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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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79話:手合わせ

宇宙歴791年 帝国歴482年 1月上旬
首都星オーディン 帝国ホテル 地下多目的ホール
ジークフリード・キルヒアイス

「それまで。もう十分でしょう。お二人とも任官されるには問題ない実力をお持ちだと、小官は判断いたします」

審判役のメックリンガー中佐が手合わせの終了を告げられた。戦術シミュレーターは散々な結果だった。せめて白兵戦技位はアンネローゼ様にご安心頂ける結果を残したかったが、こちらも無残な結果となってしまった。この様な結果では任官する事をご不安に思われるはずだ。側近として、もっと何かできる事があったのではないだろうか?今更ながら、伯が『理不尽な状況を用意する』と言われた意味を噛みしめていた。
ラインハルト様は、さすがに最後の意地だろう、肩で息をしているが、何とか立ち上がっている。私も無様な姿をさらすわけには行かない。すでに足に力が入らなかったが何とか倒れこまぬように耐える。2対1でも一方的に蹂躙されたあのオフレッサー大将に一礼をして、壁際に用意されたベンチに下がる。
装甲服を脱がすのも本来なら私の役目だが、既に私も満身創痍の状態だ。メイドたちがラインハルト様の装甲服を脱がせにかかってくれた。私には、審判役のメックリンガー中佐が歩み寄り、装甲服を脱ぐのを手伝ってくれる。見届け人の席に視線を向けようとしたが

「オフレッサー大将、ミューゼル卿とキルヒアイス君はすごいだろう?君を一瞬でもひやりとさせる15歳など、この宇宙に5人はいないだろう。そのうちの2名の養育に関わるのだ。私も気を引き締めねばな......」

「伯にはかないませんな。おっしゃる通り、久々に手こずる相手でした。2対1とはいえ遅れを取る訳には参りませんからな、焦りを隠すのに苦労いたしました」

色々とラインハルト様と連携をして仕掛けたものの、動かぬ山のようにすべて捌いてしまわれたが、実際は惜しい所だったのだろうか?それとも、リューデリッツ伯の手前、多少はこちらに華を持たせようという意図なのだろうか?おそらくラインハルト様も同様のお気持ちだったのだろう、困惑される表情をされていた。それが伝わったのだろう。

「このオフレッサー、白兵戦技の事では嘘はつかぬ。だが、これ以上の研鑽が必要なのかと言うと、判断に困るな。貴殿らは艦隊司令官を志向しておるのだろう?艦隊司令官が自らトマホークを手に取り戦うなど、艦隊戦では負けが確定した状況であろう?それに強者が纏う雰囲気が出過ぎれば、この場の者はともかく、口だけのもやし参謀などは指導に困るであろうからな」

そう言うとオフレッサー大将は豪快に笑った。彼は陸戦の最前線で上げた武勲だけで大将という階級に上り詰めた方だ。安全な所から一方的な指示を出され、ご不快になられた経験がおありなのだろうか?

「オフレッサー大将、ありがとう。2人にも任官前に良い経験をさせる事が出来た。控室にお湯の準備がしてある。さっぱりしてから寛いでくれ。時間を取ってもらったお礼ではないが土産を用意してある。忘れずに持って帰ってくれ」

「伯には敵いませんな。新型の装甲服の開発予算を手配して頂いた事、このオフレッサー、装甲擲弾兵を代表してお礼申し上げます。では失礼いたします」

必ずしも礼儀作法に忠実なわけではないが、気持ちの良い礼をすると、会場から去っていった。なにやら台風が過ぎ去った後のような感覚があったが、ラインハルト様に視線を向けると、調子が戻られたようだ。顔色も良くなられている。
先ほどの伯とオフレッサー大将の会話は、アンネローゼ様にも聞こえるように話されていた。結果は散々なものだったが、面目は立てて頂いた形だ。これも伯が配慮された結果なのだろう。いつか伯が心配されなくても、私がいればご安心頂けるような日が来ればよいのだが......。

「ミューゼル卿、明日は御母上の月命日であろう?皇帝陛下から、グリューネワルト伯爵夫人と別邸でゆっくり偲ぶようにとのお言葉を頂いている。振り返りは別日にするので、この後はゆっくりするようにな。私個人の感想としては、それぞれの分野で帝国屈指の人物を相手に、ここまでよく敢闘したと思う。良くやってくれた」

そう言い残して、伯は今回の手合わせに参加された方々の方へ挨拶に向かわれた。戦術シミュレーターの振り返りは別日に設定されている。今日くらいは身体を休めても良いだろう。ラインハルト様とともに、アンネローゼ様のいらっしゃる見届け人の席へ歩みを進める。

「ラインハルト、ジーク。よく頑張ったわね。私が見届けるには刺激が強すぎた部分もありましたが、2人の鍛錬の成果を示す場だと聞かされていたから最後まで見届けました。2人とも本当によく頑張ったわね。別邸には料理の手配がしてあるから、今日は私の料理を楽しんでもらえれば嬉しいわ」

「ありがとうございます。姉上。今少し健闘できるかと思っておりましたが、至りませんでした。ただ、手合わせの相手は帝国でも屈指の方々です。前線に出ても後れを取るつもりはありませんし、これからもキルヒアイスと共に鍛錬を積みますのでご安心ください」

「ラインハルト様のおっしゃる通りです。私ももっとお支え出来るように励みますので、ご安心ください」

私たちが各々の決意を述べると、アンネローゼ様はすこし迷う素振りをされながら

「余計なことかもしれないけど、2人が戦場に行く限り、私が安心することは無いと思うの。それは良くして頂いているルントシュテット伯爵夫人やシュタイエルマルク伯爵夫人、そしてリューデリッツ伯爵夫人も同じだそうよ。
もちろん皆さまはそういう感じをお出しにならないけど、黙って耐えてらっしゃるの。任官してからお世話になる上官の皆さんにも、指揮することになる部下の方々にもそういう思いで帰りを待つ方がおられることを忘れないでほしいの。それでは別邸に参りましょう」

確かに最近は自分の事に精一杯で、心配しているであろう方々への意識がおろそかになっていたと思う。任官の前に、一度両親に顔を見せに行こうと思った。


宇宙歴791年 帝国歴482年 1月上旬
首都星オーディン 帝国ホテル 第一会議室
コルネリアス・ルッツ

「リューデリッツ伯が見込まれて後見人になられただけの事はあったな」

「うむ。初戦も伯が参謀役ならあそこまで押しまくることは出来なかったやもしれんな」

開始早々に全面攻勢を仕掛けて圧倒したファーレンハイト卿とビュッテンフェルト大尉が雑談しているのが聞こえる。この2人の攻勢をさばいて隙を見て反撃して押し返すというのは、余程防衛戦に練達した人材でなければ難しいだろう。そう言う意味では幼年学校の生徒が、かろうじてとは言え3波に渡る攻勢を、押し返したのだ。宝石の原石であることは十分に示したという所だろう。

「講師役としては悔しい光景だったな。もう少し形勢不利な状況でも落ちついて耐える事が出来れば、5波くらいまでは耐えられたやもしれんが、同じ土俵に乗ってしまった時点で、厳しい戦いだったな」

「うむ。そう言う意味では我らが相手取った第二戦は大したものだった。あの手この手で引っ掻き回すつもりだったが、見事に対応して見せたしな。ただ少しずつ戦力の消耗差が出る形になったから最後は押しきれたが......。講師役としては教え子の成長を喜ぶと同時に我らもおちおちしてはおれんといった所だろうな」

次戦の二人は、攻勢と守勢を織り交ぜながら、多彩な戦術を仕掛けた。もっと翻弄されるかと思ったが、『私は後見人だから』とミューゼル卿たちの傍に席を移すと、狙ってくるであろうことをつぶやきだした。それから見違えるように動きが良くなったように思う。何を仕掛けてくるか分かれば、十分対処が出来る。あとは意図を探る部分だが、こればかりは実戦経験を積むしかない。戦術シミュレーターを積み重ねても限界があるだろう。

「そういう意味では伯が参謀役になられた最終戦は、小官たちにとってはいささか不本意な展開だったな。正直な所、後方メインで軍歴を重ねられていたし、ここまで意図を見透かされるとは思わなかった。評価が下がってしまったのではないかと不安に思った位だ」

「伯の本質は事業家だからな。戦術とは突き詰めれば局地的な数的優位をどう作るかだ。その辺はむしろお得意なはずだ。私には教えて頂けなかったが、事業競合の潰し方やら、株の仕手戦のやり方やら、随分殺伐とした内容をオーベルシュタイン卿には仕込んだらしいからな。そう言う意味では周囲の目があって良かったかもしれんぞ?我々では思いもつかぬ禁じ手染みた事もやりかねんからな。あの方は......」

確かに良くわからぬ凄味のような者がリューデリッツ伯にはある。思わずワーレン大尉と顔を見合わせてしまった。禁じ手か、どんなものがあるだろうか......。

「今回は戦術シミュレーターでの手合わせだったからな。実戦では死に兵など使えんが、そう言う事もされそうではあるな。そんな事をしても実戦では使えん。ミューゼル卿の為にならんからされないであろうが」

「見届け人の立場からすると、卿らの戦術眼は観戦していて楽しかったし、それになんとか挑もうとする若人の頑張りは観ていて励みになる部分が多かった。この場を借りてお礼申し上げる」

見届け役をされていたメックリンガー中佐が、一旦雑談を区切るように感想を述べられた。

「この後の事だが、3戦分の分析を行い、自分の担当しなかった対戦の振り返りを、ミューゼル卿たちと行ってもらうことになっている。対戦分析は伯にも提出する事になっている。笑いながらではあったが、『一手、ご教授いただこう』などとおっしゃっていた。成果を上げても、それをきちんと報告書にして、上官に承認してもらって初めて功績となる。伯はあまり細かい事は言われないだろうが、最後まで手抜かりなく進めよう」

分析用のメモ帳や戦場図がまとまったファイルが配布されるが、一緒にリューデリッツ伯爵家の紋章入りの封筒が入っている。中身を見ると、それなりの額の紙幣が入っているのが見えた。

「伯は無料で何かを頼むのは嫌いなお方だからな。お返ししようとしても『君の時間には価値が無いのかい?』と言われて受け取らされるのがオチだ。有意義につかえば良い」

講師役をしているから慣れているのだろうか?ロイエンタール卿が手慣れた感じで内ポケットにしまい込んでいる。確かにお返しに上がった所でそんな事を言われれば、受け取らざるを得ないだろう。ならば、頂いた礼金分の成果をしっかりお返しするだけだ。用意されていた帝国ホテルのコーヒーが皆に回った所で、本格的に分析が始まった。若手の中でも優秀な連中との分析だ。楽しい時間になるに違いない。 
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