緑の楽園
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第五章
第49.5話 道中
首都を出発した総勢一万五千人の軍。
現在は、首都からのびる街道を歩いている最中である。
会談予定の城は、地図を見せてもらったところ、俺の時代でいうところの群馬県前橋市のあたりにあることになっていた。
首都からはかなり遠いため、途中七か所の拠点に宿泊していく予定になっている。
天候は穏やかだ。顔に感じる初夏の風は、自分の時代よりはより温かく、より優しく感じる。
おそらくこの時代は、平均気温が少し高いのだろう。冬は雪が一度も降っていなかったし、孤児院の庭も高麗芝ではなく亜熱帯の芝草で覆われていた。
もう首都からはかなり離れているので、基本的に街道の両脇には建物がない。
馬に乗っていると、街道のすぐ外は草原、さらに奥には森が広がっていることがよくわかる。
「リク。馬はどうだ?」
同じく馬に乗って隣を進んでいた国王が、話しかけてきた。
「んー、そうですね。歩くときにそこまで激しい音はしないんですね」
「なんだその感想は……」
「俺の時代の漫画や小説とかでは、『パッカパッカ』という大きな音がすることになっていたので」
「お前、さては元の時代でも馬に乗ったことがなかったな?」
国王はそう言って少年の顔で笑うと、馬を横に近づけてきて、俺のわき腹をつついてくる。
俺が今乗っている馬は、タケル捕縛後に、褒美というかたちで国王から貰ったものだ。
にわか仕込みの乗馬技術であるため、細かい動きなどはできない。万一戦闘になることがあれば、降りて戦うことになると思う。
わざわざ自分から降りるのはいかがなものかと思うが、技術がないものは仕方ない。
ちなみに、国王は乗馬歴が長い。女将軍情報では、馬が体の一部になっているかのようにスムーズに操れるらしい。うらやましい。
手綱を握る俺の体の前には、クロが乗っている。
下を歩くと馬に踏まれるリスクがあり危険なので、俺と同じ馬に二人乗りをしているのだ。犬専用の鞍は、カナとその師匠にあたる人物に急遽作ってもらった。
俺がくすぐったくて動いているので、イレギュラーな揺れがクロにも伝わっている。しかしクロは特に気にしている様子はなかった。
「あの、陛下。くすぐったいんですが」
「どうせお前また緊張しているのだろう? 今から緊張していると身が持たないゆえ、余が解してやろうというのだ。喜べ」
「はあ。そりゃまあ、少しは緊張はしてますよ? 責任重大ですから。失敗したら力攻め確定、こちらにも被害が出るでしょうし、攻め落とせたとしても地下都市二万人は虐殺することになりますもん」
国王の手が止まり、ハッとした表情になった。
「その場合、もうお前を戦には連れて行かないという約束をしたのに、破ってしまうことになるな」
「気になさらず。交渉がまとまれば破ったことにはならないですし。まずは話し合いを頑張りましょう」
「……ああ、そうだな。頑張ろう」
交渉にあたる予定のメンバーには、俺も入っている。
地下都市側から見れば、俺だけが人間の定義にあてはまっているため、交渉団に入らざるを得ない。他の人間に対しては、きっと一段下に見てくるのだろうから。
参謀や将軍からは、「お前がキーマンになるだろう。頑張ってくれ」と言われている。
「まあ、お前も余との約束を過去に破っているのだから、万一余が破るようなことになっても怒らないでもらえると嬉しい」
「え? 俺、約束破りましたっけ?」
「やはり忘れていたのか……どうりでいつまでも果たされなかったわけだ」
国王と約束をしたのに履行していない。そんなことがあっただろうか?
そんなことは……。
……あ。
あったかもしれない。
思い出してしまった。
砦の戦いのとき、無事に帰ってきたらまた肩車を、というようなことを国王から言われた気がする。
「すみません思い出しました。肩車の件ですよね。すっかり忘れてました」
「フン。もういい」
国王は首を振って進行方向を向いた。
「そんな子供みたいな拗ね方されましても」
「余は子供だ。十二歳だぞ」
「都合のいいときだけ子供であることをアピールしないでください……」
手枷を付けたまま前を歩いていたタケルが、振り返って微笑みながら「仲いいですね」と言う。少し違うと思う。
国王が拗ねたままなので、俺は一つ提案をすることにした。
「じゃあ今夜やりに行きますから。それで勘弁してください」
「……忘れるなよ」
今夜については、まもなく到着する城で宿泊することになっている。
道中七か所を予定している宿泊場所のうち、一つ目ということになる。
あまり大きな城ではないそうだが、城の敷地内の兵舎のほか、城下町の施設などもフル稼働で使い、それでも足りない分は仮設テントを用意してもらうとのこと。
***
城下町は、大きく空堀と塁で囲まれていた。
町の重要な施設や、重要な農地はすべてその内側に入れられている。
以前に小田原城に行ったことがあったので覚えていたが、町ごと囲ってしまう「総構え」というものだと思う。
俺のいた時代と違い、町から外れれば、もうそこは普通の人間の世界ではない。猛獣や野犬、野盗などから町を守らなければならないのだ。
総構えの門の近くまでやって来ると、領主が部下と思しき人間たちを連れて、門の前まで迎えに来ていた。
領主は、腰の低い壮年の男性だった。
「ようこそお出で下さいました、国王陛下。我々一同、陛下と軍の皆様を歓迎いたします」
「わざわざの出迎えご苦労だ。本日は迷惑をかけるがよろしく頼むぞ」
城まで案内された。
兵士たちはここの城の関係者の案内により、それぞれの宿泊予定場所に向かう。
***
国王はその日の夜、領主とその部下一同との宴会に呼ばれていたらしい。用事がすべて済み、寝る部屋に入ったという情報は、ずいぶんと遅い時間にこちらの元に届いた。
クロとともに、国王のもとへ向かう。
「陛下、来ましたよ」
「うむ。頼むぞ」
国王が寝る予定の部屋に入った。
城がコンパクトなこともあるが、割と小ぶりな部屋だ。
「確か法衣は脱いだほうがよかったのだったな?」
「そうですね、それ着たままだと跨げないと思いますので。脱いで足を広げて立ってください」
国王が言うとおりにする。
「後ろに倒れないように気を付けてくださいね」
「わかった」
俺はかがんで頭を差し込むと、国王の両足を掴み、合図をしてから持ち上げた。
そして部屋をぐるぐる回る。
「うむ。やはり気持ちがよいな」
「それはよかったです……が、さっきから俺の頭をクシャクシャしているのは何か意味あるんですか」
「お前の頭が手元にあるからだ」
「……」
その回答は理解不能すぎてスルーするしかなかったが、楽しそうな感じは、頭を触られている手からよく伝わってくる。
国王はついさっきまで、この城の偉い人たちと宴会をしていた。それに加え、ここまでの行軍の疲れもあるはず。
なのにくたびれ果てた様子もないし、たいしたものだと思う。
「お前の考えていることを当ててやる」
「?」
「宴会をやってきたのにずいぶん元気だな、と思っているのだろう」
「前にも同じような状況で頭の中を当てられた気がしますけど。なんでわかるんですかね」
「お前の性格はだいたいわかっているからな」
「単純で悪かったですね……。でも本当にすごいと思っていますよ。よく気力体力が持つなあと」
クシャクシャしている手が止まる。
動きがなくなると、その小さな手の温かさがよく伝わってきた。触られた場所から頭全体にジワッと広がるような、心地よい温かさだった。
「宴会は楽しいし、余にとってはそこまで疲れることではない……。それに、勉強は大切だと思っているからな。仮に疲れていたとしても断ることはないだろう」
「勉強?」
「ああ、地方に行ったときの宴会は、その地方のことを勉強するよい機会だと考えている。皆いろいろ喋ってくれるぞ? 地方行政に関することはもちろんだが、この時期この地方では何が綺麗だとか、何が美味しいとか、今何が流行っているだとか……。そのようなことは、本だけではなかなか勉強できない」
そこまで言うと、今度は頭をポカポカと叩いてきた。
「そう言えばお前、元の時代では勉強があまり好きでなかったのだろう?」
「あまりどころか、大嫌いでしたよ」
「それはもったいないぞ? 知識がないと面白く思えないものがこの世にたくさんあるだろうに」
「そうなんですかね?」
「そうだ。景色一つにしてもそうだろう。同じ景色を見ても、勉強している者とそうでない者では、見えることや感じられることが違う。勉強している者が見ると面白く感じるモノが、勉強していない者にはつまらなく感じてしまうということもあるわけだ。
面白いと感じるモノが多いほうが、生きていて楽しいのではないか?」
「……アナタ、ほんとに十二歳ですか」
老人の説教のような言葉に、思わず突っ込んでしまった。
だが国王が勉強好きなのは、普段の姿を見ていてもすぐにわかる。
最近は春先の繁忙期を抜けて少し余裕が出てきたそうなのだが、仕事が終わったあとも、毎日夜遅くまで灯りを付けて勉強していたようだった。
「よし。もうよいぞ。ありがとう」
「どういたしまして」
国王を降ろすためにしゃがむ。
降りる際に、また頭をポカリと叩いてきた。なんでや。
しかし、これでめでたく履行されていなかった約束も無事に果たされた。
おやすみなさいの挨拶をして、部屋を後にしよう――そう思ったのだが。
「今日は、お前もクロもここで寝るようにな」
……。
「いや、そういうわけにも」
「カイルとタケルには、今日リクとクロを借りると伝えてある」
「……そりゃまた段取りがよろしいようで」
***
高さはないが幅広のベッド。そこに入ると、すぐさまくっつかれてしまった。
「あの、あまりくっつかないほうが」
「かまわぬ」
「俺がかまうんです。あと胸筋触るのは禁止でお願いします」
「それもかまわぬ」
「だーかーらー」
ダメだ。カイルと人種が一緒だ。言っても無駄系である。
「クロよ。お前も来るのだ」
国王の言葉の意味がなんとなくわかったのだろう。クロは、俺が呼ぶ前にベッドまで来た。
「……リク、よいのか?」
「ハイ。国のいっちばん偉ーい人がいいと言ってます。ありがたくあがってください」
投げやりにそう言ったら、また国王に頭をポカリと叩かれた。
クロが飛び乗ると、ベッドはほんのり揺れた。
壊れそうな気配はまったくない。二人と一匹を支えられるだけの、しっかりとした造りになっているようだ。
クロは、俺と国王の足元あたりで、控えめに丸くなるようにして横になった。
「リク」
「はい」
「さっき、神から言われたぞ……。リクがいつまでもいてくれると思わないほうがいい、と」
「へえ、そんな話を。でも、それは前にも言いましたが、そのとおりなんでしょうね。地下都市の件が片付いたら、俺はこの時代からいなくなると思います」
「なんとか阻止したい」
「またそんなことを。俺はもともとこの時代にはいなかったんですよ? もともといなかった人間がいなくなるんですから、なんの問題もないはずじゃないですか」
「お前はわかっておらぬ。ならば最初から来なければよかったのだ。来た挙句帰るとは何事だ」
「意味が全然わかりません」
「バーカ」
「……あの。国王が国民に『バーカ』というのはどうなんですかね」
「都合のいいときだけ国民であることをアピールするな」
……。
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