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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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78話:工作

宇宙歴790年 帝国歴481年 9月上旬
フェザーン自治領 自治領主公邸
アドリアン・ルビンスキー

「門閥貴族達に決起させる工作ですか。しかしながら軍部がここまで盤石な状態ではかなり難しい工作になるかもしれませんが......」

「なればこそ、リューデリッツ伯のお役に立てると証明した事になるのではないか。さすがに近々でという事ではない。少しずつ煽ってゆけば良いのだ。あの『貴族のおもちゃ作り』と同じ位の期間は見込んでいる。地球教とは別のラインで表沙汰にできない資金を流したりもしていたはずだ。その辺をうまく使えばできない事はあるまい?」

「確かに無理ではないと思いますが、少なくとも困難ではあります。資金は何とかなりますが、最後にひと押しする材料がありません。何か掴んでおられるのであれば、ご教授頂きたいのですが......」

俺の前任のワレンコフ氏から、自治領主府でも数人しか知らない秘匿回線を通じて連絡が入ったのが数日前。俺の将来に関する話がしたいと打診され、日時を調整してから、もしもの時の為に用意したセーフハウスから連絡を入れた。それなりの難題は覚悟していたが、帝国の軍部は本気で宇宙を統一する腹積もりのようだ。ガイエスブルク要塞の一件で、門閥貴族には確かに太いパイプを作ることは出来たが、威勢の良い言葉を垂れ流してはいるものの帝室に歯向かうとなれば彼ら自身の寄って立つ所を否定することになる。そんな材料があるのだろうか?

「そちらでも把握しているかもしれんが、皇太子殿下の余命は幾ばくも無い。皇孫子に立太孫されるかは不明だが、その実母はお付きのメイドで、下級貴族出身だ。本人の年齢も幼い。そう言えばブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家のご令嬢も皇帝陛下のお孫様であらせられるし、年齢も年上だったはずだ。その辺りから始めて見てはどうかな?」

「しかしながら、仮に皇孫子に立太孫されれば、いささか苦しい状況になるとも存じますが、その辺りは如何でしょう?」

立太孫さえされなければ何とかなりそうにも思うが、そちらの情報は無いのだろうか。縋るような目線を思わず向けてしまう。ワレンコフ氏は、自治領主だったころより血色もよくなり彼特有の人を惹きつける笑みを浮かべていた。

「ルビンスキー君、皇帝陛下は立太孫されるおつもりも、後継者を指名するお考えもないようだ。ただし、降嫁したとはいえ、皇族にあらせられるご夫人お二人と、陛下の孫にあたるご令嬢の安全は確保したいところだな。貴族にとっては血を残すことは大事なことだ。それとベーネミュンデ侯爵夫人とご皇女、ディートリンデ様を使うような策は止めたほうが良いだろうな。後見人が誰かは、確認するまでも無いと思うが......」

「その辺りは心得ております。ただ、注文が多いのも確かでしょう。やり遂げた暁の方も期待したいところですが......」

「楽しみにしておくことだ。少なくとも不可侵ではなくなった自治領の主などより、やりがいも影響力もある役割をとお考えになられている。君の志向にも合った仕事だ。それと、言うまでもないがこの件は、君が『信用』できるか試す、最初で最後の機会だと認識してほしい。実力は認めておられるが、今のままでは『信用』するのは難しいとのご判断だ。私は君の上昇志向はフェザーン自治領主候補に相応しいと思っていたが、自陣に招き入れるには不安と思われるのも致し方あるまい?」

その通りだろう。自治領主になるには周囲にそれを認めさせなければならなかった。言わば俺の下につく事を納得させなければならなかった。だが、誰かの下につくとなれば、当然それはマイナス評価になるだろう。外様になる訳だし、後継者も既に決まっている。だが、このまま軍門に降るのは、いささか素直すぎるのではないだろうか?

「それと、この役目は君が『信用』出来るかを試すものだ。役目を果たしても『信用』できないと判断されるようなことも控えておいた方が良いだろう。もっとも彼らを担いで勝負が出来ると思うなら、そうするのも良いだろう。ただしこれは『最初で最後の機会』だ。それだけは肝に銘じておいてくれ」

「それは伯のお言葉でしょうか?」

「そうだ。任せるなら実力に応じた役割を任せたいが、『信用』出来なければ大きな役割は任せられない。小さな役割なら、わざわざルビンスキーさんにお願いする必要がないだろうとのことだ。後任として問題に対処してもらったし、私は君の実力を分かっているつもりだ。どちらを選ぶかは君の判断だが、同じ陣営で一緒に働けることを願っている」

試験のような甘っちょろい物ではない。これは踏み絵だと思ったほうがよさそうだ。おそらく変に保険をかけるだけでも失格になるだろう。さすがにあの『野生児』どもと『保育園の責任者』たちに、自分の将来を賭けるなど土台無理な話だ。

「それと、ボルテック君には頼みたいことがあるから、例の証券会社へ出向させてほしい。補佐官の椅子が一つ空くから、君が可愛がっていたケッセルリンク氏だったか?彼を抜擢すればよいだろう。こちらからは以上だが、なにかそちらからはあるかね?」

「いえ、とくにはありません。ご期待に沿えるように励むとルビンスキーが申していたとお伝えいただければ幸いです」

おれが了承した旨を確認して、通信は終わった。一瞬身体が固まってしまったが、まさかルパートの事まですでに調べ上げているのだろうか......。明言されなかったからこそ、単なる好意なのか、警告なのか掴みかねるところだ。


宇宙歴790年 帝国歴481年 12月上旬
首都星オーディン 帝国ホテル 最上階特別室
フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト

「しかし、若手の有望株がかき集められた感じだな。リューデリッツ伯との会食は初めてではないが、通常は邸宅の方で行われるはずだ。帝国ホテルの特別室とは、何かお考えがあっての事なのだろうか?」

「お礼の先払いのつもりなのだろう。それに対戦前に、その相手が暮らしている邸宅に集まるわけにもゆくまい。ちなみに今日のコースはシェーンコップ卿がアレンジしたものだ。美味ではあるだろうが、あからさまではない遊び心みたいなものがあるはずだから、その辺に留意するようにな。まあ、ミッターマイヤーは楽しく味わえば良いと思うが」

同期のロイエンタールとひとつ後輩のミッターマイヤーの雑談を聞きながら、主催者である伯の到着を待っていた。開始予定にまだ間があるが、万が一にも遅れるわけにはいかない。予定の1時間前にはロビーについていたが、おそらく伯のご配慮だろう。『ビッテンフェルト様ですね?こちらへ』と、帝国ホテルの支配人に声をかけられ、この最上階の特別室へ通された。同じ心境だったのだろう。45分前には、主催者を除いて参加者が揃っていた。

「ビッテンフェルト大尉、あまり硬くならぬことだ。最近ではメルカッツ提督にもお褒め頂くことが増えている。伯は礼儀作法にもうるさくは無い方だ。気楽に楽しめば良いのだから......」

隣に座るファーレンハイト卿が気遣う様子で声をかけてくる。緊張はしていないつもりだが、硬くなっているように見えるのだろうか?それはそれで困る。上官として何かとご配慮をして頂いたリューデリッツ伯に、ビッテンフェルトはちゃんと成長していると、安心して頂く予定であったのに......。

「ファーレンハイト卿、心配をかけてすまない。伯には色々と気遣って頂いたのでな。ちゃんと励んでいるとご安心頂きたいと思っていたのだが、それが空回りしておるのやもしれぬ」

備えられていたデキャンタを手に取り、冷水をグラスに注いて飲み干す。少しは落ち着けただろうか?だが同じような心境の参加者が俺以外にもいたようだ。ルッツ大尉とワーレン大尉がデキャンタの置かれていた一角に歩み寄り、冷水を注いで飲み干した。俺の視線に気づいたのだろう。少し苦笑しながら

「伯と会食する場には、ルントシュテット伯爵家のディートハルト殿がいつも同席されていたからな。少し緊張しているかもしれん」

ルッツ大尉が恥ずかしそうにしながら心境を話すと、同意するようにワーレン大尉がうなずいた。緊張しているのは俺だけではなかったらしい。それが解ると少し落ちついた。士官学校の関係者なら生きた伝説で軍の重鎮、陛下とも親しい。間違って不興を買えば軍人としての栄達は断たれる。そんな方に見込まれて抜擢されれば、確かにチャンスだろうが、しくじればどうなることか......。と思わない人間などいないはずだ。むしろしれっと佇んでいるロイエンタール卿の方が異常なのだ。そう思うと落ち着けるような気がした。

そうこうしているうちに、前触れが伯の到着の知らせをもたらし、主催者が入室してくる。皆が敬礼をするが、伯の敬礼が異様にサマになるのを失念していた。無様な敬礼と映ってはいないだろうか?そんな事を心配していたが、

「堅苦しいのは抜きにしよう。むしろ私も出世したものだ。未来の艦隊司令官候補が集まってくれたのだからな。まずはコースを楽しんでくれ。私は途中でお暇するが、支払いは私が持つという話を支配人ともしている。お願い事を聞いてくれた感謝の気持ちだ。まあ、私の財布が空にならない程度に配慮してくれれば助かる。では、乾杯」

伯がグラスを掲げるのに合わせて、皆が乾杯と言いながらグラスを交わしあう。帝国ホテルのすべての年代物のワインを開けても。伯の財布が空になることは無い。支払いは持つから好きにやれという時に伯が良く言われる言葉だ。参加者はそれを知っていたのだろう、皆、嬉し気な雰囲気だ。

「前菜が来る前に、本題をすましておこう。来年の手合わせについてだが、初戦はファーレンハイト卿とビッテンフェルト大尉、次戦はロイエンタール卿とミッターマイヤー中尉、最終戦はルッツ大尉とワーレン大尉にお願いしたいと思っている。初戦は口を出さないが、次戦には私なりに意図をこぼすつもりだし、最終戦では私が参謀役をするつもりだ。
そもそもこのメンバーに勝てるなら、佐官待遇をせねばならんし、学んで欲しいのは我慢する事だ。初戦では攻勢で押しきってもらい、次戦で戦術の深淵を感じさせ、最終戦で敢闘させる感じだな。塩梅はこちらで調整するから、諸君は戦術シミュレーターでキッチリ実力を示してくれれば問題ないだろう」

自然とファーレンハイト卿と視線が重なる。周囲に目線を向けると他の面々もタッグを組む相手と目線を交わしていた。お互い知らぬ仲ではないし、年末年始にすり合わせを行う時間もある。準備期間は十分だろう。

「伯、シュミレーターは最新のものを当日はご用意されるとのことでしたが、出来れば数回は事前に試しておきたいのですが、ご配慮をお願いしてよろしいでしょうか?」

「もちろんだ、一週間、こちらの大会議室と控室として数部屋借り受ける手筈になっている。そちらの手配はメックリンガー中佐が受け持っているので、詳細は別途確認しておいてほしい」

その辺りは、お変わりないようだ。伯の下で副官の真似事をしていた際は、結果を求められることが多かったが、それなりの結果が出せるように環境が整えられていた。当初は目の前の事に精一杯で、気づかなかったが、メルカッツ提督の下に異動してみて気づいた事だ。俺も士官として指示を出す側だ。拙いなりに部下が結果を出しやすいように配慮を心がけている。
伯はコース料理のサラダまでは同席されたが。『後は若者たちで楽しんでくれ』と言い残して、会場を後にされた。年齢も近い連中が揃っていたし、とても楽しい会食になった。帰宅用のハイヤーが手配されていたのにも驚いたが、後から聞くと、酒を過ごした者が出たときの為に、数部屋押さえてあったらしい。ファーレンハイト卿の助言が無ければ、そちらに厄介になったやもしれぬ。今少し自制心を養わねばなるまい。 
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