ノーゲーム・ノーライフ・ディファレンシア
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第2部 ゲーマー少年は唯一神と暇潰しをするようです
第1話 挑戦状
さて────一つ、とりとめのない話をしよう。
なに、難しい話じゃない。皆が知る、馴染み深い言葉についての話だ。
『努力』────皆が耳にした事のある単語だろう。
面倒な作業────それもごくつまらない作業を何度も繰り返し、いつ終わるかも分からないまま励み、いつ折れるとも知らない心を奮わせて、ようやく成長を許される。それが、努力と総称されるものだ。
当然、努力をするのは楽な話ではない。出来ない事をやれと言われるのだ────それを簡単にやってのけるなら、そもそも努力という単語は生まれない訳で。
必然、努力というのは苦労と苦心を幾度となく経験する行為という事になる。
だが、そんな苦しい事をわざわざ率先して行う事に、いったい何の意味があるというのか?何故、わざわざする必要も無い苦行で苦しもうとするのか?いったい何の為に、努力をしているというのか?
────この問いには、幾らでも答えられるだろう。ライバルと差をつけるため、自分の劣等感を拭うため、人の希望に応えるため────努力を何の理由もなしに出来る者など、それこそ多くはないハズだ。なぜなら、自ら苦痛を選ぶのならばそれに見合った対価が期待出来なければならないのだから。
つまり、皆は期待するのだろう。努力で成長を成し遂げた自分を。高みに立つ自分を。そして、そんな高みから見る世界を。きっと、誰もがそれを期待するのだろう。
だが────ここであえて、その期待を折る言葉を放ってみるとしよう。努力という行為に、白ける言葉を放ってみるとしよう。
────で?それがいったい何になる?
どうせ努力して優秀になっても、上位互換は常にいる。ライバルと差をつけても次の強者が現れ、劣等感を拭おうにも上には上が存在し、人の希望に応える事だって自分より適役がいる。
さらに、万が一にも満たない可能性を信じ自分が誰より優秀になったと仮定しても────今度は、追い上げてくる下位互換との勝負だ。
片時も休めはしない。さらに、上がいないのだから目標も目的すら存在し得ないのだ。
────何にもならないのだ。結局、問い重ねれば『努力』が結実したところで何も変わらない事に気付く。
威張る阿呆は井の中の蛙で。
大海を知れば己を蔑んで。
所詮努力など────無意味なもので。
……だがまあ、悲観もほどほどにしよう。どうせ人生は生から死へのレールウェイ、遍く無意味なら主観的に楽しんだ方が面白い。そう、楽観しようではないか。
そこにいい見本がいるだろう?────ブルーライトに目を焼く、黒髪の青年と白髪の少女が。
「あっくそ、また負けた……お前らホント、なんでそんなやり方で勝てるんだ?」
若い少年の声が、空気を揺らす。
傷んだ髪の毛は茶色。闇よりなお黒い目は、しかし確かな光を湛えている。
その光────眼光が照らすのは、二人の男女。差し当たり今は、一機のDSPを二人で操作している青年と少女だった。
「おいおい、『 』は二人で一人だぜ?そいつは愚問だろグシ」
少年────グシと呼ばれた彼に向けて、不敵に言い放つ『 』。
空────18歳、無職、童貞、非モテ、コミュニケーション障害、ゲーム廃人。
白────11歳、不登校、友達なし、いじめられっ子、対人恐怖症、ゲーム廃人。
ダメ人間を絵に描いたならばこうだろうと誰しもが納得するダメ人間2人────自他共に認める、2人で1人のゲーマー。
そんな2人を前に、『2人でコントローラーを操作して何故勝てるのか』などと────疑問に思う事さえ馬鹿らしい自明だろう。
空はそう不敵に笑って、さらに言葉を重ねる。
「加えて言えば、お前は今まで仮面に頼りっぱなしだったろ?それを捨てたんだ、まだ発展途上だろ」
暗に「まだ強くなれるし、現に強くなってる。めげずに頑張れ」と、毒気なくアドバイスする空。
そんな空の気遣いに、グシは『余計なお世話だ』と言いたげな眼をして苦笑した。
「虚像だった頃は本当に努力が疎ましかったが────今は楽しく感じてる。気遣いなんざ要らねぇよ」
────壊れない為だけに、壊れるまで努力した至愚。
そんな過去を思えば────こんな楽しいゲームで自棄になるなど、考えられない。
空は恐らく、負け続けのグシが今度は勝つ為に狂う可能性を危惧したのだろう。だが、その考えは杞憂と言わざるを得ない。
なぜなら、グシは今非常にゲームするのが楽しいのだ────努力こそすれ、狂うなどあまりに勿体ないだろう?
グシはそんな意図を内包して、忌憚なく笑った。
その表情に、一切の嘘がない事が分からない空ではない。心配は不要かと、認識を改めるようにこう口にする。
「そいつは良かった。なら────早速次のゲームだな?」
「当たり前だ。次は勝ってやるよ」
「寝言は、寝て、いうの……勝つのは、『 』」
空の発言に、グシは二つ返事で応える。白の挑発的なセリフにも、挑戦的な視線で応える。
そして3人は静かに手を掲げ────宣誓の言葉を吐いた。
「【盟約に誓っ────
「待ちなさいなッ!?お三方、いい加減内政に手をつける気はないんですの!?」
────訂正しよう。宣誓の言葉は吐けなかった。
さてその宣誓を阻んだ犯人は────気品のある顔立ちを目の下のクマで台無しにした、赤毛の少女だった。
ステファニー・ドーラ────元王族、現宰相。エルキア王である空と白に国政を一任────もとい放任され常に仕事漬けになっている憐れな少女。
普通なら、ゲームに水を差す彼女の行動は野暮の極みだっただろう。だが、彼女が今も尚仕事を押し付け続けられている事を考えれば、むしろ同情の念が湧いてくるというものだ。
生憎、空と白はそんな同情の念など欠片も抱きはしないが────空曰く『出来た人格者』であるグシはそうでもないらしく、重い腰を上げて面倒くさそうに口を開いた。
「ったく、水を差すなよ赤毛……何の仕事があんの」
「ええ、もうその呼び名にも慣れましたわよ……連邦としての国家間条約の提携に関する書類が山ほどありますわ、処理する為に少しでも多くの人手が欲しいんですのよ」
グシの問いに、げっそりとした顔で答えるステフ。その様子は正に疲労困憊と言うべき惨状で、その仕事量の多さは想像しただけで嫌になるレベルだった。
だが、グシはステフの言葉に全く反応を示さず、平然とした様子で言葉を返す。
「なんだ、山なのか。てっきり部屋を埋めるくらいを覚悟してたんだが」
「え……今、なんておっしゃいましたの?」
何やらサラッとすごい事を言ってのけるグシに、ステフは耳を疑う。
何せ、グシは今仕事量が想定をはるか下回っていたと言ったのだ。机の上に山を築く程の書類の処理を、容易い事と言ったのだ。
それだけでもステフには驚愕だったが────グシは、なおもステフを驚愕させる言葉を吐く。
「赤毛、お前の仕事一週間分巻いてやる。だからゲームに水を差さず、クマ消える程度には寝ろ────頑張り過ぎだ」
もはや驚きを通り越して呆ける事しか出来ないステフ。グシはそんなステフに構わず、彼女の執務室にさっさと歩き出した。
「えっ、あっ、ちょっと待ってくださいな!?」
その後ろを、ステフがオタオタと着いて行った。
────場所は移り、ステフの執務室。
先程耳を疑う発言を聞いたステフは────今度は、目を疑う光景を目の当たりにしていた。
それは、高々と積まれた書類の山が『溶ける』光景だった。
山が見る見るうちに低くなるのだ。それも、しっかり書類に目を通し、訂正まで加えての処理────文句の付けようがない仕事ぶりで。
それだけでも十分驚くに値するのだが、グシはここまでの事をしてまだ余裕があるのか、さらにステフとの会話までこなす。
「おい赤毛、こんなの毎日やってんのか。本当に頑張り屋だな」
「私の唯一のお株を奪われて……もう嫌ですわぁ~……」
たった一時間で本当にステフの一週間分の仕事をやってのけたグシに、感謝より先に絶望がステフを襲った。何せステフの仕事ぶりは、かの『 』さえ認める手腕────それだけは誇れていたステフ、しかしグシはその遥か上を行っていたのだ。
唯一の長所、追随を許さない実力────それを奪われては泣きたくなるのも当然だろう。
しかし、そこで諦めるステフではない。その仕事率の高さを自分が習得出来ればとスイッチを切り替え、グシに質問を繰り出した。
「そ、その仕事の早さ、一体何をどうやってるんですの!?」
ステフの言葉に、グシは緩慢に顔を上げる。『 』に追いつかんと日々ゲームをする度学んでいる彼女の事だ、この仕事率にも追いつこうとしているに違いない────グシはすぐにステフの意図を察し、頬を掻きながら言った。
「……教えてもいいが、多分出来ないぞ?」
「どんとこいですわ!あれ、以前もこんな事があったような…」
過去にも同じ問答をしたような既視感を感じるステフに、だがそれを知らないグシは構わず講座を始める。
「そうだな、まずは書類を30枚ほど取ってめくれ」
「はいはい」
「そして、めくった瞬間に一発でそれを覚えろ」
「はいh…えっ?」
「次に、覚えたそれを思い出しながら確認して、その際に訂正が必要なら────」
「いや、ちょっと待ちなさいな!?なんですの一発で覚えろって!?」
その講座────否、暴論にステフが口を挟む。
グシが言った事はつまり、『素早くページをめくりながら本を読め。そして1字1句間違えずに覚えろ。さらに不自然な点も洗いだせ』と言うようなものだ。
そんな暴論は白の専売特許だろう。少なくとも、それはステフに出来た所業ではない。
「だから言っただろ、多分出来ないって」
ステフの心からの叫びに、楽しそうにグシは言葉を返した。
グシは最初からステフがこの暴論を実行出来ない事が分かっていて、その上でからかったのだと、今更気付いたステフは顔を真っ赤にする。そして、からかった事に文句の一つでも垂れようと口を開き────
だが、グシの目が笑っていない事に気付き、すんでのところで言葉を呑んだ。
グシは、そんなステフの様子に苦笑を一つ漏らして言った。
「それに、出来るようにはならない方がいい。お前の考える通り、これは暴論だ。凡人に出来るべきじゃない事だ。それを無視して、凡人がそこに行きついたときは────」
そいつは虚像に成り果てる────その言葉は呑み込んで、皮肉に笑った。
「……?まあ、出来る気もしないですし、やりませんわよ」
その言葉の重みは、ステフには分からない。
グシの目が笑っていない、それ自体には気づけても────その理由までは分からない。
分からない方がいい事だ。グシは何も言わずに、再び書類の束に手を付け始めた。
「……くっそ、今回は惜しかったのにな……反応勝負でも負けたか」
時は変わり、夜も更けの頃。王の部屋から、そんなグシの声が漏れていた。
「いや、待ちガイル相手にこれはよくやってるだろ。結構焦ったぜ?」
どうやら、グシは『 』とストファイをしていたらしい。しかし、会話の様子からグシはストファイでも返り討ちにされた事が察せられる。
ぶつくさと悔しさを呟きながら次のゲームを模索するグシに、白が賞賛を送る。
「にぃの、待ちガイル、すごく、性格、悪いのに……グシ、頑張った」
「待ってください白さん!?兄ちゃんすっげ頑張ったのにッ!?」
わざとらしく涙をこぼす空に、グシが笑う。次は何をして遊ぼうかと、子供のように思案する。
そんな風景は、今では見ない日の方が少ない────新しい日常となり始めていた。
だが────概ねそのような日常とは、常にぶち壊される運命にあるもので。
日常に必ずイレギュラーが発生するからこそ、『非日常』という言葉があるように。
むしろ崩れる事を前提としているからこそ、一時の安寧が『日常』と呼ばれるように。
非日常は────常に唐突に訪れる物と、相場が決まっている。
────何が言いたいのか?それは、たった一つのシンプルな答えだ。即ち────
「『 』さんにグシさん────ちょっと遊ばない?」
────非日常とは、常に唐突に訪れる者なのだ、という事だ。
何の前触れもなく、脈絡もなく。ただ暇だったからという理由で、日常の破壊者は訪れた。
「おいおいどうした?十六種族の制覇が挑戦権じゃなかったのかテト?」
「よう神様。いや、暇神様かな?ボッチし過ぎて退屈したかい?」
そんな唯一神に対して、優しく接するつもりなどないのか────空とグシは、テトを視認するや否や煽りを始めた。
「まあ、ゲームせずに一人ボッチしててもつまらないからね……来ちゃった☆てへぺろ♪」
しかし、テトはそんな煽りを意に介するほどマヌケではない。
空達の煽りは適当に流し、以前は言えなかったセリフを取ってつけたように吐いた。
言いたかった事が言えて一頻り満足したらしいテトは、その手に黒い十六のコマを顕現させて言った。
「ゲームをしよう。君たちにリベンジしたがってる十六人に、唯一神のコマを預ける。それらを揃えて、僕への挑戦権を獲得してね♪もちろん、やるでしょ?」
拒否権などないとでも言うような────否、拒否する気なんてないでしょお前らと言うような言い回しをするテトに、苦笑しながら空が言う。
「ハッ、暇したから完成前の『 』をつまみ食いってか?いいぜ────乗った」
ああ確かにその通りだよと、口の端を吊り上げながら肯定する空。
「じょー、とー……けど、勝つの、白たち」
だがテメェの思う壷にはさせねぇと、静かにその闘志を燃やす白。
「悪いね────つまみ食いされんのはお前の方だよ、唯一神」
そして────むしろお前が嵌められる側だと、眼光鋭くテトを見据えるグシ。
三者三様の表情に、テトは笑みを深めて。
「じゃあ、ゲームをはじめよう────」
そう言って、全員を代表するように宣誓の言葉を吐いた。
────【盟約に誓って】、と。
ページ上へ戻る