IS 〈インフィニット・ストラトス〉 ーそれぞれの愛情ー
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赤翼の貴公子 ーその2ー
「ハァ……酷ェ目に遭ったよ…」
ズタボロになった状態で神鬼大和は深い溜息を吐いた。あの後、千冬にたっぷりと絞られた上に一週間の早朝校門清掃を言い渡された。早起きが大の苦手な大和にとって朝早くからの掃除などまさしく地獄行きを言い渡されたのと同義のレベルだ。これで遅刻などしようものなら今度は一体何をされるかわかったもんじゃない。
「これが本当の生き地獄だなァ……」
そんなことを一人呟きながら、大和は『IS学園 生徒会室』の扉を開ける。
すると大和の目に飛び込んできたのは、プロレス選手も絶賛の綺麗なプロレス技をする黒髪ポニーテールの少女と、少女の傍らで苦悶の表情を浮かべている金髪の少年の姿だった。
「痛い痛い!! ほ、箒ちゃん腕が折れるゥゥうううううッ!!」
「わざとらしいラッキースケベをするような腕は私がへし折ってやる!!」
「…何やってんの? お前ら…」
教科書やノートの入った鞄を机に置きながら大和は呆れた表情で少女と少年、篠ノ之箒と天田空を見詰めた。
「空がまたラッキースケベをしたからな、月に代わって私がお仕置きしていたところだ」
「オレは今お前が妖魔に見えるよ。つーか何でここでやる?」
「他だと先生達に見つかるからな。ここなら心置きなく成敗できる」
「プロレスのリングじゃねェぞここは。つーかそろそろ離してやれ。空の顔が名前の如く青ざめているぞ?」
大和は机に置いてある『庶務』と書かれた札を表にすると棚からカップを四つ取り出し紅茶の茶葉を入れる。ポットに自前の水を注ぐとスイッチをONにしお湯を作り始めた。
「これもお前の仕事なのか?」
空を解放した箒は手際良く紅茶の準備をする大和に尋ねた。
「ん? まァな。うちの会長さんはオレの紅茶がねェと仕事しねェんだよ」
「そのペットボトルも会長の指名か?」
「これか? イヤ違ェよ。これはオレのこだわりだァ。紅茶用に特別に浄水した水でなァ…どォせ作るんだったら美味い方がいいだろ?」
「うーん…。そこら辺はよくわからないが流石は料理部のエースといったところか」
「褒めてもなにも出ねェぜ? 剣道部の星さんよォ」
「…僕のこと、忘れていない……?」
二人でいい雰囲気で話すのに我慢できなかったのか、恨めしそうに空が声を上げた。
「なんだもう起きたのか。次はもっときつくするか……」
「僕の前で拷問考えるのはやめてね箒ちゃん。それと僕は回復力には自信があるから」
「仲がいいなお前ら。傍から見ればまるで恋人だぜ?」
「こ、恋人!?」
「これで恋人ならその認識改めることを勧めるよ大和君。ね、箒ちゃんってどうして赤くなってるの?」
赤い果実を思わせるように顔を真っ赤にしている箒を見て空は不思議そうに尋ねた。当の本人である箒は空と恋人……と何やらブツブツと呟いている。
「ねぇ大和君。箒ちゃんはどうして赤くなっているのかな?」
「知らねェ。熱でもあんじゃねェのかァ? っとお湯が沸いたな」
大和は茶葉の入ったカップに丁寧にお湯を注いでいく。それぞれのカップに砂糖を適量入れ、軽く掻き混ぜるとまたお湯を注ぐ。こういった最後まで1mmも雑のない丁寧な作業が学園一と称される料理の腕前に繋がっているのだ。
最後の紅茶を淹れ終わると、大和は傍らにあったストップウォッチを手に取る。
「ストップウォッチ…? どうする気なのそれ」
「まァ見てな」
そう言って大和はスイッチを押す。ストップウォッチのカウントが始まり丁度10秒後、部屋の扉が勢い良く開き、外に跳ねた癖のある青髮の少女が一目散に大和の淹れた紅茶の香りを楽しみ始めた。
「いい匂い……。流石はうちのエース君ね♪」
「かっきり10秒だァ会長。今日はどこで待機してた?」
「そろそろかなぁと思って近くまで来てたのよん♪」
「そォかい。今日で85回連続で10秒ジャストだぜ会長。最近お前が千里眼の持ち主だと疑い始めたよ」
そう言って大和は空を一瞥する。空はポカーンとした表情で二人のやり取りを眺めていた。そんな空と未だ赤い表情でソファーでブツブツと呟いている箒に気付いた青髮の少女がクルッとこちらを向いた。
「あら? 天田君と篠能力之さんじゃない。珍しいお客さんね」
「ど、どうも…」
「というか大和君、今日は女の子連れ込んでいないみたいね。今日は常闇さんかデュノアさん、もしくは他の子かと考えていたんだけど」
「社会的にオレを殺す気かお前。つーかその笑顔が今ばかりはウザいな」
キッと大和に睨まれた少女、IS学園生徒会会長の更識楯無は別段気にすることなく紅茶を一口啜る。
「ん、相変わらずの絶妙な甘さ加減。よくできました」
「へいへい。お褒めの言葉、光栄でございますよォ楯無会長」
お得意の憎まれ口を叩きながら、大和は自分の庶務席に座る。そして引き出しからノートを取り出すと黙々と自分の仕事をこなし始める。
「うーん。仕事熱心な後輩を持つとサボれーーー頼りになるわね」
横から大和の殺気を感じ取った楯無は言葉を選び直す。
「そォ言えば楯無ーーーじゃなかった会長。例の件、ちゃんと断ってきたんだろォなァ?」
「勿論ゴーサイン出したわよ?」
「なっ!? テメェまた勝手なことを……!!」
思わず手にしていたシャーペンを大和はボキッと折ってしまう。何のことかわからない空は恐る恐る楯無に尋ねる。
「れ、例の件とは……?」
「これよ」
そう言って楯無は空に小さな手帳のようなものを渡す。手帳の表紙にはデカデカと赤文字で『助っ人帳』と書かれておりよく見ると端の方に小さな文字で『パシリ帳』とも書かれていた。
「こ、これは?」
「タイトルの通りよ。大和君には生徒会の代表として指定部活動への臨時部員として助っ人に行ってもらってるの。ほら大和君、頭もいいし運動神経だっていいでしょ?」
楯無の説明を聞きながら空はペラペラとページをめくっていく。助っ人帳のページは一ヶ月先の予定まで書き込まれており前のページの欄には『済』の判子が大量に押されていた。
「えーと…僕の記憶が正しければ大和君は確か料理部所属だった筈では……」
「そうよ。やっぱり生徒会と部活動はちゃんと両立しなきゃね」
まるで他人事の如くニコッと微笑む楯無。本来なら見惚れなければならない筈の笑顔のなだが今回は寧ろ恐怖を感じた。
「丁度いい。空、お前も助っ人になれ」
「え? 悪いけど僕も色々と忙しいからーーー」
「モモとのデートスポット考えてやる。ついでに毎回おまけも付けるぞ?」
「乗ったよ大和君。今丁度暇になった」
助っ人という名の奴隷の苦労も知らず二つ返事で承諾した空。
今日もIS学園は平和である。
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