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緑の楽園

作者:どっぐす
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第四章
  第33話 何者かの意志

「ふー。極楽、極楽」
「兄ちゃんはお年寄りみたいなこと言うね」
「……前にも誰かにそんなことを言われたような。女将軍だっけな」

 今日も、トレーニングを終え、城の浴場で汗を流し、夕食を済ませて部屋に戻ってきた。
 疲れたのでバタンとベッドに突っ伏していたところ、頼んでもいないのに、金髪少年に跨がられて指圧をされていた。

「違う人から同じことを言われるってことは、本当にそうなんだと思うよ? 兄ちゃんはジイサンってことだよ。たぶん」
「何だその理論は」
「へへへ」

「ああ、マッサージはもういいぞ。お前が疲れてしまうからな」
「あと一時間は余裕だけど?」
「お前、上に乗っていたいだけだろ……」
「うん。それもあるね」
「ドン引きだわ。さっさと下馬願います」

 何かブツブツ言っていたが無視し、降りてもらった。

 神社での一件のあと、国王からは「ケガが完治するまでは外出を控えるように」と言われていた。
 診療所の医者にも城まで来てもらい、診療記録を城の医者に引き継いでもらった。

 早めに神社への仕切り直し訪問に行きたい――という気持ちもあったが、いつ刺客を向けられてもおかしくない状況は変わらない。
 国王の忠告に従い、城から出ずに療養を続けていた。

 今日で、神社での事件からちょうど三週間が経つ。
 縫合してもらった傷口は癒合し、抜糸も済んだ。
 打撲も治っており、体はほぼ完全に元どおりになったと言っていい。

 足や腕など、そこまで痛めていない箇所の部分トレーニングは、療養一日目からスタートさせていたが、一週間ほど前、医者に「もう全身に負荷がかかる訓練を再開させても大丈夫だろう」と言われた。
 その日からカイルに頼み、毎日城にある訓練場での稽古と、その後の筋トレに付き合ってもらっていた。
 体に活が入り、再び活動できる状態になってきている感じがある。

 なお、クロも訓練場まではいつも来ていたが、入口のところで寝ているだけで、特に何かするわけでもない。どうも、俺の身を案じて付いてきているだけのようだった。
 神社での一件から、かなり警戒しているのか、トイレに行くときにも同行してくるようになった。
 風呂にも付いてくるので、浅い樽のようなものを借りて、クロにも入浴してもらっている。
 洗いすぎはよくないと聞いたことがあるので、基本は入浴だけとし、たまにシャンプーもする、というようなかたちにしている。

 まあ、本人に聞いたら、洗われるのは「嫌ではない」とのことだが。
 何となく、俺に気を遣っている回答のようにも感じたので、どこまで本音かは謎である。

「ああ、そうだ。今度は俺がマッサージするよ。いつもやってもらってばかりじゃ悪いからな」
「できるの?」
「お前、思いっきりバカにしてるだろ……。俺が所属している剣道サークルのメンバーはみんな、マッサージ、ストレッチ、ケガの応急処置、一通りできたぞ?」

 カイルをうつ伏せで寝かせ、今度は俺が施術を開始する。
 彼は子供なので、親指でおこなうと痛かったりくすぐったかったりするだろう。
 手のひらや手根を使ってやっていく。

「ああああ……き、きもちぃ」
「そうか。よかったな」

 東洋医学を勉強したわけではないので、経絡経穴について細かく知っているわけではない。
 しかし、ずっと運動をやってきていたため、筋肉についてはそこそこ勉強した。
 どの筋肉がどんな走行で存在していて、どんな役割をもっているか。だいたいは頭の中に入っている。
 たぶん、そこらのリラクゼーション店の新人スタッフよりは知識がある……はず。

「はぁーきもちよすぎて眠くなる……」
「寝てもいいぞ。もう夜だしな」
「寝たらもったいないじゃん。意地でも起きてるもん」
「なんじゃそりゃ」

 相変わらず、この金髪少年の思考回路はよくわからない。

「あ、そうだ。報告書を書いてたよね? 無事に出せたの?」

 眠気を紛らわすためなのかしらないが、うつぶせのまま話しかけてくる。

「ああ、出したよ」
「どんな内容?」
「んー……。今回は歴史話が多いのかな。俺らの文明がなぜ崩壊したのかという話から、ヤハラや暗殺者が所属している『組織』の誕生に至るまでの、ヤハラから聞いた話をまとめた感じ。あとは『組織』の現状についても少しだけ聞けたので、それも」

 報告書に書いた内容。それは、この国で教えている歴史の範囲には含まれていない時代――神話時代の話になる。
 初めて読む人には、衝撃的な内容となるだろう。

 あのとき、ヤハラとタケルの話を聞いたことで、『なぜ未来であるはずのこの日本が、自分の時代よりも文明レベルが下がっているのか』が判明した。
 それが過去の世界に帰るための助けになるかは、正直わからない。
 しかし、それは今までずっと気になっていたことだったので、少しスッキリした感じはある。
 謎は多いよりも少ないほうがいい。

「へー。そうなんだ。オレも読みたいな」
「お前なら、陛下に言えば読ませてもらえるんじゃないか?」
「じゃあ、そうしよっと」
「歴史にも興味があるのか?」
「あんまりないよ」
「じゃあ何でだよ」
「陛下から、兄ちゃんの字が下手すぎて面白いって話を聞いたんで、それに興味が――」
「ぶん殴っていい?」
「試合するならいいよ」
「あー、やめとく」

 一緒に訓練をしているとよくわかるが、この少年と俺では強さが違い過ぎる。
 体術ではほぼ完封され、勝負にもならない。剣術でも、多少は勝負になるだけで、勝てる雰囲気まではない。

 ……というか。国王はこいつに余計なことを言わんでおいてほしいのだが。

「……報告書ってさ」
「ん?」
「オレも何度か書いたことあるけど、書きながらその時のことをいろいろ思い出しちゃって、進まないことがあるよね」
「ああ。確かにそうだな」

 この少年の言うとおりである。
 今回は、書きながら、反省と自己嫌悪のループだった。

 どうも、あまり自分は成長していない――そう思う。
 ロールプレイングゲームに例えると、タイムワープしてから今に至るまで、レベル1のままストーリーだけが進んでいるような状態だ。
 イベントをこなしてレベルアップとか、種を食べてステータスアップとか、仲間が戦えば自分も自動的に経験値アップとか、そんなことがあればいいのにと思う。

 なかなか、ゲームや小説、漫画の登場人物のようにはいかないものだ。
 現実は厳しい。

「兄ちゃん、今いろいろ考えてたでしょ。手の動きが少し乱れたね」

 ――むぅ。鋭いなぁ、こいつ。

「やっぱり俺って成長してないしダメだなーって思ってただけだよ。相変わらず力もないし度胸もないってね」
「ふーん。オレは兄ちゃんがダメだなんて思ったことないけどね」
「それは身内補正ってやつだ。どうしても採点が甘くなるからな」
「そんなことないよ? 力は今でも十分強いと思うし。遺跡で陛下が殺されそうになったときも身代りになったんでしょ? そんなの度胸がないとできないよ」
「いやーあれはちょっと違うような……」

 遺跡で国王暗殺未遂事件があったときは、国王をかばうために体が動いた。
 怖いと思って躊躇することもなかった。
 けれども。今思えば、あれは俺が平和な日本育ちだったがゆえにできたことだ。拳銃で撃たれるということに、リアリティが全然なかったからだと思う。

 もう一回同じことができるかと言われれば、恐らくできない。
 あの痛さは一生忘れることはない。体に染みついてしまっている。次に同じシチュエーションがあっても、恐怖で体が動かない可能性が高い。竦んで見ているだけになるだろう。

「あ!」
「ん?」
「今『身内』って言ったよね。へへへ……身内だ」
「記憶にございません」
「……」

「ハイ終わり」
「えー、もう終わりなの」
「これ以上あなたを喜ばせたくないので終わりです」
「もー。ひどいなあ」

 腕をつかみ、カイルを無理矢理起こす。

「あ! お前ヨダレ垂らしただろ!」
「だって気持ちいいんだもん」



 ***



 療養期間中に、以前から城の担当者へ頼んでいた各調査のうち、まだ〆ていなかった『王立図書館での調査』についての報告をもらった。
 九年前に遺跡を発見したとされている、トヨシマという人物の件だ。

 九年前の発掘調査にかかわる資料は、閉架書庫にしっかり所蔵されていたそうだ。
 全部ひっくり返して調べてくれたらしい。

 やはり当時の資料には、彼の名前が入っているものが多く見つかったとのこと。打ち合わせ議事録には、肩書きが「臨時技術顧問」となっていたようである。
 『臨時』であること。技術者という割には、発掘調査にかかわる資料以外に名前が出てこないこと。当時の調査員も、口をそろえて「来歴が謎」と言っていること。
 これらのことから、タイムワープ者であることはもう間違いないだろう。

 彼のその後の行方についてはやはり資料がなく、一切不明だそうだが、個人的にはヤハラら敵の『組織』から危険人物とみなされて拉致、もしくは消された可能性が高いと思っている。
 何の技術も持たない俺でも、あのようなことになった。俺でさえそうだったのだから、発掘調査のプロなどは敵組織から見て脅威以外の何物でもなかっただろう。
 先代国王の射殺、そしてトヨシマの拉致または殺害。敵組織にとっては、セットで一計画だった可能性が濃厚だと思う。

 王立図書館ではこれ以上の情報は出てこないと思われるため、担当者にはこれで調査を〆てもらうことにした。
 俺としては、彼がワープ者であることがほぼ断定できたというだけでも、大戦果である。

 戦争参加と引き換えに協力してもらえることになった、首都での調査――。
 これで一段落ついたことになる。
 協力してくれた担当者には感謝だ。



 さて。トヨシマが転移者であるのがほぼ確実だとして。
 新たな疑惑が出てくる。
 それは「タイムワープ」という現象に〝意思〟を感じてしまうということだ。

 以前の調査で名前が挙がった、全土地図の完成に重要な役割を果たしたヨネクラ。
 ワープ者がこの人物だけだったのであれば、たまたまタイムワープした人が測量技術者であり……という解釈で済むかもしれない。

 しかしこれに、発掘調査の技術指導に大きく貢献したトヨシマ、というのが加わるとどうだろう?

 測量技術にしろ、発掘技術にしろ、どちらもこの世界の文明のレベルを引き上げることにつながる。
 タイムワープに巻き込まれた二人が、どちらも偶然そのような技術を持っていた。そして二人ともその技術を実際に生かし、この国の歴史を変えようとした――
 それは少し不自然な話にも感じる。

 まずは確率の問題がある。
 俺の時代だと、年間で千人以上は行方不明になって帰らないままだと聞いたことがある。
 実はその千人全員がこの時代にタイムワープしていた、などということであれば、確率的に文明レベル引き上げに寄与する人間が出てきてもおかしくはない。

 だが、それだけの数がタイムワープしているなら、もっとこの時代でタイムワープがメジャーな話になっていてもよいはずだ。もちろん、そんな話はこの時代で聞いたことはない。ワープ者が多いということはないはず。
 そう考えていくと、数少ないワープ者が揃って特殊技能を持っているというのは、やはりおかしいのだ。

 また、技術者が飛ばされてきたところで、その技術を生かして大仕事をしてくれるとは限らない。
 まったく違う仕事で一生を過ごされてしまう可能性もあるし、最悪のケースでは環境の違いに適応できず、長く生きられないということもあるかもしれない。
 なのに、ヨネクラもトヨシマもしっかり自らの技術を生かし、社会に寄与している。

 ……そうなると。

 「文明のレベルを上げたい」という何者かの意思が働き、そのために過去から技術者を一本釣りで召喚した。そして召喚された人物は、その何者かの指示に従い、動いていた――。
 そのように考えるほうが、ずっと自然である。

 ただこの仮説にも穴がある。
 今回、何のスキルも持たない俺が召喚された理由が説明できないためだ。



 ……。
 これはもう、召喚した張本人を特定して直接聞くしかなさそうである。

 現在もっとも容疑が濃いのは「神さま」なる存在だ。
 明日、国王に許可をもらって、神社へ再挑戦しよう。 
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