遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~
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番外編その1 鉄砲水と絆の英雄
前書き
はい、すみません。まだ生きてます。
ぽつぽつと書いてはいたんですが、色々あってリアルの生活を最優先にしてたらこのざまです。
あとなぜか番外編が1話増えました。ですが本編終了宣言の際に「次はゴッズですか?」みたいな期待の声も予想外に大きく頂いたのでこれはこれでありかな、と。
「ハーイ皆!卒業生代表、遊野清明でーす!えー、本日はお忙しい中このデュエルアカデミア同窓会にお集まりいただいて……いいやもう、以下略!かんぱーい!」
「「「乾杯!」」」
最初ぐらいはちゃんと挨拶らしいことでも言おうかと思ったが、途中で我慢できなくなって手にしたグラスを高々と掲げる。でも、どうやらその場にいた皆も同じ気分だったらしい。我ながら雑な開会の言葉にも一切の文句はつかず、そこかしこで一斉にグラスが打ち鳴らされた。おおむね良好な雰囲気の中始まったことを壇上からざっと確認し、飲みほしたグラスを置き両手を自由にしてから僕自身もそそくさと親友たちのところへ向かう。
しかしその道中、横から首に手を回された。ヘッドロック状態のままぐりぐりとこちらを締め付けてくる張本人、直接会うのは5年ぶりな万丈目が絡んでくる。とはいえこの男に関してはプロデュエリストという関係上メディア露出も多いし、正直こちらとしては久々に会った新鮮味というものがない。それはそれとしてこのやろ、さてはもう酔ってんな?
「お前なあ……司会と料理は僕がやるからお金出して!とか言われたからわざわざ万丈目グループとして招待状から会場まで全部手配してやったんだぞ?その結果があの挨拶か?」
「……てへ」
「てへじゃない!大体この忙しいプロデュエリストの予定まで同窓会で開けさせておいてだな……」
「明日香も呼ぶよって言ったら即OK出したくせに……わーったわーった、僕が悪かったってば。そういやさ、話変わるけどそっちはどうなの?3兄弟とか元気にしてる?」
『オイラ達なら毎日元気よん、お久しぶりね清明のダンナ~』
『『イエーイ!』』
「こら、まだ俺の話は……」
勝手に出てきた3兄弟の精霊によってわずかに拘束が緩んだ隙にヘッドロックから脱出し、これ以上絡まれる前にひらひらと手を振ってその場を後にする。そこへタイミングよく横から手渡された次のグラスを受け取り、また中身をくっと飲む。
「センキュー三沢、ちょうどまた喉乾いてたんだ」
「あれだけ大声で騒いでいたんだ、そうだろうと思ってな。それにしても、お前に会うのも久しぶりだな」
これまた5年ぶりに会う三沢は、学生のころよりもさらに大人びていた。それでもその瞳に宿る芯の強さは、あのころからまるで変わっていない。
「三沢こそよくここに来れたね?向こうでタニヤといたらさすがに打つ手なかったから半分諦めてたんだけど」
「別に、年中向こうの世界にいるわけじゃないさ。科学技術だって俺たちが学生だったころとはわけが違う、だいぶ行き来も安定するようになってきたしな。それにここだけの話、最近は次元転移の技術に海場コーポレーションが内密に援助してくれるようになったんだ。いずれは冥界に行く技術を確立させる、とかなんとか言ってな」
「冥界、ねえ……」
そういえばあそこの社長がこの前テレビで、わが海場コーポレーションが次に目指す目標として次世代型デュエルディスクに搭載予定の新機能は、質量を持つソリッドビジョン……その名をパワービジョンと呼ぶ!世界中のデュエリストたちよ、その時を震えて待つがよい!ワーハッハハハ!とかなんとか演説してたっけか、と思い出す。精霊の世界でならカードは実体化する、つまりはそういうことだろうか?
……ま、いずれにせよ僕みたいな一市民にはあんまし関係のない話だ。そういう難しい話は、思う存分専門家に頭を捻ってもらうとしよう。
と、ここで三沢の表情がふっと真面目なものになった。誰かが聞き耳を立てていないかと周りを見回してから、声を潜めて語り掛ける。
「それでな、清明。お前に会ったらずっと聞いてみたかったことがあるんだが」
「……どったの、そんなシリアスしちゃって」
そんな軽口とは裏腹に、僕も真面目に聞こうと体制を整える。三沢が真面目になるということは、それなり以上に重要な話だからだ。
「3年前、だったか。ちょうど俺は向こうの世界にいたからあまり詳しくは知らないが、確かペガサス氏主催でデュエルモンスターズのイベントが行われたことがあったな?それ自体は別にいつものことだが、あの時俺はちょうど次元を超えてエネルギーを観測する実験をしていてな。何気なくこの世界に的を絞ってみたら、明らかにおかしな反応が見つかったんだ」
「……と、いうと?」
一度話を切った三沢に先を促すと、もう1度誰かがこの話を聞いていないか確かめて、再び口を開く。
「あのエネルギーは明らかに異常だ。5年前のダークネスとの戦いで俺が打ち立てた時間移動と性質やエネルギーの動き方はよく似ていたが、次元移動特有の空間のひずみまでこの世界には発生していた。しかもそのエネルギーは、その量もすさまじく膨大だった。自然発生ではありえない、俺たちの今の常識を上回る何らかの人為的な力が必要となるほどにな」
「それを僕に話して、どうしようってのさ」
「ただ聞きたいだけだ。お前はその時のことを何か知らないかとな。言い忘れたがこの話の何よりも奇妙な点は、そのエネルギーの流れが唐突に消えたんだ。まるで最初から何もなかったかのように世界は元に戻り、ツバインシュタイン博士に連絡を取ってみても向こうでは何も観測されていないという。実際その日、何かおかしなことが起きたという話も聞かないしな」
「……機械の故障とかじゃないの?」
「それは俺も真っ先に考えた。だが、何度点検してもおかしなところは見つからなかったんだ」
「うーん……」
首をひねるふりをしながらも、頭の中では足りない脳みそをフル回転させる。三沢の言う、2年前のあの日。この世界に何が起きたのか、僕は知っている。正確に言えばこの僕、遊野清明と遊城十代……そしてデュエルキング武藤遊戯と、未来からの訪問者不動遊星。この4人だけが、あの日起きたことを知っている。
ただその内容をはたして目の前の男にはなんと言おうかと考えながら、同時に頭の片隅ではあの日のことを思い出していた。
あの日起きたことに最初に気づいたのは、僕ではなくチャクチャルさんだった。僕にとってそれはいつもと変わらない朝、いつもと変わらない1日の始まりに過ぎなかった。
「おう、新聞持ってくんのにいつまでかかってんだ穀潰し!」
「るっさい親父!」
罵声に背中を押されるように家を出て、今日の新聞を手に取る。何気なく目に入ったその一面記事には、でかでかと廃墟、それもまだ火事の火すら消え切っていないものが映っていた。
『また人間が派手にやったのか。いつの時代もご苦労なこと……いや待て。マスター、今すぐそれを開け!』
「へ?こ、こう?」
背中越しにそれを覗き込まれるような感覚。チャクチャルさんが時事問題に関心を持つのは割といつものことだが、この日は少しばかりわけが違っていた。慌てて言われたとおりに折りたたまれた新聞を広げると、その写真の下半分があらわになった。それを目にしたチャクチャルさんは満足して引っ込むどころか、ますます気配を強め新聞をひったくらんばかりの剣幕で睨みつける。
『まさか……いや、これは……』
完全に自分の世界に入り込んでしまったチャクチャルさんからは何を聞いても答えなんて得られそうにないので、仕方なく僕もその記事に目を通す。えーっと、この写真は昨日発生した犯人不明、凶器不明の大規模破壊活動?幸い死者は皆無、しかし歴史的建造物が砕かれ怪我人多数……ふんふん。
だがそこまで読んだところで、チャクチャルさんがじっと見ていたのはその部分ではないことに気づいた。その横に添えられた小さな、解像度も荒い雑な写真だ。なになに、事件の様子を偶然とらえたらしい写真、ねえ。何やら3つ、白く巨大なものが映っているのがわかる。そのうち1つは機械的な光沢を放ち、1つは細長い体のラインに沿うように7色の光を放ち、もう1つは……なんだこれ。ほかの2つにかぶってるせいで、ただでさえ何の写真かさっぱりなのに、余計にわかりづらくなっている。それでもチャクチャルさんには、その部分だけで十分だったらしい。絞り出すような声を、僕は確かに聞いた。
『スターダスト・ドラゴン……なぜ貴様が「此処」にいる……!』
それから先はまさにとんとん拍子、というのは少し、言葉の使い方がおかしいだろうか。親父に新聞を叩きつけて自分の部屋に入ると、チャクチャルさんの言われるがままに荷作りをする。いくらせっついても説明ひとつしてくれないので訳も分からないままにパスポートと数日分の着替えといくらかの食料を用意し、なけなしの現金を財布に詰め、大切な腕輪……水妖式デュエルディスクを装着する。親父に今日は店を手伝えない旨を伝え、百の嫌味と千の小言が飛んでくる前に靴を履いてさっさと朝の街に飛び出した。ここから空港に行くためには、まず電車に乗らねばならない。自家用ジェットのある海場コーポレーションやヘリ持ちの万丈目グループとは違い、遊野家はあくまでただの庶民だ。
「飛行機かー……高いんだよねあれ」
『なんなら私が乗せていくか?実体化しても構わないぞ』
「いや、遠慮しとくよ」
恐ろしいことに、チャクチャルさんはいつもの軽口をたたいているのではない。ド派手に実体化してあちこちから見られるリスクを考えたうえで、なおそれでも構わないからと大真面目に提案しているのだ。いったい、あの写真から僕の知らない何を読み取ったんだか。いずれにせよ、この暗躍好きな神様にここまで言わせる何かが、この写真にはあるのだろう。なら、僕がそれを疑う理由は何一つない。
『……マスター、いいか?』
ここから空港へ行くには、まず電車に乗らねばならない。駅に向かう途中で、チャクチャルさんの声が聞こえる。ようやく口を開く気になったらしい神様が、ぽつぽつと語りだした。
『私があの写真にこだわる理由だが。マスターのことだ、私の口から出たスターダスト・ドラゴンの名は聞き逃してはいないだろう……無言は肯定と受け取るぞ?そのドラゴンだが、あれはシンクロモンスターだ。それも太古に我らが故郷、ナスカの地において赤き龍の、そしてシグナーの手足となり我ら地縛神、ひいてはあの先代も含めたダークシグナー達と死闘を繰り広げた侮りがたき6体の竜のうち1体だ』
「シンっ……!!」
思わず叫びかけたところで、周りから一斉に向けられた奇異の視線に気が付いた。愛想笑いを浮かべながらどうにか平静を装い、ゆっくりと大きく息を吐く。
「なるほどね。それで、こんなに急いでたんだ」
『ああ。私も目を疑ったが、奴らの姿を見間違えはしない。なぜシンクロモンスターがこの時代に顕現しているのか。確かにそこも解せないが、もっとわからないことがある。私の知る彼の竜は仲間のため、守りのためにその力を振るうことはあれど、こんな無差別な破壊のために戦うことは決して良しとはしなかったはずだ』
「あのほら、遊や富野みたいに別の世界から精霊の入ってないカードを持ってきたんじゃないの?」
シンクロモンスターといえば真っ先に思い出す、僕にその使い方を教えてくれた異世界からの来訪者たち。あれ以来彼らやそのお仲間に会ってはいないが、その記憶は今もはっきりと残っている。
『それならそれで筋は通るし、その意味では話が楽になるのだがな。だが困ったことにその場合、別の問題が提起される。いくら異世界からの客人といえど、この世界であまり好き放題されて黙っているわけにもいくまい』
「ああそうか……じゃ、一発シメに行きますかってこと?」
『正義の味方の真似事も、たまには悪くないだろう。第一私としても、かつての仇敵がいいように使われているというのはあまり気分のいいものではないからな』
「ここでアクション起こしておけば、うまくいけば次のシグナーに対して恩も売っておけるしね」
『そういうことだ。よくわかってるじゃないか』
そういうことなら納得だ。どうせ忙しくなるだろうし、ともかく今は体を休めて次に備えようと椅子に深く腰掛けなおす。
その瞬間、不意に地面が大きく揺れた。幸いにもその揺れはほんの1瞬で治まったが、反射的に周りの様子を見渡す。あんな変な揺れ方が、ただの地震なわけがない。案の定この揺れの原因、なんて小難しいことは考えるまでもなくはっきりと見えた。ついさっきまでこの街の象徴であった海馬コーポレーションのビルがあるはずの場所が、揺らいでいた。比喩でもなんでもなく、まるで存在そのものが消えかかっているかのように不安定に揺らぎ、消えかかっている。どんな種類の攻撃を受けているのかはわからないが、1つだけはっきりしていることがある。狙われたのは、今飛び出そうとしていたこの童実野町だった。
「ねえ、チャクチャルさん」
『わからん』
あれは一体、何が起きているのか。そんな疑問も質問どころか呼びかけの時点でばっさりと言い切られる。なんだそりゃ、と閉口しかかったタイミングを見計らったかのようにだが、と言葉が続く。
『あの揺らぎ、そして存在の希薄化。なあ、マスター。あの時と似ている、そうは思わないか?』
精一杯にぼかした言い方は、この神様なりのせめてもの気遣いだろうか。目の前で起きている異変にもう1度だけ視線を向けるといまだに癒えない傷、思い出したくもない何よりも大切な記憶を呼び起こす。
確かに似ている、といえば似ている。彼女が、河風現が僕の腕の中で消えていったあの時と。
「……でも、それとこれと何の関係が」
『あくまで私の仮説だが、仮にあの時と同じように海馬コーポレーションそのものが消えようとしているのなら?あの女は消滅後、我々以外の歴史から完全にその姿を消した。それと同じ歴史改変が、どこかの時代で起きているのなら?』
「歴史が……!?」
その単語の意味するものに、言葉を失う。三沢の編み出したなんたら理論によれば、時間移動は決して夢物語ではない。それはあの、ダークネスとの戦いでも証明されたことだ。だけどそれを成し遂げるには、想像もできないほどのエネルギーとそれを扱う膨大な知識が必要となる。それはこの邪神、チャクチャルさんですら成し遂げられないほどのことだ。それをいとも簡単に、それも海馬コーポレーションという歴史上とんでもなく重要な役割を果たす代物に対してやってのけようとしているとは。今回の敵はヤバい、と、だいぶ遅ればせながら脳内で警鍾が鳴り響いたところで、ようやくなじみのある景色が見え始める。過去で何かが起きつつある地、童実野町に到着したのだ。
「でも、そんなの僕にどうしろってのさ?いくら駆け付けたくても、できることなんてないじゃない」
大前提として、僕は時間軸を自由に移動できない。いくらダークシグナーに人知を超えた力があるからといっても、それは完全無欠の全知全能とは決してイコールで繋がらない。それは、その力の源たるチャクチャルさん本人が一番よくわかっているはずだ。だが意外にも邪神の口から飛び出た言葉は、その同意でも諦観でもなかった。
『そうとは限らないぞ。あれを見ろ、マスター』
そんなアバウトな指示のもと示されたものは、確かにあれ、としか形容しようのないものだった。空間にぽっかりと浮かんだ歪み……いや、穴だろうか。前にも何度か、あれとよく似たものを見たことがある。例えばアカデミアの研究施設で、ユベルの手により砂漠の異世界に飛ばされた時。例えば僕のモンスター、多次元壊獣ラディアンを特殊召喚した時。ダークネスとの死闘の際に次元の壁を越えて覇王の異世界からグラファが救援に来てくれた時も、あれとよく似たものが発生していた。だけど、わかる。この穴を作ったエネルギーは、それらとは比べ物にならないほど大きい。
『……おそらくこれは、余波のようなものだろうな。過去、あるいは未来で、歴史を揺るがすほどの何かが起きている。そのエネルギーがでたらめに暴れたのか、予想を超えて溢れ出したのか。結果、この簡易的なタイムホールとしてこの時代に発生したのだろう』
「えーっと、つまり?え、なに、ここに入れってこと?」
『少なくとも、こんな大それたことをして暴れている馬鹿のところにはたどり着けるだろうな』
「そんな他人事みたいな……帰ってこれなかったらどうするのさ」
『マスター』
時間の移動は、チャクチャルさんでさえ専門外。ということはつまり、何かとんでもないことにならない保証なんて一切ないというわけだ。さすがに当然の反応として尻込みする僕に、チャクチャルさんが頭を下げる気配がした。
『頼む』
たった3文字の、シンプルな言葉。だけどそこに込められた万感の思いは、痛いほどに伝わってきた。まったく、もう。そんな真剣に頼まれたら、断り切れるわけないじゃないの。タイムホールの向こう側で何が起きても反応できるよう、デュエルディスクを腕輪から展開する。
『……すまん』
「ったくもう、いいよいいよ。それにしても、こーいうのっていつもと逆だよね」
『?』
「いやほら、いつもは僕が無茶言ってフォロー頼んでたじゃん?いつもお世話になってる分、こうやってチャクチャルさん側から無理言ってくるのって新鮮だなってさ。よし、行くよ!」
軽く息を吸い、開いたままの空間の穴に意を決して飛び込む。ほんの1瞬の浮遊感ののち、再び地に足が付き体が重力に引っ張られる地球人としておなじみの感覚。あ、意外と到着早いのね。
「えっと……」
あたりを見回す。ここはどこだろう、なんて悩むことはなかった。見覚えのある噴水に、その中央から延びる時計。なんのことはない、生まれた時から見慣れてきた童実野町の一角だ。ただ気になることに、まだ日も高いというのにたった3人しか人影が見当たらない。僕がちょうど真後ろに到着したため、彼らはまだ僕の存在に気づいていないようだ。
まず1人目、あれはもう見ただけで分かる。あの特徴的な髪型は、デュエルキング武藤遊戯しかありえない。そしてその横の2人目だけど、あの茶髪もさることながらオシリスレッドの学生服をわざわざこんなアカデミアから遠く離れた地で着ているということは、その手のコスプレでなければ十代だろう。そして3人目は……。
「『お前か!』」
遊戯さんに負けず劣らず個性的な髪型で、赤いバイクのようなマシンを手で押している3人目。その横顔を、そしてその瞳を見た瞬間、理屈ではなくダークシグナーの本能が叫びだした。『あれ』だ。『あれ』がチャクチャルさんはじめとする地縛神にとって、そして自動的に僕にとっても不倶戴天の敵となる存在、シグナーだ。
突然の叫びに驚いた3人が一斉にこちらを向き、驚愕と困惑の視線が痛いほどに突き刺さる。そんなもの気にする余裕もなくシグナーに詰め寄ろうとしたが、それよりも先に反応したのは十代だった。明るく片手をあげてこちらに駆け寄ろうとして、途中で思いとどまり思案顔になる。
「久しぶりだな、清明……あ、でも今の時代だと俺のこともまだ知らないのか。な、なんて説明するかなー……」
「いや、わかるよ十代。卒業式以来だね?」
今のセリフから推測するに、どうやらこの時代は過去。それも少なく見積もっても僕がまだ、アカデミアに入学するより以前の時期のようだ。それはともかく、そう返されるのはさすがの十代も予想外だったらしい。
「清明?お前、いったい……」
「悪いね。色々話したいことはあるけども、今はちょっと取り込み中なのよ」
「おい、お前は……」
遊戯さんも何か言いかけていたが、超ど級の無礼を承知で言わせてもらえば今はそれどころではない。まっすぐにその3人目の名前も知らないシグナーへと距離を詰め、同時に全身に紫の痣を走らせ空中から灰色のフード付きローブを自動生成する。白目と黒目はとうに反転し、これまた紫の光を放っていることだろう。直立不動の鋭いまなざしでそれを見つめているシグナーも、僕が何であるかは分かったらしい。それが宿命とはいえ逃げ出しもせず、それどころか表情すら変えていないのは誉めてやろう。クール&クレバー、そんな単語が脳裏をよぎった。
「遊星も、もしかして知り合いなのか?でも、遊星は未来から来たんだろ?」
「ええ。なので、知り合いというわけではないですが……すみません十代さん、それに遊戯さん。これは、俺たちの問題です」
「話が早くて助かるよ。えっと、遊星っていうんだって?僕としちゃ特に直接恨みがあるわけじゃないんだけど、ね。お互い難儀なことだよねえ」
肩をすくめ、ウィンクしつつなるべく空気を重くしないように話しかける。そう、いくら不倶戴天の敵とはいえ、僕自身が彼に恨みがあるわけではない。ただこの命を地縛神に拾われた身としては、シグナーと出会ってしまった以上ここで見て見ぬふりというわけにもいかない。これが最低限のけじめだからだ。
「どうする、場所変える?」
「いや、ここでいいだろう。赤き龍よ、もう少し俺に時間をくれ!なぜダークシグナーがこの時代にいるかはわからないが、それが俺の使命ならばここで決着をつけよう」
上を仰ぐように叫んだ遊星の声に応えるかのように、けたたましい咆哮とともに上空に長い影が差す。あの龍に、実体はあるのだろうか。その名のごとく赤い光で構築された全身に白い光の筋が走る、さながら肉体というよりもむしろエネルギー体と形容する方がしっくりくるような姿を見ながらそんなことを思う。
『ふん。久しいな、赤き龍よ。色々と諸事情によりこちらは私とこのマスター1人だが、そちらもシグナーが1人しか用意できていないのなら差しさわりあるまい』
一体どんな思いでチャクチャルさんがそう口にしたのか、その歴史と重みは僕には計り知れない。でも恨みや憎しみといった感情を超越した、万感の思いがこもっていることだけは伝わってきた。
「おい清明、それに遊星も」
まだ何か言いかけた十代の肩を、事の成り行きを静観していた遊戯さんがポンと叩いて止める。
「十代。俺達には理解できないが、彼と遊星の間には何か、戦わなくてはならない理由があるのだろう。ならば、デュエリストに言葉は必要ないはずだ」
「遊戯さん……わかった、だけど後で俺にも説明しろよ!」
声援だか何だかわからない言葉を背中で受け止めて、改めて遊星と相対する。油断なくこちらを見つめるその目は確かに強者のそれだ……でも、まだ青い。おそらくこの男は、まだ自分の中の真の力を解放しきれていない。そして、それに自分では気づいていない。惜しい、と思う。もっとも、相手する立場としてはその方がやりやすいのは確かだ。
「一応自己紹介しておこうか?僕はダークシグナー、遊野清明。それじゃあ、デュエルと洒落込もうか!」
「俺は、不動遊星。全力で行かせてもらう!」
望むところだ。さて、僕は後攻か。どう出てくるか、じっくり見させてもらうとしよう。
「俺のターン、トライクラーを守備表示で召喚!ターンエンドだ」
トライクラー 守300
遊星が最初に召喚したのは、レベル3のわりにはステータスの低い3輪を持つ機械族モンスター。ふむ、下級1体出してエンドか。てっきり富野や遊みたいに初手からガンガン回してシンクロモンスター、それもあのスターダスト・ドラゴンを出してくるかと思っていたが、まあシンクロ使いにも色々いるのだろう。単にあの2人がおかしかっただけかもしれない。
「僕のターン。ツーヘッド・シャークを召喚」
ツーヘッド・シャーク 攻1200
そっちが様子見で来るなら、こっちはいつも通り前のめりに攻め込むまでだ。攻撃を誘っているのなら別にそれでも構わない、なにが出てくるかその策に乗ってやろう。
「行けっ、ツーヘッド!そのままトライクラーに攻撃!」
2つの口を持つ鮫が、その鋭い牙と頑丈な顎で敵を噛み砕きにかかる。伏せカードの正体を見極められるかとも思ったが、まだ発動の時ではないらしい。
ツーヘッド・シャーク 攻1200→トライクラー 守300(破壊)
「俺はこの瞬間、戦闘で破壊されたトライクラーの効果を発動。手札またはデッキからヴィークラー1体を特殊召喚する!」
ヴィークラー 守200
噛み砕かれてスクラップと化したトライクラーの代わりとして、すぐさま2輪に人型の上半身をくっつけたような黄色と青を基調とするモンスターが特殊召喚される。ふむ、リクルーターか。それもレベル3のトライクラーから出てくるレベル2……となると、もう1回攻撃しても後続が出てくる可能性の方が高いか。普段の相手ならわざわざデッキ圧縮に付き合ってやることもないけれど、何せ相手はシンクロ使いであることがほぼ確定しているシグナーだ。あれを残しておけば、後々よりレベルの高いシンクロモンスターに繋がれかねない。
「ツーヘッド・シャークは、1ターンに2度の攻撃ができる。そのヴィークラーにそのまま追撃させてもらうよ」
ツーヘッド・シャーク 攻1200→ヴィークラー 守200(破壊)
「ならばヴィークラーの効果により、デッキからアンサイクラー1体を特殊召喚する」
「やっぱりか……」
アンサイクラー 守100
ヴィークラーの跡を継ぐように特殊召喚される、一輪車に人型の上半身をつけたようなモンスター。ま、想定内といえば想定内だ。レベル2をレベル1にしたことが後々どう響くか、肝心なのはそこだけだ。
「カードを1枚セットして永続魔法、グレイドル・インパクトを発動。このターンのエンドフェイズにその第2の効果、ドール・コール!デッキからグレイドルカード1枚、グレイドル・イーグルをサーチするよ」
遊星の表情からは、特に何も読み取れない。実際彼も、これだけでは僕のデッキがどんなものかはわからないだろう。ここまではお互いほんの挨拶代わり、次からが本番だ。かかっておいでと手招きのひとつでもしてやりたくなったけれど、あまり挑発することもないだろう。
遊星 LP4000 手札:4
モンスター:トライクラー(守)
魔法・罠:なし
清明 LP4000 手札:4
モンスター:ツーヘッド・シャーク(攻)
魔法・罠:グレイドル・インパクト
1(伏せ)
「……俺のターン!」
遊星の冷静そうな瞳に闘志の光が宿ったのを、僕は見逃さなかった。来るか。
「俺の手札からモンスターを1枚墓地に送ることで、クイック・シンクロンは手札から特殊召喚できる。さらにジャンク・シンクロンを召喚!このカードは召喚時、俺の墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚できる。甦れ、クリア・エフェクター!」
「あんなモンスター……ああいや、たった今捨てたやつか」
ちょっと顔をしかめている間にも、遊星の場にはポンポンとモンスターが並ぶ。この展開力は、さすがのシンクロ使いだ。
クイック・シンクロン 攻700
ジャンク・シンクロン 攻1300
クリア・エフェクター 守900
「行くぞ!レベル2のクリア・エフェクターとレベル1のアンサイクラーに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!そしてクイック・シンクロンはシンクロ素材とするとき、別のシンクロンモンスターの代わりとして扱うことができる。俺が選択するのは、ロード・シンクロン」
「出たな、シンクロ召喚!」
チューナー以外のモンスター2体が一列に並び、クイック・シンクロンが自身のレベルと同じ5つの光の輪となってそれを囲む。それを見て楽しそうに叫んだのは、後ろで観戦中の十代だった。見なくてもわかる、きっとこの時代には存在しない召喚法を前にして年甲斐もなく少年のように目をキラキラさせていることだろう。
「集いし希望が新たな地平へいざなう。光さす道となれ!シンクロ召喚!駆け抜けろ、ロード・ウォリアー!」
☆2+☆1+☆5=☆8
ロード・ウォリアー 攻3000
「くっ……」
光の柱から現れたのは、ベージュがかった黄金の鎧と背中から延びる何本もの排気口、そして硬質のマントに身を包む王者の風格すら漂わす戦士。いきなり攻撃力3000とは、なかなかやってくれるじゃないの。
「クリア・エフェクターがシンクロ素材となった時、俺はカードを1枚ドローできる。さらに、ロード・ウォリアーの効果を発動。1ターンに1度、デッキからレベル2以下の機械族または戦士族モンスター1体を特殊召喚できる。出でよ、チューニング・サポーター!さらに魔法カード、機械複製術によりデッキから攻撃力500以下の機械族であるチューニング・サポーターをもう2体特殊召喚する!」
ロード・ウォリアーのマントから光の道が天高く伸び、その光に導かれるようにして鍋を被った小人のようなモンスターが遊星の場に特殊召喚される。そしてそれが、さらにもう2体。まだ遊星の場には、召喚してクリア・エフェクターを釣り上げたきり何もしていないジャンク・シンクロンが1体。ということは、この符号が意味するものはまさか。
チューニング・サポーター 守300
チューニング・サポーター 守300
チューニング・サポーター 守300
「レベル1のチューニング・サポーター3体にレベル3、ジャンク・シンクロンをチューニング!そしてチューニング・サポーターはシンクロ召喚に使用する際、自身のレベルを2として扱うことができる。俺はこの効果を2体分使用することで、レベル8のシンクロモンスターを呼び出す!」
3体のチューニング・サポーターと、3つの光の輪になったジャンク・シンクロン。通常ならレベル6となるべき組み合わせが、シンクロ召喚に特化されたチューニング・サポーターの力によりさらに高みへと上り詰めていく。
「集いし闘志が怒号の魔神を呼び覚ます。光さす道となれ!シンクロ召喚!粉砕せよ、ジャンク・デストロイヤー!」
☆2+☆2+☆1+☆3=☆8
ジャンク・デストロイヤー 攻2600
次いで現れた2体目のレベル8シンクロモンスターは、まるで翼のように広がる十字の剣と本来の両腕の下に生えた一対の副腕が特徴的な黒い鎧の闘士。その攻撃力はロード・ウォリアーよりも劣っているが、この状況でわざわざ呼び出された以上はそれ相応の効果を持っているはずだ。
「この瞬間、シンクロ素材として墓地に送られたチューニング・サポーターとシンクロ召喚されたジャンク・デストロイヤーの効果がそれぞれ発動!チューニング・サポーター1体につき1枚のカードをドローし、さらに素材としたチューナー以外のモンスター1体につき1枚のカードを破壊する、タイダル・エナジー!」
遊星が3枚のカードを引くと同時に、ジャンク・デストロイヤーの4つの拳が握りしめられその目がギラリと光る。チューナー以外の素材は3体、そして僕の場のカードも3枚。この効果で場をこじ開けてダイレクト2回で終わり……なるほど、やっぱとんでもなく強いなこいつ。
「だけど、まだ終わりじゃない!相手がモンスターを特殊召喚した時、手札を1枚捨てることで手札、または墓地のドラゴン・アイスは特殊召喚できる。この効果で手札のドラゴン・アイス自信を捨てて、そのまま墓地から特殊召喚!」
溢れるエネルギーの波に3枚のカード……ツーヘッド、グレイドル・インパクト、そして防御用だったポセイドン・ウェーブが破壊され、更地になった僕のフィールドに金属の仮面で素顔を隠す氷の竜人が片膝をついた防御姿勢で呼び出される。危ない、危ない。
ドラゴン・アイス 守2200
「モンスターを呼び出したか。ならば、バトルだ!ジャンク・デストロイヤーでドラゴン・アイスに攻撃、デストロイ・ナックル!」
「この攻撃を通せば次はロード・ウォリアーから3000ダメージ……いやだめだ、それはさすがに通せないか。手札から水精鱗-ネレイアビスの効果発動!手札のこのカードを捨てて同じく手札の水属性モンスター、グレイドル・イーグルを破壊。そしてそのステータスを、このターンの間ドラゴン・アイスのそれに加算する!」
グレイドル・イーグルは攻撃力1500だが、守備力はわずか500しかない。それでも、ぎりぎりではあるがジャンク・デストロイヤーの攻撃を受けきることはできる。4本の拳から放たれる乱舞を、氷の腕ががっしりと受け止めた。
ジャンク・デストロイヤー 攻2600→ドラゴン・アイス 守2200→2700
遊星 LP4000→3900
「ぐっ!」
「遊星が初ダメージだ!」
「だが、彼が今の攻撃を止めるために支払った代償は決して軽くはない。それに対し遊星はチューニング・サポーターの効果により手札は豊潤、さらにフィールドの状況でも圧倒的優位は変わりない。このターンをしのいだ彼がどう反撃するかが見ものだな」
はしゃぐ十代とは対照的に、冷静な分析をする遊戯さんの声が聞こえる。実際、ドラゴン・アイスはともかくネレイアビスまでこのターンで切ることになるとは思わなかった。だけどここで手札2枚を切るリスクよりも、3000のダメージをこんな序盤で受ける方が痛い。切り替えていこう、切り替えて。
「ロード・ウォリアーでもう1度攻撃、ライトニング・クロー!」
これは耐えきれず、なすすべなく王者の爪に氷の体が引き裂かれ仮面が地に落ちる。それでも、ドラゴン・アイスはよくやってくれた。また手札が余ったら、その時はよろしく頼むとしよう。
ロード・ウォリアー 攻3000→ドラゴン・アイス 守2700(破壊)
「そしてカードを2枚伏せる。俺はこれでターンエンドだ」
『それだけではない。クリア・エフェクターは、自身を素材としたシンクロモンスターに効果破壊への耐性を付与するもう1つの効果がある。覚えておくといい、マスター』
伏せカードが2枚、そしてフィールドには2体のウォリアー。さらに手札まで3枚も抱え、遊戯さんの解説通りデュエルはまだ序盤のくせに一気に追い込まれてしまった。だけど不思議と、まだまだ負ける気はしなかった。
「僕のターン、ドロー……よしよしよし。まずは魔法カード、サルベージを発動。この効果で僕の墓地から攻撃力1500以下の水属性モンスター2体、ツーヘッド・シャークとネレイアビスを回収する。1つ教えてあげるよ、遊星。シンクロ召喚は、なにもシグナーだけの技じゃないのさ!チューナーモンスター、グレイドル・スライムJr.を召喚、そしてこのカードは召喚時に墓地のグレイドルモンスター1体を蘇生して、それと等しいレベルの水族モンスターを手札から展開できる。墓地と手札からそれぞれレベル3のグレイドル・イーグル、そしてネレイアビスを特殊召喚!」
グレイドル・スライムJr. 攻0
グレイドル・イーグル 攻1500
水精鱗-ネレイアビス 守2000
「通常のチューナー……ダークシンクロではない、本来のシンクロモンスターか」
「ダークシンクロ?え、なに、まだ何か種類あんの?まあ、当面僕には関係ない話だからいいけどさ。レベル3のイーグルとネレイアビスに、レベル2のスライムJr.をチューニング!」
「清明もシンクロ召喚だと!?」
うーん、十代はやっぱ食いついてきたか。そりゃそうだよなあ。後でペガサスさんの新カードテスター証明書でも見せとけば誤魔化せるかな。確か卒業証書とかといっしょに部屋の中に保管してあったはずだ。
ともかく3体のモンスターが飛びあがり、シンクロの輪の中で1つになる。このシンクロ召喚もあの時以来使うことがなかったから2年ぶりだけど、こっちの腕がなまっていなければいいのだが。
「変幻自在な不定の恐怖は、星海旅する魔性の生命!シンクロ召喚、グレイドル・ドラゴン!」
☆3+☆3+☆2=☆8
グレイドル・ドラゴン 攻3000
水銀めいた光沢を放つ体に、鳥のような黄色い翼。ワニのような鋭い牙が生えた巨大な口と、ピンク色のコブラが生えているかのような尾。様々なグレイドルの記憶を受け継いだ戦闘用の合体形態が、2体のウォリアー相手に頭と尾にそれぞれついた計4つの目で睨みつける。
「グレイドル・ドラゴンはシンクロ召喚成功時、その素材となった水属性モンスターの数まで場のカードを破壊できる。僕が選ぶのは遊星、お前さんの伏せカード2枚とジャンク・デストロイヤー、お前だ!グレイドル・トルピード!」
「ジャンク・デストロイヤーを?」
破壊耐性のことを知らないギャラリー2人から一斉に注がれたいぶかしむような視線も意に介さず、ドラゴンの体表にさざ波が走る。不定形のボディが変態して文字通りその身を削ることで放たれた無数の小型有機体ミサイルが雨のごとく降り注ぎ、僕が指定したロード・ウォリアー以外の3枚のカードを焼き尽くす。
「どれどれ?破壊したのはくず鉄のかかしに……スキル・サクセサー?」
『フリーチェーンで発動し、ロード・ウォリアーの攻撃力を400アップさせることもできたはずだ。だがそれをせず、あえて破壊されるがままにしていたわけか。となると、考えられる理由は2つ』
「(グレイドル・ドラゴンの効果を最初から知っていたか、それとも僕の狙いを読み切ったか……いいねいいね、どっちにしても楽しいよ)」
遊星に聞こえないようテレパシーで行われたチャクチャルさんとの短い意見交換を終える。最後の一言は、嘘偽りない僕の本音だ。目の前の文字通りに時代が違う、アカデミア卒業以来随分と出会っていなかった久方ぶりの強敵を前にどうしようもなく心が高揚し、自然と口元が好戦的に緩む。それを見た遊星のポーカーフェイスが若干困惑した風に揺らぐのを見て、より一層楽しくなった。
「おっと、忘れないうちにフィールドから墓地に送られたネレイアビスの効果を発動。デッキからカードを1枚引き、その後手札を1枚捨てる。永続魔法、補給部隊を発動!」
サルベージしたきりだったツーヘッド・シャークを墓地に送り、代わりのドローカードを即座に発動する。そろそろ手札が枯渇してきたこのタイミングでこのカードを引けたのは、実際ありがたい。
「さあ、バトル!悪いねグレイドル・ドラゴン。早速だけどロード・ウォリアーに攻撃、グレイドル・スパーク!」
「迎え撃て、ロード・ウォリアー!ライトニング・クロー!」
ドラゴンが翼を広げ宙に飛び、全身からエネルギーを放出することで発光しながら急降下突撃を敢行する。カウンターを合わせるようにして放たれた王の戦士の右拳がそれと激突し、行き場を失ったエネルギーが派手な爆発を起こすことで2体のモンスターがともにその爆風の中へと飲み込まれる。
グレイドル・ドラゴン 攻3000(破壊)→ロード・ウォリアー 攻3000(破壊)
「僕のフィールドでモンスターが破壊されたことで、補給部隊の効果によりカードを1枚ドロー。さらにグレイドル・ドラゴンが破壊された時、僕の墓地から水属性モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚できる。甦れグレイドル・イーグル、そしてダイレクトアタックだ!」
爆発によりバラバラに飛び散ったドラゴンの体を構成する流体金属めいたグレイドルの欠片が空中に集合し、互いに再びくっつきあって黄色い鷹を模した姿となる。そして遊星のフィールドに、もはやその突撃を防ぐモンスターはいない。
グレイドル・イーグル 攻1500→遊星(直接攻撃)
遊星 LP3900→2400
「くっ……」
「清明のダイレクトアタックが決まったぜ、遊戯さん!」
「ああ。先ほどのターンは遊星も見事な攻撃だったが、君の友達も1歩も引かない反撃だったな」
「そりゃそうですよ、なんたって俺の親友ですから」
親友、か。目の前でああまではっきり言い切られるとさすがに少し照れ臭いけど、その評価はありがたく受け取っておこう。でも親友なら卒業してからもせめて1回ぐらいはうちまで何か買いに来い、挨拶もなしに世界中ほっつきまわってからに。
「いいもん引けた、2枚目の補給部隊を発動。僕はこれで、ターンエンド」
遊星 LP2400 手札:3
モンスター:なし
魔法・罠:なし
清明 LP4000 手札:0
モンスター:グレイドル・ドラゴン(攻)
魔法・罠:補給部隊
補給部隊
「俺のターン、調律を発動。デッキからシンクロンチューナー1体をサーチし、その後デッキトップのカードを墓地に送る。俺が選ぶカードは、ニトロ・シンクロンだ。さらに魔法発動、ワン・フォー・ワン!手札のモンスター1体をコストに、手札またはデッキからレベル1のモンスターを特殊召喚する。出でよ、ターボ・シンクロン!」
ターボ・シンクロン 攻100
専用サーチ効果を持つ魔法カード、調律を使いサーチされたニトロ・シンクロンが、すぐさま手札コストとして墓地に送られる。なるほど、モンスターをコストにする必要があるワン・フォー・ワンを使うためにやむなく貴重なサーチを使ったってことか。そこまでして遊星が次に呼び出したのは、緑色のデフォルメされた車のようなモンスター。シンクロン……確か、あのカードもチューナーモンスターだったはず。となると、もう次のシンクロの準備が整っているというわけか。でも来るなら来い、多少のダメージは受けようとも。ただし戦闘破壊してみろ、このイーグルの効果で即座にそのシンクロモンスターをパクってくれよう。今の特殊召喚に反応して墓地のドラゴン・アイスを蘇生させることもできるけれど……手札は1枚、さっき引いた貪欲な壺。わざわざデッキをこれ以上分厚くすることもない、次のドローが終わってからでいいだろうと思って放置してあったけど、やっぱりさっきのターンのうちに使っておくべきだったかな?いずれにせよ、せっかく発動条件も満たしているこれを使わずに捨てるのはさすがにもったいない。
「そして、スター・ブライト・ドラゴンを召喚。このカードが召喚に成功した時、自身以外のモンスター1体のレベルを2つまで上げることができる。ターボ・シンクロンのレベルを1つ上げる」
「レベル6、か」
スター・ブライト・ドラゴン 攻1900
ターボ・シンクロン ☆1→2
「レベル4のスター・ブライト・ドラゴンに、レベル2となったターボ・シンクロンをチューニング!集いし絆が更なる力を紡ぎだす。光さす道となれ!シンクロ召喚!轟け、ターボ・ウォリアー!」
『これは……』
☆4+☆2=☆6
ターボ・ウォリアー 攻2500
遊星3体目のシンクロモンスターは、先の2体に比べるとやや小柄なものの上級クラスとしては及第点以上の攻撃力を備えた赤い塗装のウォリアーだった。腰に装着されたタイヤが激しく回転し、体内のエンジンに命が宿る。
その姿を見たチャクチャルさんが何か言いかけたが、そのセリフの続きはこの機を逃さず畳みかけようと判断したらしい遊星の次なる宣言にかき消された。
「さらにここで、墓地からスキル・サクセサーの効果発動。このカードを除外し、ターボ・ウォリアーの攻撃力を800ポイントアップさせる。バトルだ、ターボ・ウォリアー!アクセル・スラッシュ!」
「来たね!」
ターボ・ウォリアー 攻2500→3300→グレイドル・イーグル 攻1500(破壊)
清明 LP4000→2200
「今度は遊星がいった!でも、清明のカードには効果があるぜ」
「その通り。だけどまずは、補給部隊2枚の効果でそれぞれ1枚ずつドロー。戦闘で破壊されたグレイドル・イーグルは相手モンスター1体に寄生して装備カードになり、装備モンスターのコントロールは僕のもとに移る。なかなか面白かったけど、次のターンで終わりだ遊星!」
両断されたイーグルが銀色の液体に溶け崩れ、ターボ・ウォリアーの精密部品の内部へと音もなく侵入にかかる。この作業が終了した時、ターボ・ウォリアーの機構は完全に僕のものとなる。
だが、そう言い切った際の遊星の表情の変化を僕の目は見逃さなかった。遊星はその時、確かに笑っていたのだ。
「やはりな……だが、それはどうかな?」
「なんだって?」
『ああ、このターンに関してはマスターの完敗だな』
「え?」
チャクチャルさんの不吉な発言に呼応するかのように、フィールドでも何かが起きていた。されるがままに寄生されていたかに見えたターボー・ウォリアーが突然エンジンを全開に噴かすと、その衝撃に液状のグレイドルがその内部から振り落とされて消えはじめたのだ。
「残念だが、ターボ・ウォリアーはレベル6以下のモンスターの効果の対象にならない。確かにそのモンスターの効果は恐るべきものだが、それもターボ・ウォリアーには無効だ!」
「嘘!?」
さらにスピードを増して回転するエンジンが新たな力を生み出し、ついにグレイドルの力が完全に弾き飛ばされた。何事もなかったかのように遊星の側に立つターボ・ウォリアーを前に、思わず歯噛みする。
「やってくれるね、遊星。グレイドル・イーグルの効果を知ってたのかい?」
「いや、違う。ただグレイドル・ドラゴンが破壊されたあの時、攻撃力が200程度しか差がないのなら場を離れた時の手札交換効果を持つネレイアビスを蘇生させてもよかったはずだ。そしてお前は十代さんが認めるほどのデュエリスト、わずかなダメージのためだけにネレイアビスを捨ててまでグレイドル・イーグルを蘇生させたとは考えにくかった。つまりグレイドル・イーグルには手札交換よりも優先するだけの効果がある、そう思ったのさ。もっともその効果にターボ・ウォリアーの耐性が通用するかどうかは賭けだったがな。だが、どうやら俺はこの賭けに勝ったようだ」
答えてくれないかとも思ったけど、思いのほか饒舌に話してくれた。無口なようでいて、案外話しやすいタイプなのかもしれない。そしてあの1瞬でそれだけのことを見抜く洞察力、そこから耐性持ちのターボ・ウォリアーを呼び出す応用力。
うん。やっぱりこの男、強いデュエリストだ。カードパワーとか引きの良さじゃない、純粋にデュエリストとして強い。つくづく今のうちに戦えてよかったけれど、もっと成熟してからの彼と戦えないことが惜しい。残りの手札1枚を伏せてターンを終える遊星の姿を見ながら、改めてそう思った。
ターボ・ウォリアー 攻3300→2500
「僕のターン。魔法カード、貪欲な壺!墓地のグレイドル・スライムJr.、グレイドル・イーグル、グレイドル・ドラゴン、ツーヘッド・シャーク、そしてネレイアビスの5体をデッキに戻して2枚ドロー。トレード・インを発動、手札からレベル8のカイザー・シースネークを捨ててさらに2枚ドローする」
目まぐるしく引き込まれたドローソースと手札交換カードにより、手札の中身がくるくると入れ替わる。だけど、おかげですっかり準備は整った。さあ、さっきの借りを利子付けて叩き返してやる時だ。
「手札からカイザー・シースネークの効果を発動。相手フィールドにのみモンスターが存在するときレベル4、攻撃力0としてこのカードを特殊召喚し、さらに手札か墓地からレベル8の水属性かつ海竜族モンスターを攻守0として特殊召喚できる。たった今捨てたもう1体のカイザー・シースネークを蘇生!そしてこの2体目もまた、特殊召喚されたことでレベルが4になる。チューナーモンスター、グレイドル・スライムJr.を召喚!本来は召喚時に蘇生効果が使えるけど、あいにくついさっき墓地のグレイドルは全部デッキに戻しちゃったからね」
カイザー・シースネーク 攻2500→0 ☆8→4
カイザー・シースネーク 攻2500→0 守1000→0 ☆8→4
グレイドル・スライムJr. 攻0
「今度こそ覚悟しときなよ、遊星。レベル4になったカイザー・シースネークに、レベル2のJr.をチューニング。鉄網珊瑚の時の果て、目覚めよ海に抱かれし秘宝!シンクロ召喚、瑚之龍!」
☆4+☆2=☆6
瑚之龍 攻2400
海中で長き時を過ごすうちにその体はやがて珊瑚をまとい、それと一体化した文字通り赤珊瑚色の龍。あいにくとレベル6モンスターであり攻撃力でも劣るこのカードにターボ・ウォリアーを倒すことは不可能……だけど、この場においては十分だ。
「瑚之龍は1ターンに1度、手札を捨てて場のカード1枚を破壊できる。ターボ・ウォリアーが対象に取れないなら、そのセットカードを狙うまで!効果発動、コーラル・グローアップ!」
瑚之龍が一吠えすると、遊星の伏せカードの真下から樹木のような珊瑚が急速に成長してそれを突き破り破壊した。だがカードを1枚除去されたというのに、遊星に焦りの色はない。
「まだだ!このカードが墓地に送られたことで、墓地のリミッター・ブレイクの効果発動!デッキからスピード・ウォリアー1体を特殊召喚する!」
「墓地発動……!」
スピード・ウォリアー 守400
どうやら良かれと思ってなけなしの手札をつぎ込んだ破壊効果は、完全に裏目だったらしい。フルフェイスシュノーケルのような部品で顔を包む機械の戦士が、ターボ・ウォリアーの隣に片膝をついて現れる。モンスターを残させるのはあまりいい傾向ではないけれど、今更なかったことにはできないことだ。
「まあいいさ。だとしても僕は、今できることをやるだけだしね。いいこと教えたげるよ遊星、瑚之龍は確かにシンクロモンスターだけど、同時にチューナーモンスターでもある!レベル4のカイザー・シースネークにレベル6のシンクロチューナー、瑚之龍をチューニング!」
「シンクロモンスターのチューナーだと!?そんなカードが存在するというのか!?」
「お、これには食いついてくれた?嬉しいねえ、そう来てくれないとこっちも張り合いがないよ。完全無欠の海の主、神気宿りし眠れる臥竜!シンクロ召喚、白闘気双頭神龍!」
☆4+☆6=☆10
白闘気双頭神龍 攻3300
グレイドル・ドラゴンよりなお一回り大きい、僕の持つ最大サイズのモンスターであるチャクチャルさんやジズキエルとも張り合えるほどのサイズを誇る超大型シンクロモンスター、白闘気双頭神龍。偉そうなことを言ってはいるが、僕だってこのカードを使うのはこれが初めてだ。というか、カードイラストでしか見たことなかったけどお前こんなデカかったのか。
「シンクロモンスターでチューナー……それってどれぐらい凄いんですか、遊戯さん?」
「いや、俺に聞かれても」
実は僕もよくわからない。でも本家シンクロ使いの遊星があそこまで驚愕しているところを見ると、なんかよくわかんないけどとにかく凄いんだろう。凄いぞ瑚之龍、強いぞバイファムート。
……そんな凄いカードなのに、こんな頭の悪い感想しか出てこないところが申し訳ない。
「ととと、忘れるところだった。この瞬間自分ターンでのシンクロ召喚に成功した白闘気双頭神龍と、シンクロ召喚された状態から墓地に送られた瑚之龍の効果を発動。神龍トークン1体を守備表示で特殊召喚し、カードを1枚ドローする」
双頭を持つ最強の魚の周りに神気が立ち込め、その姿が二重にぶれて見える。これこそがこのバイファムートを守る盾であり、またその力を増すための矛でもある特殊能力だ。
神龍トークン 守3000
「まだ驚いてるところ悪いけど、このままバトルさせてもらうよ。白闘気双頭神龍でターボ・ウォリアーを攻撃、白の晴朗軌跡!」
バイファムートの双頭のうち片方が鎌首をもたげ、開いた口から純白の波動を放つ。赤い戦士がその中に飲み込まれ、跡一つ残さずに消え去った。
白闘気双頭神龍 攻3300→ターボ・ウォリアー 攻2500(破壊)
遊星 LP2400→1600
「うおおおおっ!」
遊星の悲鳴を聞きながらも、気分は今一つ晴れなかった。このターンで彼にとどめは刺せない。予想外のリミッター・ブレイクにより、モンスターは残してしまった。今は手札こそないが、それでも次のドローがある。
僕の遊星というデュエリストに対する見立てが正しければ、また彼はこの状況を巻き返してくるだろう。頼むよ、バイファムート。僕が次のターンを無事に切り抜けられるかは、君がどれだけ持ちこたえてくれるのかにかかってるんだから。
「カードを1枚伏せて、ターンエンド」
遊星 LP1600 手札:0
モンスター:スピード・ウォリアー(守)
魔法・罠:なし
清明 LP2200 手札:1
モンスター:白闘気双頭神龍(攻)
神龍トークン(守)
魔法・罠:補給部隊
補給部隊
1(伏せ)
「俺の……ターン!」
さあ遊星、なにを引いた?あの様子だと、案の定何か仕掛けてくる気らしい。
「俺は、シンクロン・エクスプローラーを召喚!このカードは召喚時、墓地のシンクロン1体を効果を無効にして特殊召喚できる。甦れ、ニトロ・シンクロン!」
「ニトロ・シンクロンを……?」
シンクロン・エクスプローラー 攻0
ニトロ・シンクロン 守100
釣り上げ効果により甦る、ニトロ・シンクロン。これで遊星の場の合計レベルは、6。確かに遊星の墓地に、ほかにレベル2のチューナーは存在しない。まさか、あの調律は手札コスト用のモンスターを引っ張ってくるためだけでなく、最初からこの盤面を想定したうえであのカードをサーチ先に選んでいたとでもいうのだろうか。シンクロン・エクスプローラーを引いたとき、レベル6のシンクロ召喚を可能とする盤面を用意するために。
考えすぎかもしれないが、もしもそこまで考えてのすべて計算づくな行動だとしたら……まったく、赤き龍はとんでもない人材を発掘してくれたものだ。
「レベル2のスピード・ウォリアーとシンクロン・エクスプローラーに、レベル2のニトロ・シンクロンをチューニング!星雨を束ねし聖翼よ、魂を風に乗せ世界を巡れ!シンクロ召喚、スターダスト・チャージ・ウォリアー!」
☆2+☆2+☆2=☆6
スターダスト・チャージ・ウォリアー 守1300
遊星が4体目に召喚したのは、星屑のように煌めく機械の翼をひるがえす新たなるウォリアー。そのステータスはこれまでのウォリアーたちの中でも断トツに低く実際遊星も守備表示でシンクロ召喚しているが、無論それだけではないだろう。なら、ここでドラゴン・アイスを蘇生させるべきだろうか……いや、相手の効果が分からない以上、下手に手を出すのはやめておこう。
「スターダスト・チャージ・ウォリアーがシンクロ召喚に成功した時、俺はデッキからカードを1枚ドローできる……ドロー!」
なんとまあ、この土壇場でドロー効果に繋がるとは。さあ、次は何を引いたんだ?
「死者蘇生を発動!俺の墓地からミスティック・バイパーを特殊召喚し、その効果を発動。このカード自身をリリースすることでカードを1枚ドローし、それがレベル1モンスターならばさらにもう1枚ドローができる。俺がドローしたのはレベル1のガード・オブ・フレムベル、よってもう1枚だ」
ミスティック・バイパー 攻0
死者蘇生により見慣れない笛を持つ道化師のようなモンスター……おそらくあの調律の後半の効果で墓地に送られたのだろう、ミスティック・バイパーが現れたかと思ったら瞬時に消え、代わりに遊星の手札が2枚増える。
「魔法カード、調和の宝札を発動!手札から攻撃力1000以下のドラゴン族チューナー、ガード・オブ・フレムベルを捨てることでさらにカードを2枚ドローする!」
『またか』
口には出さないが、僕も同感だった。たった1枚のドローから繋げてスターダスト・チャージ・ウォリアー、ミスティック・バイパー、調和の宝札とこのターンだけで計5枚ものドローに成功しているのだから、相手する側としてはそう言いたくもなるというものだ。
だが、そのドローのラッシュもようやくひと段落着いたらしい。
「……カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」
「やるな遊星、まさかあんなにドローするなんてな」
「ああ。ただ引きがいいだけじゃない、彼のデッキとの深い絆がそれを可能にしたのだろう」
もはや実況に解説と化した後ろの2人も感嘆の声を漏らす中、再び僕にターンが巡る。あそこまでぐるぐる回して得た2枚のカードだ、当然ブラフではないだろう。どのタイミングでこちらにあの2枚が牙をむいてくるか、見極めを間違えたら倒れるのはこちらだ。
「僕のターン。魔法カード、アクア・ジェットを発動!このマジックコンボで魚族モンスター、白闘気双頭神龍の攻撃力はさらに1000アップ!そして神龍トークンを攻撃表示にして、バトルフェイズ。スターダスト・チャージ・ウォリアーに攻撃!」
バイファムートの先ほどとは違う側の首がぐわりと動き、星屑の戦士へと純白の波動を放つ。仕掛けてくるとしたらここだろうか……だが意外にも、まだ遊星はピクリとも動かなかった。
白闘気双頭神龍 攻3300→4300
神龍トークン 守3000→攻3300→スターダスト・チャージ・ウォリアー 守1300(破壊)
「何もなし、か。なら続けて白闘気双頭神龍で遊星にダイレクトアタック、白の晴朗軌跡!」
攻撃を終えた側と入れ替わるようにバイファムートの最初に動いた方の首が目覚め、追撃のダイレクトアタックを仕掛けに行く。さあ、これを止めないとライフが尽きるぞ。
「トラップ発動、トゥルース・リインフォース!このカードは発動ターンの俺のバトルを封じる代わりに、デッキからレベル2以下の戦士族モンスターを特殊召喚できる。来い、マッシブ・ウォリアー!」
「構わない、攻撃続行!さらに速攻魔法、終焉の地!相手がモンスターを特殊召喚した時、デッキからフィールド魔法1枚を直接発動できる。これが僕のフィールドだ、KYOUTOUウォーターフロント!」
「フィールド魔法か……」
巨大な石の歯車を盾のように掲げる戦士……確かあのカードは、1ターンに1度破壊されない壁モンスター。なるほど、確かにあれならば緊急回避にはもってこいだろう。そんなことを考えている間にも、バイファムートの攻撃はその頑丈な盾に受け止められていた。
だが、それは確かにこの一撃こそ止められたかもしれないが、決して安くない代償を支払うことにもなる。ほんの少しだけ、遊星の表情が変化した。そう、彼は僕が当然使うであろうフィールド魔法に依存するモンスター、地縛神を知っているのだ。ふふふ、すでに自分のライフが即死圏内にある状況でフィールド魔法を張られるというのはたまったものじゃないだろう。しかも僕のチャクチャルさんは、確実に場に出る隙を今か今かと伺っている。
そう、こんな風に。
白闘気双頭神龍 攻4300→マッシブ・ウォリアー 守1300
「確かに攻撃を耐えきれるマッシブ・ウォリアーなら、僕が今のドローで召喚できるモンスターを追加で出していたとしてもライフを守り切れるってわけか。でも、そりゃちょっとばかし虫が良すぎるってもんさ。そろそろお楽しみの時間だよ、遊星!トラップ発動、リビングデッドの呼び声!」
「リビングデッドだと?まさか!」
遊星は、さっき死者蘇生を発動した時に自動的に僕の墓地も見ていた。つまり、僕の墓地にあのカードが落とされていることも知っている。そんなに出してほしいなら、お望み通りに満を持して呼んでやろう。
「力を維持するために必要なフィールド魔法は遊星、お前さんのおかげで発動できた。瑚之龍の効果を使った時にはもう、とっくに仕込みは終わってたのさ!七つの海の力を纏い、穢れた大地を突き抜けろ!地縛神 Chacu Challhua!」
「地縛神……!」
童実野町の中心で、闇が増幅した。ぽっかりと地面に空いた深淵の穴から、黒を基調とした全身に紫の模様が描かれる巨大なシャチが浮上する。やっぱりシグナーとダークシグナーの戦いなら、うちの神様にもしかるべきタイミングで出てきてもらわないと。
地縛神 Chacu Challhua 攻2900
『待ちくたびれたぞ、マスター』
「真打は遅れてやってくるもんさ。でもほら、そのおかげで最高のシチュエーションなんだから堪忍してよ。いくらマッシブ・ウォリアーの防御性能が優れていても、モンスターを無視して直接相手プレイヤーに攻撃ができる地縛神の前では無力。さあチャクチャルさんとっとと締めちゃって、ミッドナイト・フラッド!」
「これは決まったか!?」
マッシブ・ウォリアーの横をすり抜け、闇のパルスが空を裂く。十代が叫ぶ。遊星の場に残された、最後の1枚が表を向いた。
「トラップ発動、星墜つる地に立つ閃珖!直接攻撃を宣言した相手モンスターの攻撃力が俺のライフを上回るとき、その攻撃を無効にしてデッキからカードを1枚ドロー。さらに俺のエクストラデッキから、スターダスト1体を特殊召喚できる!」
『しまった……!』
「これも止められたっ!?」
あと1歩で勝負が決まると思われたその時、天より振り下ろされたまばゆい星々の煌めきである光の柱がチャクチャルさんの攻撃を受け止め霧散させる。
「お前がダークシグナーである限り、必ず最後には地縛神を呼び出すであろうことは読めていた。ならば俺もこの戦い、シグナーとして迎え撃とう!集いし願いが新たに輝く星となる。光さす道となれ!飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!」
星の色をした光の柱が砕け、その中心から星屑の名を持つ天翔けるシグナーの竜がついにその姿を見せた。できればあれを出される前に決着をつけたかったところではあるけれど、それこそ虫が良すぎるってもんか。
スターダスト・ドラゴン 攻2500
KYOUTOUウォーターフロント(2)→(3)
「遊星もエースモンスターを出したぜ、遊戯さん!」
「見事な逆転だな。だがスターダスト・ドラゴンの特殊能力はこの状況にそぐわないし、攻撃力でも彼の場のモンスターを下回っている。エースモンスターを呼び出しただけで勝てるわけではないことは、彼自身が一番よくわかっているはずだ」
ダークシグナーの地縛神と、シグナーのドラゴン。対峙すべくして出会ってしまった2体のモンスターが、フィールドを挟み向かい合う。そうか。あれが、スターダスト・ドラゴンか。知らず知らずのうちに流れていた冷や汗を隠すように、努めて余裕を込めて虚勢を張る。
「真打登場はそっちもかい?だけどフィールドから墓地に星墜つる地に立つ閃珖のカードが送られたことで、ウォーターフロントには壊獣カウンターが1つ乗せられる」
KYOUTOUウォーターフロント(0)→(1)
スターダスト・ドラゴン。その特殊能力は不明だが、現状何も打つ手はない。終焉の地なんてまだるっこしいカードではなくテラ・フォーミングあたりから直接ウォーターフロントをこのターンの初めに握ることさえできていれば今頃壊獣カウンターは3つ溜まっていたはずだし、そこから壊獣をサーチしてとっととリリースでご退場願うこともできていたはずだ。でもまあ、あまり文句ばかり言ってもつまらないしもっと前向きにいこう。
遊星 LP1600 手札:1
モンスター:スターダスト・ドラゴン(攻)
マッシブ・ウォリアー(守)
魔法・罠:なし
清明 LP2200 手札:1
モンスター:地縛神 Chacu Challhua(攻・リビデ)
白闘気双頭神龍(攻)
神龍トークン(守)
魔法・罠:補給部隊
補給部隊
リビングデッドの呼び声(地縛神)
場:KYOUTOUウォーターフロント(1)
「俺のターン。そろそろ、この戦いに決着をつける時だ」
「それについちゃ僕も同感だね。それで?」
「これが俺の、最後の賭けだ!カードを2枚伏せてターンエンド、さあ、来い!」
これまでの印象とはうってかわっての熱い叫びとともに、残り2枚の手札を勢いよくセットする遊星。スターダスト・ドラゴンは攻撃表示のまま、これがいったい何を意味しているのか。いずれにせよ、遊星の目には本人の言葉通り最後の賭けに挑む者に特有の強い覚悟が燃えている。あれはブラフでも何でもない、本気で遊星はあの2枚、それとスターダスト・ドラゴン、あるいはマッシブ・ウォリアーか。ともかくこの最大でも4枚のカードから、これだけ不利な状況をひっくり返しての勝利を狙っている。
「……なら、こっちも出し惜しみなしだ!僕のターン、ドロー!」
『結局、マスターはこのカードなんだな』
ドローカードを覗き込み、半分呆れたように笑うチャクチャルさん。まったくだ。だけど、これは僕の誇りでもある。いつでも一緒に戦ってきた、最高最大のフェイバリットカード。
「神龍トークン1体をリリースして、アドバンス召喚!このカードはレベル7だけど、召喚の際にリリースを任意の数まで減らすことができる」
「あれは……」
「出たぜ、清明のエース!」
バイファムートを取り巻く神気が上空に揺らめき、優しい白色の霧となって滞空する。その霧の世界の向こうから、全身鎧の人影がやってきた。その攻撃力は、リリースしたモンスターの合計。
「さあ、クライマックスと洒落込もう!行くよ、霧の王!」
霧の王 攻0→3300
ちなみに、ここで神龍トークンをリリース先に選んだことにもちゃんと理由がある。バイファムートは相手ターンに1度、自分フィールドにトークンが存在しないときに神龍トークンを生み出すことができるのだ。つまり、実質消費なしでこの攻撃力の霧の王を出せることになる。
ま、残念ながらもうこのデュエルでそれを使う機会は訪れないだろうけど。
「何を企んでるかは知らないけど、まずはシンクロ対決だ!白闘気双頭神龍でスターダスト・ドラゴンに攻撃、白の晴朗軌跡!」
攻撃宣言を行ったことで、一時的に神気を失ったバイファムートの口元にエネルギーが集まりだす。だがそれこそが、遊星のずっと待ち望んでいたタイミングだった。
「トラップ発動、炸裂装甲!このカードの効果により、攻撃宣言を行った相手モンスター1体を破壊する!」
「今更1体止めたところで……」
「さらに!カードを破壊する効果が発動したことでスターダスト・ドラゴンの効果発動、ヴィクティム・サンクチュアリ!このカードをリリースすることで、その発動を無効にして破壊する!」
スターダストの全身が、その名の示す如く星屑のような無数の光の粒に包まれる。
「そして!スターダストがリリースされ炸裂装甲と共に墓地に送られたことで、俺の墓地に存在するカードは30枚となった!これにより発動条件を満たしたトラップ、残骸爆破を発動!この効果により、相手プレイヤーに3000ポイントのダメージを与える!」
遊星に残された最後のカードにして逆転の切り札、残骸爆破。なるほど、確かにこの方法ならば僕のライフを1瞬で0にできる。スターダスト・ドラゴンの効果を最大限に生かしたコンボで墓地の枚数を調整するそのタクティクスも、実際大したものだ。
……だからこそ。こう思うのはもう3度目だけど、やっぱり改めて思う。まだ実力の開花しきっていないうちに彼と戦えたことは本当に僥倖であり、またとびきりの不幸でもある。だってこうして、今はまだ僕の方が上にいるのだから。
「霧の王!」
何をしろとも明確に伝えていない、ただその名を一言叫ぶだけの短い命令。それでも僕の相棒にして切り札は、僕の命令を読み取ってくれた。その剣の切っ先を星色の光に包まれ今まさにその中へ消えようとしていたスターダスト・ドラゴンへと静かに向けると、光の粒子の勢いが急速に衰えていく。やがて光は完全に消え失せ、何事もなかったかのようにすべてが元に戻った。
「馬鹿な、スターダストの効果が……!」
「惜しかったね、遊星。霧の王がフィールドに存在する限り、互いのプレイヤーはいかなる場合のリリースも行うことが許されない」
「……くっ」
炸裂装甲が発動に成功し、墓地に送られた。だけど、遊星の墓地のカードは29枚。あと1枚、足りない。そしてそれを用意する前に、このデュエルは終わる。悔しそうにうつむいた遊星が、再び顔を上げて僕の目をまっすぐに見る。その覚悟に心の中で敬意を表し、そっと最後の指令を下した。
「チャクチャルさん。遊星にダイレクトアタック……ミッドナイト・フラッド」
地縛神 Chacu Challhua 攻2900→遊星(直接攻撃)
遊星 LP1600→0
「……ふぅ」
そっと息をつく。気を張り詰めっぱなしで脳もずっとフル回転、疲れる戦いだった。でも、最高に楽しい時間だった。デュエルが終わったことを見届けて、十代と遊戯さんが再び僕らのところに近寄ってくる。だけど僕にはそれとは反対側、最後の一撃のショックかその場に座り込んで自分の手を見つめて呆然とつぶやく遊星の姿が気になった。
「俺は……まだ生きている、のか?」
「あったりまえでしょ、そんな物騒な。ほれ、立てる?」
「あ、ああ」
近寄って手を伸ばしてやると、素直にそれを掴んで立ち上がる遊星。その時のキョトンとした表情とさっきまでの真剣な顔のギャップに、思わず小さく笑ってしまう。
「ごめんごめん、つい、ね。まあ真面目な話としてお前さんと僕じゃシグナーとダークシグナーでも生きてる時代がそもそも違うし、そもそも僕は現世に恨み残してこうなったクチじゃないからね。礼儀、というかひとつのけじめとして喧嘩は売らせてもらったけど、それが終わればそんなのはもう関係ないさ」
「なんだかよくわからないけど、お前たち仲直りできたのか?」
なんだか不思議なものを見るような顔で僕と、それから十代をかわるがわる見る遊星。ややあって、立ち上がる時に掴ませたままの僕の手をぐっと握り返した。
「このデュエルを通じて、ダークシグナーにもあなたのような人がいることを学べました。清明さん、俺と手合わせしてくださり、ありがとうございました」
「いやいや、こっちこそ楽しいデュエルだったよ」
固く握手する僕らを見て満足そうに大きく頷く十代と、そっと微笑む遊戯さん。赤き龍がどうかは知らないが、少なくともチャクチャルさんの方はシグナー相手に勝利したからか、それとも久々のフィニッシャーになれたからか満足そうだしめでたしめでたし、ということでいいだろう。
……いや、まだ1つ、聞きたいことがあったんだ。
「ところでさ、少し聞きたいんだけど」
「ええ、なんですか?」
「皆、いったい何があってこの時代に集まってたの?」
それを聞いてなぜか3人が顔を見合わせ、何とも言い難い複雑な表情を一斉に浮かべる。首をひねる僕の肩を、十代がポンと叩いた。
「それなんだけどな、もう大変だったんだぜ?遊星よりもさらに先の未来から、パラドックスってデュエリストが……」
「……ら。おい、清明!」
三沢に肩を揺さぶられながら自分の名前を大声で呼ばれ、ようやく我に返る。いつの間にか、がっつりあの日のことに思いをはせていた。そうだ、三沢にあの話をどう話そうか。あの時に十代から聞いた時空を超えるデュエリスト、パラドックスのこと、そしてあの後、元の世界に帰っていった遊星のこと。あの事件によって様々な時代で起きた一時的な歴史の改変は全部赤き龍がその帰り際になかったことにしてくれていたと思っていたけれど、まさか覇王の異世界から偶然その時の様子を見られていたとは。
うんうんと唸っていると、先にため息をついたのは三沢だった。
「まあいいさ。観測に成功した以上、何かが起きたことは間違いないからな。いつの日か必ず、2年前に何が起きたのかを俺自身の力で突き止めて見せるからな。あまり全部ネタバラシしてもらっては、研究の面白みもなくなってしまう」
そういって景気づけのつもりなのか、手にしたままのグラスの中身をぐいっと一気に開ける。空になったグラスをテーブルに置き、じゃあ後でな、と手を振って人並みの中に消えていく。ほかにも懐かしい顔はたくさんいるから、そちらの挨拶に向かったのだろう。
今度こそ壁の花となったところで、遊星とのデュエルに思いをはせる。結局この2年間、あれほどに僕の全てを燃やし尽くすほどのデュエルは経験していない。心当たりは何人かいるのだが、十代はあれ以降もまた世界中ほっつき歩いていて今日だって会えるかどうかわかったものではないし、カイザーはサイバー流道場を翔に譲って以降決して自分では戦わない生活を送っているという。ただ僕が求めているのは、そういう意味での強者ではない。あの2人は確かに馬鹿みたいに強いけれど、だからといってシンクロモンスターを、あるいはエクシーズモンスターを、遠慮せずに出せる相手ではない。僕だけが持つカードというのならばまだしも、僕だけが所有する概念というのはフェアではない、だけどまたエクストラデッキの彼らと一緒に戦いたいという抗いがたい誘惑。
だから僕は今、悩んでいる。全力を気兼ねなく出し切れる相手との戦いに対しての渇望を癒すために、時折頭をよぎっては離れないある突拍子もない考えに。
「どうしようかね……」
自分でも気づかなかったけれど、もしかしたら今日ここで同窓会を企画したのはどんな形にせよ、この自分の中の迷いにけりをつけようと思ったからかもしれない。ふとそんなことも考えて、口からこぼれた小さな言葉は室内の喧騒にまぎれ、ちぎれてどこかへ消えていった。
後書き
Q、なんで超融合?
A、時間軸の関係上ダグナー編までしか終わってない時期の遊星相手なら一応ダークネス編まで終わらせている清明が経験の差で勝ったとしてもまだ違和感は最小限で済むのでは?という浅い考えから。
Q、番外編その2は?
A、まあなるべく早いうちに書きます。どうでもいいけど前回から3か月経ってようやくこの話を書き始めた時期を見計らったかのようなタイミングで公式がネオス強化を大量にぶっこんできたのは思わず笑いました。数話前にも似たような自慢話を書いた記憶がありますが、相変わらずタイミング最高です(歓喜)。
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