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緑の楽園

作者:どっぐす
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第四章
  第45話 松代大本営

 タケルの話が終わり、会議室から国王、参謀たち、将軍たちが退室していく。
 俺は一番下座に座っていたので、退室する人はみんな俺のすぐ近くを通っていった。

 国王は通り過ぎるときに、俺の頭をポンと叩いて退室した。割とよくあることだ。
 女将軍は俺の肩に手を置き、「また頼むぞ」と言って去っていった。頼まれたくないが、言っても無駄なようなので突っ込まなかった。
 ランバート将軍は笑いながら、「ご苦労さん」と俺の肩を乱暴に揉んで帰っていった。揉み方が豪快過ぎて痛かった。

 足元を見る。
 クロが座ったままだ。俺の視線に気づいたのか、こちらを見上げてくる。

「クロ、会議は退屈だろ? いつも付き合わせて悪いな」
「気にするな」

 打ち合わせが終わるまで、そのあたりを散歩してくれていても構わなかった。なのに本人が「心配なので近くにいる」と言って聞かない。
 気持ちは嬉しいのだが、あまり気を張り過ぎていると疲れないのだろうか? と、こちらが心配になる。

「あんまり無理しなくていいからな? 『暇だ!』とか、たまには主張していいよ?」
「大丈夫だ」

 クロはそう言うと、こちらの足元で巻くように休む姿勢になった。
 むむむ……。

「クロさんは……リクさんのことを見ているとき、凄く優しい目をしてますね」

 右隣に座っていたタケルが、クロの様子を見て言った。

「ん? そうなのかな? あまり意識したことはなかったけど」
「今見ると、全然怖く見えないです」
「はは。お前は怖いところしか見てなかったはずだからな」

 警戒、威嚇しているときの顔というのは、どの犬でも怖い。
 タケルからすれば、今までのクロの印象は怖いものだっただろう。

 タケルの手には、まだ手枷が付いている。
 逃亡や自殺の心配はないと思うのだが、まだ付けておいた方が、城にいる人が安心するということらしい。
 手枷のままでは、着替えやトイレなどで問題が発生する。そのときは俺が手伝うようにしている。



 さて、会議参加者は一通り退室して帰った…………わけでもなかった。
 会議室を見渡すと、神がまだ座って窓のほうを見ていた。
 考え事でもしているのか。

「あのー。部屋に戻らないんですか?」
「ああ……そうだな。戻るか」

 神はテーブルの上にあった紙をまとめ、ペンを手前に寄せた。
 ほう、神も紙を使うのか、とロクでもないことを考えた。

「何か考え事でもしてたんです?」

 俺のその質問に神の手が止まった。手元に向けていた視線を俺に向ける。

「考え事というほどでもないが……。そんなこともあったなと思っていただけだ」
「……?」

 基本的に無表情で飄々としている神だが、さきほどの打ち合わせ中、考え込むような素振りを見せたり、思い出に浸るような遠い目をしていたりと、いつもと何か様子が違っていた。
 これは何かありそうだ。
 どうせ神は暇だろうし、聞いてみよう。

「地下都市の件ですか? 何か思い出でも?」
「まあ、そうだな」
「よければ、聞かせてください」
「ずいぶん突っ込んでくるのだな」
「人間に興味がないはずの神さまが、珍しく無関心ではないようですので」

 少し、神が苦笑いを浮かべたように見えた。

「確かに、人間そのものには大して興味はない。だが、人間の紡ぐ歴史については、興味がないと言った覚えはない。仕事柄ということもあるが、百年に一度は必ずその詳細を確認するようにしている」

 百年に一度というのは一瞬ネタなのかと思った。しかしどうも素で言っているような感じだ。人間の寿命のスケールで考えてはいけないということか。
 永いスパンでの活動で培われた、独特な感覚。そういうことなのだろう。
 神は、タケルのほうに視線を移した。

「地下都市マツシロは、すでに存在していた巨大な坑道を、さらに拡張するかたちで造られた――そういう話だったな? タケルよ」
「はい、そう聞いています」

 タケルはしっかりとした口調で答えた。
 きちんと教わっているようである。
 神はふたたび俺のほうを向く。

「その名前、場所から、間違いはないだろう。わたしはその元となった坑道を知っている」
「そうなんですか?」
「そうだ。あれはかつて、その役割を果たせなかった地下要塞……。今、そこに『組織』とやらが籠もり、役割を果たす可能性が出てきたわけだ……」

 話が見えない。
 その元となった坑道について聞くしかなさそうだ。

「あの、ちょっとよくわからないので、その元になったという坑道について教えて頂けますと」
「……お前は『松代大本営跡』を聞いたことはないのか?」

 マツシロダイホンエイアト?
 何だそれは。

「すみません、まったく聞いたことがないので教えてください」

 神は少しの間固まったが、一つ小さくうなずいた。

「そうだな、お前は知っておくべきかもしれない。説明しよう。タケルよ……お前もあまり細かいところまでは知らないだろうから、聞くがよい」
「はい。ありがとうございます」

 このタケルという少年は、根が素直な性格なのだろう。
 さすがにまだ表情は硬いことが多いわけだが、ありがたいと思えばきちんと礼を言い、爽やかさすら感じる。
 ヤハラもこんな部下がいてやりやすかっただろうな……と、あの世にいる彼にとっては非常に大きなお世話であろうことを考えてしまった。

 神の説明が始まった。



 松代大本営。
 それは太平洋戦争末期に、極秘で松代に作られた巨大な地下坑道である。

 昭和十六年より始まった太平洋戦争。日本は、アメリカのハワイ真珠湾への奇襲に成功。その後破竹の勢いで戦線を拡大し、太平洋の広い範囲を制圧した。

 しかし、その勢いは長くは続かなかった。昭和十七年六月のミッドウェー海戦に敗れて以来、戦局は転がり落ちるように悪化していくことになる。
 戦争継続のために設定した戦線維持ライン「絶対国防圏」も、マリアナ沖海戦に完敗してサイパン島を失ったことにより、破れてしまう。
 その結果、東京は戦略爆撃機B-29の航続圏内に入ってしまうこととなり、空襲に晒されるようになった。

 ちょうどそのころに着手されたのが、松代への大本営移転計画である。
 軍部は長野県松代にある、象山、舞鶴山、皆神山という三つの山の下に、巨大な地下施設を造り始めた。
 その大きさは実に四万三千平方メートルの大地下要塞になる予定であり、終戦時にはすでに九十パーセントが完成していたという。



 神の話はわかりやすかったのだが、タケルは太平洋戦争も教わっておらず、ミッドウェー海戦だのマリアナ沖海戦だの言われてもチンプンカンプンである。そのため、俺のほうで途中に補足をはさみながら聞いてもらった。
 俺の知識も非常に怪しいわけだが、特に神から訂正されなかったので、そう間違ってはいなかったと思う。

 しかし、だ……。
 松代大本営、俺はそのようなものがあったとは知らなかった。

「そんな坑道が存在していたなんて、全然知りませんでしたが」
「それはお前が歴史を勉強していないからだ」
「……」

 バッサリ斬られた。
 中学校や高校の授業では、近現代史については教わった記憶があまりない。
 教科書の後ろのほうなので、カリキュラムの都合で削られたのかもしれない。
 ……と、いちおうそのような言い訳はあるのだが。

 教科書も資料集もあるわけだから、自分で勝手に読めばよいだけの話だ。
 俺はそこまで熱心ではなかったどころか、授業中も頻繁に寝ていた。言い訳無用だろう。

「あの。俺、そのへんはおっしゃるとおり、全然勉強してないので、トンチンカンな疑問かも知れないんですが……。普通、首都が直接攻撃されるって、もう戦争も終わりということですよね? そんなときに首都を遷都するわけでもなく、軍の本拠地だけを松代に移して、いったい何がしたかったんでしょう?」

「本土決戦だ」
「本土……決戦?」
「そうだ。当時の日本は、降伏をせずに『一億玉砕』を唱え、全土を焦土化して戦う予定だった。そのために、軍の司令部や放送局など、軍事の上で重要な機能だけを、松代の地下要塞に移そうとした」
「……」
「わたしは当時、一人の人間から報告を受けていた。『軍艦も動かせず、飛行機も飛べない、武器も弾薬も無い。その状況で、軍部は民間人に竹槍を持たせ、戦わせようとしている』とな」

 完全武装で浜に上陸した米軍を、竹槍を持った普段着の民間人が迎え撃つ――そんな絵を想像してしまった。いくらなんでも無茶だ。
 だが――。

「あれ? でも結局、本土決戦っておこなわれていませんよね?」
「そうだな……おこなわれていない。その地下要塞も、結局使われることはなかった。あの時、本土決戦になっていたら、一千万人程度の人間が死んだだろう。それは回避したのだ」

 考えただけでも怖い。
 もしそんなものがおこなわれていたら、俺も生まれていなかったかもしれない。

「それって……。あなたが、召喚した人間を使ってやめさせたんですか?」

「そのようなことはしていない。お前には理解しづらいことかもしれないが、戦争というものは人間の文明が発展するうえで必ず発生する。わたしはそれに対して善悪の意味を付加する立場ではない。
 その時に人間とやりとりをしていたのは、歴史書を入手するためと、当時の地上の状況を報告してもらうためだ。特に他の意味があったわけではない」

「じゃあ、回避したのは原子爆弾が落ちて計画を諦めたからですか」

「それが理由の一つではあるのだろうな。だが、その原子爆弾で二十一万人以上の人間が死んだとされる。一千万人規模の被害は回避できたのかもしれないが、二十一万人の被害は回避できなかった。お前にとっては残念なことかもしれないが、当時の人類のレベルではそれが限界だったということだ」
「……」

 俺がいた平成の時代であれば、どちらも回避できたかもしれない。
 落とされる方もそうなる前に何とかしようと思うはずだし、落とす側も人道的な配慮をして、簡単にそのようなことはしないはず。

 そう考えると、やはり人間も少しは進歩しているのかな、と思うが……。
 ただ、俺の時代でも、一度落ちてしまえばその後どうなるかはかなり怪しい。
 核保有国の数が多くなってしまっているので、収まらずに連鎖してしまう可能性が濃厚と思う。
 ヤハラや神の話では、俺の時代の後に戦争で文明が崩壊したということなので、結局は完全に戦争を回避するステージには上がれなかったとみるべきだろう。

「タケルよ。お前の話では、『組織』とやらは住民の誰もが洗脳教育を受けているということだったな?」
「はい。そう聞いています」
「ならば、彼らは最後の一兵まで戦おうと抵抗してくる可能性がある。
 ……かつての地下要塞は、千年の時を経て、その『生まれた役割』を果たすことになるのかもしれない」

 なるほど。
 打ち合わせ中、神はそんなことを考えていたわけか。
 意外と人間臭いところもあるんだな、と思った。

 ただ……かつての地下要塞の『生まれた役割』である本土決戦、そして一億玉砕。
 それを果たさせてしまうということは、住民全員が地下都市を枕に討ち死にするということを意味する。

「まあ、その役割、果たさせる気はないですけどね」

 神は少し意外そうな顔になった。

「ほう。何か考えでもあるのか?」
「いえ、まだないですけど。これから陛下や参謀の方々と一緒に考えます。できるだけ被害を出さないようにする――それがこいつとの約束です」

 俺は神にそう言うと、不安そうに指を動かしているタケルの肩に、なんとなく手を回した。

「……お前の好きにするがよい。わたしはその『組織』とやらが解散し、歴史の流れが正常になれば目的は達成できる。お前については、結果を出しさえすれば、そのプロセスは問わぬ。
 仮にお前が二万人を全員虐殺して解決したとしても、わたしの仕事に支障がでるわけではない。むしろ、現在の世界の文明レベルを考慮すれば、そのほうが楽かもしれないな」

 さて、お前ら人間たちのお手並みを拝見といくか――。
 なんとなく、そんな言い方をされているような気がして。少し反抗心のようなものが湧きあがってくるのを感じた。

「もちろんそんなことはしません」



 タケル、神、クロとともに会議室を出る。
 と、そのとき。
 一つ疑問点を思いだしたので、廊下を歩きながら質問してみることにした。

「神さま、もうひとつ質問」
「なんだ」
「神さまだったら、その松代大本営跡に地下都市が作られたということもお見通し、というわけではなかったんですか?」

 神を見上げる。
 いつもの無表情だ。

「お前はわたしが地中まで覗けるとでも?」
「あー……地中は無理な感じですか。なるほど。でもその言いかたなら、地上は見えるということなんでしょう? 本当に地下都市の造営や『組織』について察知することはできなかったんですか?」

「不可能だ。地上の人間の細かい動きを掴めるほど倍率を拡大すると、視野も狭くなる。
 あらかじめ不穏な動きがあるとわかっており、しかも場所に目星がついていれば、そこを拡大すればよいのだが……。そうでない場合はどこを拡大すればよいのかわからない。
 様子を確認するために地上を適当に拡大することもあるが、それでたまたま異変を発見する可能性などほぼ0パーセントだろう」

 なるほど。神はグーグルアースのような感覚で地上を見ているのだ。
 確かに、それでは厳しい。「最も拡大しないと発見できない何か」を探し当てるというのは無理だと思う。

 神の〝仕様〟については、まだ他にも確認したいことはたくさんある。だが、また「お前が知る必要は無い」などとのたまわれそうな気がしたので、それ以上は追及しなかった。



 部屋に戻った。
 現在はタケルも俺と同じ部屋にいてもらっているので一緒だ。

 いつも打ち合わせの後は、クロに対し、どんな内容だったのかを伝えている。
 今回の内容については、伝えるかどうか微妙な気がするが……どうしよう。

「クロ」
「なんだ」
「お前にさっきの打ち合わせの内容を伝えたいんだが」
「ああ……頼む」
「そうなると、歴史についての話をすることになるんだ。人間の歴史って興味ある?」
「ないが聞く」

 ――なんだそりゃ。

 俺はできるだけ平易な表現で、なるべく端折って簡単に説明した。
 クロは表情を変えないまま、それを黙って聞いていた。 
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