人理を守れ、エミヤさん!
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槍の主従の憩い
「なあ、ランサー」
魔術王ソロモン改め、ロマニ・アーキマンより提供された幾つかの話を纏めた俺は、不意に思い付いたことをクー・フーリンに訊ねた。
「ランサーは持ってないのか、冠位」
「……はあ?」
カルデア・ゲートという、ここまでの特異点のデータを参考に開かれた疑似特異点とでも言うべきシミュレータールームに彼らはいる。
明日に控えた冬木の変異特異点へのレイシフト。未確定な状況で凝り固まった戦術を立てる無意味さを知っているから、俺はカルデアで最も武力に秀でた英霊と共に無数の敵エネミーを撃破しつつ、互いの連携密度を高めていた。
骸骨兵、偽魔神、ロマニが再現した魔神柱、第二特異点で相対した神祖の魔神霊のデータを撃破して、それらの霊基パターンをランサーの霊基に蓄積。既に三度の霊基再臨を果たし、生前の力に近づきつつあるランサーは、己のマスターからの問い掛けに訝しげな反応を示した。
冠位。
トップサーヴァントの中でも一部の者のみが条件を満たし、所持しているという冠位英霊の称号。魔術王が持つというそれ。
俺としては、アルトリアも冠位剣士の資格はあると思うし、クー・フーリンも同様であると思うのだが。俺の知り得る中で、他に冠位を持っていそうなのがヘラクレスであり、そんな彼と並ぶ力を持つクー・フーリンなら冠位を持っていてもおかしくはないと思うのだ。
クー・フーリンは朱槍を薙ぎ、こともなげにデータ上の魔神霊の首を刎ね、首のない体を三体の魔神柱の方へ蹴り飛ばしてノーモーションで跳躍。魔槍の投擲によりあっさりと殲滅して着地する。
幾何学的な軌道を描き帰還した魔槍を掴み、クー・フーリンは俺に言った。
「なんだいきなり。持ってなきゃおかしいのかよ?」
「アルトリアもそうだが、逆に持ってない方がおかしい。ケルト神話最強の実力、槍兵の中でも最速に近い速度、権能一歩手前の宝具、この三拍子が揃ってるんだ。で、持ってるのか?」
「……質問に質問で返して悪いが、持ってた方がいいのか?」
面倒臭げに髪を掻きつつ、お馴染みの蒼タイツ姿になったクー・フーリンは反駁する。
じゃらじゃらした宝石、衣服は野生の戦いを好むクー・フーリンにはどうにも堅苦しく、無駄を省いた最低限の兵装に切り替えた結果、彼は蒼タイツに肩当てだけの姿になっていた。
盾もマントも封印し、必要があれば使うスタンスに切り替えたのだ。兵装の上では縛りプレイに近いが、まあ、クー・フーリンがそうしたいならそうしてもいい、と俺は思う。
「いいや、ただの確認。仲間の力はなるべく正確に把握しておきたいからな」
実際問題、持っていても現状のカルデアの召喚術式と電力事情的に、冠位の実力を支えるなど不可能なのだが。
しかしそんな事情を横に置いても、俺は別に冠位の有無は然して重要ではないと考える。保有する戦力の正確な力を知りたいというのは本音だった。
クー・フーリンは槍の柄で肩を叩きつつ、嘆息して応じた。
「持ってるぜ、冠位」
「お。やっぱりか」
「だがはじめに断っておく。オレは冠位として戦う気はねぇ。オレはサーヴァントとして人理修復に協力するが、これは人間の――お前らカルデアの戦いだ。でしゃばるつもりはねぇよ」
「まあランサーはそうするだろうな」
分かりきっていたことである。俺の反応に、クー・フーリンは苦笑した。
場合によっては批難されて然るべき物言いを衛宮士郎は至極当然のものとして受け入れたのだ。
履き違えてはならない。カルデアは助けて貰う側で、主導して戦わねばならない者。協力してくれる者に大上段に構えていい道理はない。英霊側のスタンスを変えさせたければ、相応の理を用意するのが筋だ。
「ただまあ」
クー・フーリンは不敵に犬歯を剥く。
「例外はあるがな」
「例外?」
「人間じゃあどう足掻いても敵わない――冠位持ちが戦うべきモノは、死が有ろうが無かろうが主義を曲げて殺してやるよ」
人類悪、クラス・ビーストのことを言っているのだろう。
ロマニから聞いたが、冠位の存在はそれへの対抗措置的なものだという。霊基の規模からして桁外れ。人間ではどう足掻いても勝てない災害。
その時は是非頼む、と俺は肩を竦めた。
ロマニはカルデアのサーヴァントの括りに収まっているためか、その能力には制限が掛かっている。霊基を強化すれば使える力も増すが、今は精々が神代の魔女メディアの最盛期程度の力しかないという。――初期霊基で何言ってんだコイツ、と俺は思った。比較対象がおかし過ぎる。充分すぎた。
その結果、彼が知り得るのは全智に及ばず。のみならず、知り得ることの大部分も敵側の魔術王の存在を考慮し伏せられた。
ロマニ曰く、自分は人間に擬装して霊基を誤魔化すことは出来る。しかし俺や他のサーヴァントを経由して、自分の存在やロマニを通して得た知識が相手に流出することだけは避けねばならない。
故に俺が知れたのは必要最低限の知識のみ。まあそれもないよりはマシなので、納得はしている。機密とは時に味方にも伏せるべきものなのだ。
シミュレータールームを出て、俺は掻いた汗をタオルで拭う。
如何に精巧でも所詮はデータ上の存在、参考程度に攻略方法を考案するに留めた方がいい。クー・フーリンの霊基強化が目的とはいえ、余り根を詰めてやるべきでもなかった。
クー・フーリンは感心した風に言った。
「いや、しかしあの時の小僧が見違えたもんだ」
「ランサーから見てどうだ。俺は」
「人間としちゃトップランクだ。その異能と頭の切れ、素の実力も勘案すりゃあ戦闘を生業にしてねぇサーヴァントは安定して翻弄出来るだろうよ」
「……俺が? アーチャーの奴の足元の影ぐらいにしか及んでないのにか」
予想以上の高評価に嬉しさ半分、疑い半分。
俺の微妙な反応にクー・フーリンは鼻を鳴らす。
「アーチャーとマスターを比べたら、確かに一枚も二枚もあの野郎のが上手だ。だが過小評価はするもんじゃねえぜ? アイツは確かにステータスだけなら雑魚も雑魚、良くて並み程度だが――アーチャーは本物の戦上手だ。どんな格上が相手でも、一定の戦果は安定して出せる一種のジャイアントキリングだぜ。性能なんざ論じるだけ無駄、マスターがアーチャーを見習うべきはその戦闘論理だ」
「……そうだな。確かにそうだ」
「オレはアイツとは腐れ縁でね。ある程度の真似事は出来る。肌にゃ合わんが、明日出向く戦場で少し見せてやるよ。オレ並みのステータスを持ってる奴がアーチャーみたいな戦法を使った時の嫌らしさをな」
「いいのか?」
「応。誇りの欠片もない槍なんざ振るいたくもねぇが、マスターの参考になるんなら一回だけやってやるよ」
オレは主には尽くすサーヴァントなんだぜ、と。クー・フーリンはにやりと笑み、俺も微苦笑して感謝する。
確かにトップサーヴァントがエミヤのものに近い戦法を取ったらどうなるか興味はあった。もし敵方で遭遇したら、どう対処すべきかも見えるかもしれない。少なくと初見殺しにはならないのだから、是非やって貰うべきだろう。
ふと思い出したようにクー・フーリンは言った。食堂に到着し、厨房に入った俺に向けて。
「――そういやさっきの冠位云々だけどよ」
「ん?」
「もし敵方に出たら気を付けるべき奴を、槍兵の視点で進言しとく」
「ランサーの視点となると、ランサーと同じ槍兵の冠位持ちってことか?」
「当てずっぽうだけどな」
言いつつ、クー・フーリンはどっかと椅子に腰掛け虚空に視線を這わせる。
「ケルトにゃオレ以外冠位はいねえ。それは間違いないな」
「ランサーの師匠は?」
「ありゃ駄目だ。腕はあっても魂が腐ってる。そもそも人理焼却中の今はサーヴァントになれるだろうが、オレの時代から二千年以上経ってるんだぜ? 取り返しがつかねえぐらい腐ってるのは間違いない。第一、オレのが強ぇ」
「へえ」
「敵にはしたくねえけどな。生前のオレか、それに近い状態のオレなら、師匠がどれだけ腕を上げてても後れは取らねぇ。素でオレが強えし互いに変身してもオレのが上だ。だから師匠に冠位は無ぇ」
オレのガキが長生きしてたらオレ以上になってたろうが……と、彼らしくない独白を溢す。
それは聞かなかったことにして俺は頷いた。
ケルトは少なくともクー・フーリン以外に槍兵の冠位持ちはいない。確かにフィン・マックールもディルムッド・オディナも英雄としてクー・フーリンより格下だから納得できる。
というか、ヘラクレスと同格のクー・フーリンと並ぶ奴がそうそういるはずもないのだが。
「ギリシャはあれだ。可能性があるのはアキレウスとかいう小僧だが――まあ、神々の恩寵ありきの英雄だしな。腕も気質も魂も相応しいがあんまり考えられねぇ」
「アキレウスって言ったら『最速』だぞ? 槍兵として出たらヤバイだろ」
「最速? オレを差し置いて本当にそう言えんのかねぇ?」
まあ、伝承の関係上そう言われてるから、俺からはなんとも言えない。
しかし伝承で言うならクー・フーリンも大概だ。馬の王と称えられた音より速いマハより、クー・フーリンは更に速いと明文化されているのである。速さで言えばいい勝負ではなかろうか。音より速い馬より速いのだから、ある意味でクー・フーリンも『視界全てが間合い』と言えなくもないだろう。
実物を見てもないのだから比べようもない。判断は保留だ。個人的には己の力に依って戦い抜いたクー・フーリンの方が、神々の恩恵を膨大に受けたアキレウスよりも英雄として格上だとは思うが。
あれだ、アキレウスとか完全にその素行が蛮族なので、出来れば関わり合いになりたくないのが本音である。
侵攻軍側なのに、防衛側のヘクトールが親友を殺したとか言って死体を戦車で引き回すとか完全に頭おかしい。いやまあ、感情は理解できるが、ぶっちゃけ怖い。アキレウスかヘクトールかと言われたらコンマ一秒もなくヘクトールを選ぶ。
その他にも、クー・フーリンは無数の神話の英雄の名を挙げた。
しかし近代の英霊は一人も挙げない。
それは単純な実力ではなく、冠位への条件に当てはまらないからだそうだ。
冠位の条件。興味深いが、クー・フーリンは説明を面倒臭そうに端折った。別に知ってても知らなくても関係がない、というのがクー・フーリンの考えのようで、確かにその通りなので追求はしなかった。
「よし、出来た」
「待ってました! いやぁ色んな意味で腕の立つマスターを持てたオレは名実ともに幸運Eを脱却したな! で、今回はなに食わせてくれるんだ?」
「第二特異点MVPのランサーにはとっておきを用意した。腕によりをかけて作ったからご賞味あれ」
厨房から出て、クー・フーリンの席の前に置く。渾身の力を込め、迫真の顔で料理名を告げた。
「――ドッグフードだ!!」
「おい」
「冗談なので睨まないでください怖いです」
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