緑の楽園
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第四章
第35話 神
「ここは……」
白い空間。
奥行きすら感じられないような、一様な白。
「つながったか」
後ろから声がした。
慌てて振り向く。
真っ白な服を着ている男が、こちらに向かって近づいてきていた。
柔らかくなびく、浄衣のような純白の服。
頭には何もかぶっていない。長い髪は縛られておらず、すべて後方に流されていた。
まだ若く見えるその顔は、無表情。全身が虚無的な雰囲気に包まれているように感じた。
「召喚後からずっと連絡が取れなかったが……。つながってよかった」
意味不明なことを言うと、その人物は俺の少し前まで来て立ち止まった。
俺は何者か確かめるため、声をかけた。
「あなたは誰ですか。神、なのですか?」
「わたしは人の神だ」
人の、神。
もちろん驚きはない。
やっと会えたという思いだ。すべての謎を知るであろう人物に。
これで何もかもが解決されるのだろうか。
めでたしめでたし……なのか?
「あなたが神さまなら、聞きたいことが、たくさんあります」
「聞きたいことか」
「はい。そりゃもう」
一番聞きたいこと、そして絶対に聞かなければならないこと。それは、この時代からの脱出方法――。
そして時間が許されるのであれば、今まで積みあがったまま解消されていない疑問も解消させたい。
「その前に、わたしからお前にいくつか質問がある。それに答えよ」
「えっ? あ、はい。構いませんが」
神が人間に質問?
かすかな不安が湧き起こる俺をよそに、神は無表情のまま続ける。
「ヨネクラ、トヨシマという人間の行方を知らないか? 連絡が取れなくなってそのままだ」
「……」
――な、何だって?
「どうした。知っているのか、知らないのか」
「……あの。それ、俺があなたに質問したかったことの一つなんですけど」
「つまり知らないということか」
「はい、どちらも知りません。まあヨネクラのほうは二百年ほど前の人物らしいので、年齢を考えると生きている可能性はないと思いますが」
神は「そうか」と、淡々とした口調で言った。
そして次の質問に入った。
「では次の質問だ。わたしから過去に何度か仕掛けはしているのだが、文明が進歩する速度が遅すぎる。現時点で何かお前の知るところがあれば教えよ」
「え?」
――何かおかしくないか?
俺がしようとしていた質問を逆にしてきたり、すでに判明した謎のことを聞いてきたり。
神というのは全知全能で、すべてを見通せる存在ではなかったのだろうか。
いったいどういうことだろうと思いながら、長らく文明発展の妨害をしていた『組織』についての説明をした。
神はそれを聞くと、ほんの一瞬だけ驚いた表情をとったように見えた。
が、しばらくすると、また元の無表情に戻った。
「そのようなことになっていたのか。道理で仕掛けをしても何も変わらぬわけだ」
「あの。あなたは神さまなのにご存じなかったのでしょうか」
「……わたしが地上を瞬時に隅々まで見ることができるとでも思ったのか?」
普通にそう思っていたのだが。違うのだろうか。
しかしこの時点で、神に聞こうと思って用意していた質問の一つ、「『組織』の本部の場所は?」はもう聞けなくなった。
まさか『組織』の存在すら知らなかったとは。
「ひとまず現時点での質問はこれだけだ。それではお前に次の指示を出そう」
「あっ、ちょっと待ってください」
「何だ?」
「俺のほうからも質問したいんですけど……」
一瞬の間があった。まるで「ああそうか、忘れていた」と言わんばかりの間だった。
神は答えた。
「そうだな。知っている範囲で、かつ答えられる範囲でならば」
これまた無表情で答えた。
いま俺から再度お願いしていなければ、完全にスルーだったように思われる。
何なんだよアンタ……と思ってしまった。
「俺をタイムワープさせたのは、あなたですか」
「召喚の作業をしたのはわたしだが……頼まれておこなっただけだ。わたしがお前を選んだという事実はない」
「え、誰から頼まれたんですか?」
「わたしから勝手に詳細を話すことはできない」
「はあ」
よくわからない回答だが、それについてはこれ以上突っ込まず、ここで一番聞きたかったことをぶつけることにした。
何となく、よい返事は来ないのではないか、という嫌な予感はしてしまうが……。
「俺がこの世界から脱出できる方法は?」
「わたしがその作業をおこなうことができる」
「じゃあ脱出させてください」
「今はできない」
神はあっさりと拒否した。
やはりダメなようだ。
「何でですか」
「先ほど言ったとおり、お前の召喚を決めたのはわたしではないからだ」
「あなたの判断だけでは無理。そういうことですか?」
「そのとおりだ。召喚を決めた者に相談をして、了承が得られれば可能だが。今の時点でその可能性はない。少し後の話になるだろう」
「そうですか……」
「召喚の際、召喚後のお前の管理については、わたしに委ねられた。検査したところ、お前は十分に使える。よって、召喚を決めた者に特段の事情がなければ、当面わたしの目的を達成するために使う予定だ」
『管理』『使う』……下僕か、モノか、そんな扱いなのか。
そしてワープのときに「検査」? 俺に対して何かいじったりしたのだろうか?
「俺、ここに来て飼い犬と喋れるようになったり、やたら子供に懐かれるようになったり、ちょっと変だなと思ってました。全部あなたの仕業だったんですか」
「飼い犬というのは、同時に召喚された犬のことだな? 話せるようになったのはお前の能力ではなく、その犬の能力を向上させたことによるものだ。もちろん、やったのはわたしではない」
「子供にやたら懐かれるようになったのは?」
「人間の性格の個体差は、意のままに操作できるものではない。お前が気づいていなかっただけで、もともと子供に懐かれる人間だったのだろう」
「……」
「逆に、お前がそのような性質を持っていることは、お前を使う上では非常に大きなことだ。今の国王は子供だろう? その性質があれば、取り入るのに大いに役に立つ。それなりの地位の者の近くにいられるのであれば、わたしとしても使い勝手がよい」
「……子供に好かれる人なら、この世界を探せば他にいくらでもいるでしょう。なぜ俺なんですか」
おかげで俺は大変迷惑しています――そう言いたいのは何とかこらえた。
「わたしの声は、ごく一部の人間にしか聞くことはできない。
しかし召喚された人間であれば、面会の条件さえ揃えば、この場所で直接会話をすることが可能だ。お前が召喚された以上、その機能に問題がなければお前を優先して使ったほうがよいのだ」
なるほど。
この白い空間で面会をするのは、召喚した人間以外は不可能ということらしい。
しかし、使う使うって……。感じが悪すぎる。
想像していた神のイメージ像とはかけ離れすぎていた。
何もかもを知っていて、もっと友好的で、こちらの願いを聞いてくれて、そしてそれを叶えてくれる――神とはそのようなイメージだったのに。
「質問はそれだけか?」
「まだあります。トヨシマやヨネクラという人間は、あなたがこの時代に送り込んだ、そうなのですね? 他にもワープ者はいたのですか?」
「トヨシマ、ヨネクラは、確かにわたしが召喚した。お前と違い、わたしの判断で召喚した人間だ。その前にもいたが、すべてが途中で音信不通となった」
……やはり。
事前の推理通り、トヨシマやヨネクラは神の意思でワープさせられた。そして神と連絡を取り合い、指示を受けながら動いていたのだ。
そして、「過去に何度か仕掛けはしているのだが、文明のステージが上がる速度が遅すぎる」という神のコメントから、召喚の目的は『文明の停滞を解消するため』だということがわかる。
ただし、俺だけはこの神とは違う神の判断でワープさせられたらしい。そして転移してからはこの神に移管されており、トヨシマ、ヨネクラ両名と同じように使われようとしている。
どうもそのようなことらしい。
しかし。何人召喚しても音信不通になるのであれば、何かあったのかと思って、すぐに調べるのが普通だろうと思うのだが。
なぜその発想に至らなかったのだろう。
「あの。音信不通が続いたのであれば、その原因を調査しようとは思わなかったのでしょうか?」
「そうだな。そこで今回お前が丁度よいと思い、調査および解決のために使うことにしたのだ」
「その役目は俺が最初なんですか」
「そうだ」
突っ込みを抑えるのが大変だった。この神の対応はあまりに遅すぎる。
召喚者の行方不明が何件も続き、やっとおかしいことに気づき、動く? 尋常な感覚ではない。
先ほどの話から推測するに、直近に召喚したのが九年前のトヨシマ、その前が二百年前のヨネクラだから、その前にもいたのであれば、数百年、下手すれば千年以上前にも召喚行為をおこなっていたことになりそうだ。
ということは。この神、若く見えるが、もうかなり長いこと神をやっているのだろう。活動期間が長すぎて、すっかり怠惰になってしまっているのだろうか?
トヨシマ含め召喚された人間は、いきなり呼び出されてパシリにされた挙句、敵組織に消されて死んだのだろうか?
もしそうであれば、全員この神の怠慢のせいで死んだということになる。まったく浮かばれない。
今すぐ殴りたい気分だ。
「でも……どうして文明の進歩を無理にコントロールする必要が? 停滞しようが勝手にさせておけばいいと思うんですが」
「わたしも基本的には干渉する必要はないと思っている。しかし、本来は干渉せずとも勝手に進歩していくはずの文明が、ずっと不自然に停滞していた。化石燃料が満足に確保できないとしても、それなりの進歩の仕方はあるはずだ。
わたしがおこなう干渉は、不自然な流れを自然な流れにするための措置となる」
「でも、停滞させているのも〝自然の一部〟である人間なんですから、そこに神さまが介入することのほうが不自然なんじゃないですか?」
俺の時代でも、自然ではなく人為による環境破壊が問題となっていた。
だが人間も自然界の生物であるわけだから、「自然ではなく人為」というのは、その言葉自体が矛盾する。
どんなに人が破壊しようが、その環境が「自然ではない」などということはないはずだ。
しかし、神からは意外、かつ理解不能な返事がきた。
「神も〝自然の一部〟だ。それでわかるか」
「……いや、さっぱりわかりませんが」
「そうか。お前は別に納得しなくても構わぬ。こちらの指示通り動いてくれればよい」
神は生態系の一部であり、ピラミッドの頂点だとでも言いたいのだろうか。
もっと突っ込んで聞いてみたいが、顔を見ると、無表情の中にも気だるそうな感じがわずかに滲み出てきている気がした。
面倒――そう思っていそうだ。
うーん……。
「もうそちらの質問はよいな? この時間はお前の好奇心を満たすための時間ではない」
「はあ……」
「お前には先ほど言ったとおり、当初は文明が停滞している理由について詳しい調査をさせようかと考えていた。
まずお前と連絡が取れ次第、この国の国王に取り入ることを指示する予定だった。だが今まで連絡が取れず、指示が出せなかった」
「俺がなかなか神社に行かなかったからですか」
「……やはりそうだったか。それもあっただろうし、お前は信心が他の人間い比べて浅いようだから、それも災いしたのだろうな」
最初のお参りのときに弾かれてしまったのも、信心の無さが原因だったのだろう。
今回はいろいろあって、まあ神らしきものは存在するんだろう、という思いで臨んだから大丈夫だったということか。
「しかし、先ほどの話を聞くに、お前は既にこちらの指示がなくとも動いていたようだな。すでにだいぶ調査が進んでいるようだ」
「それは偶然です。たまたま国王とつながりができて、いろんな人たちの協力をもらって、この時代から抜け出す方法を探っていました。その過程で、偶然その『組織』について知るところとなりました」
「……。経緯はどうあれ、今までよくやってくれている。これで次の指示を出すことができる」
偶然であることを強調したが、そんなことに興味はないと言わんばかりだ。
この神にとっては、俺については思い通りに動くかどうかのみが重要なのだろう。
「引き続き国王の協力を仰ぎ、その『組織』とやらを解散させるのだ」
無表情のまま指示を出してきた神に、俺は答えた。
「えっと。嫌です」
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