永遠の謎
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21部分:第一話 冬の嵐は過ぎ去りその十五
第一話 冬の嵐は過ぎ去りその十五
「そうだな。どちらもな」
「ご所望ですね」
「あれば頼む」
実際に前にいる彼に告げた。
「どちらもな」
「わかりました。それでは」
「それにリエンツィもだな」
これもまた初期の作品だった。
「あれも欲しいな」
「リエンツィ。ローマの護民官だったあの」
「ワーグナーらしさはまだ薄かった」
ワーグナーの作品がそのワーグナーらしさを発揮していくのはさまよえるオランダ人以降である。リエンツィには多少出ている。しかしそれ以前の妖精や恋愛禁制はそうではないのだ。
太子もそれはわかっていた。しかしそれでも言うのであった。
「だがそれでもだ」
「御覧になられたいのですね」
「ワーグナーの全てをだ」
太子の声に熱いものが宿った。
「私は知りたいのだ」
「わかりました。それでは」
「そしてできればだ」
その言葉がまた発せられた。
「ワーグナーを呼びたいものだ」
「このミュンヘンにですか」
「我がヴィッテルスバッハ家の務めはだ」
言わずと知れた彼の家だ。あのハプスブルクよりさらに古い歴史を持ちかつては神聖ローマ皇帝まで出した。彼の家の名前を出したのであった。
「民を護ること」
「はい」
「そして芸術を護ることだったな」
「その通りです」
「ではだ。ワーグナーもそうされるべきなのだ」
「そのワーグナーをですか」
「ワーグナーは誰も殺してはいない」
それはその通りだ。しかし太子は今そのことを免罪符にしていた。ワーグナーの。
「それで何故今だに罪に問われているのだ」
「ですから革命の」
「あの騒ぎは既に終わった」
祖父を退位にまで追いやったその騒動もだ。今の彼にとっては些細なことに過ぎなくなってしまっていた。それよりもなのだった。
「だが今はだ」
「ワーグナーですか」
「芸術は護られるべきものだ」
また言う太子だった。
「だからこそだ」
「それでは、ですか」
「ワーグナーだ」
何もかもがそこに至っていた。
「わかってくれるか、このことが」
「私は殿下程芸術への造詣は深くありませんが」
それでもだというのだった。
「ですが殿下のお気持ちはわかります」
「そうか」
「では」
「頼んだぞ」
「わかりました。それでなのですが」
ここで話が変わった。彼は太子にあらためて告げてきた。
「今から司教様が来られますが」
「御教えを聞く時間か」
「どうされますか、それは」
「聞かねばなるまい」
義務といった感じの言葉だった。
「そして聞かねばならないのと共に」
「それと共に?」
「私は神もまた愛する」
このことを言うのだった。今度は穏やかな目になっていた。
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