緑の楽園
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第四章
間話 国王、平和への願い
「戦争がない世の中というのは、実現可能なのだろうか」
国王がそう質問すると、神は手に持っていた立食用の取り皿をテーブルに置き、
「一番最後にずいぶんと大きな質問を持ってきたな」
と、かすかに苦笑いを浮かべた。
「お前の言う戦争というのは、国と国との戦争ということでよいのか」
「そうだ」
「ふむ……」
神が両手を組む。
「こういうのは、神であっても答えづらい質問だったりするのか?」
「答えづらくはない。が、なぜそのようなことを聞くのかについては気になる」
神の使用している体は長身のため、まだ子供である国王よりも遥かに背が高い。よって、神は国王をかなり見下ろすようなかたちとなる。
しかし国王には、神の表情はとても穏やかで、そして朴訥に映った。見下されているという雰囲気を感じることはまったくなかった。
「一か月ほど前なのだが、リクが拳銃なるもので殺されかけた」
「そうらしいな」
「リクは神が遣わした古代人と聞いているが、余にとって大切な人間であり、悲しい思いをした。あのときリクを亡くしていたら、余は耐えられなかっただろう」
国王は、三歳の頃に同様の手口で父親を亡くしているが、まだ物心つく前の話である。
事件の記憶はあり、その当時のショックや喪失感は相当なものだった。だが、さすがに三歳では、死について真剣に考えるということはない。
国王にとっては事実上、リクが撃たれた事件が、身近な存在が奪われかけた初めての経験だったのである。
「ふと、思ったのだ。余は先日初めて戦争に参加し、そこで敵味方に多くの死傷者が出たのを見た。きっとその一人一人には、余と同じく、大切に思っている人、大切に思ってくれている人がいたに違いないのだろうと」
「……なるほど。戦争がなくなれば、悲しい思いをする人間を減らせるのではないか――そういうことか」
「その通りだ。実現可能なのか、神の見解を聞きたい」
国王は、期待と不安の両方が混じった顔で、神を見つめた。
神降臨から一週間。祝賀パーティが城の中庭で開催されていた。
全体への挨拶が終わった後、国王は神のいるテーブルに向かった。
向かう途中に、爺からノートとペンを受け取った。事前に頼んで用意させたものである。
国王にとっては、待望の時間だった。
毎年この時期は忙しい。ここ最近、朝から晩まで予定が詰まっている日が続いており、夜遅くまでフリーになる時間がなかった。
よって神降臨後も、二人でじっくり話す機会を今まで作ることができなかったのだ。
やっと相談ができる――国王の表情は、遠足に行く子供のように嬉々としていた。
テーブルについた国王は、さっそく話をしようとした。
が、神の手に料理がないことが気になった。遠慮しているのかと思い、食べるよう勧めた。
すると。
神はまわりの出席者を見渡した後、「勝手に皿に取って食べてよいのか?」と聞いてきた。どうやら、立食形式の食事会について、その流れやマナーを何も知らなかったようだ。
国王と神との会話は、その説明から始まることになった。
――そういえば、リクが言っていたな。
国王は思い出した。リクが「神は常識がないから、このような場では心配だ」などと言っていたことを。
なるほど、心配していたことはこういうことだったのか、と思った。
立食パーティについての説明が終わると、並んでいる料理についての話や、会場になっているこの城の庭についての話など、世間話を少しだけした。
世間話をすると、すぐにわかった。
立食形式の食事会を知らなかったことも含め、人間に関しての神の知識は、細かなところで抜けている部分が多々あった。
しかし、それがおかしいことだとは思わなかった。
国王も国のトップだが、末端の組織や担当者がどのような仕事をしているのか、隅々まで把握しているわけではない。とてもそこまでは見きれないからだ。
神だってきっとそうなのだろう、と思った。神は人間の上にいる存在ではあるが、人間のことをいちいち細かいところまで見ることはできない。当然、こんな食事会のルールなど知る由もないのだ、と。
国王は雰囲気が整うと、溜めていた相談事項を一つずつ神にぶつけた。
国政に関することや外交に関すること、遺跡発掘に関することなどについて、アドバイスを求めていった。
神は国王の質問に、一つずつ丁寧に答えた。
文明崩壊よりも前のいろいろな時代を引合いに出し、それぞれの時代ではどのようなやり方をしていたのか、そして今の時代でも参考になるポイントはどの部分なのか、そのようなことを、わかりやすく説明していった。
さすがだ――国王は感心した。
神は、城の中にいる誰よりも、大きな視点からモノを捉えているようだった。
長い間人の世界を見続け、誰よりも歴史を知っている。だからこそ持てる視野の広さだろう。神の話から、国王はそう考えた。
楽しい時間は過ぎるのが速い。あっという間に時間が流れていった。
パーティにはたくさんの出席者がいる。神に挨拶をしておきたい要人は、いくらでもいることだろう。
あまり神を長い時間占領するわけにはいかないと思い、国王は質問を次で終わりにすることにした。
「最後に、せっかくの機会なので是非聞きたいことがある」
そう前置きすると、国王は最後の質問を神にぶつけた。
神は少しだけ考えた後、目を開き、腕組みを解いた。
「はっきりと答えるがよいか?」
「もちろんだ。言ってくれ」
国王は神を見上げたまま一歩詰め寄り、ストレートな回答を促した。
「〝お前が生きている間に〟この世界から国同士の戦争をなくすことは、不可能だ」
やはりそうなのか――。
神の答えに、国王は落胆を隠せなかった。
「……そうか。理由を聞いても構わないか?」
「そうだな。まずは、なぜ争いが生まれるのかという本質的なところから話をしようか」
「よろしく頼む」
「人間はグループを作り、定住する生き物だ。たとえ農耕で生きていようが、狩猟で生きていようが、それは変わらない。
そして定住する以上、そこには必ず利権が発生する。利権が発生すれば、やがてどうしても他のグループとの争いが発生することになる。
つまり、人間はもともと、争いとは無縁でいられない生き物ということになる」
国王は、手ではメモを取りながら、同時に頭の中にも神の話を映像化し、理解を進めていく。
「そして、文明のレベルが上がっていくにしたがい、グループもより大きなものとなっていく。広い範囲を支配できるようになるわけだな。そうなると、戦いのスケールも大きくなっていく。
小さなグループ単位だった戦争は、集落同士の戦争となっていき、集落同士の戦争は、都市同士の戦争になっていく。そして都市同士の戦争は、地方同士の戦争へ、さらには国同士の戦争と、より大きな単位で戦争することが可能になっていく。
現在は、国同士の戦争がおこなわれるフェーズに相当している。その運命から逃れる術はない」
戦争することが可能……。
いや、可能ということは、別にやらなくてもよいはず――国王はそう思った。
「いま神は『可能』という表現を使われたが……。可能ということは『やらない』という選択肢を取ることもできると思うのだが」
「いや、現状では難しい。それは過去の歴史において『戦争が無かった時代が存在しない』という事実が、そのまま証明となっている。そして現在も各国が戦争をおこなっているのは、お前も知るとおりだ。
仮に『全世界の人間の記憶を消し、ゼロからやり直す』ということをしたとしても、また戦争は発生してくることになる。何度繰り返したとしても同じだ。戦争の発生、そして戦争の発展、それも文明の発展の一部なのだ。その文明のステージに合った戦争は必ず発生する。
現に、リクの時代より後に一度文明が崩壊し、国同士の戦争はその瞬間だけなくなったが、文明のレベルが再び上がってくると国同士の戦争は復活している。
お前は『可能だがやらない』という選択肢もあると言ったな? 確かにそのとおりだが、残念ながらこの時代の指導者は、そのような考えを持つことができないのだ。
お前がいくら非戦を唱えようとも、他の国の指導者が異なる考えを持っていれば戦争は止められない。戦争は片方の意思だけでも発生してしまう」
神の言い方は容赦ない。
が、長く歴史を見続けた神がそう言うのであれば、残念ながら間違いはないのだろうと国王は思った。
やはりダメなのだ。
「そうか。では余が『戦争なんてなければよい』と考えるのは、無意味なのか……」
半分愚痴のように、国王の口からこぼれ出た。
しかし神はそれに対し、意外な答えを返した。
「いや、無意味ではない」
国王は混乱した。
「無意味ではない? どういうことだ?」
「わたしが言ったのは、今の時代では無理だということだけだ。
……そうだな。お前は『戦争ができるので、戦争する』と、『戦争をしようと思えばできるが、戦争しようと思わない』、この二つの考えは、どちらがよりレベルの高い文明の考え方だと思う?」
その神の問いに対し、国王は「後者だと思う」と即答した。
それを聞いた神は、ほんのわずかに口角を持ち上げた。
「そのとおりだ。後者の考えが文明としてより成熟していることは、おそらく間違いないだろう。
つまりお前は、現在の世界のどの指導者よりも、遥かに進んだ考えを持っていることになる」
「……」
「お前は頭がよく、そして優しさがある。それゆえに、現在の文明レベルにあっても、人道的な観点から、遥か未来の指導者が持つような考えにたどり着くことができた。
せっかくレベルの高い考えを持つことができたのに、周りに合わないからと、わざわざ自分のレベルを下げるのか? わたしの目にはそれは下策に感じる。そのレベルの高い考えを大切にし、周りのレベルが上がってこられるよう努力することが、お前のあるべき姿だ」
「……しかし、余がそう思ったところで戦争はなくならぬのだろう? 余が思うだけで、何も変わらない、何も変えられないのでは、無意味と同じではないか」
神の言葉が矛盾しているようにも感じ、国王はそう言った。
しかし、神はそれに対しても「そんなことはない」と断言し、続けた。
「お前が今『戦争はないほうがよい』と思い、そのために努力をすることで、ずっと未来の人間――お前の子孫たちが、戦争をなくすことにつながる」
「余が思うことで……子孫たちが……」
「そうだ。人間は、思いがそのときには叶わずとも、次代にそれ伝え、託すことができる。それが人間という生物の特長でもある。お前が今思わなければ、未来の子孫にお前の考えが伝わらない。
よって、今お前が思うことが、未来を変えることになるのだ。だから決して無意味などではない」
その神の言葉は、国王に強い衝撃を与えていた。
そして同時に、体中が希望で満ちてくるような、そんな感覚をおぼえていた。
「そうか……無意味ではないのだな」
水を得た魚のように元気を取り戻した表情で、国王は神を見上げる。
神の輝く銀髪のバックには、きれいな青空が広がっていた。
国王は体全体を使って精一杯の礼を述べ、そしてテーブルから離れていった。
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