緑の楽園
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第六章
第65話 水平線効果
千年以上にわたる地下都市の歴史は、総裁の「停止」によって終焉を迎えた。
地下都市の住民は、総裁の正体とその死を知り、それを受け入れた。
外に出ていた地下都市の戦闘員たちも武装解除となり、地下都市は国王軍の占領下に置かれることになった。
多少の混乱はあった。
しかし、住民の意思を決定する者がすでにいないということは大きく、集団自決などの事態にはならなかった。
地下都市のルーツとなった一億玉砕の象徴、松代大本営。
その呪いは、結局作動することはなかった。
幸いにも、突入隊の死者はゼロだった。
しかし無傷の者はおらず。俺、クロ、カイル、タケルも、程度の差こそあれ、傷を負っていた。
地下都市内の診療所をそのまま占領軍が使うことになったので、突入隊は現在ベッドに寝かされている。
エイミーとその師匠による検査が終わり、そのまま寝ていると、神が俺のベッドの隣に来た。
彼はあまり怪我がなかった。もうベッドから出てよいと言われたのだろう。
「ご苦労だったな」
「いえいえ」
「これで歴史の流れは正常に戻るだろう。お前は課せられた仕事を無事終えたことになる」
「地下都市は、他の国にも諜報員を派遣していたと思いますが。そちらは放置でいいんですか?」
「問題ない。司令塔が消えれば勝手に瓦解するだろう。仮にそうならなくても、この国だけでも正常化すれば大丈夫だ。あとは勝手に正常化の流れは広がっていく」
どうやら、俺の役割はめでたく終了らしい。
「総裁が人工知能だったというのは驚きましたけど。そっちは一目で気づいてました?」
「可能性の一つとして考えていないこともなかったが、一目ではわからなかったな。わたしも驚いた」
「もしよかったら、残った疑問に答えていただけませんか」
「いいだろう。答えられることであれば」
総裁に関しては、俺にはまだ少しモヤモヤした部分がある。
この神にとっては、ずっと自身の仕事の邪魔をしていた存在だ。今ある材料で考えをまとめてくれていることを期待して、聞いてみた。
「永らく地上を監視し、技術革新を妨害していたのも、人工知能の判断だったということになるのでしょうかね?」
「まあそういうことだろうな。総裁の人工知能がそのように調整されていたのだと考えている」
「総裁――人工知能は、地下都市がモデルシティとして造られた頃からあったんでしょうか?」
「おそらくそうだ。最初から人工知能が管理する都市として設計されたのだろう。
確か『あらゆる災害や環境変化に対応できるモデルシティ』というコンセプトだったな? ならば人間ではなく、優秀な人工知能に管理させることが、その理想を実現するには最善と考えたのではないか」
「でもそれに地上を妨害する仕様を組み込むなんて。設計者、歪みすぎじゃないですか」
「いや、最初はそのような設定ではなかったはずだ。あくまでも現時点での推測にすぎないが、文明崩壊後に『組織』が立ち上がった際、その当時の指導者と技術者が、都合のよいように設定し直したのだろう。
そしてその後、永い年月を経ることで、人工知能を調整する技術も失われた。地下都市の住民は、いつしか総裁が人工知能であると教わることもなくなり、不老不死の絶対的な存在だと刷り込まれ、その決裁にただ従うだけの奴隷に成り下がった。
だいたいそんなところではないかと思っている」
やはり考察はしていたようで、詳しく解説してくれた。
しかし……〝優秀な〟人工知能、か。
「その優秀な人工知能が、急にトンチンカンな判断ばかりして暴走したようになったのも、俺の中では引っ掛かっています。どうしてなんでしょうね」
それは、俺が遺跡に行ったあたりからだ、とレンは分析していた。
ひたすらハイリスクローリターンな国王暗殺未遂を繰り返したり。メンバーに無意味な自爆をさせたり。籠城してじっとしていればよいのに、わざわざ攻撃隊を出してきたり。
とても優秀とは思えない判断を連発していた印象が拭えない。
「それは水平線効果のようなものだろうと考えているが」
「水平線……効果……」
どこかで聞いたような気がした。
――あ、思い出した。
確か、人工知能特有の問題だったかな?
コンピュータ将棋などの話で聞いたことがある気がする。
とても人間が敵わないような優れた将棋ソフトでも、自分の王将が詰まされることが確実になると、途端に相手への無意味な王手を連発し、壊れたように暴走してしまう現象が発生する。その原因が、人工知能の水平線効果であると聞いたような。
もちろん、詳しい仕組みまでは知らないが。
「総裁は地下都市を管理するコンピュータだ。当然あらゆる分野のあらゆる状況で選択肢の判断をし、決裁をしなければならない。穴があってはならないというわけだ」
「はい」
「そうなると、選択肢の探索は『全幅探索』に近い探索方法をおこなっていたのだろうと考えられる」
……?
「あの、『全幅探索』ってなんですか。すでに話についていけないんですけど」
「簡単に言うと、『最初から選択肢を絞ってそれを掘り下げて読む』のではなく、『すべての選択肢を読む』ということだ」
「ああ、それならわかります。そうしないと穴ができますもんね」
「全幅探索に近いことをしていたとすれば、いくらコンピュータの性能がよくても、その性質上、読みの深さやシミュレーションの深さは有限とならざるをえない。
その有限となる境目を水平線に例えるわけだな。水平線の向こうは、人工知能にはまったく見えない」
「なるほど」
「よって、常に水平線の手前だけを見て、どの選択肢がよいのかを判断することになる。……では、水平線の手前が『滅亡』しか見えなくなったらどうなるだろうか?」
「どの選択肢も選べなくなりますね」
「そうだ。そうなると、その『滅亡』を無理矢理に水平線の向こう側へ追いやった選択肢を作りあげ、それを選ぶことになる。イメージできるか?」
「無意味なアクションを連発して、滅亡の手前の水域を無理矢理増やす――つまり暴発する、というわけですか?」
「そのとおりだ。お前がこの時代に現れ、遺跡の発掘調査が再開され、そしてタケルが帰順したことで、地下都市の場所が突きとめられた。
その時点で、総裁の人工知能の中で、すべての選択肢で滅亡が見えたのだろうな。だからひたすら無意味な延命策を打ち出して暴走した。そう考えれば矛盾はない」
総裁という人工知能の水平線効果。
そんなものに俺らは振り回されていたらしい。
だったら、なおさら。
無駄に二万人を虐殺してしまう事態にならなくて、本当によかったと思う。
戦後処理が終わるまで、地下都市はそのまま軍が治め続けることになる。
染みついている洗脳教育や、これまでの歴史のことがある。住民がこちらの国にすぐ馴染むということは難しいと思う。
だがそのあたりの問題は、あの国王ならきっとうまく解決していくに違いない。
隣のベッドには、タケルがいる。
安堵感や達成感、その他いろいろな感情が入り混じって、そしてそれらが溢れてきたのだろう。さっきまでずっと泣いていた。
――終わったんだな。
体中の力が、抜けていくような気がした。
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