緑の楽園
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第六章
第63話 突入(3)
「これから政治施設のあるエリアに入ります」
突入隊は、慎重に進んだ。
景色は施設エリアに入ると一変した。
壁はダークブラウンの色となり、通路はさらに幅広く、天井も少し高くなっている。
一番手前の部屋は、総務室らしい。
ここに総裁がいる可能性は低いそうなのだが、突入することにした。後方の憂いをなくすという意味でも、ここからは一部屋一部屋確認したほうがいい。
銃撃を警戒するため、スライド扉の取っ手を蹴って開けると、一同すぐに左右の壁に張り付いた。
そして慎重に中を覗く。
学校の職員室のような部屋の奥に、二人。やはりまだこの時間でも施設に残っていたのだ。
他の住民とはデザインが少し違う上に、生地も異なっていそうだが、やはり明るい灰色の服を着ていた。
拳銃その他の武器は、今見た限りでは持っていない。
「侵入者だな」
中から声が聞こえる。
「降伏してください。そうしてくださるのであれば、危害は加えません」
「黙れ。亜人に下げる頭などない」
予想はしていたが、やはり一蹴された。
「リク。ここまで強く臭う。火薬だ」
火薬の臭い、そして武器を何も持っていない、ということは。
また自爆するつもりだ。
しかもクロの言い方からすると、火薬の量は多そうだ。
できるだけたくさんの人数をこの部屋に引き入れ、まとめてドカン、か。
おそらく、総裁の指示だ。
地下都市の外では、川を挟んで国王軍と地下都市の警備隊が睨み合っている。さすがにそんな状況下では、非常音声の原因が単なる火災や事故だとは思ってもらえなかったのだろう。
総裁は、一回目の非常音声で侵入者ありと判断。住居エリアに住む一般人への防戦指示は間に合わないにしても、施設エリアに残っている人間に対しては急いで手を打たせた。そんなところだと思う。
そしてその打たせた手は、また最低の作戦だ。いい加減にしろと言いたい。
「タケル。それ、出るのか」
ちょうど目に入ったのでひらめいた。これでいければ……。
俺がそう言って指さした先は、すぐ後ろの壁にあった屋内用消火栓だ。見る限りでは、あまり俺の時代のものと変わらないように思う。
タケルもカイルも、兵士たちも、不思議そうな表情を見せている。
「はい、出ると思いますが……」
思ったよりもタケルの声が大きかったので、俺は人差し指を口に当て、シーっという形を作る。
バレたらまずいので、小声で話しかける。
「中に二人いるんだが、クロの話では火薬の臭いがするらしい。たぶん俺らを引き込んで自爆するつもりだろうから、水をぶちまけて導火線を湿らせようと思う」
「なるほど……」
「いいね兄ちゃん、それよさそう」
なるべく音を立てないように消火栓の扉を開けた。
ノズルが付いたホースが、ぐるぐるに巻かれていた。
俺はホースを伸ばし、ノズルを手に取る。
タケルが後ろで消火栓ボックスのバルブを開ける。ホースが生き物のようにうねった。
これで、あとはノズルをひねれば水が出る仕組みらしい。
クロのおかげで、「こちらは火薬に気づいているが、相手はこちらが気づいていることに気づいていない」という状況が発生している。
今度は、自爆を未然に防ぐ。
「じゃあ中に入って放水します」
昔から一度やってみたかったことではあるが、この状況では当然楽しむことなどできない。
ノズルを持ったまま突入した。
相手の反応などを確認する余裕はない。ひたすら二人に水を命中させ、濡らす。
二人が何か叫んでいたような気もするが、よく聞き取れなかった。
そしてすぐにノズルを四方八方に向け、部屋中を濡らしていく。
後ろを向いて手で合図をした。すぐに他のメンバーが中に入ってくる。
一同、手際がよい。特に細かく指示していないのに、きれいにグループに分かれた。二人を取り押さえること、縛る紐を探すこと、何か危険な仕掛けがないか室内のチェックをすること、それらを手分けして同時におこなっていく。
一瞬にして、やるべきことが片付いた。
兵士たちに「この先も自爆攻撃を仕掛けられる可能性があるので、誰かを見つけてもすぐに接近しないように」という指示を出し、先に進んだ。
その後、議場、法廷と、総裁の姿を求めて慎重にチェックしていった。
しかし人間の姿はない。
やはり一番奥にあるという総裁の宮殿にいるのだろうか。
「ん? なんだ? この部屋は」
ひとつ、奇妙な部屋があった。
俺の時代の一般家庭のリビング程度の部屋に、箱型の大きな機械が立ち並んでいる。
ボタン類に説明書きはなく、なんの機械なのかは不明だ。大小さまざまなアームが付いているものもあり、不気味な雰囲気も漂っていた。
「僕もこのあたりのことは……。なんとなくですが、修理施設のようにも感じますけど」
「なんでここにあるんだろうな」
「うーん、わかりませんね。ひょっとしたら、大昔の頃の名残で、今は使われていないのかもしれません」
カイルや兵士たちも、興味津々という雰囲気で機械を見ていたが、特に何か潜んでいるわけでもなかった。
先を急ぐことにした。
機械のある部屋を出て、通路の突き当りの、装飾された大きな金属の扉を開けた。
「ここは……」
景色がガラリと変わった。
そこには、薄い灰色の世界が広がっていた。
学校の体育館くらいはありそうな幅の、おそらくかなり広いであろう空間。
中央部分を除くと、樹齢千年の杉のような太さのコンクリート柱が、等間隔で林立している。
そして見上げると、地下とは思えないほどに高い勾配天井。
照明器具は確認できないが、ところどころ採光窓のような小さな穴がある。薄明るい光の筋が、床に向かって斜めに差していた。
床、壁、柱と、すべて打ちっぱなしのコンクリート。
色彩に乏しいながらも荘厳さの漂う、異様な雰囲気だった。
この空間の先、中央前方には、また重厚そうな大きな金属の扉が見える。
距離は五十メートルくらいだろうか。
「ここが地下宮殿です。ここまで総裁の姿を見ませんでしたので、この先の扉の向こうにいるのだと思います」
一同は盾を構え、俺とタケルを先頭に警戒しながら進む。
が、半分も進まないうちにクロが声をかけてきた。
「リク。扉の近く……気を付けろ。また火薬の臭いだ」
――またか。
林立する柱のどれかに隠れているのだろうか。
今度は水がない。近づきすぎるのは危険だ。
「そこにいるのはわかっています! 姿を見せてください」
声はエコーがかかって、広い空間に響いた。
「ほほう、よくわかったな」
奥の扉の左右の柱から二人の人間が現れ、扉の前に立ちはだかった。
どちらも細身で初老の男。一見手ぶらに見える。
こちらは三十六人と一匹なのに、慌てふためく様子もない。
タケルが「右はヨナイ、総裁の一番の側近。左はオザキ、こちらも上層部の一人です」とささやいてくる。
そのタケルの声が聞こえたのだろうか。右側の男が、彼のほうに視線を移した。
「そこにいるのは、確かヤハラの部下だったか。生きていたのか」
「はい。死んだというのは偽情報です」
「なるほど。ここまで亜人どもの侵入を許したのは、お前の手引きによるものか」
「……」
沈黙したタケルに代わり、俺が二人に話しかける。
「あの。俺はオオモリ・リクと言いますが。わかりますか」
「ほう、お前がそうなのか。ヤハラより聞いている。我々の祖先にあたる古代人と聞いたが、間違いはないか」
「はい。間違いないです」
「ではなぜその連中に与した? 古代人であるならば、真の人間である我々につくべきだったはずだ」
「申し訳ないですが、そう思わなかったのでヤハラの誘いは断りました」
「愚かな……」
残念だが、この人間に言っても無駄だのだろう。そう思った。
やはり総裁に会わせてもらうしかない。
「総裁に会わせてください。降伏するよう説得するために、ここまで来ました」
「断る。いかに古代人といえども、亜人に与する者を総裁に会わせるわけにはいかない」
「……」
「あの、僕からもお願いします。まだ間に合います。総裁に会わせてください」
「笑止。裏切者のお前は、すぐにでも処刑されなければならない立場だ」
タケルも懇願するように頼んでくれたが、あっさりと蹴られた。
俺は相手を注視していたため、タケルの表情を確認することはできない。
しかし、「そうですか……」と返した彼の声は、どこか寂しげにも聞こえた。
そこで神がスッと前に出てきた。
「お前はトヨシマという男を知らぬか? 遺跡の発見と発掘のために、わたしが呼び出した人間だ」
「お前は誰だ」
「神だ」
「信じるわけがなかろう」
「では信じずともよい。知っているのかどうかを答えよ」
「答える義務はないが。遺跡発掘の中心人物として捕らえ、すでに処刑済みだ」
これまた表情をうかがい知ることはできない。
だが、「やはりそうか」という神のつぶやきは、いつものトーンよりもわずかに低く感じた。
「あくまでも自らが神だと言い張るつもりなのか」
「今言ったとおり、信じずともよい。だがトヨシマを処刑した際、遺体がその場で消失して驚いたのではないか?」
「……!」
喋っていた右の男の眼が、見開かれた。はっきりとわかった。
俺は特に聞いていないが、召喚した人物が死んだ場合、普通の人間とは異なる現象が起きるということなのだろうか。
「神であるわたしの仕事を妨害した時点で、お前たちは重罪だが……ここにいるリクは、できればお前たちを殺したくないと言っている。
そうなれば、お前たちがすべきことは一つ。勧告を受け入れ降伏することだ。すぐに総裁とやらに取り次ぐがよい」
「承服するとでも思ったか? たとえお前が本当に神であろうが、我々には総裁の意思が何よりも優先される」
これはダメだ。
ここも力ずくで突破するしかない。やむをえない。
兵士には投擲ができる人もいる。自爆させないよう、最低限の距離を保ちつつ――。
そのとき。
後ろ、かなり遠くから、少し人の声が聞こえてきたような気がした。
思わず、振り向いてしまった。
他のメンバーも振り向いた。
いけない。
そう思って前に向き直ったときには、二人がこちらに突進してくるのが見えた。
まずい――。
パン――
パン――
――えっ?
大きな破裂音が、二つ続けて響いた。
こちらに向かっていた二人の足が、前方で止まる。
そして胸から血を出し、スローモーションで倒れた。
俺は発砲元を確認せず、叫んだ。
「伏せて!」
直後に、耳をつんざくような爆音が轟いた。
「だ、大丈夫ですか。みなさん」
俺が声をかけると、起き上がってきた兵士たちが、大丈夫であることをアピールした。クロ、カイル、神らも無事だ。
タケルは、拳銃を持っていた。
その銃口からは、まだわずかに細く白煙が上がっていた。
「お前、それ……」
「さっきの、あの人の……シオンさんのものです。まだ弾が入っていたので、持ってきていました」
そう言うタケルの顔は、やはりどこか寂しそうだった。
「兄ちゃん! 急いで後ろの扉を守ろう。いっぱい来そうだよ!」
その声でハッとする。そうだ。急いで扉を封鎖しなければ。
今さっき、後ろからわずかに聞こえてきた声。それは地下都市の住民のものに違いない。
施錠して封鎖していた最初のポイントが破られたのだ。それで居住区の民間人の一部が、ここに来てしまったのだろう。これから大挙して押し寄せてくる可能性もある。
「兵士さん! お願いしていいですか」
「わかった!」
総裁の一番の側近が自爆した今、この先にたくさんの人間が控えているとは思えない。兵士は六人だけ俺らと一緒に来てもらい、残りは扉の封鎖および防衛にあたってもらうことになった。
自爆した二人をできるだけ見ないようにし、総裁がいるであろう部屋の扉に向かった。
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