緑の楽園
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第四章
第34話 交信の試み
神社までのびている街道を、歩く。
久しぶりの外の世界。鮮やかな新緑が心地よい風を生み、体にはさわやかな春の空気がまとわりつく。
……はずだったのだが。
――なんだこの大名行列は。
全員で百人くらいはいる。
しかも、俺のいるところは暗殺対策で膨らんだ形になっており、広い街道を塞ぎながら塊が動いているような状態だ。
体にまとわりつくのは春の空気ではなく、野郎のむさ苦しい空気である。
護衛を付けてくれるとは聞いていたが、せいぜい数名かと思っていた。いくらなんでも多すぎだ。
自分の時代の政治家でも、こんなにSPは付かないと思うのだが……。
「あのぉー」
すぐ右斜め前を歩いている女将軍ファーナに、声をかけた。
この人がいるおかげで、野郎成分が百パーセントから九十九パーセント程度にまで下がっている。
「ん? なんだ」
「やっぱり、ちょっと人数が多すぎだったんじゃ? 俺ら、今日は神社でお祈りして帰るだけですよ?」
俺がそう突っ込むと、女将軍は長い髪をなびかせながら、ふわりとした微笑を浮かべた。
春の光はこの人物だけに降りそそいでいる――この場に限っては、どうもそのようである。
「そう言われてもな。陛下のご命令だ。人数の多さはお前への思いの証だ。素直に喜ぶがよい」
「そりゃもちろん、ありがたいですが。私用で皆さんを巻き込むのは申し訳ないなあと。将軍にまで御足労頂いているとなると、なおさらです」
「私なら暇なので問題ないぞ? それに、お前は陛下のお気に入りだ。陛下の心労の種を率先して減らそうとするのは、将軍として当然だろう」
暇などと堂々と言ってしまっている。
そうならサイン会か握手会でも開いたらいいのに、と思う。この人のファンだという兵士はたくさんいるらしいので。
「フム。ファーナ殿、嘘はいかんな。素直に『私が心配だから』と言えばよろしい」
野太い声。
ラウンド髭でがっしりした男が、いつの間にか反対側の隣に来ていた。この国の将軍の一人、ランバートである。
百人中二人が将軍とは、何と贅沢な護衛か。
「相変わらず品のない発言をするな、そなたは」
「ははは。先日の戦のあと、医務室でこの男の裸を凝視していた貴女には到底及ばん」
「ベッドを囲んで打ち合わせをしていたのだから、見えてしまうのは仕方なかろう。そなたも含め他の将軍たちも見ていただろうに」
「ほう。見ないという権利もあったのに、自らそれを放棄されたとは。さすが謙虚で敬虔、理想の淑女と国中で評されている女将軍。素晴らしい御心掛けだ」
「フン。『これが西の国の者の体か』と言って全身触っていたそなたに言われとうない」
「えーっと。あのー、それ。被害者の俺を挟んですべき会話ではないですよね?」
とりあえず今回は失神だけはするまい――決意が固まった。
あの時は「西から来た異国の者」だったが、今は「タイムワープで過去から来た者」に昇格? している。
次に失神したらもう何をされるかわからない。
解剖されるかもしれない。
というか、こいつらヘンタイ同士気が合いそうだし、仲良くすればいいのに、と思う。
……一緒に来ているということは、本当に仲が悪いわけではないのかな?
「へへへ、兄ちゃん人気者だね。うらやましい」
前を歩くカイルが振り返り、そんなことを言ってくる。
今の流れでそう解釈できるこいつの頭こそ、俺はうらやましい。
***
首都の神社は広い。百人で攻めのぼっても、さほどの占領感はない。
しかし国の兵士ともいうこともあり、すれ違う一般の参拝客は、みんな畏まって一礼していく。
無事に霊獣像の前に到着した。
「じゃあ最初はクロからだ、頑張ってくれ」
「ああ……」
クロが霊獣像の前に進んでいく。
暗殺対策のため、兵士は輪になって祠ごと取り囲んでいる。外からは見えないだろう。
多くの視線に晒されたまま、クロがお座りの姿勢を取って祈りを始める。
それに続き、なぜか兵士たちも両手を合わせる。
「みなさん。少し時間がかかると思いますので、楽にしていてください」
「いえ、クロ殿のお祈りがうまくいくよう祈らせて頂きます」
その状態では疲れるだろうと思い声をかけたが、近くにいた兵士はそれでも祈ると返してきた。
――お任せするか。
例の如く、クロについては「ただのペットです」と説明はしている。だがこれだけそっくりだと、もう仕方ないのかもしれない。
今度は俺が邪魔することもない。
クロの交信はうまくいくはず。
そう思いながら、クロを後ろから見守っていたが……。
クロは二~三分で姿勢を崩し、こちらを振り返った。
「リク。待たせたな。終わった」
「え? 声は聞こえたのか? 早いな。全然待ってないぞ? また途中で切れてしまったかな?」
「声は聞こえた。途中で切れてもいない。今どれくらい時間が経ったのだ?」
クロは不思議そうに、質問を返してくる。
「どれくらいって……。せいぜい二~三分だと思うぞ?」
「そうなのか」
「お前はもっと長い時間に感じたのか?」
「ああ。ずいぶん長い間話していたように感じた。それに……」
「それに?」
「今度は声だけではない。別の場所に飛ばされた」
「え? どういうことだ? どこに?」
「私にもよくわからない」
「少し詳しく話……あ、いや、今はいい。帰ってから詳細を聞く」
「わかった」
何が起きたのか、そして何を話したのか。気になる。
だが、今は百人の人間を拘束している。クロへの事情聴取は、帰ってからゆっくりおこなうことにしよう。
「皆さん、うまくいったそうです。ありがとうございました。次は本殿に移動しましょう」
そう言ったのに、兵士たちはみんな俺のほうをポカーンと見ている。
あれ?
「オオモリ・リク……今のは独り言か?」
この場を代表するように、ランバートが声を絞り出してきた。
――ああ、そうか。
俺以外の人間は、クロの話している言葉がわからない。
慣れている女将軍やカイル、そして戦争で本陣にいた兵士以外は、俺とクロが会話している光景に免疫がなかったのだ。
「フフ、そなたは知らなかったのか? リクはその霊獣様そっくりの犬と話ができるのだ」
「なぜ貴女が誇らしげに答えるのだ……。まあそれはおいといてだ。オオモリ・リクよ。お前の時代は、普通の人間なら誰でも犬と会話ができたのか?」
「いえ、普通はここまで複雑な会話まではできないです。俺もタイムワープの拍子でクロとだけ出来るようになったということみたいで、クロ以外の犬とは不可能です」
「そうか……お前が特別というだけのことなのだな……。おれには普通の人間が犬と意思疎通というのは考えられない」
「あ、でも複雑な会話はできないというだけで、意思疎通ということでしたら、俺の時代では犬を飼っている人なら誰でもできていましたよ? 身振り手振り、もしくは簡単な言葉で」
「な、何と。誰でもと申すか」
ランバート以下兵士たちは、本当に驚いている
やはりこの時代の人にとっては、犬と人間が意思を疎通させるということ自体が常識外なのだ。俺がいた時代では、みんな当たり前のようにやっていたのに。
もっとも、俺に限って言えば、この時代に来るまでは全然できなかったわけだが。
……そう言えば。
ふと、疑問に思った。
元の時代に戻ることと直接関係がなさそうだったこともあり、今まであまり考えたことはなかったが……。
俺とクロが会話可能になったのは、いったいなぜなのだろう?
それも、俺をワープさせた何者かの仕業なのだろうか。
そうだとすれば、いったい何の意味が。
まあ、今ここで考えても仕方ないのかな?
さて。
今度は俺が祈ろう。
霊獣像の祠とは違い、本殿は大きいので、半円状に護衛が取り囲む。
俺は前に出ようとした。
が、その前に。付き添いのお願いをしないといけない。
「すみません。前にお祈りしたとき、突然体調不良を起こして失神したので、どなたか体を支えてもらっていてもいいですか?」
「あ、オレ支えてるよー!」
「では私も支えようかな」
「おれも手伝おう。安心して祈れ」
カイルと二将軍が支えてくれるらしい。
付き添いは一人でも大丈夫だったのだが、せっかくなので三人にお願いすることにした。
「気を失っているように見えても、苦しそうでなかったらそのまま支え続けてもらえると嬉しいです」
「わかった。しかしお前は虚弱体質なのか? おれにはあまりそのようには見えないが」
「うーん、なぜか以前に神社で祈ったときはダメだったんですよね。理由はわかりません」
ランバートは不思議そうな顔をしながらも、前に進んできてポジションに付いてくれた。
他の二人も後ろについてくれる。そしてクロも横まで来てくれた。
神社に、もしくは神社から繋がるどこかに、何者かがいる。
おそらくもう、間違いはないだろう。
ジメイの言っていたとおり、その何者かの声を聞いてみたい。
そしてそれが神であるならば、こちらの願いがどうやったら叶うのかを教えてもらう。
もちろん、願いは『この時代から脱出する』ことだ。
よし、いこう。
他にやり方を知らないので、また二礼二拍一礼。
鈴を鳴らし、二回おじぎをして、二回柏手を打って、もう一回おじき。
視界が少し薄暗くなった。
前と一緒だ。
ここで、前回は頭上から雷が落ちたかのような衝撃が体を駆け抜けた。
今度はどうだ。
来るか……。
来た。
電流が流れるような衝撃。だが前回よりだいぶ弱い。
頭痛もさほどではない。
そして頭の中が白っぽくなってきた。
意識が……遠のいていく…………。
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