ツインズシーエム/Twins:CM ~双子の物語~
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ツインレゾナンス
第25話 胡蝶の夢、その続き
「結局、全然寝付けなかった……」
謎の夢から目覚めたエースが迎えた次の日。その朝の目覚めは、最悪だった。
ほとんど寝付けず、意識が一定まで沈んで浮かんでの繰り返し。それで8時間も格闘し、すでに朝になっていた。目覚めとは言ったが寝てないので実際には目覚めといえるものではなく、覚醒状態が限界以上に続いた感覚である。
人間ちゃんと寝ないと不調をきたすとよく言われるが、もうすでにすべての能力が絶不調であった。これでは確実に座学実習どちらも支障をきたすだろう。
「おはよう、フォンバレンくん」
「あ、おはようスプリンコートさん」
そんな絶不調のエースに靴箱で背後から声をかけてきたのは、昨日母親にガールフレンドと散々いじられたその相手――フローラ・スプリンコートであった。今日も綺麗な微笑みと共に挨拶をしてくれる。
もちろんエースも礼儀正しく挨拶を返すが、同時にフローラに目の下のクマが見えてしまう。少しだけならまだしも、かなり酷いことになっているエースの状態では気づかないはずもなく……
「フォンバレンくんどうしたの? 目の下にすっごいクマ出来てるけど……」
「ああ、昨日全然寝付けなくて……。ある程度まで眠りが深くなると何故かそれ以上いかずに浅くなって、また深くなってって感じを繰り返してたら朝になった」
当然の如く話題になったクマに関しては、そうとしか表現が出来ないほど自分でも何故眠れないのか分からなかった。何か別の意思が働いて眠りにつけないような感じすらあったほど、眠らせてもらえなかったのだ。
「大変だね……」
「まぁ、幸いケガとかはしてないし、とんでもない不幸とかもないからな……。大丈夫っちゃ大丈夫」
「何が大丈夫ってー?」
「どぅぁっ……!?」
横並びになって歩きながら会話を交わすエースとフローラの後ろから、会話に割り込む形でするりと入ってきた女子生徒が1人。トレードマークのポニーテールを揺らして、妹とは違う種類の絵になる笑顔を向けてきているのは、これまた昨日母親との会話に出て来たセレシア・プラントリナである。
「あ、セレシア。思ってたより早かったね」
「うん。なんとかなったー」
驚いて変な声が出たエースをよそに、フローラとセレシアの会話は何事もなかったように始まろうとしていた。
それに割り込む形で、エースは違う話題を引っ張りつつ会話に復帰した。
「ずっと思ってたけど、2人ってホントに性格違うよな……ホントに双子?」
「何を今さら。そんなに疑うなら、フローラが髪結ぶか、あたしがほどいて証明してみようか? 一発で分かるから」
「あーいやいい。実演しなくていい」
自らのリボンに手をかけようとしたセレシアを止めるエース。別に実演をしてもらわなくても、並び立てばだいぶそっくりなので十分な証明になる。
「……ちょっと待った。2人、なんで登場に時間差があったの?」
「んーとね……あたしが髪のセットに時間かかったから、先行っててー、って。それだけよ、それだけ」
「あ、そうなの」
なんとなく変に念を押されている気がしたが、別に何の問題もなかった。他人には知られたくない事情というものは誰しもが持っているものだとエースは思っていたからだ。触れずにおいておく。
そうしているうちに、一行はいつの間にか教室のある階まで上がってきていた。
「あ、あたしとフローラの教室はこっちだから、またねー」
「またね」
「またなー」
階段を上り切ってすぐの、教室にたどり着く前の最後の分かれ道。そこでセレシア・フローラの姉妹と別れて、エースは自分の教室に向かった。
もっとも外側にある教室の、一番廊下側の列の最後尾にあるの座席がエースのいつも座る場所。これまたいつものようにそこに着いて座席に座り、机の中に荷物を入れていく。
そうとしていると、途中で何かが引っかかった感覚があり、エースは荷物を床に置いて机の中に手を突っ込んだ。
「……ん、なんだこれ?」
引っかかったそれを取り出すと、それは便箋だった。丁寧に封がされたその中身を開けると、入っていたのは二つ折りにされた手紙だった。
エースはそれを開いて、中に書かれているものを読んだ。
『今日のお昼に、屋上に来てもらえませんか? フローラ・スプリンコート』
丁寧な字で書かれた手紙を最後まで読み終わった時、エースの心には、正とも負とも言い切れない感情のモヤモヤが出来上がっていた。
* * * * * * *
そしてやってきた昼の時間。階段を1段昇る度に何故か重くなっていく足を動かして、エースは屋上へとたどりつくことが出来た。
引き扉の向こう側に広がる屋上には、呼び出した本人──フローラ・スプリンコートが一人で立っていた。
「ごめんなさい。お昼に呼び出して」
「いや、大丈夫。俺もスプリンコートさんに聞きたいことがあったから。すごく些細だけど」
「あ、だったら、お先にどうぞ。私のは、後回しでも全然大丈夫だから」
そういうフローラの顔には、どこかためらっているような印象が見受けられた。それを見たエースは、今朝の勘は当たりに近いように思ったが、それでも表情は変えることなく言葉に甘えて先に聞くことにした。
「ホントに些細な質問だし、これ変な質問なんだけど……聞いて笑ったりとかはなしで頼む」
「うん、大丈夫だよ」
微笑みながらうなずくフローラの姿に、エースは一切のためらいなしに、聞きたかったことを口にした。
「じゃあ……もしも、スプリンコートさんのような双子の人たちが迫害されるような世の中で、一緒に暮らしたくても暮らせなかったらどんなことを考えたり、思ったりする?」
エースの質問を聞いて、最初は理解出来ないという風な感じでいたフローラ。
だが、やっぱりそうだよな、とエースが思っている最中に、その感じが変わっていた。
「もしかして、前に話してくれた夢の話と関係あったりする?」
「夢?」
一瞬フローラのいう『夢』というワードに首を傾げてから、すぐに自己解決した。おそらくは、エースが見た夢のことだろう。夢の中では、自分も双子だったからだ。
「うん。前から時折不思議な夢を見る、って言ってたから。その夢の中の世界がそんな世界だよ、って話をしてくれたこともあったし、そのことに関連するのかな、って」
「あーまぁ関連するっちゃする。でも個人的な興味も混じってる」
それは、嘘が混じった本当の理由だった。どのくらいの割合かと言えば、嘘は1パーセント……つまり九割九分は本当なのでほぼ本当の理由だ。
本当なら今朝まで嘘偽りのない理由だったはずだった。それが変わったのは、今朝の出来事があったからだ。
「うーん……そういう世界に縛られちゃうのは、やっぱり悲しいかな。いつ死別するか分からないような世界だし、私は家族と同じ屋根の下で暮らしたいって思うから」
そんなことは一切に口にせずに答えを待っていたエースは、フローラの答えを聞いて昨日の夕方から抱えていた心の中のモヤモヤが一瞬で晴れた気がしていた。
「やっぱそうなるよな。ホント、あれが夢でよかった。現実だったとしたらたまったもんじゃない。胡蝶の夢なんて故事成語あるけど、これなら一発で分かるな」
覚えたての単語を自慢げに使うという小学生レベルのことを、エースは今していた。しかし、そんなことが気にならないくらい、何故か気分がよかった──
──否、気分がよいように取り繕っていただけだった。
それが分かったのは、この後のフローラの言葉を聞いたからだった。
「フォンバレンくん、胡蝶の夢ってね、一般的にはどっちが現実でどっちが夢か分からない、なんて話で終わるんだけど……実はその続きがあることって知ってた?」
「え、そうなのか?」
知らなかった胡蝶の夢の話の続き。興味を惹かれ、エースは反射的に聞き返した。
「うん。続きはね、どっちが夢でどっちが現実かっていうのはどうでもよくて、どっちもそれが自分であることに変わりはない、っていう、人の本質にかかわるお話なの」
「へぇ……そうなのか」
フローラの言葉を聞いて、エースは夢の中身を思い出していた。
さっきまで誰もが否定的なイメージを持ち、エース自身も否定してきた夢の中の世界。そこにいるエース・フォンバレンが自分であるとしたら、これまで抱えていたモヤモヤも納得がいく。
自分を否定されていい気分になる人などいないだろう。いたとしても、少なくとも自分はいい思いはしない。
この考えにたどり着いた時、エースは1つの疑問を抱いた。
自分は何のために、あの世界を否定し続けたのか? どうしてあの世界を否定する必要があったのか?
いつの間にか会話の途中に物思いにふけっていき、その他のことが全く感じられなくなるほどに自分の世界に閉じこもり……
「フォンバレンくん、どうしたの? そんなに険しい顔して」
「え? ああ、ごめん。少し考え事してた」
いつの間にか、エースは思考の海に沈んでいた。フローラに指摘されなければずっとそのままだったのではないか、と思えるほどに思考の海は深かった。
こればかりは、フローラに聞いたところで分からないだろう。自分に対しての何故は、自問自答でしか答えの出せないものだからだ。
ならば、この疑問を言う必要はない。代わりに、この結論に導いてくれた彼女に対する感謝の念を言葉にすることにした。
「スプリンコートさん、話を聞いてくれてありがとう。色々と分かった気がする」
「最後何か悩んでたみたいだけど……お役に立てたのならよかった」
嘘のようにも聞こえるが、彼女のおかげで答えにたどり着けたことを考えると、エースの言葉自体は間違いではない。フローラのおかげでモヤモヤは晴れたし、新たな疑問にもたどり着けた。
その新たな疑問は置いておくことにして、エースは口を開いた。
「じゃあ今度はそっちの番だな。俺に何を話したかったのか……聞かせてよ」
その言葉の方が、1つ前よりも大きな嘘を含んでいた。
全く知らない体で聞いている風に装っているが、エースは似たような経験を以前にしていたのだ。
といっても夢の中でなのだが、これは夢の中の自分が夢の中のフローラに告白された時の雰囲気によく似ていた。
そしてその予想が当たることが、なんとなく怖かった。朝、靴箱の手紙を見た時にも、この時間が来ることに対して怯えていたような気がしている。ここに来るまでの足取りも重かった。
「えっとね……」
そう言って黙り込むフローラ。想像からはあまり外れていなかったようだった。この場にいることが、何故か苦痛に感じられた。
それでも、逃げの選択肢はない。彼女が何を言いたいのかは、留まることでしか聞けないのだから。
「驚かないで聞いてください」
その瞬間は、すぐに訪れた。
「私は……フォンバレンくんのことが好きです」
エースに対して告げられたのは、予想を裏切らず、そして何度聞いても心地のよい言葉だった。
動いていた時間が、その一瞬だけ止まった気がした。自分だけを置いて、世界だけが先に行ってしまう感覚。
この感覚をいつか感じたような気がして、それを思い出すべく探っていって……
「……!!」
そして、これまで抱いていた疑問すべてに対して、エースの中で1つの答えが見つかった。
後書き
えー急遽変更が出て来たので変えてました。そのせいで1日ずれました。すみません!
でそんな最終追加分2話目は、最初は割と普通の風景なようには見えますが、最後にはすっごいことが! な第25話です。とはいえこの風景も割とあり得なかったりするんですよね。でも微笑ましいからそういう違和感とかどうでもよくなって浸る……かと思ったらちゃんと踏みとどまってたりと、エースは考えるとこでちゃんと考えてます。そうでもないと生き残れない世界ですから。
最後の最後でいつか見たようなことになってますが、そもそもここがどういう世界か分かれば納得。とは言えここで明かすのは流石に面白くないので、次回話の中で答え合わせといきましょう。割と早めに出てきますのでご安心を。ではまた明日(今度はホントに明日です)会いましょう。
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