緑の楽園
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第三章
間話 処刑
天井は高い。とてもここが地下とは思えないほどである。
そして蛍光灯とおぼしき薄暗い照明は、法廷のような造りのフロアを不気味に照らしている。
法壇の上には、九人の黒服が並んで座っていた。
中央の人物以外は皆、その顔から中年以上と思われる男性だった。
中央の人物だけは仮面を付けており、その顔をうかがい知ることはできない。
服装も他の男たちと少し違う。肩や胸に、控えめではあるものの、装飾が付いている。
正面から見て右端。細身で初老の男が、口を開いた。
「ヤハラよ。お前は十分にチャンスを与えられていたと思うが……。大変残念に思う」
「申し訳ございません」
中央に設けられた証言台。そこには一人の中年男性――ヤハラが立っており、腰を折って頭を下げた。
「お前は二十年以上にわたり、諜報員として情報の収集にあたった。その功績を認め、先日の遺跡での失敗――我々にとっては歴史的な失策を一度は不問とし、挽回の機会を与えた」
「はい」
「しかし、お前はまたしても失敗した。それも小さな失敗ではない。同志であるという人間への勧誘に失敗し、その殺害にも失敗した。そしてお前の素性も明らかになってしまい、城を追われた」
「……」
「結局、我々の情報を無償で亜人に与えてしまった上、貴重な情報入手ルートを失い、今後の諜報活動にも支障が出ることになってしまった。今回の件で得られたものは何もなく、大きな損失と後日の禍根だけが残った。違うか?」
「いえ、そのとおりです」
「もはや遺跡の発掘を阻止することは難しくなった。現在それに代わる策を検討しているところであるが、当然お前には責任を取ってもらわなければならない」
「はい、もちろん承知しております」
「何か弁明はあるか?」
「ございませんが、私の部下につきましては寛大な処置をお願いしたく」
証言台のヤハラは、そう短く答えた。
その表情はいつもと変わらない。感情の読めない能面のような顔だ。
右端の男は、中央に座る人間のほうを向き、声をかけた。
「では総裁、裁きを――」
総裁と呼ばれた、中央の仮面を付けている人間。
ヤハラとは異なる理由ではあるが、その感情を窺い知ることはできない。
「お前はしてはならぬレベルの失敗を続けて犯した。残念だが今回は許すわけにはいかない」
声はさほど低くはないが、男の声。
仮面の男はそこで一瞬の溜めを作ると、宣告した。
「死を持って償ってもらおう」
ヤハラはやはり表情を変えなかった。
顔を上げて檀上を見据え、小さく頷いた。
***
「ヤハラ……」
少年が、扉から出てきたヤハラに近づき、声をかける。
ヤハラは手錠をかけられ、複数の人間に付き添われていた。
足をとめ、少年を見る。
そして口を開いた。
「タケルか。隠しても仕方がないので言うが、総裁より死刑を賜った」
「……!」
少年――タケルには、ヤハラに厳しい刑が待っているということはわかっていた。
しかし、極刑になるとまでは考えていなかった。
「な、なぜですか……。失敗したのは僕です。あなたではないはずです。それに……作戦の失敗にはイレギュラーな要素が重なったという事情があります。
弁明はきちんとされたのですか? 文明崩壊前の人間が亜人の中枢近くにいて、作戦の障害になる――そんなことは誰にも予想できませんし、彼が我々ではなく亜人を選んだということも想定は不可能でしょう。飼い馴らされている犬がいて、我々を邪魔してきたなども普通は想定できません。酌量の余地はあるはずですが」
「タケル。私は首都における諜報活動の長だ。よって責任を取らなければならない立場にある。お前の言っている事情については、私に課せられるべき刑の重さには何ら影響を及ぼすものではない。総裁からは至極妥当な判決を頂いたと思っている」
「しかし――」
少年は食い下がる。
「僕がもっとしっかり対応できていれば、作戦の失敗はなかったはずです。ですから僕の罪は重いでしょう。
でもヤハラが死刑になる必要はないはずです。あなたの指揮が悪かったわけではありません。僕のはたらきが及ばなかったのと、あとは……運が悪かっただけだと思っています。僕が極刑になるのは仕方ないと思いますが、なぜあなたまで……。今からでも何とか……ならないのでしょうか……」
ヤハラは静かに制した。
「タケル。私自身は、極刑を賜ったことに対して全く不満はない。極刑を頂いたのであれば、それに異議を申し立てず、潔く刑死することが真の人間である我々が取るべき態度だと考えている。これでよいのだ」
「あなたが良くても僕がよくありません。納得ができません。なぜ僕だけ刑死するのでは不十分なのですか」
「それは今言ったはずだ。責任はそれなりの立場の者が取らなければならない。それはお前も理解できるだろう。それに、今までお前を指導し、起用し続けたのは私だ」
決して自棄になっているわけでもなく、ただただ、淡々と受け入れる。
ヤハラは自らの死刑が確定された今もなお、表情一つ変えることがない。
あまりにも生に執着しなさすぎる――少年はヤハラの態度が理解できなかった。
「なぜですか。あなたは簡単に諦めすぎです。どうして弁明しなかったのですか」
「見苦しい助命嘆願でもしてほしかったのか? お前もあの男――オオモリ・リクの見苦しい態度を見ただろう。威勢の良いことを言い放ちながら、いざ始末されようとなれば騒ぎ、震え、結局何も手がなくなるまで生にしがみ付いた。私はあのような態度を取る気は毛頭ない」
見苦しい態度……確かにそうだったのかもしれない。
しかし、それでも――。
タケルには、あのときのオオモリ・リクの態度は自然で、今のヤハラの態度はひどく不自然に思えた。
納得がいかなかった。
もっと生に執着してほしかった。
総裁にしっかり弁明をして、死刑を免れ……そして扉を出てきてから、自分に向かって「お前のせいで」と罵倒してほしかった。
そのほうがどれだけ救われただろうか。
「あなたがそうでも、僕はあなたが処刑されるのは耐えられません。僕に今まで指導してくれたのはあなたです。生きていて欲しい。生き延びてもらえるのなら……あなたがあの人間のような態度を取ってもまったく構わなかった。見苦しいとも思わなかったと思います」
「タケル。私はそのようなことをお前に教えてきたつもりはない。それは危険な思想だ」
「……」
ヤハラにぶれる気配はない。このままおとなしく死ぬ気なのだ。
タケルは、全身から力が抜けていくように感じた。
膝は支えを失い折れ曲がり、その場で両ひざをつき、両手をついた。
「申し訳ありません……僕のせいで……」
「私はお前のせいなどと言った覚えはない」
「……」
「お前はおそらく極刑を免れるだろう。後は頼んだぞ」
付き添いの人間の、「牢に案内します。一緒に歩いてください」という声とともに、ヤハラは去っていった。
――なぜですか。
真の人間というのは、生きることに執着してはいけないのですか。
そして他の人間に対し、見苦しくてもよいからもっと生きていてほしい、と願うことも……。
しばらくタケルは、その場で動くことができなかった。
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