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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百十七話 敵の動向がわかりかねます。

* * * * *
「何のつもりなのだ!?」

 ビッテンフェルトが苛立ちまくりながらバーバラを迎える。やっとのことで敵の2個艦隊を撃退して、一時的に後退し、バーバラはビッテンフェルトの旗艦にシャトルでやってきたところだった。

「敵の艦隊を粉砕し、初陣を勝利で飾り、もってローエングラム公の進撃に勢いをつける。それが狙いだったのではないか?何故追撃を禁止するか?!」

 激昂するビッテンフェルトをなだめにかかり、バーバラはビッテンフェルトらイノシシ武者共の目の前で、あらかじめ録音した例の音声を再生させてやった。

「ぬわはぁっ・・・!!!なんだこれは・・・・!!!」

 たまらずビッテンフェルトが耳をふさぎ、何とも言えないすさまじい形相になった。オイゲン以下彼の幕僚たちもそうだった。

「まぁ、こう言う事なのよ・・・。」

 耳栓をしていたバーバラが形の良い耳からそれを外して吐息交じりに言う。もう二度と聞きたくもないレベルの音だ。どこぞのガキ大将のリサイタルの数千倍はひどいといえる。

「これから先この合唱を延々と聞かされるかと思うと、いささかうんざりするな。」
「でしょう?」

 双方ともに陰気な顔になった。だが、まだ陰気は良い方なのだ。今後これが絶望の歌、倒れる前の最後の滅びの歌になるのではないかとすらバーバラには思えてしまう。さしあたっては情報収集と先に戦った艦隊の動向、さらには待ち構えているであろう敵の本隊を探るのが必要だろう。
 前衛艦隊に課せられた任務は何もドリルのように突破口を開くだけではないのだ。



* * * * *
 後方を進むラインハルト本隊にもこのことは逐一報告されていた。

「・・・・・・・・。」

 報告を受け取った大本営では沈痛な空気が満ちていた。ラインハルト、キルヒアイス、イルーナ、アレーナ、諸提督、ヒルダらは一様に狂奔した音声を聞いたのだ。

「敵は、これまでの自由惑星同盟とは一線を画している、いえ、根本から異なる相手だと思った方がいいかもしれない・・・・。」

イルーナが誰ともなしに言う。

「これはまともな頭の神経の持ち主では出せない声だな。」

 ミッターマイヤーがロイエンタールに言う。

「自由惑星同盟には質の悪い酒が出回っていると見える。酔いは与えられるが、その分持ち越すことになる後味の悪さを思うと、さすがの俺でも手を出したくはないな。」
「こんな時に冗談を言っている場合か。」
「こんな時だからこそだ。」

 ロイエンタールがミッターマイヤーを見つめ返す。

「いいか、俺たちの相手はまともな神経の持ち主ではないことをわが軍全軍が肝胆に刻み込む必要があるという事だ。極論すれば、後々それは人間ではなく、ただの操り人形でしかないことを思い知るだろうよ。」
「つまり卿は立ちふさがってくる者たちをすべて殺しつくせ、と私にそう言いたいのか?」

 ラインハルトの声が飛ぶ。ロイエンタールは間髪入れずに主君に顔を向ける。

「御意。」

 はじき返されたこの一言は戦慄を伴って列席者の耳に入った。

「ローエングラム公、やられなければこちらがやられる。この先待ち受けているのはただそれのみです。今までの戦いは『疲労』『厭戦』『消耗』そう言った要素がありました。それは我が軍だけではなく、敵においても、です。ところが、此度の、それも前哨戦にすぎぬ戦いでは既にビッテンフェルトをして苦戦せしむるほどの強壮さを敵は有しております。これこそが、既に我々の相手は人間ではないことを示す一端だと小官は思いますが。」
「・・・・・・・・。」
「しかし、ロイエンタール元帥。まさか軍属市民を問わず皆殺しにせよと、まさかそうおっしゃるのではないでしょう?」

 ミュラーが躊躇いがちに確認する。

「だとしたら、卿はどうする?」

 ロイエンタールの視線は試すような光をミュラーに放った。

「それは・・・・それはあまりにも武人としての振る舞いを逸脱しているのではありませんか?無抵抗の老人女性子供を殺しつくすなど、我が軍の掲げる大義に反することです。」
「その老人女子供が身に爆弾を仕込み、此方を巻き添えにして襲ってきたらどうする?それでも卿はブラスターの引き金を引くのをためらうか?」
「卿等はロイエンタールの言葉をいささか過激にとっているようだな。」

 ラインハルトが声をかける。

「この先待ち受けているのは、手加減をしてやれるほどの相手ではない、という事だ。我が軍が全力で当たってこそ活路が見いだせるか否か、その様な敵だという事だろう。また、向こうの陣営も老人、女性、子供を躊躇なく兵器に使うような人間だという事は既に卿等も知っていることだろう。」
『・・・・・・・。』

 万座が沈黙する中、一人イルーナは沈思していた。ある一つの可能性に思い当たったのだ。そしてふと顔を上げると、ヒルダと視線があった。彼女の顔色も悪い。どこか自分と同じ思いを持っているのではないか。そしてヒルダはそれをラインハルトに対して隠し立てをするような人間ではなかった。

「ですが、ローエングラム公、仮にそのような所業に及ぶとしても、人々の閣下に対する信頼をお考えになるべきだと思います。」
「フロイラインには何か異論があるのか?」

 ラインハルトの瞳はヒルダに向けられた。

「はい。帝国における閣下に対する信頼は絶大です。ですが、此度の所業が帝国に喧伝されれば、閣下に対する信頼は損なわれることになると思われます。」
「道半ばに倒れた者が信頼に値するか否か、それを誰が気にするというのか?」
「閣下の仰せになったことはよくわかります。いえ、わかっているつもりです。ですが、相手の狙いがまさにそれだとしたら、閣下はその狙いにわざわざ乗られるおつもりですか?」

 そこまで言ってから、ヒルダは突然顔を曇らせた。それはラインハルトに対してというよりも自分に対するベクトルのようだった。

「・・・・そうだ。フロイラインも気が付いたことだとは思うが、私は敢えてこの所業に及ぼうというのだ。その覚悟なくしては、自由惑星同盟の敵は倒せぬ。つい先刻ゴールデンバウム王朝は地球教徒の本拠地の地球を徹底的に殲滅した。その犠牲者の中には女子供が含まれていることは疑いない。だが、卿等はそれに対して特に否定の色を見せなかったな。」
『・・・・・・・。』
「相手が地球教徒から自由惑星同盟に呼称が変わっただけの事だ。だが、私はその生命を奪う事の意味を承知しながら、敢えてこの戦い方を選ぶ。私に向かってくるものはたとえ女子供で有ろうとも容赦はせぬ。その先にある最大多数の最大幸福のため欠くべからざるものをつかみ取らねばならぬからだ。」

 静かだが一切の妥協を見せない強い意志が込められていた。

「わかりました。出過ぎた発言をお許し下さいまし。」

 ヒルダはそう言った。ラインハルトはほんの一瞬だったがヒルダに柔らかな光を投げかけたのがイルーナの目に映った。ラインハルト以下主要幕僚会議の結果、前衛艦隊のビッテンフェルト及びバーバラ艦隊は進撃予定宙域において更なる情報収集と、主要攻略橋頭堡として足掛かりとなる宙域を選出するように指令されたのだった。


* * * * *
 イゼルローン方面軍、エリーセル遠征軍――。

 フィオーナはティアナと二人、イゼルローン要塞の宇宙に面したプライベートエリアに佇んでいた。二人の目の前には漆黒の空間が広がり、その中にほんの少しだけ光点が見える。この狭い回廊では存在する星々はそう多くはない。

(一体どれだけの星々が銀河にはあるってのよ。)

 ティアナはそんなことを考えながら、目の前の空間を見入っていた。前世では絶対にこられなかった宇宙に時空を超えて、世界を越えて、こうして触れるところに立っていることが奇跡のような気がする。もっとも、その奇跡には少なからぬ代償も伴うこととなるのだが。

「ティアナ。」

 目の前の親友が声を出したことに、ティアナの反応は数秒遅れた。

「何?」
「・・・・・宇宙、広いよね。こうして立っていると自分が小さな存在だっていうこと、嫌でも思ってしまう。」
「・・・そうね。」
「・・・私、やれるかな・・・・。」

 ティアナは親友の横顔を見た。ライトブラウンの髪の色が照明のせいかアッシュグレーに見えている。

「こうしてここに、別働部隊の総司令官として立っているけれど・・・・駄目なのかもしれない。これからの事を考えると、足が萎えそうになるの・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「押しつぶされそうになるの・・・。作戦が始まってもないのに・・・・まだ戦ってもいないのに・・・・どうしようもなく怖くなってしまって・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「こんな大軍、私には統御統制できない・・・・・。」

震えるかすれ声が、かすかな戦慄を伴って、消えた。

「規模が違いすぎるもの・・・・。」

 親友は両手に顔を埋めた。ティアナは知っている。こんなことをするのは、二人以外誰もいない空間だから。だから・・・・・。

「・・・・・・・・。」
「私の判断ミスで、全軍が崩壊すれば、大勢の人が死ぬ。死んでしまう・・・・。イゼルローン戦線が崩壊すれば、フェザーン戦線にも影響が出るわ。そうしたら――。」
「・・・・・・・・。」
「ねぇ、ティアナ。どうして、私なの?どうしてキルヒアイス提督ではなかったの?どうして教官ではなかったの?どうしてロイエンタール元帥、ミッターマイヤー元帥ではなかったの?あなただって良かったのに・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「私には荷が重すぎる・・・・・。本当に・・・・荷が重すぎる・・・・。」
「フィオ。」

 ティアナは親友にかける言葉を選んでいた。何を言うべきか、前世から長年一緒にいる自分でも迷うときがある。それでも、言わなくてはならないことがある。

「全部一人で背負い込もうとするのはやめてって、ずうっと言ってきているでしょう?悪いけれど、フィオは全知全能でも万能でもないわよ。そんなことができるのはラインハルトと教官くらいだわ。」

 ずっと顔を両手に埋めている親友にティアナは言葉をかけつづける。

「けれどね、逃げられない時がある。それはどうしても、どんなにもがいても逃げられない時がある。そういうときは覚悟決めないといけないのよ。嫌でも。」
「・・・・・・・。」
「でもね、忘れないで。いいえ、忘れさせない。私がいつも必ずそばにいるという事を。あなたが倒れそうになったら、私が全力で支える。戦場で軍が崩壊しそうになったら私が体を張って叱咤激励して絶対立て直して見せる。悪いけれど、私の方が得意よ。そういうの。」
「・・・・・・・。」
「そりゃ一人じゃ私だって無理よ。けれど、私がフィオに勝てないもの、フィオが私に勝てないもの、それを活かしあいながら、支えあいながら、前に進むことはできるじゃない。それは私たちだけじゃないわ。ルッツ、ワーレン、エーバルト、みんな私たちにないものを持っている。」
「・・・・・・・。」
「私たちは一人じゃない。一人だなんて思わないで。」

 親友は顔から手を放した。まだ肩は震えていたけれど、灰色の瞳は濡れていたけれど、視線が下を向くことはなかった。

「あなただけは私が守る。ラインハルト・フォン・ローエングラムの護り手は沢山いるけれど、あなたを守ることができるのは私だけよ。だから、私は絶対にあなたを死なせたりしない。そして、見捨てたりもしない。」
「・・・・・ティアナ。」
「言っておくけれど、死亡フラグなんかじゃないからね。そんなものを立てる趣味はないし、立てる気もさらさらないわ。私は本気の本気よ。」
「・・・・・ありがとう。」

 小さな声だったが、それでも少し、ほんの少しだけでも親友の心が晴れたならば―――。

(私はとても嬉しいのよ、フィオ。)

 バ~~~~~~~~~ン!!!

 という無粋な音、ついでドサドサッと部屋に物が落ちかかる音が突如した。二人は飛び上って、後ろを振り返った。折り重なるようにして部屋の中に倒れ込んでいる人間たちがばつの悪い顔つきでこちらを見上げている。

「・・・・何してんの?」

 ティアナが低い声で言う。

「え、えへへへ――。」
「このぉ!!あんたたちィ~~~~~~!!!!」

 ティアナが腰に手を当てて侵入者共を見下ろした。

「な~~~~~に人のプライベートエリアに入り込んでんのよォッ!!!ケーテ、エミーリア、シャルロッテ!」

 怒鳴りまくるティアナの隣で、フィオーナは驚きに口に手を当てて、

「・・・・な、何しているの?」
「私は悪くはない。この二人がどうしても提督方の身の上が心配だと。そう言うのでついてきただけです。」

 何事もなかったかのように服のほこりを払いながら立ち上がった一人が言った。この3人を周囲の人はトリコロールと呼ぶ。古来の地球のフランスという国における国旗の色にそっくりだからだ。
 赤色の髪をツインテールにしたお転婆風なごまかし笑いを浮かべているのが、シャルロッテ・フィアット。耳元までかぶさる短い青色の髪をしてティアナの怒声をあらぬ方向を向いて「我関セズ」と受け流しているのがケーテ・ルノワール。真ん中でかわるがわる二人に謝るように急き立てている真面目そうな長い銀髪がエミーリア・ショコラティエ。
 トリコロールの3人は女性士官学校の新進気鋭の提督たちであった。3人はエリーセル遠征軍の前衛艦隊を預かることとなっている。

「いやぁ~~~!まさか扉のロックが外れるなんて~~~!!!」
「外れる様な所にいるな!!」

 そう言った後、ティアナが額に手を当てる様を、フィオーナはようやく笑いと共に見ることができた。一人ではなく、頼れる親友や仲間たちが側にいることを認識できた笑いだった。


* * * * *
 イゼルローン要塞を留守には出来ない――。

 これはフィオーナ、ティアナ、そしてエレイン以下主だった将帥の一致した考えだった。イゼルローン要塞は前線基地として、これまで以上に重要な立ち位置になっている。フィオーナたちの前には、別働部隊の総軍あるいはそれ以上の戦力が展開しているはずだからだ。

「私たちは、イゼルローン方面正面に展開する敵軍を撃破し、フェザーン方面から侵攻する主力軍を支援すべく、陽動作戦を展開します。」

 イゼルローン要塞会議室で、フィオーナは出席者の面々を見まわして口を開いた。

「イゼルローン方面軍の司令官が誰なのかは不明ですが、私たちの戦力と同等或いはそれ以上の戦力を統率する以上、少なくとも大将クラス以上の将官が派遣されているはずです。」
「例の最高指導者とやらが前線に進出している可能性はあるのか?」

 バイエルン候エーバルトが尋ねる。

「それはないと思います。私たちの知る彼女ならば、最も華やかな前線に進出するでしょうし、それ自体も彼女の思うままに事が運ぼうとする瞬間です。今はまだその時ではないと思いますし・・・・。」
「厄介なのは、彼女に洗脳された人間が前線に立っているという事よ。行ってみれば麻薬中毒者、まぁ、地球教徒をイメージしてもらえればいいけれど。」

 と、ティアナ。地球教徒の恐ろしさは既に幾度となく語られていたから、会議場にいる面々は気を引き締めた表情をする。

「まぁ、できるだけ派手にやれ、という事かな。」

 ルッツが総括する。

「はい。イゼルローン回廊から密集体形のまま敵領になだれ込み、敵に一撃を、それも致命傷を電撃的に負わせたいのです。敵の動きが静かすぎるのが気になるところですが・・・・。」

 偵察艦艇が敵に拿捕されているのではないか、という疑惑を徹底的に検証したものの、確たる証拠は出てこなかった。そのくせ、敵は哨戒部隊すらもおかず、回廊には敵の艦一隻も見当たらないと知った帝国軍側としては当惑せざるを得ない。

「静観していても始まらないわ。事態はすでに動き出しているのだし、既に主力艦隊はフェザーン方面に向けて進発を開始しているんだから。」
「ティアナ、開戦するにしても時期という物があるわよ。まぁ、そんなに焦らないで。いったん会戦したら休息もとれないんだから。タイミングこそが重要だって御前会議の時にも言われたでしょう?」

 エレインが諭す。ジェニファー亡き後は、エレインが陰日向にフィオーナとティアナをサポートする役割についていた。聡明な理知的な青い瞳と北欧の戦乙女を思わせる金髪にカチューシャを付けている。

「両一日は偵察と補給、整備、休養に当てることを提案するわ。どうせ私たちの方が半月以上早く出てきているんだもの。ここで2日程度偵察に時間かけたって大した差はないでしょう?」

 ポンポンとエレインは言葉を投げる。普段あまり表に出ないけれど、彼女も一流の将帥としてタイミングと言うべきポイントは抑えているのだ。

 
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