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ロキを愛する冒険者がいるのは間違っているだろうか

作者:将真
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第二話ダンジョンの洗礼

 
前書き
少し長いです。
ご了承ください
 

 

「はぁ…はぁ…」

僅かな灯りしかない薄暗い通路を
日下飛翔ルーガーは一人歩いていた。
空気が重い。
飛翔が最初に感じたのはそれだった。
辺りには鼻につく死臭や、ここにしか生えない植物の匂いや地面に落ちていたり壁にある、鉱石の匂いが
立ち込めている。
今日ここに初めて来た、飛翔はただこの場所にいるだけで、精神的にも肉体的にも消耗していた。
無理もない飛翔が今いるのは、
オラリオが世界に誇るダンジョンなのだから。
飛翔がダンジョンに入るのは今日が始めてだ。
ドノバンとの話を終えた飛翔は、
慰霊祭開催のための資金五千万ヴァリスを手に入れるため、ダンジョンに入った。
現在飛翔がいるのは、中層16階層
いかにレベル2の上級冒険者とはいえソロで来るようなところではない。
だが大金を稼がなければならない、
飛翔はためらわなかった。
「ここまでで稼げたのはこれだけか」
飛翔は十六階層に来るまでに稼いだ、戦果を確認する。
魔石が15個に、光を放つ硬い鉱石それにインファントドラゴンが
落としたドロップアイテム、小竜の牙と小竜の尾である。
「小竜の牙と尾はそれなりの金にはなると思うが、流石に百万ヴァリスとはいくまい」
飛翔は手に入れたドロップアイテムを腰のカバンから取り出して、眺める。
質のいいものだ。上層、中層に限ればなかなか手に入らない代物だろう。
さぞいい武器の素材になるだろう。
(このまま買い取らせるよりは、武器の素材として、使って武器として売るのもありか)
飛翔は二つのドロップアイテムを見ながら血が騒ぐのを感じる。
飛翔は鍛冶師だ。
彼の母方の祖父が腕のいい刀鍛冶だった。
飛翔は幼い頃から祖父に剣術と鍛冶の技を叩き込まれて育った。
その後山籠りしていた時、最初にファルナを与えてくれた、あめの
まひとつめのみこと、通称まひと様の元で更に腕を磨きレベル2になったとき発展アビリティ鍛冶を手に入れた。
上級鍛冶師の腕を振るえば、ダンジョンにソロで潜るよりも、危なくなく金を稼げるだろう。
(とはいえ、それがしは未熟者
師であるまひと様からは、刀にだけ師の一目の銘を刻むことが許されている身)
そんな未熟者の作品に買い手などつくのだろうかと、飛翔は思う。
飛翔の師まひとは、鍛冶の鍛練に厳しかった。
飛翔が弟子入りしていた間、一度も誉められたことはなかった。
また飛翔は他の鍛冶師との交流がないため師のあまりの高みに触れていて、自分の鍛冶の腕に自信が持てないでいた。
現に師の次にファルナを授かったスサノオファミリアでは、鍛冶師でありながら、仲間のために一度も武器も防具も作ったことはなかった。
まぁスサノオファミリアは、三人しかおらず、三人のうち二人が武器を持たない素手で戦う冒険者だったし、一人、刀を使う侍は飛翔の師であるまひと様と専属契約を結んでいたので、飛翔の出る幕はなかった。
 
「ええい。武器にするか、そのまま売るかは地上に戻ってから考えよう今はダンジョンにいるのだ」

考え事をやめた飛翔はダンジョンの中をモンスターを求めて歩くのだった。


「ふう~」

あれからモンスターを三体ほど倒した飛翔は、地面に並んでいる
人が座れそうな鉱石があったので
そこに座って休息をすることにした。
既にダンジョンに入って四時間が経っている。
座っている飛翔は大量の汗をかいており、息も乱れていた。
レベル2の冒険者がソロで中層にいるのだ。
疲労困憊にならないのがおかしい
というより生きているのがおかしい。
モンスターが産まれるダンジョンでの休憩。
ソロのレベル2の冒険者にとっては
難事ではあるが、ここで少しでも回復しておかないと、この先の攻略は不可能なのでやむを得ない。
「ふう休む前に、出しとかないとな
二つ身」
石に座っていた飛翔が、眼をつぶり念じる。
すると飛翔の体が光りだした。
その光がしばらくして収まると
そこにもう一人の飛翔が現れる。
その飛翔は着ている物こそ一緒だが、武器や防具は持っていない丸腰だ。
「本体御用は?」
光の中から現れたもう一人の飛翔は
石の上に座って休息している
飛翔の前にかしずく。
「疲労が酷いので、休みたいので
その間見張りを頼む。
モンスターが現れたら、この武器を使って蹴散らしてくれ。
  30分寝る」
飛翔はそう言うと自分が腰に差していた短い方の脇差と、そばに置いている腰に巻いている鞄から、一本のナイフの2つの刃物を差し出す。
「承知しました。
30分と言わず一時間でもお休みください」
石の上に座っている本体と呼ぶ飛翔から、二つの得物をうやうやしく
もう一人の飛翔が受け取る。

「魔剣と愛刀を貸して頂けるとは光栄です」

もう一人の飛翔は鞘から脇差しを
抜きその刀をよく見て感心する。
 
「魔剣と言っても、安物の刀と一緒にかごにぶちこまれていたのを
たまたま見つけて買ったものだ。
そんなに良い品物ではない。
脇差はまひと先生が打った物だが
脇差である以上リーチが短い
油断するな。
後魅力的な提案だが、気づいたら
棺桶の中だったでは、笑えないので
30分だけでいい。
頼んだぞ」

「お任せください」

石の上に座っている飛翔がそう頼むと彼は手元に残した刀を両手で抱えながら座ったまま眠りにつく。
もう一人の飛翔が本体と呼ぶ飛翔が
眠りについたのを確認すると、
魔剣と脇差しをそれぞれ両手に持つと眠る本体の飛翔の前に仁王立ちした。

この摩訶不思議な現象は日下飛翔ルーガーのスキルによるものだ。
スキルの名は二つ身
その効果は自分の分身を作り出す事ができる。
黒猫のような幻ではなく、実体の
分身を生み出す事ができる。
本体が生み出せる分身の数は一体までで、分身体は本体よりレベルが1下がった状態で実体化する。
ただし分身体がダメージを受けて消えてしまうと、その分身体が受けたダメージの三分の1がその身に返ってくるという諸刃の剣だ。
(ただ消えてしまう前に、自分で消した場合はその限りではない)
レベル2に上がった時に発現した
このスキルは当時の主神スサノオよりレアスキルと言われた。
このスキルを使う事で、飛翔は
ダンジョン内の休息をこまめに取る事で中層まで無事に来ることができたのだ。


「うーん」
それから30分が経って本体の飛翔が眼を覚ます。
本体の飛翔が眼を覚ますと、分身体は仁王立ちのまま警戒を続けていた。
30分間ぐっすり眠れた事といい
また手渡した武器に使われた感じが見受けられないところを見るに、
どうやらモンスターの襲撃はなかったようだ。

「本体良く眠れましたか?」

「ああ、おかげで助かった」

「それで本体どうしますか?」
預けられていた武器を本体に
返しながら、分身体が方針を聞く。

「帰還だ余力のあるうちに地上に
  帰る」
自分がスキルで生み出した分身体を
見ながら飛翔は告げる。
いかに分身体があって、実質ソロでないとはいえ、美人ハーフエルフ
アドバイザーが言っていたように
レベル2とレベル1のタッグでは
中層は厳しいのだ、ついでに言うと
サラマンダーウールも飛翔は持っていない。
もし美人アドバイザーがこの事を
知ったら、彼女はレイピアを閃光のように閃かせて激怒すること間違いなしだ。
って作品が違うここはSAOではない。
脱線した話を戻そう。

「かしこまりました。
   本体の望むままに」
一礼して賛成する分身に、飛翔は持っておけと返された短剣の魔剣を
分身に返す。

「それがしのドロップアイテムや
予備の武器などの入った荷物を全て持ってくれ。
モンスターは蹴散らす。
お前にはサポーターを頼む」
それからと、続けて飛翔は
鞄から面を取り出す。
それは赤い眼と白い長耳のウサギの
お面だった。

「本体これは?」

「同じ顔の人間が二人いたら
嫌でも目立つし印象に残る
かといって覆面で顔を隠しても目立つ」

「ウサギの面の方が目立つと思いますが」

「確かに目立つ。
でもウサギの面だけが印象に残り 
それ以外の声とか姿は印象に残りにくい」

「なるほど。
ですが印象に残すなら別にウサギでなくても良いのでは?

何故ウサギと突っ込む分身体。

「まぁウサギでなくても良いが
ウサギは今のオラリオのはやりなんでな」

「流行りですか。
まぁ本体の命に逆らう気はありませんが」

そう言いながら分身体は、飛翔の持っている荷物を全て担いで、最後にオラリオにいるある少年を彷彿とさせるそのウサギの面を被る。

「よし、準備はできたないくぞ」

分身体の準備が整うを待っていた
飛翔はそれが終わると上層目指して駆け出す。

「本体待ってくださいぃ~」 

重い荷物を持ちながら、分身体は
その後を追っていく。


「ぶもぉぉー‼️」 
「ヴォォー」
「グルルゥ」

モンスター達の多種多様な叫び声や
吠え声が洞窟内に木霊する。

「参ったな」

目の前に立ちふさがった複数のモンスターを見て飛翔は困った顔をした。

ここはダンジョン十五階層。
16階層で地上への帰還を決めた
飛翔は16階層では戦闘をせずに
来れたが、この十五階層でモンスターの集団と出くわしてしまったのだ。
数はミノタウロスが1、ヘルハウンドが5、そしてブルーオークが2体である。

(全部で9体、数は多いが
挟み撃ちにあってないだけ救いか
)
ミノタウロス、この十五階層から
出現するレベル2にカテゴライズ されるモンスターだ。
筋骨隆々の体に牛の頭の化け物で
以前何回か上層に現れて、下級冒険者を恐怖のどん底に落とした。
レベル2の飛翔と言えども容易な
相手ではない。
次にヘルハウンドは子牛くらいの
大きさの犬型モンスターだが、
この中層ではミノタウロスより
注意しなくてはならないモンスター。
別名放火魔(バスカビル)と呼ばれ
13、14階層のほとんどのパーティー全滅の原因になっている
モンスター。
最後のブルーオークは上層に現れるオークの上位種で一応レアモンスターに位置付けられている。
ドロップアイテムのお肉が物凄く
美味しいそうなのだが、あまり市場に出回らない。
無論飛翔も食べた事はない。

(ヘルハウンドとミノタウロスとは
厄介だな。
どちらも地上へ進出したものとは
戦った事はあるが)
飛翔はスサノオファミリアにいた時に戦った事を思い出すがすぐにやめる。
相対していて、受けるプレッシャーの桁が違う。
あまり参考にはならない、別物と思ったほうがいい。

「ガウッ‼️」

戦いの火蓋を切ったのはモンスター達。
先手必勝とばかりにヘルハウンドが
口から炎を吐きだす。
バスカビルと称される、数多の
冒険者パーティーを全滅に追いやった猛火が飛翔を火葬にするべく
襲いかかる。
その火線は全部で5つ。
一直線に五つの火球が縦列に並んで飛んで来る。

「本体‼️」
ヘルハウンドの炎の熱さに、手で
顔を被いながら、分身体が本体に危機を知らせる。

「大丈夫だ」
分身体の忠告に、答えながら
飛翔は腰の刀に手を添えると
体を屈め抜刀体勢に入る。
残り数メートルの距離に迫る
火焔の熱さに汗を垂らしながら
飛翔は抜刀する。
シュッと鞘走らせながら、解き放たれた抜き身を横薙ぎに一振り。
薙いだ太刀がヘルハウンドの火炎に
触れる。
それでも飛翔は気にせずそのまま
振り抜く。
すると信じられない事が起こる。
飛翔の抜き打ちに触れた火炎が
切り裂かれて消滅した。
飛翔の必殺の抜き打ちが炎を
切ったのだ。

「犬狙え」
飛翔は抜き打った刀を両手に持ち替えながら、後方で待機していた
分身体に指示を出す。
バスカビルの異名を得た必殺の
火線があっさり防がれた事に
ヘルハウンドは動揺して硬直している。
「はっ」
本体からの指示にすかさず分身体が動く。
たった一言の命令だが、分身体は
本体の命令を正確に理解し短剣型の
魔剣を取り出す。
それをヘルハウンドの方に向ける。向けられた魔剣が一瞬光ると
五つの短剣と同じ長さの氷柱が
魔剣の切っ先から放たれヘルハウンドの群れを襲う。

「よし」
魔剣の攻撃がヘルハウンドに当たるのを確認した飛翔は、ヘルハウンドの火炎攻撃に巻き込まれるのを
恐れて様子見していたブルーオークとミノタウロスの方を見ながら
走る。
高速で走りながら、飛翔は刀を振りかぶる。
「オォー」
接近する飛翔を迎え撃つのは
ブルーオーク、飛翔は分身が
ヘルハウンドを黙らせている間に
鈍足なブルーオークに仕掛けた。
ブルーオークはその巨体を生かして
持っている得物であるダンジョンの岩石で出来た石の槍を飛翔を目掛けて両腕で力一杯振り下ろす。
何も突くだけが槍ではない。
長い柄の槍を思いっきり振り下ろすその威力は第六天魔王のお墨付きだ。
人間の頭蓋はおろか、そのまま
上半身ごと押し潰すしてしまい
そうな一撃を飛翔はギリギリまで
引き付け、ブルーオークの懐に入り込み刀を上段から振り下ろす。
振り下ろした刀は斜めに走り
槍の柄に叩きつける。
上段からの重い一撃が、槍の柄を
切り飛ばす。
得物が砕けたその衝撃でブルーオークは体勢を崩すして、足をもつれさせる。
そんな好機を見逃す飛翔ではない。
すかさず切り下ろした刀を上に突き上げ。
ブルーオークの顎を下から串刺しにする。

「ブォー」
同族が目の前で串刺しにされたのを
見たもう一匹のブルーオークが
こちらに迫ってくる。
飛翔の接近の速さについていけず
二の足を踏んだ残りのブルーオークだったが、目の前で同族を殺られては黙ってはいられない。
ああ深く刺さってはそう簡単には
抜けない。
ブルーオークは愛刀を使えない
飛翔に片手に持った棍棒を振り下ろす。
振り下ろされた棍棒は飛翔の
頭目掛けて振り下ろされた。


「ギャンッ」

これで三体目。
氷柱に眼から頭蓋を貫かれた
一体のヘルハウンドが息絶える。
本体がブルーオークと戦っている間
分身体は、魔剣での遠距離狙撃で
確実にヘルハウンドを駆逐していた。
安物の魔剣だが、掘り出し物なのか
氷の魔力を込められた短剣型の魔剣は壊れる事なく、その力を遺憾なく発揮している。
「さて残りは後2体か」
背や腰に大荷物を背負っているため
接近戦がしにくい分身体は
魔剣での攻撃を繰り返す。
魔剣の切っ先から放たれた 
三本の氷柱が生き残ったヘルハウンドを攻撃する。
三本の氷柱のうち一本はヘルハウンドの喉を貫き、残りの二本は
最後に生き残ったヘルハウンドの
腹と後ろ足に突き刺さる。
「ギャン」
「グフーッ」
断末魔の悲鳴を上げヘルハウンドは
地面にうつ伏せに倒れる。

「ふう」
ヘルハウンドが倒れたのを
確認した分身体はほっと息をつく。
重い荷物を担いでの戦闘は
やりにくかったが、何とか魔剣の
おかげで本体の命令である
ヘルハウンドの排除は達成できた。
ビキッ
突如手に持っている魔剣が
鈍い音を奏でる。
「まだ砕けてはいないが、長くは持たないな」
分身体はヒビの走り具合と、自分の使い方を思いだし、残りよくて二回下手したら一回ぐらいしか使えない
だろうと判断する。
後残り回数が少ない魔剣を仕舞おうと分身体が鞄の口を開けたとき
その視界に信じられないものを
見て分身体は絶句する。

「ガウゥ……ゥゥ」
仕留めたはずのヘルハウンドが
氷柱が刺さったままの脚を引こずって、立ち上がっていた。

魔剣がひび割れた事に気を取られた分身体はヘルハウンドにまだ息があることに気づけなかった。

「しまった!」

片付けた魔剣を取り出して、氷柱を
ぶつけようと魔剣の切っ先をヘルハウンドに向けようと手を動かすが
先にヘルハウンドが火炎攻撃をする方が早い。

脚をぷるぷると震わせながらも
ヘルハウンドは口内に炎を溜めて
吐き出す。
ゴオッ
放たれた火炎は分身体ではなく
ブルーオークと戦っている本体の方に一直線に飛んでいく。

「本体ー‼️」
分身体は魔剣でヘルハウンドを
仕留める事を忘れ、思わず
叫んだ。

「くっ」
ブルーオークが棍棒を振り下ろすのを視界にいれながら、飛翔は
洞窟内に木霊する轟音で火炎が
自らに迫るのに気づく。

「仕留めそこなかったか」

棍棒と火炎の二つの攻撃を、見ながら、飛翔は悪態をつく。

(いやいくら自身の分身とはいえ
レベル1で、ヘルハウンド五匹はきつかったか)

飛翔は己の作戦ミスを反省する。
牛や豚は後回しにして、先に駄犬を仕留めるべきだったのだ。
とはいえ今さら言っても仕方ない。
それに分身体は4匹までは仕留めたのだ。
残り一匹ぐらいどうとでもなる。
気を取り直して飛翔はとりあえず
火炎攻撃を何とかしようとする。
飛翔を焼きつくそうと襲う火炎に
対しその火線の正面に彼は立ち
まず腰の脇差を抜いて、両手で棍棒を振りかぶってるブルーオークに
投擲。
飛翔が投げた脇差が狙い違わず
ブルーオークの喉に突き刺さる。
「ブッ」
喉に脇差が刺さったブルーオークは
その弾みで棍棒を手から滑り落とし
棍棒が地面に当たった音がゴトンッと鳴り洞窟内に響く。
その眼には既に生気はなく、飛翔の
一投はブルーオークを仕留めた。
棍棒に続いてブルーオークが大の字に倒れる。
ブルーオークが倒れるのを横目に
見た飛翔の顔にモンスターを仕留めた安堵はない。
ヘルハウンドの放った猛炎がすぐ
そこまで迫っている。
ブルーオークに対処していた飛翔は
避けるのが間に合わない。
かといってサラマンダーウールは
おろか、耐火装備を持ってない飛翔では喰らえば即死は免れない。
飛翔は目の前に接近する、火線を
じっと見ると両手を開く。
その両手で目の前に見える、火炎に
対し両腕で円を描く。
飛翔が描く円の動きは、火炎を背後
に流し、火線は飛翔の真横を素通りする。
廻し受けと呼ばれる技だ。
飛翔はこの技術をかつての主神
とそのファミリアの団長であり
武の師でもある我龍から、伝授されていた。
(まぁ師なら、気合いだけで
ヘルハウンドの炎程度なら、かき消してしまうが流石にそれは出来ん)
飛翔は廻し受けで反らした炎の
行く先を確認しながら、死にかけているヘルハウンドに腰に装着していたナイフを投げる。
「キャウーンッ」
手首のスナップを効かした投擲は
ヘルハウンドの額に突き刺さって
とどめをさす。
同時に火炎の向かった遠くの方で
牛の呻き声が聞こえる。 
飛翔が投げたのは、ドノバンから
貰ったロキファミリアのエンブレムが隠し彫りされている短剣だ。

「ふう投擲は効果的だが、外したら後がないのが難点だな」
あまり頼らないようにしようと、
飛翔は思う。

「本体申し訳ございません。
仕留めそこないました」

そこに、飛翔が仕留めた最後のヘルハウンドの魔石を回収した分身体が駆けつける。

「いや助かった。
おかげでブルーオークを仕留められた」

「モンスターはこれで終わりですか?」

「いやまだ最後の大物が残ってい  る」

飛翔は先ほど反らした火炎が翔んでいった場所を見やる。

そこには少し煤けた一体のミノタウロスがいた。

「ヘルハウンドの火炎でやられるほどやわではないか」

「ブォォー」
ネイチャーウェポンの大きな斧を持ったミノタウロスが、眼を血走らせて飛翔の元に歩いてくる。
ヘルハウンドの火炎を廻し受けで
反らしたその炎の行く先は、後方で高みの見物を決めていたミノタウロスの胸だった。
飛翔は廻し受けするとき、一応狙っていたが、見事に決まるとは思ってなかった。
せいぜい目眩ましか、洞窟の破片でも飛ばして、嫌がらせ程度になれば
としかけた廻し受けが幸をそうした
事になる。

「分身お前は下がっていろ、
レベル1のお前では、ハウルに
耐えられない」

「判りました。
魔剣での援護はどうしましょうか?」

分身体が後方に下がりながら、するべき事を確認する。

「いやそれより、魔石とか脇差などの回収を頼む」

「では援護は必要ないと」

「ああ」

飛翔はヘルハウンドを投擲で仕留めた後に、ブルーオークの死体から抜き取って回収していた。愛刀山嵐を
中段に構える。
全長80センチ、刃はすべて極東の
オリハルコンである、ヒヒイロカネ
製、また鞘も戦闘でも使えるようにとアダマンタイトで作られている。
間違いなく第一級品の武装で
脇差である嵐山は鞘こそアダマンタイト製ではないが、刃はヒヒイロカネが使われている。
その最高級の武器を持って、飛翔は猛牛に挑む。
 
「ブォォー‼️」
ミノタウロスがハウルを放ちながら、近づいてくる。
後方に控える分身体は、辛そうな顔をするが、飛翔はハウルに耐える。

「ヴォォーッ」
ハウルが効かなかったミノタウロスが、一気に距離を詰めて斧を振りかぶる。
片手一本で斧を頭上高く振り上げれるのは、圧倒的膂力の証。
ミノタウロスはその力を持って
冒険者を薙ぎ倒そうと、斧を振るう。
猛牛の振り下ろされた、斧が生み出す風が飛翔の髪を何本か散らし
頬に風圧が当たる。
飛翔はその斧撃を僅か数センチで
かわす。
「たぁっ」
飛翔はかわしざま、左に跳び込み
ミノタウロスの脇腹を斬りつける。
鮮血が飛翔の顔を朱に染めるが、
飛翔の攻撃はこれで終わりではない。
「ヴォー」
血を流しながらミノタウロスが、
斧を持ってない方の腕でバックハンドブローを振るう。
剛腕が飛翔の顔面目掛けて振り回されるが、冷静に鞘を抜き取りその肘を突いて止める。
ミノタウロスの裏拳を受けた反動で
地面に足がめり込み腕が痺れる。

(重いっ)
飛翔はミノタウロスの膂力に驚嘆する。

「グゥゥゥ」
裏拳を防がれ肘を突かれミノタウロスの骨にヒビが入る。

「しっ」 
ミノタウロスの呻き声を聞きながら、痺れていない方の腕で、飛翔は
ミノタウロスの眼を突く。
ヒヒイロカネ製の名刀は使い手の
願いに応え強靭なミノタウロスの
眼を抉る。
グサッと刺さった刀の柄から手を離し、防御に使った鞘を両手で持ち
野球のバットを振るように凪ぎ
柄尻を叩いて更に刀を奥に突き入れる。

「ふんっふんっ」
まるで刀を杭として、打ち込むように鞘を柄に叩きつける。
片眼を失ったミノタウロスは、脳破壊を防ごうと、斧と腕をブンブン
振り回すが、片眼になった視界では、飛翔をとらえる事は出来ない。
攻撃を避けては、眼を抉る、抉る
という行動を何度も繰り返す。

(いけるデカイだけでこっちの動きにはついてこれてない)
後一、二度打ち込めば、後頭部に刃は貫けると飛翔は確信する。
激しい立ち回りをしているが、 今のところ他のモンスターの気配はない。
分身体はブルーオークの死体の
元に屈んで、喉に刺さっている脇差しを抜き取ろうとしている。

「これで終わりだ」
飛翔はとどめと後頭部まで、刃を
貫かせんと、鞘を振りかぶる。

「ヴォァァッ」

(ハウル無駄だ)
ミノタウロスのハウル。
レベル1の冒険者なら体が硬直してしまうのだろうが、レベル2の飛翔なら耐えられる。
ミノタウロスの悪あがきのハウルを凌いだ飛翔は体を伸び上がらせながら、片手打ちに鞘を振り払おうとした。
次の瞬間ドンッと大きな音が鳴る。
「何だ?」
どこかで崩落でもあったのかと、飛翔が考えている時、足元が揺れた。

「?!」
足元が揺れた事により、バランスを崩し鞘打ちが空振りする。
更に止めを刺そうとして、思いっきり力を込めていたため、体を支えきれず前のめりに転倒する。
転がりながら飛翔はミノタウロスの
左脚が深く地面にめり込んでいるのが眼に入る。
揺れの正体はミノタウロスが、地面を思いっきり踏みつけて振動を起こした事に気づく。

(ハウルと踏みつけの二段攻撃だと)

「がはっ」
転倒する飛翔に、地面の瓦礫などを蹴り飛ばすミノタウロスの礫攻撃が直撃する。

背中に礫が直撃した飛翔はそのまま
前回りに回転しながら壁に激突する。

「ぐはっ」 
壁に激突して頭から血を流しながら、飛翔は起き上がろうとするが
そこに走り込んできたミノタウロスがサッカーボールキックを放つ。
ブォーン
地面の瓦礫を蹴り飛ばしながら
サッカーボールキックが、当たる前にその礫で頬が切られ血が滴る。
背後が壁のため逃げ場のない飛翔は
そのサッカーボールキックをまともに受けてしまう。
一応人体で一番固い額で受けとめるがそんな事で軽減できるほど
猛牛の脚力は甘くない。

(片眼を失ったミノタウロスに
まだこんな力が)
空に打ち上げられた飛翔が見下ろすと地上には片眼のミノタウロスが
斧を振りかぶって待ち構えている。
突き刺さった刀を抜きもせず
もちろん手当てもせず、ミノタウロスは大きく斧を振りかぶって
ただ飛翔を殺すためだけに力を注ぐ。
「不覚」
飛翔はミノタウロスの一撃から
逃れようとするが、額を蹴られた
衝撃が脳を揺らしたのか、体を上手く動かせない。

(これ‥までか‥‥)

止めを刺すために、攻撃が大振りになった僅かな隙をつかれてのあっという間の形勢逆転。
これがダンジョンの恐ろしさ、僅かな詰めの甘さが死に直結する。
だからこそギルドの職員は
冒険者に冒険をするなと、まるで
矛盾のような言葉をかけるのだ。
レベル2のステータスがあるのと
ダンジョン以外の外での百体以上の
モンスターを討伐していた経験が
あった飛翔はギルド職員にダンジョンについて質問等をしなかった。
まぁ一刻も早く金を稼ごうとはやっていたのもあったが、そんな一瞬の油断をダンジョンは見逃さなかった。
無論ミノタウロスの必死に生きようとする生への執着が火事場の馬鹿力がこの結果を呼び込んだ要因でもあるが。
初ダンジョンで、初の敗北を飛翔は
味わう。
その代価は自身の死。
飛翔はその代価を払うため、斧を
振るおうと待ち構えているミノタウロスの元に降っていく。
「ヴォォォォッ」
斧が届く範囲に飛翔が来たのを確認したミノタウロスは、勝利の雄叫びを放つ。
本体が殺られそうになっているのに、気づいた分身体が魔石やドロップアイテムをほっぽって、魔剣を
取り出そうとするが、ミノタウロスが一閃を振るう方が速い。
体を限界まで捻り両腕の筋肉を
膨張させるミノタウロス。
「本体‼️」
分身体が悲痛な叫びで飛翔を呼ぶが
飛翔は脳震盪を起こし朦朧としていて聞こえない。
よしんば聞こえたとしても、飛翔にはどうすることもできなかったが。

叫ぶ分身体は慌てて取り出した
魔剣を使おうとするが、その魔剣がビキッと再び嫌な音を鳴らす
先に亀裂が入っていた魔剣を慌てて取り出そうとしたため、ひびが更に入ったのだ。
分身体の手の中で魔剣は二つに割れてしまう。

「そんなっ」
分身体からはミノタウロスいる場所から数十メートル離れている。
魔剣を失った以上接近戦しかないが、今から駆けつけても間に合わない。
本体が殺られたら当然分身も消滅する。
分身体は呆然と飛翔の最期を見る事しか出来ない。
間もなく自分も消滅する。
最後の希望を失った分身体は眼を瞑り本体の最期の時を待つ。

「一掃せよ破邪の聖杖(いかずち)
【ディオ・テュルソス】‼️」

観念した分身体の耳に、透き通るような歌声が届く。
その歌声が聞こえるのと同時に
稲光が迸りミノタウロスの後頭部を直撃する。

「ゴォァッッ」
飛翔を殺すために全身全霊を
込めて集中していたミノタウロスは
その背後からの攻撃に気づかなかった。
斧を取り落とし、後頭部を両手で抑え呻き声をあげる。
ミノタウロスの斬撃から逃れられた
飛翔が地面に大の字にぶつかって
吐血する。

「大丈夫ですか?!」
短文詠唱魔法を放ったであろう
魔法使いが足早に分身体の元に
駆け寄ってくる。
山吹色の髪をたなびかせ現れた
エルフの少女はウサギの面を被っている分身体に心配そうに声をかける。
飛翔の絶対絶命の危機に現れたのは
ロキファミリアの次期幹部
九魔姫の後継レフィーヤ・ウィリディス。
千の妖精がダンジョンに降臨した。


















 








































 













 
 

 
後書き
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