緑の楽園
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第六章
第58話 法則
ミクトラン城を出発して地下都市への行軍が始まってから、四日目を迎えていた。
ひたすら川沿いを歩いている。
標高が上がってきているせいか、初夏なのに風が少し冷たく感じる。
「陛下、このあたりで一度休憩をはさみましょう」
参謀ヤマモトが国王に声をかけた。
「そうだなヤマモト。リクの顔がだらしなくなってきたから、そろそろよいタイミングだ」
「……いちいち俺を出さないでくださると嬉しいです」
「お前がわかりやすいのが悪い」
国王がニヤニヤ笑いながら、わき腹を突っついてくる。
ホントこの人は変わらない。
休憩に入ると、俺はすぐにレンのところへ向かった。
彼は河原の大きめの石に座り、一人で休んでいた。彼の師匠である歴史学者は、少し離れたところで馬の世話をしているようだ。
「神様仏様レン様。ちょっと相談したいことが」
今回の休憩時間で、彼に大切な相談をしようと決めていた。
俺だけではなく、タケルも同伴だ。
「ボク、そんな長い名前じゃないけど……」
「これは俺の時代での最高級の敬称なんだ」
「ホント? 怪しいなあ」
「いちおう本当だ……。少し重たい相談なんだけど、いま大丈夫か?」
「うん。相談には乗れると思うよ」
重たい相談と言ったのだが、彼は即答した。
「なんだか、相談したいことが全部わかってそうな感じだな」
「だいたいはね……。地下都市を攻めるにあたって、どうやったら両軍の被害を少なくできるか、でしょ?」
「カイルか神さまあたりに聞いてたのかな? まあ、その通りだ。
ずっと考えているんだが、あまりいいアイディアが出なくてさ。参謀の二人と何度か打ち合わせをしたけど、やっぱり難しくて詰まってしまっている。よければレンの頭を借りたい」
彼は、考えるそぶりは見せなかった。
その代わりに俺の目をじっと見つめてくる。
なんとなく、目の奥を見ることでこちらの覚悟を量られている気がしてしまう。
少し、怖かったりする。
「……ボクもリク兄ちゃんが悩んでたのは知ってたから、少し考えてたんだよね」
「そうなんだ? 何か思いついたり?」
「うん。いちおうね」
俺の見えない何かが、彼には見えているかもしれない。
ぜひ聞かせてくれ――説明を促した。
「この前の会談では、地下都市の偉い人も出てきてたんでしょ?」
「ああ、出てきていた。そうだろ? タケル」
「はい。オサダという男は上層部の一人です」
「それでも話が通じなかった、というか話をすることができなかった。そういうことになるよね?」
「自爆されたわけだから、そうなるな。最初から話し合うつもりなんてなかったことになる」
「そうなるとさ、もう総裁に会うしかないのかもね。総裁に会って、話して、それで話が通じるようであればよし、通じないようであればダメ。そう結論を出してもいいのかもしれないよ」
「……!」
隣のタケルを見ると、その発想に驚いているようだ。
だが、俺としてもそれしかない気はしていた。
「総裁に会う、か……。まあ、そうだよな」
一般には、双方の被害を出さずに終戦に持ち込むための定番戦法として、「兵糧攻め」が知られている。
ところが、地下都市は食料やエネルギーを自給できるために、今回の作戦においては無意味である。逆にこちらの食料が尽きて、撤退に追い込まれることになる。
やはり、被害をなるべく出さないということを考えた場合、選択肢としては「話す」以外の方法はないと思う。
ただ、上層部でも自爆するような組織だ。誰が出てきたとしても話し合ってもらえる気がしない。
ということは。
話し合う相手としては、もう総裁本人をおいて他はありえないことになる。
しかし、だ。
「俺もそこまでは頭の中でたどり着いているんだ。だけど、どうやってそのステージまでいくかが全然イメージできないというか……。地下都市の外に総裁を引きずり出すのは、とても無理なんじゃないかと思うんだが」
そう言って横のタケルに視線を向け、発言を促す。
「僕も無理だと思います。基本的に外に出ないどころか、執務室などいくつかの部屋から出ることがなく、僕自身も総裁の姿を一度しか見たことがありません。呼びかけたところで、出てくる可能性はゼロでしょう」
「うん、外に引きずり出すのは無理なんだろうね。仲介役もいないだろうし」
「じゃあ、どうすればいいんだ……」
「もし会いたいなら、突入して会いに行くしかないよ」
レンはさらりと答えた。
「いや、それは無理だろ。『組織』は地下都市に籠城するだろうから、大虐殺ショーの後でないと、一番奥にいる総裁には会えないと思うぞ?」
しかし、続いて彼の口から放たれたのは、俺の想像もつかないような予想だった。
「たぶん、最初は籠城しないよ。戦闘員だけ外に出てきて、野戦になると思う」
そんな馬鹿な、と思った。
タケルも横で「え?」というような顔をしている。
「まさか。タケルの話では、戦闘要員は千人もいないらしいぞ。打って出てくるとは思えないんだが」
「僕も出てくるとは思えないです」
しかしレンは再度言った。
「いや、たぶん出てくるよ」
「ずいぶん自信がありそうだな。なんでだ?」
「少し思うところがあって」
「……?」
「ボクとボクの先生で、クロさんとリク兄ちゃんの軌跡を書いてるのは知ってるでしょ? それでちょっと気になったことがあったんだ」
「気づいたこと?」
「うん。地下都市のやり方って、ちょっと変な傾向があると思う」
「変な傾向……?」
思わず、俺とタケルは顔を見合わせてしまった。
「うん。特に、地下都市にとってシナリオが崩れたポイント――リク兄ちゃんが遺跡に行ったあたりだね。あの辺からの地下都市の動きが参考になると思うんだ。ひたすら行き当たりばったりなことをしてきてる気がしない?」
それは大いにうなずける話だと思った。
真っ先に思い当たるのは、意味が薄れてきているはずの「国王暗殺」未遂を繰り返してきたことだろう。
遺跡発掘再開のときはともかくとして、神降臨パーティの場やミクトラン城での会談の場での暗殺未遂については、無意味としか思えなかった。成功したとしても地下都市の寿命がわずかに伸びるだけで、リスクを冒してまでやることではなかったはずだ。
ひょっとして、地下都市の執行部はあまり頭がよくないのではないか――そう思ったこともある。
それくらい、戦略的にはレベルが低い作戦を展開してきていたと思う。
「そんな気はする。こんなことして何の意味があるんだろう、と思ってた」
「だよね。どうもさ、方策を採用するにあたって、『地下都市の未来』とか『住民の未来』とか、そういう大きな考え方がないような気がするんだよね。
とにかく目先の延命だけを考えているような、『打てる手段があるなら入れ込んでいけ』っていう破れかぶれな印象があるよ」
「それもお前の言うとおりだと思う。なんかこう、ヤケクソ臭があるんだよな」
「だからさ、たぶん、こっちの軍が地下都市近くまで行けば、向こうは『とりあえず』ということで、打って出てくるよ」
「なるほど。それって、単なる籠城よりも、まずその前に野戦というアクションが挟めるじゃないか、ということだな?」
「うん。意味はなくても、そのほうがコマ数が伸びるからね。そうしてくるはず」
もし実際にそうしてくるなら、本当に酷いなと思う。人命を重視するという考えがまったくないことになる。
まあ、ないから自爆を命じたりできるんだろうけど。
彼は「しかも――」と続ける。
「ボクのカンが正しければ、野戦でにらみ合う状態になったら、こちらが動かないと向こうもそのまま動かないかもしれない」
「……。それって。出てきたはいいけど、『自分たちから攻めても戦力的に勝てないから、そのまま時間稼ぎを』という展開になるということか」
「うん。そういうことだね。自爆してくる可能性ももちろんあるけど、その場合でも一気じゃなくて、少しずつになるんじゃないかな。対処はできそうな気がするよ」
ふむ……。
少しこちらに都合のよすぎる予想にも思える。だがレンの考察しているように、今まで地下都市側が行き当たりばったりな策を取り続けてきているのも事実だ。
もしそのような展開になって、地下都市から戦闘員をおびき出して釘づけにすることができれば……。その隙に地下都市へ潜り込むこともできるかもしれない。
これは、ワンチャンスあるのか?
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