彼願白書
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逆さ磔の悪魔
レッドカーペット
「で、あのビビり空母がブルネイに引き渡す手土産?」
熊野からいろいろと正しい説明を受けている最中のガンビア・ベイから離れたところで、叢雲は壬生森に尋ねる。
叢雲の様子はやや、どころではない不機嫌さで、たまに踵で甲板に凹みを作っては、甲高い金属音でガンビア・ベイをビビらせている。
「アイツ、非武装状態の私を見て即座に逃げようとしたわ。ただのビビりとは程度が違うわよ?」
「ただのビビりじゃなければ、極度のビビりかい?」
「ちゃかさないの。アイツ、私がタイプ―オリジナルと本能的に感じた可能性があるわ。」
「まさか。今時、タイプ―オリジナル関連の記憶学習などなんの役にも立たないとオミットされていたハズだが?」
壬生森の言葉に叢雲は「だからこそよ」と返す。
タイプ―マスターシップ以降の艦娘は概ね『メモリーバンク』というシステムを転用して、活動する上での基礎知識を生まれる前の段階で刷り込ませる。
あとは実際の世界を見て自分で身に付けさせるという手法を取ることで知識を人に寄せていくわけだが、人が人であるための情報というのは極めて莫大で、全部が全部必要というわけでもない雑多な知識まで集めていては、脳が一度に許容出来る情報量をアッサリ越えてしまう。
だからこそ最低限必要な知識の選別をするという作業をしているわけだが、当然ながら時代ごとに内容は改まる。
今はもう選別されたその基礎知識の中に『タイプ―オリジナル』は存在しないハズなのだ。
「簡単な話やで。」
「龍驤、帰ったか。」
上空からバタンと一叩きした羽音の後に、二人の前に龍驤が飛び降りてきた。
どうやら龍驤は役目を果たしてきたらしい。
「あのガンビア・ベイは本能的にウチ等が人のナリしたバケモノってことを理解してるんや。実際、あっちにいた艦娘のほとんどがウチに武器を向けようとした中、ガンビア・ベイだけが味方を制した。へっぴり腰やったけどな。」
「他の艦娘には分別が出来ず。で、今は海の底というわけか。」
「ま、もし分別出来たとしても、どのみち無能な上司と一蓮托生やからのぉ。」
「つまり、助かる目はどのみちないわけだ。」
「持つべきは物分かりのいい上司、やねぇ。」
笑い飛ばす龍驤と肩を竦める壬生森、そしてそっぽを向くようにガンビア・ベイのほうを見る叢雲。
叢雲がわざとらしく一歩踏み出したところでガンビア・ベイの背中がびくりと震えたのが見えた。
「なるほど。ただのビビり、じゃないわね。」
「叢雲、あまり驚かせるな。」
「で、あのビビり空母をブルネイに渡すためだけに、また米帝に喧嘩ふっかけたわけ?」
「喧嘩なんか売ってないさ。ホワイトハウスは最初からガンビア・ベイをこちらに回す条件にレイクエリーの処分を言い出してきた。」
「あのトミー・リー・ジョーンズは、最初からホワイトハウスに切られてた、ってわけ?」
「ニコラス・ロングは艦娘を独自研究する派閥に与していた。米国は現在、自国艦のタイプ―コルドロンの量産体制を作り上げるためにタイプ―マスターシップをこちらに渡す見返りに実戦データからタイプ―コルドロン用の圧縮データをこちらに日本側に作らせているわけだけど、その過程でどうしてもブラックボックスである部分も丸裸になってしまう。ペンタゴンにはそこをよしとしない派閥が当然多いのでな。タイプ―コルドロンの自国開発も当然、進められているが日本側の技術開示を得られず、捗ってないのが現状だ。」
「そこで自分達で一から量産に向いた艦娘のタイプを作ろうとし始めた。それがあのトミー・リー・ジョーンズの派閥ってことね。」
「そこまでは国際競争だ。文句は言えん。ただ、ニコラス・ロングの派閥は選んだ手法が不味かった。本来なら廃棄予定になるハズだったタイプ―オリジナル、その生産ラインをベースに研究を始めたんだ。何しろ、廃棄するほど研究が進んでいたからな。」
「懲りないわね。じゃ、リバースド・ナインのサンプルを欲したのもタイプ―オリジナルの設計図の埋められない歯抜けを埋めるヒントを欲したが故……ということじゃない。」
叢雲は呆れ果てたと言わんばかりに肩を竦める。
要するに彼等はハーミテスの時から諦めていなかったのだ。
「彼等はそう簡単には諦めきれんさ。君達がどれだけ単一戦力として桁違いかは、他ならぬ君達が証明しているからね。君達の量産を夢見るのは止められないだろうさ。」
「それで、彼等はいつ諦めるの?」
叢雲が投げ掛けた質問は、もっとも悪辣な質問だろう。
答えてはいけない答えしかない質問なのだから。
「諦める日が来るとしたら、それは君達がもう必要ない世界が来た時だろうな。ネームレベルがネームレベルでなくなった頃、深海との戦いに決着が着いた頃、私は未来視の技術は持ち合わせてないのでね、こればっかりはわからない。」
「まぁ、アンタはそう言うわね。」
叢雲だって、わかっているのだ。
この手合いの質問の不毛さくらいは。
「で、ブルネイのビッグパパはどこまで噛んでるの?」
「ブルネイは今回の敵が“リバースド・ナイン”というネームレベルということしか知らせていない。その背景、パワーバランス、アフターカバー、全て知る由のないことだ。」
「ブルネイは自分で辿り着けるわよ?」
「彼等は容易く辿り着けるだろうが、辿り着くことがいいことかどうかの判別も出来ると思うよ。」
壬生森が煙に巻くような口振りの時は、大方、心配はいらないと思っている時だ。
叢雲はそれがわかっているから、呆れたような態度を崩さない。
「まぁ、あまり踏み入れさせないほうがいいわよ。ブルネイのビッグパパはアンタと違って、真っ当に栄達しているんだから。」
「ずいぶんとブルネイを庇うやん?叢雲らしくもない。」
「当然よ。お気に入りの店には長続きしてほしいもの。」
「ブルネイは馴染みの飲み屋かいな……」
叢雲のバッサリとした言い様に龍驤もがくりと肩を落とす。
南方の要、難攻不落のブルネイを行きつけの酒場扱いしているのも叢雲くらいなものだろう。
「そりゃあ、ブルネイまで来るんだもの。これが一番の目当てに決まってるじゃない。さて、今回は何が出てくるかしら。大人数で押し掛けちゃうし、オードブル形式で来るかしら?それとも鍋かしら?バーベキューやビュッフェの様式もありそうね。向こうも祝勝会にしたいだろうし、あっちの子達も来るかしら?」
叢雲は澄ました顔をしているが、うきうき気分なのは丸分かりだ。
「まったく、ネームレベルも叢雲にかかったら、単にごちそう食うための方便かいな。」
「そう言うけど、今回一番せっせと働いてたアンタがまさか『ネームレベルを倒す使命感』だのなんだの真っ当に艦娘らしいことを言い出したりしないでしょうね?」
「まさか。ただ、他の鎮守府の艦娘がウチらを見てどんな反応するかが気がかりなんやけどな。なにしろホラ、ウチらが大勢でどこかに押し掛けるなんて初めてやし。」
「まぁ、そこら辺は行ってみないとわかんないわね。行ってみたら挑戦状持った艦娘が長蛇の列を作って待ってたりしてね。」
叢雲は冗談めかして笑う。
龍驤も他人事だと思って笑う。
そういうのがあるとしたら、天龍とか木曾にだろう。
『ブルネイ港湾内に進入、これより接舷停泊作業に入る!』
「ま、なんにせよ……まずは御飯よ。」
「ごもっとも。出迎えも来ているようやしの。」
甲板から『みのぶ』が接舷する岸壁には、どうやら出迎えを任されたらしい艦娘の姿が見える。
件のビッグパパが見えない辺り、どうやら今頃忙しく厨房を回していると見ていいだろう。
「さて、リバースド・ナイン撃破打ち上げパーティーだ。はしゃぎすぎないように、羽を伸ばさせてもらおう。」
後書き
パーティーがどんな感じかは、ごませんさんとこ次第なのであとはぶん投げ~!()
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