なくても、優秀な部類の提督だ。
「計上予算にも問題は無いようだし……何か困った事は無いかな?」
「困り事……ですか?」
「あぁ。俺もブルネイ地域の纏め役なんてやってるが、自分の鎮守府の事に目を配っていると他の鎮守府なんてとてもじゃないが面倒見きれなくてな。そこでこうして時々ウチに来てもらって話を聞いているのさ」
「成る程……」
「別に仕事上の悩みでなくてもいいぜ?こう見えてもお前さんよりは人生経験豊富だからな」
「なら、出来れば食糧の配給を増やして頂きたいのですが!」
「食糧の?そりゃまたなんで」
「ウチはブルネイ本島からも遠いですし、娯楽も少ないです。ですから、食事くらいは豪華な物を出してあげたいと常々思っておりまして、その……」
「成る程、だが航空基地の連中が優先で、ロクに物資がまわって来ないと」
「そうなんです……」
しょげてしまう新米。まぁ、航空基地がメインの根拠地だとそっちが優先されてしまうから仕方の無い所はある。が、それでも尚何とかしてやりたいという姿勢には好感が持てる。
「なら、畑でも作ってみたらどうだ?」
「畑……ですか?」
「あぁ。外からの支給を望めないなら、自分達で作るという手段がある。実際ウチでもやってるし、航空基地が作られる位だ、土地は平坦で余ってんだろ?」
「いや、まぁ、それはそうですが……」
「それに土いじりは意外と気分転換になるぞ?農作業が嫌なら魚釣りで趣味と食料確保の実益を兼ねて……ってやり方もある」
「農作業……魚釣り」
「田舎の生活みたいだろ?」
「いえっ!そんな事は」
「ははは、まぁ実際WWⅡの時には日本軍は現地で食糧生産やってたって歴史もあるから、本部もダメとは言わんさ。大淀、山雲をガイドに付けて農場を見学さしてやれ」
「了解です」
「ウチの農場を見学して、どうするかは自分で判断しな。農作業の指導員ならウチで準備してやる」
「あ……ありがとうございます!」
新米君は入ってきた時よりは幾分軽い足取りで執務室を出ていった。これで少しはマシになればいいが。
「大淀ぉ、次~」
「はいはい、呼んできますよ」
次に入ってきた提督は提督に着任して5年目、実績も中々の少将だった。ブルネイ地域だと中堅の上の方……位だな。さっきの新米君とは真逆の見た目で、俺とはまた違うタイプの強面だ。俺はヤ〇ザの組長みたいな悪人的な強面らしいが、目の前のコイツは自分に厳しい武人っぽい面構えだ。こ〇亀の左近寺とか、北〇の拳のラオウ的な顔立ちといえばイメージが沸くだろうか。
「うん、相変わらずお前さんとこは安定した戦果を上げてるな」
「お褒めに預かり、光栄です。自分も閣下の後背を追う者として、日々精進に励む所存です」
固い固い。横綱就任の挨拶かってーの。でもこいつは見た目通りに部下には優しく、自分に厳しい。安心して任せておける人間の一人だ。
「まぁお前さんには悩みなんざ無いと思うが……一応聞いとくか」
俺がそう言うと、顔に影が差す。まさか、何かしらのトラブルでも起きてるのか?
「実は……最近、とある艦娘に命を狙われている気がするのです」
艦娘による提督の殺害。起きた事はあるし、少なくない事件だ。しかしそれは所謂『ブラック鎮守府』での話で、提督の人権を無視した艦隊運営や暴力等に耐え難くなった艦娘達が反旗を翻し、自らの処分も覚悟した上で行う『反逆行為』だ。だが、後の捜査でその正当性が認められればお咎めは無い。『艦娘とて人間』というのは最初に艦娘の生まれた国である日本の政府の決定であり公式見解だ。それに従わない提督こそ国に反逆しているのだから討たれて当然、文句など言わせない。しかし目の前にいるこの男の鎮守府はウチ程では無いが訓練は厳しい。が、それは艦娘の安全を慮っての事であり、所属する艦娘達も了承の上での事だから問題ない。経営状況もホワイトそのものだし、何より糞が付きそうな程真面目なこいつが艦娘を辱しめるような事をするとは思えない。
「穏やかじゃねぇなぁ、オイ。詳しく聞かせろよ」
後は疑うべきは、他国からの破壊工作か。極々少数だが、艦娘が外部との付き合いのある鎮守府だと、艦娘が男にたらしこまれて知らず知らずの内にスパイに仕立て上げられる事があるらしい。
「はい。実は、最近秘書艦の扶桑が側にいると、謎の発熱、不整脈のような激しい動悸、息苦しさ、目眩等に襲われるのです」
「……は?」
おい、それってまさか。
「私は生きてきて26年、このような症状に襲われたのは初めての事。病気一つした事の無い頑強な自分が、このような症状に襲われる等、何か毒物を盛られているとしか……!」
っていうかお前26だったのか。35位に見えるからその位かと思ってたぞ。
「あ~……1つ聞くが、その症状は扶桑以外の艦娘がいると起きないのか」
「? はい、扶桑以外の者の近くでは起きません。なので疑いたくはないですが、扶桑が外部の者と内通しているのでは……と」
「ちょっとタイム。大淀、ちょっと」
大淀を近くに呼び寄せ、小声で言葉を交わす。
『おい、これって……アレだよな?』
『間違いなくアレですよ。特定の娘が近くにいると起きて、ドキドキしたり、熱が上がったり、息切れ起こしたり……モロじゃないですか』
『だよなぁ。どんな名医も草津の湯も効かないって奴だよなぁ』
『例えが古いですね提督』
『うるせぇ』
「あの……どうかされましたか?」
「いや何も。ところでお前さん、女性との交際経験は無いのか?」
俺がそう尋ねると、男は勢いよく口に含んでいたお茶を噴き出した。
「おおお、お付きあいですか!?」
「別に驚くこっちゃねぇだろう。お前さんもいい歳だ、彼女の一人や二人、居た事あるだろうに」
「いや、その……自分は高校・大学と男子校でしたので、女性との接点は無くて。卒業して、そのまま提督になりましたのでそもそも出会いが無いのです」
「あ~、そうかぁ」
「これは重症ですね」
「っ!?わ、私は何かの病気なのですか!」
こいつ、朴念人だわ。自分の気持ちに気付いてないパターンだわ。30近くなっての初恋なモンだから、そもそも今の自分の精神状態がどうなってるのか気付いてない奴だわコレ。
「拗らせてんなぁ……」
「とりあえず、金剛さん辺りに相談させてみては?」
「だな。……多分『間宮』辺りにウチの金剛がいて茶でも飲んでるハズだ、そこ行って悩みを聞いてもらえ」
「は……はぁ」
要領を得ない、といった様子で男は執務室を去っていった。ウチの嫁さんなら上手い事やるだろ。
「さぁて、ちゃっちゃと終わらせますかぁ」
「そうですね、午後からが『本番』ですから」
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