水の国の王は転生者
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第四十六話 月に一番近い場所
新婚旅行のスケジュールも順調に消化し、マクシミリアン一行は、最後の訪問地であるモード大公の領地に行く前に、シティ・オブ・サウスゴータに立ち寄った。
始祖ブリミルが、アルビオン大陸の土を初めて踏んだ地が、このシティ・オブ・サウスゴータだと伝承にはある。
先日の約束を果たす為か、マチルダはシティ・オブ・サウスゴータの案内を自ら買って出て、カトレアと市内の観光を楽しんでいた。
一方、マクシミリアンは政務としてサウスゴータ家の屋敷に訪問した。
用向きは、シティ・オブ・サウスゴータの近くにある山脈を地質調査する為の訪問だった。
会談は一応は成功。鉄鉱山が眠っていることが分かり、採掘にも、一口かませてもらえる様になった。
その後、アルビオン国内で、冷や飯を食らっていた優秀な人材のヘッドハンティングをした。
職種は様々で、元アルビオン空軍の平民の下士官や、銃職人、元詐欺師といった者までも、マクシミリアンの誘いに応じた。
『トリステインは、平民でも出世できる』
最近良く比較されるようになったトリステインとゲルマニアとの違いは、ゲルマニアは平民でも金さえ払えば貴族に成れるが、その恩恵に与る事が出来るのは、あくまで成功者のみで、能力があっても金の無い平民は対象外だった。この噂を聞きつけ、アルビオンのみならず、ガリア、ロマリア、そしてゲルマニアからトリステインで一旗揚げようと平民が押しかけてきた。
当然、入国した人々の中には、ろくでもない者もいたし、弱い者を食い物にして利益を得ようとした下種野郎どもは、貴賎を問わず平等に土の中に埋まって貰った。
……
シティ・オブ・サウスゴータを観光するカトレアは、マチルダに案内されるように市内を散策していた。
「シティ・オブ・サウスゴータは、始祖ブリミルがアルビオン大陸に最初に降り立った都市として知られています」
マチルダは、カトレアにシティ・オブ・サウスゴータの説明した。
「アルビオン有数の大都市と聞いてますが、何処かのどかな雰囲気ですね」
カトレアも、異国の街での散策を楽しんでいるようだった。
「カトレア妃殿下も、大変喜んでおられるようで、良かったわ」
「そうかしら? 私にはそういう風には見えないわ」
カトレアたちの後ろには、二人のメイドが付き従っていた。
前者の髪の長いメイドをベティ。後者の髪の短いメイドをフランカという名前で、このメイドたちは、王太子妃専用のメイドで、数ヶ月ほどコマンド隊に入隊して徹底的に訓練し、『場違いな工芸品』の携帯を許可され、『コルト・ガバメント』の名で知られるM1911自動拳銃を一丁ずつ長いスカートの裏に隠し持っており、場合によってはMG42汎用機関銃を振り回すトリステイン最強のメイドコンビだ。
髪の短いフランカの言うとおり、カトレアは観光を楽しみながらも、心の奥底は沈んでいた。
愛するマクシミリアンが、側に居ない事も原因の一つだが、先日のやり取りでマクシミリアンがアルビオンの内情に冷淡だったことにショックを受けたのだった。
自分を救ってくれたマクシミリアンが、きっとハルケギニア全体をも救うと思っていたが、彼の優しさは、トリステインにのみ注がれる事を知り、それがとても悲しかった。内政干渉の問題で、トリステインは何も出来ないのは、カトレアも分かっていた。ならば、内政干渉せずに救う方法は無いか、カトレアは頭を捻らせていた。
「いい雰囲気のカッフェね」
「休んでいかれますか?」
「そうさせてもらいますわ」
途中、良い雰囲気のカッフェを見つけ二人は、アルビオン自慢の紅茶を楽しんだ。
これが気晴らしになったのか、マクシミリアンと合流する頃には、カトレアの沈んだ心も表面上だが元に戻っていた。
☆ ☆ ☆
シティ・オブ・サウスゴータでの観光を終えたマクシミリアン一行は、最後の宿泊地であるモード大公の城に到着した。
モード大公の城で、まず目に付くのは、西、中央、東の3方向に聳え立つ3本の高い塔で、城下ではこの城の事を『塔の城』をいう異名で呼ばれていた。
「高い塔ですね」
「そうだな、何メイルぐらいあるかな~?」
馬車は城門をくぐり、場内へと入っていった。
「良く来てくれたマクシミリアン殿」
「お初にお目にかかります叔父上。妻のカトレア共々、お世話になります」
「お世話になります」
モード大公自ら、マクシミリアンらを出迎えた。
「一晩だけだが、自分の城を思ってゆっくりして欲しい」
「ありがとうございます。早速ですが、あの塔に登ってみたいのですが」
「んむう……そうだな。三つある塔の内、東側の塔には登らないと約束するなら許可しましょう」
「? ……分かりました。その様にします」
「それでは、部屋に案内させしょう。連日のパーティーで疲れているでしょうが、我が城においても歓迎パーティーを執り行う事になっています」
マクシミリアンとカトレアは、城のメイドに案内され、宛がわれた部屋に入った。
何故、東側の塔は立ち入りを禁じられているのか気になったが、この城のルールだと判断し、特に気にも留めなかった。
連日のパーティーで疲れた二人は、メイドたちに『パーティーが始まるまでまで休む』と言い残し部屋の中へと消えた。
「こう毎日、歓迎パーティーばかりだと、心休まる時が無いよ」
「これも王族の役目……と言っていたのは、マクシミリアンさまですわ」
「そうだったかな」
「そうですよ」
「あはは」
「うふふ」
二人は、天蓋付きキングサイズのベッドに横になった。
「あ~……いい気持ちだ」
仕事帰りに馬車に揺られ、ようやく一息つけたマクシミリアンだったが、カトレアは、くつろぐ夫の姿に可笑しそうに手を口に当てて笑った。
「うふふ……まるで、お年寄りみたい」
「おいおい、そりゃないよ」
マクシミリアンは、口を膨らませた。
「パーティーまで、時間もありますし、少しお眠りになられますか?」
「ん……そうだな、そうしようかな」
「添い寝してあげますね」
「お願いしようかな」
「マクシミリアンさま、おやすみなさい」
「ああ、お休みカトレア」
こうして、マクシミリアンはカトレアに添い寝される事になった。
……
一休みした二人はパーティーに予定通り参加し、程なくパーティーは終了した。
ロンディニウムのパーティーで、カトレアと友達になったマチルダも参加して盛大に執り行われた。
このパーティーでは、モード大公が気を利かせたのか、反トリステイン色の強い貴族は参加せずマクシミリアンは親トリステイン派の貴族と親睦を深める事が出来た。
時刻は、もう深夜だがマクシミリアンたちは、昼寝をした為それほど眠くない。日中、塔に登る約束をしていたし、なにより双月が綺麗だった。
マクシミリアンが昇ったのは、中央の塔で、アルビオンワインの瓶とグラスを二つ持ち、深夜の探検と洒落込もうも思った。
「こういう、深夜の探検も面白そうですね」
カトレアは、わくわくしながら、マクシミリアンの後に続いた。
塔の入り口には誰のいなかった。無用心に思いつつマクシミリアンが中に入ると、中は何も無く石造りの壁に沿って螺旋状の階段があるだけだった。
「中は、ガランドウだ」
「誰もいないなんて無用心ですね」
「歓迎パーティーで衛兵達にも、何かご馳走が振舞われていた様だったし……誰にも邪魔されずに、二人っきりなれるから別に良いだろ?」
「もう、マクシミリアンさまったら」
カトレアも満更でもなさそうだった。
「ちょっと暗いな、『ライト』」
塔内部は、申し訳程度の魔法のランプしか明かり無く、マクシミリアンはライトの魔法を唱え、螺旋状の階段の上っていった。
階段を上り続けること十数分、二人はようやく最上階にたどり着いた。
「ふう、ふう……運動不足かな」
マクシミリアンは息切れしながら、ようやく上りきった。
最上階はちょっとした展望室の様になっていて、空一杯に双月と無数の星々がまるで二人に降って来る様だった。
「マクシミリアンさま! すごいですよ、今にも星も月も手に届きそうで!」
一方、カトレアは息切れ一つせず、星空の下、両手を広げてくるくると回っていた。
「……ああ、とっても綺麗だ」
月と星と愛する妻が、同時に目に飛び込んできて、マクシミリアンは言葉を失い、思わずくるくると回るカトレアを抱きとめ、その唇を奪った。
「ん……わたし、アルビオンに来て良かったです」
「喜んでもらえて嬉しいよ」
「聞いて下さいマクシミリアンさま、実は今日……」
「なんだい?」
二人は、備え付けられたベンチに座り、持ってきたワイングラスを傾け、新婚旅行の思い出を語り合った。
ちなみに、執事のセバスチャンとベティとフランカのメイドコンビは、西側の塔から二人に危害を加える者が無いように、MG42を固定させ目を光らせていた。役割はベティが射手フランカが給弾手、セバスチャンは周囲の警戒を担当していた。
「あんなに仲睦まじそうに……」
「私も彼氏欲しいな……」
「……」
年頃の女の子らしく、二人は羨んでいた。一方のセバスチャンは、任務に忠実で黙ったまま周囲の警戒を行っていた。
そうとも知らず、ワインとおしゃべりを楽しむマクシミリアンとカトレアだった。
……
一時間ほど経ち、マクシミリアンとカトレアは、ベンチに座り夜空を眺め続けていた。
「カトレアは……さ」
「はい」
「あの星々の中に、僕たちの様に人間が、生命がいる星があると思う?」
「……あると思います」
「それはどうして?」
「わたし達が、こうしてここに居るんですもの。わたし達だけしか、この世界に居ない……なんて事は無いと思います」
「そうか……そう言ってくれるか。カトレア、実は……」
マクシミリアンは、これまで何度も自分の正体について打ち明けようか迷ったが、打ち明けることが出来なかった。カトレアなら自分を受け入れてくれる決心し、新婚旅行の最後の訪問地で、ついに正体を明かそうと計画し実行しようとした……しかし。
「マクシミリアンさま」
「ん?」
珍しくカトレアはマクシミリアンを遮った。
「マクシミリアンさまはトリステイン王国の王子様で、わたしの愛する御方です。」
「カトレア……」
「わたしも気にはなっていました。でも、そんな事はどうでもよくなったんです」
「それは何故?」
「貴方が何処から来たとしても関係無い。マクシミリアンさまに、初めて恋をした時の感情は嘘じゃない……愛する感情は嘘じゃない、そういう結論に行き着いたんです」
「そうか、うん……」
マクシミリアンは一度深呼吸して気持ちを入れ替える。
「マクシミリアンさま……」
「なんでもないよ」
「でも、これで、本当の夫婦に成れたんですね」
「ああ、そうだな、これで夫婦に成れたんだな。愛してるカトレア。君で良かった」
「わたしも、愛しています」
……
もうしばらく二人は夜空を観賞していた。するとマクシミリアンが、地球のジャズのとあるスタンダードナンバーを歌い始めた。新世紀に人造人間に乗って戦うTV版のED曲の超大御所Verだ。
「聴いた事のない歌ですね」
「あの、無数の星々の中にある、何処かの星の歌さ」
「素敵な歌です」
「あの月へは行く事は無理だけど、ここは月に一番近い場所だよ」
「マクシミリアンさま……」
カトレアはうっとりと目を潤ませ、マクシミリアンにもたれ掛った。
歌い終わっても、二人は部屋に戻ろうとしない。地球で言う午前二時は当に過ぎていた。
この夜空の下、行為に及ぶのも悪くない……と、舌を絡めあう深い方のキスをした。
そして、お互い高まりあい、行為に及ぼう……とした時、不意に気配を感じた。
「誰だっ!」
『ひぃ!』
マクシミリアンが、気配の方へ怒鳴りつけると、可愛い悲鳴が聞こえた。
(……糞っ! またかよ!)
せっかくの美味しい所を邪魔され、マクシミリアンが毒気付く。
「もう! マクシミリアンさま、びっくりしましたわ」
「悪かったよ、怒鳴って」
「先ほどの声、女の子の声でしたわ」
「ひん……ひん……」
階段の方向からすすり泣く声が聞こえる。
「こんな夜中に……」
「大丈夫よ。怖くないから出てきて?」
カトレアが優しい声で、女の子と思しき影のある階段の方向と語りかけた。
「……」
階段の向こうから息を飲む気配を感じた。
そして、薄っすらと少女のシルエットが現れた。
「どこの子だろう? ……ん? んん~?」
頭の部分のシルエットが、普通の人間とは違う事に気付いた。
(あの尖がった耳……まさか)
「あら、あの耳」
カトレアも気付いたようだった。
「……エルフ、か?」
少女の耳は、エルフの様に尖っていた。
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