SAO-銀ノ月-
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『どうかこんな日常が』
前書き
突然ですが最終回です
「じゃあアンタら、ルクスもグウェンもSAO生還者……なんだな」
「全員が全員そうってわけじゃないけどね」
プレミアがこの世界から消えてから数週間。カイサラたちフォールン・エルフをヨツンヘイムに送り、突如として発生していた討伐クエストに運営が炎上したりしたが、幸いなことに落ち着いてきたようで。それらの騒動にまったくの他人事を通したリズベット武具店にて、ショウキとリズは都合をあわせてガーネットと会っていた。
「それと。そんな本格的に隠してるわけじゃないけど、わざわざ触れないこと。いいわね?」
「お、おう……」
「……それで。わざわざ聞いてきたぐらいだし、なにかあるんだろ?」
そんなガーネットの用件は、以前の戦いの時に何やら気になっていたらしい、ショウキたちがSAO生還者であることについて。とはいえわざわざそれだけ聞きに来たわけではないだろうと、ショウキは買ってきていたコーヒーを出しつつ問いかける。
「ちょっとショウキ、なんかガラ悪いわよ?」
「……悪い」
「いやいや! 無理に聞きだしてるのもこっちだし……うん、聞きたいことがあるんだよ、SAO生還者にさ」
……あまり聞かれたくない話とはいえ、気づかない間に尋問のような雰囲気になってしまっていて。少し怯えてしまっていたガーネットに、ショウキは髪を掻きつつ謝ると、ひとまず揃ってコーヒーを飲んで落ち着くと。一泊のリラックスの後に、ガーネットはゆっくりと本題を語りだした。
「SAOって……デスゲームってだけじゃなかったんだよな?」
「……え?」
「ああその、これだけじゃ分からないよな……アタシの従兄もさ、SAO生還者で!」
そうしてガーネットの口から放たれた言霊は、興味本意のものではない予想外の問いかけだった。とはいえ残念ながら質問の意味が分からないままであり、ガーネットはわたわたと慌てながら説明していく。
「ゆっくりとでいいわよー」
「お、おう……実はその生還者の従兄がさ!」
長くなりそうだと、コーヒーを片手に聞く体勢になった二人に、ガーネットがいわく。ガーネットの従兄は幸いなことにSAO生還者として現実に帰還し、恐るべきスピードでリハビリを終わらせると、すぐさまどこかへ飛んでいってしまったのだという。それもそのはず、なんと従兄氏はアインクラッド内で恋人を見つけ、連絡先を交換してSAOをクリアしたのだとか。
「その時はほんと凄くてさ! 愛の力って奴だな……それで今は、リアルでも結婚してる」
「ステキな話ねぇ……」
「おぐっ――なんでもない」
「なによ?」
アインクラッドで出会ったなどという話に、ショウキが俺たちと一緒だな――などと言いかけるが、現実でも結婚しているなどと続き、ショウキは全力をもって言葉を止める。隣で舌を噛んでいそうな声をあげたために不審な目では見られたものの、リズはガーネットの話の続きに興味を引かれたようで、ショウキはほっと胸を撫で下ろしつつコーヒーで一服していると。代わりと言ってはなんだが、先程まではまるで自分のことのように幸せそうにしていたガーネットの表情が、あまり話したがらなように少し曇っていく。
「うん……二人は幸せなんだ。なのにさ、親戚や世間の連中は、それをデスゲームが作ったまがい物の幸せだなんて言うんだ……」
「はぁ? どういうことよ」
「ゲームの中で会っただけとか、死の恐怖から逃げたかっただけ……とかさ」
「…………」
現実世界ではなくあくまで仮想現実で会っただけ、しかもデスゲームで得た愛などただの偽りのものだろうと。そんな意見を間接的とはいえ伝えられ、ショウキとリズは自然と目を合わせた。結婚などまだいってないにしろ、それらはショウキとリズにももちろん当てはまることだったからだ。
「なあ……何かそいつらを黙らせる話ってないかな? SAOって、ただのデスゲームだったのか……?」
「……そうだよ」
SAO生還者だろうと幸せな二人をあざ笑う連中が許せないと、そいつらを黙らせる話が他のSAO生還者から聞きたいと、短い上にプレミアを通じた付き合いではあるが、ガーネットは馬鹿正直だが真剣にそんなことを考えている。しばし何を語るかショウキとリズは思案しあっていたが、ひとまずショウキから語りだした。
SAOはただのデスゲームだ、と。
「で、でも……そこで掴んだ幸せは嘘じゃないよな?」
「いや、デスゲームじゃなかったら会いもしなかっただろうし、恋したのもデスゲームだったからだ」
……気づけばSAO生還者の話ではなく、ショウキは自分自身の話をしているような錯覚に陥っていた。ああ、そもそもSAOがデスゲームなどでなければ、ショウキは継続してプレイしていなかったかもしれない。もしも仮想現実に魅せられていたとしても、リズとこうした関係になることはあり得なかっただろう。
「デスゲームの人恋しさで出来た恋人が嘘っていうなら、嘘なんじゃないか」
ショウキは仲間たちを失った闇の中からリズという光に依存し、リズは終わらないデスゲームにショウキから人の温かさを求めた。キリトにアスナも似たようなもので、ああ確かに、見知らぬ誰かが言うように、デスゲームという極限状態だからこそ発展した関係なのだろう。吊り橋効果の最終形態とでも言うべきか、パートナーがいなければ誰も彼もが潰れてしまう故の必然か。
「でも今でも俺はリズが好きだ。始まりが嘘でも構うもんか」
とはいえその想いは、デスゲームが終わった今でもこうして続いている。始まりがデスゲームからの逃避であろうとも、今でも自信をもってリズが好きだと言える――
「……ん?」
――言える、というか。そんな末代まで呪われるほどに恥ずかしい言葉を、言えるどころか今まさに言ったことに気づいたのは、対面のガーネットが顔を真っ赤にしながら、口をパクパクと開閉させていること。それと後頭部に強い衝撃を感じたからだった。
「なななあに人前で恥ずかしいこと言ってんのよ!」
「あ、いや、その、あの」
立ち上がったリズからの一撃をしっかり甘んじて受け入れながら、もちろんショウキにも、そんなことを言う気などさらさらなかった、と再確認する。そもそもガーネットからの質問は、SAO生還者から見て従兄氏の幸せの邪魔をする連中を説得する言葉はないか、ということであり、ショウキののろけなど一切合切まったく聞いてはいない。
「あ、あーもう……ごめんねガーネット……ガーネット?」
「へぁっ!? あー、あーその、ご意見ありあとあす! それじゃ!」
そうして後頭部に強い一撃を受けた衝撃から、そのまま頭を下げた体勢になったショウキとともに、何やら変な空気になったことをリズが謝罪したが。どうやらこういった話にまるで耐性がないのか、当事者の二人より顔を赤くさせながら、ガーネットがカクカクと身体を動作させていた。するとそのまま急に立ち上がると、とてつもないスピードでリズベット武具店の出口へと走っていく。
「ちょっ――」
「おおおおお幸せにぃ!」
そうして何しに来たのやら、ガーネットは止める間もなくそのまま退店していった。まるで台風がやってきた後のようなリズベット武具店に、店主がため息とともにソファーに座る音と、助手が頭をあげてコーヒーを飲む音だけが響き渡った。
「ねぇ、ショウキ」
「ん?」
先ほどまでの騒動が嘘のような、ショウキとリズの二人しかいない静寂の空間。ロマンティックに言うのならば、まるで二人だけ世界に取り残されたような感覚に襲われる。とはいえ先の話題から、どこか話しかけにくい気まずい空気が流れていて、短い応答をお互いに繰り返す。
「あたしもね、今あんたを好きなの……確かに最初は、ガーネットの言う通りに人恋しさだったかもしれないけど」
そうして無音の武具店に、リズのそっぽを向いた告白が響き渡る。言われっぱなしではフェアではないからと言わんばかりに、ショウキではない方を向きながら、彼女はとつとつと語りだした。出会いはデスゲームからの逃避のための行動だった、と前置きしながらも。
「だけど一緒にいて楽しくて、思ったよりダメで放っておけなくて……たまにかっこよくて。何も言わずに夢を応援してくれる、あんたが好きなの。今」
そうして先のショウキと同様に、出会いがなんであれリズも今のショウキが好きなのだと。そうでもなければ、今もこうして一緒にいるはずもないので、分かりきっていたことの再確認という意味が強かったけれど。
「……言葉に出すっていいもんだな」
もしかすると、デスゲームから始まった今の関係に、相手は後悔していないだろうか。ガーネットの話を聞いてから、そんな懸念が一片たりともなかったといえば嘘になり――そんな懸念が杞憂に済んだことに、ショウキは胸のつっかえを下ろすように、飲んでいたコーヒーを机に戻すと。
「――――」
ショウキがコーヒーを下ろしてリズの方を向くのを見計らっていたかのように、そっぽを向いていた方向から急に振り向いたリズに唇を奪われた。次の瞬間には視界全てがリズしか見えなくなるとともに、お互いの唇と唇が交わっていくものの、不意になされたショウキにはなずがままで。
「ふふん。不意打ち、しちゃった」
「…………」
「えへへ。でも、もう少しショウキ成分の補充!」
お互い名残惜しそうに離れると、リズは唇をおさえながら悪戯っぽくはにかんで。そうして未だに混乱から立ち直れないショウキが復帰する前に、リズはさらに追撃を繰り出してくる。彼女は将来の夢のために店商売を住み込みで修行している最中であり、今日もその暇を抜って来てくれていたのだ――などと現実逃避気味に再確認する程度には、ようやくショウキの頭が回りだした頃には。
「なあ、リズ。そろそろ」
「別にいいでしょ、減るもんじゃないし」
聞き慣れた声がショウキの耳に届く。それだけならば普段通りのことであるが、今回はその声が届いてくる場所が異なっていた。普段ならば、大体は背中合わせに作業をしているが故の後ろからか、隣にいるが故の横からかだが――今回は、下。彼女の声を聞き間違うはずもない、ショウキの眼下にはリズの姿があった。
「……いつまで続くんだ、これ」
ソファーに座ったショウキの膝を枕にして、リズがゴロゴロと器用に転がっている。この世界が仮想世界であることを示すピンク色の髪が揺れ、傍目から見れば、まるで子供に耳掻きでもしてやっているかのような情景だろう。眼下でゴロゴロと猫のように甘える彼女を見れば、理由を聞く気も失せるというものだが、いかんせん恥ずかしいことに代わりはない。
「んー、意外にもわりと寝心地がいいから、もうちょっとお願い」
「……はいよ」
抵抗しても無駄だろうが、流石にかつてない位置にいる彼女を意識すると、自然と頬が熱くなってしまう。大人しくリズの枕に徹しながらも、出来るだけ彼女の方を向かないよう、天を仰いで少し紅くなった頬を隠しながら。手持ちぶさたな両腕は、目の前にある無警戒な頭を撫でてでもしてやった方がいいか、いや流石にそこまでは――と、葛藤の末にだらんとソファーに投げ出されている。
「なに照れてんのよ。どっちが恥ずかしいと思ってんの?」
「どっちも恥ずかしいならさっさと止めた方がいいんじゃないか?」
「それはダメ……あたしだってね、たまには甘えたい時くらいあるのよ」
そんなショウキの偽装工作などまるで意味をなさず、照れ隠しは無駄に終わってしまうけれど。代わりと言っては何だが反撃のように放った返答に、彼女の言葉のトーンが目に見えて下がっていった。
「…………」
それからはちょっとした沈黙だった。とはいえどちらもソファーの誘惑に寝てしまったわけではなく、リズは相変わらず何がいいのかショウキの膝枕を堪能して、時たまゴロゴロと体勢を変えているほどだ。そしてショウキが天井の木目を数えるのに飽き始めた頃、沈黙を破る口火を切ったのはリズだった。
「ねぇ」
「ん?」
「聞かないの?」
「聞いて欲しいのか?」
「……」
再び、ちょっとした沈黙。どうしてこんなことをしているのか、理由でも聞いて欲しいのかという問いに、リズは少しだけ言葉に詰まったようだ。ただし今回の沈黙は一瞬で、すぐにリズが重たげにだったが口を開いた。
「ちょっとね……家族と言い合いになっちゃって。将来のことで」
「だろうな」
「だろうなって何よ! ……って言いたいところだけど、まあ、ね」
リズの将来の夢は、現実世界で自らの店を構えること。立派な夢ではあるだろうが、それがどれだけ困難であることは素人にも分かる。自分たちの周りに店を構えている者と言えばエギルだが、学生組には出来るだけ見えないようにしていても、たまに難しい表情をしているのが見てとれるほどだ。ましてや修行中という環境下において、そんな現実を目の当たりにしていることだろう。
「……でも、夢なんだろ」
「当たり前でしょ!」
それでも、諦められないのが夢というもので。ようやく天井から眼下にいるリズの顔に視線を合わせてみれば、相変わらずの笑顔がすぐそこにあった。
まるで太陽のような。
「……ごめんね、ちょっと湿っぽくなっちゃって」
「たまには甘えたい時くらいある、らしい」
「……そうね……よし! そろそろ修行再開の時間だから……このままログアウトしていい?」
ショウキの返答を聞くまでもなく。寝落ちログアウトを試すべく、リズが横を向いて瞳を閉じた。本当に耳掻きめいた体勢になったな――などと思ってしまった為にか、ふと見てしまった、少し紅くなっているうなじから慌てて目をそらす。
「ショウキ」
「なっなんだ?」
「何うわずってんのよ、変なとこでも見てた?」
「……見てない」
「……その話は後にするとして。今日は甘えちゃってごめんね。だから今度は――」
――あたしに甘えても、いいわよ。
ログアウト機能が働いたようで、そう言いながらもリズのアバターはこの仮想世界から消えていく。今の今までそこにあったリズの感触を改めるように、手を握りながらショウキはふと呟いた。
「……いつも甘えさせてもらってるよ」
ああ、リズがいなければ、ショウキという存在がここにはいないと、確信をもってそう言える。しかしそれはそれとして、ショウキの胸中に秘めた気持ちは別のことだった。
「……やられた……」
敗北感と多幸感というなかなか同時に襲われることのない二つの感覚を味わいながら、髪をグシャグシャと掻きながら頭を抱えつつ。まずは勝手に吊り上がる口の端を何とかせねばと、落ち着くために飲みかけのコーヒーを飲もうとするが、今は唇を流したくないな、などと気持ちの悪い思考を張り巡らせていると、店の扉が開く音にショウキは硬直する。
「……ガーネットか?」
「残念ながらオネーサンは、あんな初々しくはないナ」
誰にだろうとこんな醜態を見せるわけにはいかず。もはやどうしようもないと、ショウキは強行手段として自らの頬を叩くと、ようやく落ち着いた素振りを取り戻して。同じく取り乱していたガーネットが戻ってきたかと思えば、帰ってきた声はあいにくと似ても似つかなかった。
「そんなだからグウェンに鼠BBAなんて言われるんじゃないか?」
「そんなこと言ったヤツは今は海の底だがナ」
先の件から姿を見ていなかった鼠の姿に、どうにか動揺を見破られませんように、とショウキは願いながら。さも鍛冶屋の仕事を一人でしていました、とばかりの様子を見せびらかしていると、何やらアルゴから変に見つめられて。
「……ショウキ一人しかいないのカ?」
「ああ、あいにく……ところで。何か用か、当ててみてもいいか?」
「ほー、面白そうじゃないカ。オレっちの用事、当てられれば少しサービスしてやるヨ」
目の前の鼠にキスで前後不覚になっていた、などとバレればどうなるか分かったものではない。そんなショウキの心境を知ってか知らずか、アルゴはそのまま何やら探るようにキョロキョロと辺りを観察し始めていく。そうはさせるかと、ショウキがそれよりもアルゴの注目を引くようなことを言うことに成功し、どうにか先のことがバレるような事態にはならなくて済んだようだ。
「別れの挨拶」
「……その心ハ?」
「プレミアがいなくなったこの店に用もないだろ」
「なんだなんだ、寂しいこと言ってくれるナ……ま、会えなくなるわけじゃないサ」
事態の追求をされないための話題ではあったが、アルゴの用件に当たりがついてはいた。そもそもアルゴと出会ったのは、プレミアという当時は謎だった存在ありきであり、彼女が別の世界に行った以上はアルゴが店に入り浸ることもなくなるだろうと。正確に言えば、もっと面白い情報を探しに行くのだろうと……残念なことに正解だったらしく、アルゴはやれやれと肩を竦める。
「勘違いして欲しくないから言うゾ? 別にここがイヤだったってわけじゃないからナ……むしろまあ、楽しかったヨ」
「今日は出血大サービスだな。どうした?」
「……フン。で、そんな出血オネーサンに何が聞きたイ? 一生に一度のことだからナ、スリーサイズとかにしとくカ?」
「出血オネーサンって言い方やめろ」
アスナたちの反応から察するに、アルゴはアインクラッドからアバターを引き継いでいるらしく、つまり体格やスリーサイズも現実と同じ――などという下らない思考を、ショウキは高速で脳内から削除しながら。別れの選別ついでのつもりか、何やら教えてくれるそうなので、先の下らない思考の代わりに何を聞こうかと一瞬。
「アルゴは……何がしたいんだ?」
「また漠然とした質問だナ」
かのデスゲームとなった浮遊城を初期から生き残る腕前にもかかわらず、キリトやアスナのように先頭に立つことはなく、あくまで情報屋という裏方であり続けて。今回の件でも、誰よりも早くプレミアの存在に気づいていただろうに、自ら接触することなくサポートに回っていて。そんなショウキの漠然とした思いがそのまま口に出ていて、やはりアルゴは困ったように笑う。
「そうだナ……せっかく夢のファンタジー世界に来たんダ。そんな世界に相応しい、英雄譚が見たくなるだロ?」
「自分が英雄になる気はないのか?」
「趣味じゃないナ。ま、お膳立てぐらいはやってもいいゾ?」
ファンタジー世界に相応しい英雄譚のお膳立て。どこまで本気か分からないような口調で、アルゴは恐らく本当の理由をうそぶいた。浮遊城アインクラッドの物語から――設定のないNPCが自我を手に入れる旅に出るまでの物語まで、そんな英雄譚を導き手という特等席で観察するとなれば、確かに面白そうだとショウキも思う。
「さて、今回の出血大サービスは閉店ダ。ま、また何かあれば来てやるヨ」
「……お手やわらかに」
そうして信じられないほどあっさりと、別れの挨拶とともにアルゴもログアウトしていった。彼女もまた夢のために修行中のリズのように、次なる英雄譚を求めて、どこかに旅立っていったのだろう。プレミアも同様に、今この瞬間にも自分探しの旅とやらをしているのだろう。なら自分は――などと、ショウキの思考にそんな聞き飽きた言葉が浮かぶ。
「……よし」
気合いを入れ直して、リズベット武具店の開店準備を始めていく。ショウキ自身にはあいにく、彼女たちのような立派な夢などないものの、そんな彼女たちが夢に邁進できるように、土台を固めておくことは出来る。英雄の導き手となることを選んだアルゴのように、夢を掴む主役にはならずとも、安心して英雄たちが旅へ迎えるように。こうして、いつでも帰れる場所を用意しておくのが、ショウキがやりたいことなのだと。
夢を追いかける彼女を応援したい――などと、我ながら立派な夢だと苦笑しながら。
「ふぅ……」
……そんな随分と懐かしいことを思い出しながら、翔希は冬の街角を歩いていた。まだ隆盛を保つ駅前の商店街からは、仕事終わりの今にはとても目に毒な場所だったが、《オーグマー》でメールチェックでもして気を逸らそう……と思いきや、拡張現実からも食物たちが胃袋に訴えかけてきたために、とにかく目的地につくことを優先しようとする。
SAO生還者学校に通って、放課後はALOに集まって、たまに変な事件に巻き込まれたりして。そんな日々が懐かしくないといえば嘘になるが、あいにくと翔希にも仕事が出来てしまっていた。学生の頃に菊岡さんに誘われたままに自衛隊に入隊し、そのまま菊岡さんの部下について今も《オーシャン・タートル》に関する地上の連絡員。そんな当の菊岡さんは行方をくらましているが、たまにくる連絡を神代さんに伝えるのも仕事のうちだ。
……要するに、コネ入社からのパシリだ――などと自嘲しながらも、特に仕事について問題も文句もなく。そうして幾度となく歩いた道に誘惑はあれど間違える要素は欠片もなく、地味なコートのポケットに手を突っ込んで暖を取りつつ。目的地――《リズベット雑貨店》に入店していく。
「いらっしゃいませー……って、裏口から入ってって言ってるでしょー?」
「こっちの方が駅から近いんだ。ただいま」
リズベット雑貨店の店内は、まさに雑貨店という名前に相応しく、それはそれはあらゆるものが置かれていた。現実の雑貨に留まらず、VRからARのものまで置かれていて、あらゆる世界の物品が集まっていると言っても過言ではない。雑貨と雑貨の間に作られた通路を歩きながら、ARで出来た青い小竜が人懐っこく寄ってくるのをあしらいつつ、翔希は店の奥に進んでいく。
「もう……まあいいわ。おかえり、翔希」
雑貨店がそんな状況になったのは、大体がこの店主のありあまるコミュ力のせいで。今やARもVRも巻き込んだこういった雑貨は、多少以上の心得があれば作れるものとなっており。そうして作っているアマチュアに声をかけ、売名になると商品にさせてもらっているのが多少あり。おかげさまで落ち着かない空間にはなっているが、どんな世界のものでも揃う何でも屋のような様相を呈していた。
「景気はどうだ?」
「ぼちぼちよ、優秀な店員のおかげさまで」
その店主は雑貨の山の奥の奥にあるカウンターにずっしりと座っており、来ている客の応対を店員に任せて雑貨の管理をしているようだ。かの店の名前を受け継いでいるとはいえ、流石にもうあのメイド服風エプロンドレスなど着れたものではなく、簡素なフォーマルスーツに出来る女アピールだという伊達メガネを輝かせていて。機嫌よく鼻歌など流してリズムに乗った里香の表情を見ていると、目があった次の瞬間には、ニンマリと今でも変わらない笑顔になると。
「なによ、今さら見とれちゃった?」
「ああ、改めて」
「心がこもってないわねー」
そんな風に適当な応対をしつつ、やはり山のような雑貨をかき分けつつ、里香の後ろを通ってまだギリギリ雑貨に飲み込まれていない休憩スペースの、店側からは見えないような位置に座り込む。飲み込まれるのも時間の問題だろうが、とにかく今は休めることに感謝しながらコートを脱いで。
「あら、お疲れ?」
「いや、そうでもない。強いて言えば小腹が空いた」
「そろそろあの子も休憩だから待ってやんなさい」
カウンターから顔だけ見せてくる里香が無駄話をしている間にも、どうやら優秀な店員がしっかりお客様を満足させたらしく、ありがとうございました、などと声が聞こえてくる。そのままテトテトと音をたてながら走ってくると、里香と同じくカウンターから顔だけ見せてくる店員がいた。
「ショウキ。おかえりなさいませ」
「ただいま、プレミア。調子はどうだ?」
「悪くありません。つまり、バッチリです」
そうして休憩時間になったのか、そのままプレミアも休憩スペースの中に入ってくる。かつてリズが来ていたようなエプロンドレスを身に纏い、成長したという証明か本来のアバターより少し大人びた身体だが、相変わらず小動物のような動きだった。
『わたしはやはり、ショウキたちの店の店員なのです』
――などと。いくら自分探しの旅をしようが、自らの原点に返ってきてしまったのか、変わらないプレミアがそこにいた再会だったことを覚えている。そうしてリズベット雑貨店が出来てから押しかけてきた店員は今や、こちらの世界でも肉体を得て元気にやっている。比嘉さんに実証実験ついでにと頼み込んで出来た肉体のチェックは翔希の仕事の一部でもあるが、おかげさまで安定した給料源となっているとともに、そんな店員がいると話題になってお客様も来るといいことづくめだ。
「では、お茶をお淹れしますね」
「いや自分でやるから」
……あいにく自分探しの旅とやらに行ったところで、『店員といえばメイドです』などと、やはりどこかで聞いた話を鵜呑みにするのは変わらないようで。店に来た当初は営業マンのような口振りだったのだが、どうやらトレンドが変わったというか、まあ今の流行りはメイドということらしい。とはいえしっかりと成長はしてきたらしく、今まさに翔希が先に急須を取ったところ、さっとお湯が沸いたポットを渡してくるほどにだ。
「では何か、軽いものでもお作りしましょうか」
「メニューは?」
「もちろん、ホットドッグです」
そして驚くべきことに、今の彼女の肉体には味覚がある。いやその機能のチェックも翔希の仕事なのだが、おかげで休憩の時のための軽食作りの腕前は、店主を軽々と上回って久しい。
「あー、あたしの分もお願ーい」
「承知しました」
「……と。いらっしゃいませー!」
とはいえ店先にいるにもかかわらず、声だけで自分の分も要求してくる店主からは、まったくそんなことを気にしている様子は見られないけれど。いそいそとホットドッグ作りの準備をしだすプレミアの後ろ姿を見て、いつかと変わらぬ里香の太陽のような声を聞きつつ、翔希は三人分のお茶を淹れながら祈る。
どうかこんな日常が、出来るだけ長く、続いていきますように。
後書き
そういうわけで、少し急な話になりますが。これにて銀ノ月は完結となります。
デスゲームとかそんな物騒な事件にはもう関わらず、菊岡さんや神代さんのパシリに走って稼いだ金を尻にしいてくるリズに投資して、たまにプレミアに振り回されて、たまにどうせ事件に巻き込まれている主人公夫妻を助けにいく! ってリズの尻を追いかけていって、そんな生活でショウキくんは満足です。かしこ。
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