水の国の王は転生者
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第四十七話 ハーフエルフの少女
……時間は少し遡る。
城の者は、上るどころか近づく事すら許されない、東の塔。
その東の塔の隠し部屋にて、何処からとも無く流れてきた歌声に、少女が目を覚ましたのは、城の誰もが寝静まった時刻だった。
少女はむくりと起き上がり、何処からとも無く聞こえてくる歌声がとても気になった。
「変わった歌。どこで歌ってるんだろう……」
この不思議な歌を側で聞いてみたい……少女は思ったが、隣のベッドで寝息を立てている母の言いつけを思い出した。
『いい? ティファニア。何があっても、この塔から出てはいけないわよ?』
母が口を酸っぱくして、少女改めティファニアに言い聞かせていた。
ティファニアは、親の躾が行き届いているのか、聞き分けの良い少女だったが、聞いた事の無い不思議な歌声に、好奇心が勝ってしまった。
隣で寝る母に『ごめんなさい』と謝るとベッドから降りて窓を開けると、歌声は隣の塔から聞こえていた事に気付いた。
ティファニアは、恐る恐る、部屋から出ようとドアを開けた。
隠し部屋であるため、衛兵の類はいない。
(今なら、みんな寝てて、誰にも気付かれないかもしれない)
ティファニアは、意を決して歌声の聞こえる中央の塔へと走り出した。
自分の存在が、異端であることも知らずに……
☆ ☆ ☆
……時間は、マクシミリアンとカトレアが、エルフと思しき少女ティファニアと遭遇した所まで戻る。
「エルフ……か?」
戸惑うマクシミリアン。
「……ひう……ひう」
「大丈夫よ、怖くないから……」」
一方、怯えるティファニアに、カトレアは優しい言葉を掛けた。
「カトレア。エルフかもしれないんだぞ?」
「でも、怯えていますわ。それにこんな子供が脅威とお思いですか?」
「それは、まあ……そうだな」
カトレアに説得され、マクシミリアンもティファニアへの態度を軟化させた。
「キミ、名前は何ていうのかい?」
「大丈夫よ、このお兄さんも怖くないから……」
「……ティファニア」
「そう、良い名前ね、ティファニア」
「あ……えへへ」
その場の雰囲気も良くなり、ティファニアに笑顔が戻った。
「ほら、危険なんて無かったでしょ? マクシミリアンさま」
「分かった分かった。悪かったよ、カトレア」
階段付近に隠れていたティファニアは、マクシミリアン達に近づこうとしたその時、西側の塔から殺気が放たれた。
「!」
マクシミリアンの背中、チリリと電気の様なものが走った。
カトレアとティファニアは気付かなかったが、マクシミリアンはその殺気がティファニアに向けられている事に気付いた。
瞬間、マクシミリアンらの上空に照明弾が放たれた。
「危ない!」
マクシミリアンのエア・シールドと、西の塔頂上でマズルフラッシュの閃光が走ったのは、ほぼ同時だった。
……
西の塔で、不審者に目を光らせていたセバスチャン達が、闖入者のティファニアを見逃すはずは無く。グロスフスMG42で攻撃の機会を窺っていた
「ミスタ・セバスチャン。何があったのですか?」
「暗くて何も見えないよ」
「うぅんむ……あの耳はまさか……」
夜目の利くセバスチャンは、ティファニアの尖った耳を確認し思わず唸った。
ベテランのセバスチャンが唸るのも仕方が無い。ハルケギニアの常識では、エルフは悪魔と同意語だ。
「エルフの少女に化けた暗殺者……かもしれない」
「エ、エルフ!?」
「それって、ヤバイんじゃないの!?」
事情を知らないセバスチャン達は決断を迫られた。
「両殿下に何か有っては一大事、ここは撃とう」
そう言って、セバスチャンはベティと射手を入れ替わり、ティファニアに照準を向け必中をこめて発砲した。
……
ババババババババン!
「マクシミリアンさま!!」
『エア・シールドッ!』
自然にマクシミリアンの身体が動いた。
マクシミリアンは、ティファニアへと駆け、そのまま抱き寄せると『エア・シールド』を放った。
山なり弾道で迫る銃弾は『エア・シールド』にぶつかると、『ぼふん』気の抜けるような音で出し『エア・シールド』を貫通した。
「やばっ!?」
幸い銃弾はマクシミリアンとティファニアには当たらなかったが、二人のすぐ側を空気を裂く音と共に抜けていった。
「マクシミリアンさま!」
「来るな!」
マクシミリアンはカトレアを制止した。
「嫌です!」
カトレアは、マクシミリアンの制止を振り切って二人の側まで近づき、同じように『エア・シールド』を唱えた。
一枚目のエア・シールドで減速した銃弾は二枚目のエア・シールドで弾かれた。
二枚重ねのエア・シールドは、辛うじて銃弾を防ぐ事が出来た。
「ひううっ! ひうううっ!」
「よしよし、ティファニア、もう大丈夫だ」
突如、降りかかった命の危険にティファニアは、マクシミリアンにしがみ付く様に泣きじゃくり、マクシミリアンは、そんなティファニアの頭を撫でて慰めた。
やがて、銃撃は止み、静寂が訪れた。
「今の攻撃は、わたし達を狙った攻撃ではありませんでしたよ」
「ああ、分かっている。大方、ティファニアを有害なエルフと勘違いしたんだろう。カトレア、ティファニアを頼む」
「頼まれますけど。どうなさるつもりですか?」
「攻撃してきた奴と話をつける……今の攻撃はウチの連中だろう。それに……」
先ほどの銃声でなのか、場内がにわかに騒々しくなってきた。
「騒ぎになったら色々とマズイな。カトレアはティファニアを……って、ティファニア。ティファニアは何処から来たんだい?」
「うう、ひぐ……ええっと、あっち」
涙を流すティファニアは、東の塔を指差した。
「立ち入り禁止の東の塔か。なるほど……」
マクシミリアンは、このティファニアがモード大公の縁者である事を直感した。
「カトレアはティファニアを、東の塔へ帰してやってくれ。衛兵に見られたら大問題だ」
「はい、マクシミリアンさま。ティファニア行きましょう?」
「うん」
「それじゃ、僕は西の塔へ行く」
そう言ってマクシミリアンは『フライ』で空を飛び、西の塔へ向かった。
二人の探検は可愛い闖入者の登場でお開きとなった。
☆ ☆ ☆
その後、ティファニアは無事に東の塔へ帰り、セバスチャンらの発砲も有耶無耶にして夜が明けた。
城内はいつもと変わらず、衛兵や文官、メイドがそれぞれの仕事に行き来し、喧騒に包まれていた。
しかし、その喧騒とは無縁の場所が城内に存在した。
その場所とは、モード大公の執務室で、モード大公とマクシミリアンの二人だけしか居なかった。
マクシミリアンは、帰国の前に昨夜の出来事を報告する為、モード大公に秘密の会談を申し入れ、それが承諾されたのだ。
マクシミリアンは、予め『サイレント』を唱えておき、執務室から漏れる音は一切無くなった。
「さて……モード大公、昨夜の事ですが……」
あえて、『叔父上』ではなく『モード大公』と呼んだ。
「分かっている。見たのだろう? あの子を」
「はい、ティファニアと名乗りました」
「あの子は、エルフの女との間に生まれた、私の娘だ」
「ハーフエルフ……という事ですか?」
「そういう事になる」
「しかし、わざわざエルフを囲うとは酔狂な……この事をロンディニウムのジェームズ王は?」
「知らない。知らせる訳にはいかない」
当然だろう、悪魔と同意語のエルフを囲い、あまつさえ子供まで生まれてしまい、そしてその子はアルビオン王家の血を引いている……発覚したら醜聞どころではない、モード大公どころかアルビオンそのものもただでは済まない。
「知ってしまった僕とカトレアは、どうなるんでしょう? 口封じに殺されるのでしょうか?」
マクシミリアンの周りの雰囲気が剣呑になった。
彼としても、口封じの為にむざむざ殺される訳には行かない。
この場に居ないカトレアの周辺には、セバスチャンと二人のメイドが武装して控えていて、血路を切り開く準備も出来ているし、最悪の場合、マクシミリアンとカトレアを逃がす為に殿も辞さない。
「ま、まあ、待ってくれ。私が口封じをする積もりなら、会談を承諾したりしない」
「そう思わせて……という場合もあります」
「絶対にそれは無い。最早、私達の運命を握っているのは、マクシミリアン殿なのだ」
「……ちょっと、脅かし過ぎましたか。申し訳ございませんでした」
そう言うと、頭を下げるとマクシミリアンの雰囲気は和らいだ。
「ふう、勘弁して欲しい」
「すみませんね。さて、本題に入りましょうか。モード大公は、このままティファニアとその母親を隠し通せるとお思いですか?」
「昨夜の様な事が、また起きるとも限らない。正直な所、隠し通すのは無理だと思っている」
モード大公が、エルフを匿っていた事が知れれば、これ程のスキャンダルは無い。
『アルビオンの王族がエルフと関係を持っていた』
などと馬鹿正直に発表出来るはずもない。秘密裏に大公を謀殺する事も十分有りえた。
そして、モード大公の命運を握るのはマクシミリアン。
(これをネタに脅して、モード大公を意のままに操ろうか……)
マクシミリアンは黙考に入った。
(それとも、大公を謀殺させ、アルビオンの内情不安を煽り、それをトリステインの利益を引き出すことは可能だろうか……)
マクシミリアンは黒い黙考は続く。
(オレにもアルビオン王家の血が流れている。上手く立ち回れば或いは……)
……アルビオンを乗っ取る事が出来るかもしれない。
徐々に妄想はエスカレートして行ったが、次の瞬間、マクシミリアンの脳裏にカトレアの憂いに満ちた表情が走った。
(……いかんいかん。オレは一体何を考えていたんだ)
ブンブンと頭を振った。
「……何か?」
モード大公は、不思議そうな顔をしていた。
「失礼しました。僕としての考えは、このまま城内に隠し通すのは無理だという事です。何処から漏れるか分かったものではないですからね」
「それでは、何処か別の場所に隠すと、そういう事、か。う~む」
「そうですね、問題は何処に隠すか……ですが。う~ん」
お互いソファに座るモード大公とマクシミリアンは、同時に足を組み直した。
「隠し場所については、私に考えがある」
モード大公が何らかの案を持っていた。
「何処か良い所がありますか」
「うむ、『ウェストウッド』という、人の行き来が余り無い寂れた村がある。そこに二人を隠そうと思う」
「良いと思います。この城に隠し続けていても、東の塔のみ立ち入り禁止という決まりが異質でしたから。何時ばれるか時間の問題でしたでしょう。客である僕ですら、おかしいと思っていたのです。城の者が気付かない筈はないでしょうしね」
「二人を移すにしても、何時ごろが良いだろうか?」
「なるべく、早い方が良いでしょう」
「そうか」
「それと、僕も適当な隠し場所を探しておきましょう。そのウェストウッドも、怪しくなったら新しい所に移すような感じで」
「うむ、よろしくお願いする」
話はこれで終わり、とマクシミリアンは姿勢を崩した。
一方のモード大公は、エルフの妾に未練があるのか、その表情は硬い。
「叔父上、お互い生きていれば、再会の機会は何時でもあるじゃないですか?」
「そうか、そうだな」
「そうですよ……さて、共犯者同士のお近づきの印に一杯、飲りましょう」
マクシミリアンは、懐から一本の瓶を取り出した。
「なんだろうか、ワインとは違う色のようだが」
「これはウィスキーという蒸留酒ですよ。僕としてはこの製法を叔父上に提供する用意があります」
「何が目的ですかな?」
「叔父上とは、これからも良い付き合いをしたい、という事です。この酒盃使ってもよろしいですよね?」
「構わないが……」
許可を得たマクシミリアンは、執務室の端に備え付けられたミニバーからワイングラスではなく、銀製の酒盃を二つ取り出し、テーブルで待つモード大公の前に置いた。
「杖、失礼しますね」
マクシミリアンは、杖を振るい水魔法で氷を作り出し、それぞれの酒盃に入れ、ウィスキーを注いだ。
このウィスキーは、水魔法で無理やり蒸留させた代物だったが、酒飲みのマクシミリアンは魔法で酒を作る事を邪道だと思っていた。
「氷を入れて飲むものなのか」
「他にも色々と飲み方が在りますが、僕はロックが好みですね」
「そういう物なのか」
「それでは乾杯といきましょう」
「そうだな、乾杯」
「乾杯」
二人をほぼ同時に酒盃を呷った。
「ごふぁあ!!」
そして、モード大公はアルコール度数の強さに噴き出してしまった。
マクシミリアンから、モルト・ウィスキーの製法を教わったモード大公は、早速、製造を開始し数年後には『モード・ウィスキー』の名でハルケギニア中に広まった。
後日、ティファニアとその母親シャジャルは、ウェストウッド村へと落ち延び、一先ずの安息を得た。
☆ ☆ ☆
モード大公領からロサイス港に到着したマクシミリアン一行は、来た時と同じようにベルギカ号に乗艦し、後は出航を待つだけとなった。
懸念された、モード大公の口封じも、マクシミリアンとモード大公の密約(?)で回避され、平穏無事に帰国する事が出来そうだった。
マクシミリアンは、ド・ローテル艦長の下に行っており。カトレアは、来た時と同じ客室でメイドコンビが淹れた紅茶を飲みながら昨夜の事を思い出した。
それは、ティファニアを抱えて、東の塔へ行った時、窓を開け優しく出迎えたくれたティファニアの母シャジャルが、カトレアの中にあったエルフ像を粉々に打ち砕いた。
一言、二言しか喋る事が出来なかったが、感の良いカトレアはシャジャルの人柄を読み取り好感の持てる人物と判断した。
そして、一つの夢に近い理想を持つようになった。それは……
(ひょっとしたら、ヒトとエルフとの和解が可能かもしれない……)
数千年間、争い続けた二つの種族を和解させる可能性が、カトレアには見えた。
暫くしてマクシミリアンが部屋に帰ってきた。
「おかえりなさいませ、マクシミリアンさま」
「やあ、カトレア。僕にも紅茶を」
「畏まりました」
メイドコンビのフランカが、マクシミリアンの分の紅茶をカップに注いだ。
「新婚旅行も、とうとう終わりだ。カトレア、楽しんでもらえたかな?」
「はい、マクシミリアンさま。大変、有意義な旅でしたわ」
「よかった。喜んでもらえて嬉しいよ」
「マクシミリアンさまは、どうでしたでしょうか? わたしだけ楽しんだら、新婚旅行の意味がありませんわ」
「それもそうだ、まあ僕も楽しめたよ。色々な人材も手に入ったしね」
「まあ! ここでもお仕事ですか?」
「もちろん、カトレアとの旅が一番だったさ」
「お上手ですわね」
「本当の事だよ」
二人は、テーブルを囲んで談笑に入った。
「実は、マクシミリアンさま、昨夜、例のシャジャルさんとお会いしました」
ロサイス港を出航し暫くして、カトレアは語りだした。
「確かティファニアの母親だったな。どういう人だった?」
「わたし、今までエルフは、もっと怖い人々と思っていましたが、シャジャルさんは、優しそうな人でした」
「そうだったのか、まあ、ティファニアがあんな感じだったし、その母親もいい人っぽいと予想できたけどね」
「その時、わたしは思ったんです。ヒトとエルフの和解は可能なのではないか、と」
「エルフと和解か、う~~ん」
「何か気になる事が?」
「シャジャルさんのみ見て、全てのエルフもシャジャルさんの様だ、と断定するのは早計じゃないかな。ひょっとしたら、シャジャルさんが特別だっていう可能性もある」
マクシミリアンは、諜報部員の何名かを、ブリミル教圏とサハラとの境界に在る自由都市ビザンティオンに派遣し、商人として交易を行う傍ら、諜報活動を行わせていた。当然、発覚すると色々と面倒な為、一部の者以外、秘密にしてあるが、ビザンテイオンから届いてくるエルフ像は、皆が皆、ヒトの事を『蛮人』と嘲っている事だった。
「そうでしょうか……」
「そんな悲しい顔しないでよ。カトレアの言っている事は、とても大事なことだから。延々と憎みあうのは、非生産的だ。何らかの形で和解したいと、僕も思ってはいたさ……けどね」
「ブリミル教、取り分けロマリアは、エルフが占拠し続けている聖地を諦める事は無い、そういう事ですね?」
「そういう事、それに今更『エルフと仲良くしましょう』と言ったって、今の状況ではどれ位の人々が賛同してくれるか……最悪、ロマリアから破門宣告も有り得るし、各国から袋叩きになる可能性も高い。カトレア、悪いけど、この事は心に閉まって置いてくれ。けっして誰かに言ってはいけない。セバスチャンとメイドコンビもだ、この事は絶対に秘密だ、いいね?」
「ウィ、殿下。この事は決して誰にも漏らしません」
「わわっ、分かりました!」
「決して、秘密を口外しません」
三人は、秘密を守ると誓った。
「モード大公の秘密を共有するのは、僕ら五人だけだ。事が事だけに、諜報部以外に情報の拡散をしないつもりだ。今後、アルビオンのエルフ関係でセバスチャンやキミ達メイドコンビにもアルビオンに飛んで貰う事もあり得るから。その辺の心構えはしておいてくれ」
「ベティもフランカも、わたしの事は気にせず、あの母子の為にどうか屈力して下さい」
『分かりました』
ベティとフランカは、異口同音に了承した。
こうして、新たな問題を抱えながらも、マクシミリアンらを乗せたベルギカ号はトリステインへと進路を向け出航した。
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