緑の楽園
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第三章
第30話 戦闘
現れたのは、若い巫女姿の女性だった。
この神社の巫女の一人だろう。
現場を見るや否や、「キャアアアー!」と悲鳴をあげ、超速で消えた。
「待て!」
「いや、追うな!」
追おうとするタケルを、ヤハラが制した。
「神社の連中が来てしまうおそれがある。予定変更だ。この者をすぐに始末して逃げるぞ」
「はい」
そして、仰向けで腹の傷を押さえている俺のほうに向き直る。
……。
いま、外の扉は開いているはずだ。
もしもクロが、ここに俺がいることに気づいていたのであれば――。
そんな一縷の望みを込めて、開いたままになっている部屋の扉を見つめた。
だが、部屋には誰も入ってこない。
ダメか……。
よく考えたら、クロが戸の前にいたのであれば、巫女と同じタイミングで現れていたはずだ。
やはり、気づいていないのだろう。
――ここまでだな。
あの巫女の錯乱ぶりは、悲鳴をあげたまま実家まで帰りそうな勢いだった。
すぐに誰かを呼んでくれる可能性はないだろう。
カイルもまだ来ていないだろうし、万一来ていたとしても、今すぐここを発見できるとは思えない。
そして俺は動けず、自力で打てる手もない。
もうどうしようもない。
幸いにも、楽に殺してもらえる流れになった。
首を斬るか、心臓を一突きか。どちらにになるかはわからない。
だが、手足を一本ずつ斬り落とされるよりはずっといい。
「もっといたぶろうかと思っていたがな。仕方がない」
「ざんねん……だったな……」
ヤハラは、フンと鼻で小さく笑った。
「威勢よく啖呵を切ったかと思えば、無様に助けを呼び。そして刻まれるとなれば震え、潔さの欠片もなかったな」
「……」
「こんな情けない奴が我々の祖先であってはならない。お前は我々と同じ人間ではなかった。時間転移で現代に来たという話も全部虚言だった。そして我々の作戦の邪魔をしたので誅殺された……それでいい」
ヤハラはそう言って俺を全否定すると、仰向けになっている顔の上で剣を構えた。
俺は目をつぶった。
「こちらです!」
いきなり、外のほうから声が聞こえた。
つい今、この声のもっと高いバージョンを聞いたような気がした。
「え? ここ?」
「はい! ここです!」
また一つ、聞き覚えのある声だ。
俺は目を開け、開いたままの戸を見た。
ひょこっと、一匹と一人が出てきた。
ああ……。
白い紀州犬と、金髪の少年だ。
そしてその後ろには、何やら少し長めの棒を持っている、さっきの巫女。
来て……くれたみたいだ…………。
「リク!」
「兄ちゃん……!」
カイルは一瞬で状況を理解したのだろう。すぐに剣を抜いた。
クロも二人を睨み、戦闘態勢に入った。
ヤハラとタケルも、それぞれ剣と短剣を構える。
大きなリビング程度の広さの部屋で、双方が対峙するかたちになった。
「子供に犬に女だけか。始末するぞ」
「はい」
そんな短い会話を交わした二人を睨み、カイルが言葉を発する。
「兄ちゃん、ちょっとだけ待っててな。こいつら……すぐやっつけるから」
床を勢いよく蹴り、二人に向けて突っ込んでいった。
カイルの動きは速かった。
まずは暗殺者の少年のほうに、風のように突進していく。
そして目にもとまらぬ速度で剣を振り下ろした。
それをタケルは短剣で受けた。
想像以上に攻撃が重かったのだろう。圧力に耐え切れず、右足が一歩後ろに下がった。
カイルは二発目、三発目と猛スピードで攻撃を繰り出していく。
タケルはいきなり防戦一方に追い込まれていった。
ヤハラは最初、巫女のほうを向いていた。
カイルがタケルに付きっきりのうちに、他の一人と一匹の始末をしようと考えていたのだろう。
が、タケルの不利をすぐに悟ったのか、標的を変更し、斜め横からカイルに斬りかかろうとした。
ところがその瞬間――。
「アアアアー!」
巫女が悲鳴をあげながら棒を突き、それがヤハラの右肩に命中した。
彼の動きが止まった。
わずかに呻くと、巫女を睨み付けた。
「女、そんなに先に死にたいか」
ヤハラが剣を構え直し、巫女に向かう。
――クロの存在を忘れているんだろうな。
そう思った。
クロは余計な動きをせず気配を消しており、じっとヤハラの隙を伺っている。獲物を狙うヒョウさながらだ。
この前、戦争に出たときもそうだった。
クロは武器を持つ人間に対して、安易に一対一の状況は作らない。
あまり派手には動かず、チャンスを待つ。そして、対象が誰かと戦っているときに、一瞬の隙をとらえて攻撃する。
それが最も効率的だと考えているのだろう。
ヤハラはタケルと違い、戦いの場でのクロを初めて見る。
俺と意思疎通が可能という話は聞いていたかもしれないが、戦闘能力については、もしかしたら野犬に毛が生えた程度しか見積もっていないのかもしれない。
そうだとすれば、致命的な評価ミスだ。
クロは数匹の野犬に囲まれても、それを撃退した。
そして先日の戦争でも、激しい戦闘を戦い抜いて生還している。
しかも、どちらも俺というお荷物を抱えたまま、の話である。
――このターンでヤハラの負けだ。
そう確信した。
向かってくるヤハラに対し、また巫女が「アアアアー!」と叫び、アウトレンジから棒を突き出す。
鋭い。
この巫女、とんでもない悲鳴をあげているわりには、普通に戦っている。
これが彼女の戦い方なのだろうか。
女子の剣道みたいなものなのかもしれない。あれも聞き方によっては悲鳴に近い。
ヤハラは棒に慣れていないのか、完全にかわしきれず、今度は左肩に命中した。
命中部位の関係で回転する体。バランスが崩れ、少し右肩が突っ込むような姿勢になる。
その瞬間にクロが飛びかかり、右腕に噛み付いた。
「くっ」という声が漏れ、ヤハラが持っていた剣が床に落ちた。
反対側の手を使い、クロを懸命に引き離そうとする。
クロは振りほどかれたが、その隙に、巫女が悲鳴とともに追撃の一撃を入れた。
それは腹部へとまともに入り、ヤハラは後ろの壁まで吹き飛んだ。
カイルの猛攻は続いていた。
内容は圧巻だ。おしらく技術、スピード、パワー、すべて上回っている。
俺と手合せをしてくれていたときは、だいぶ手加減していたのだろう。
短剣で受け切るのは難しいと思ったのか、タケルはフットワークを使ってベクトルをずらし、圧をまともに受けないようにしようとした。
しかしカイルの技術はそれを許さない。動きを的確に読み、自分もフットワークを交えて追撃した。
必死で受け続けるタケルの表情は、かなり苦しそうに見える。
カイルは剣を使いながら、今度は足技も出した。タケルの足にローキックを入れたのだ。
足は予想できなかったのか、タケルはまともに喰らってふらつく。
その隙に、カイルは再度踏み込んだ。
なんとかそれを受けたものの、跳ね返せないタケルの体が、後ろに反る。
そこからカイルはさらに一押しすると、今度はミドルキックを繰り出し、彼を蹴り飛ばした。
「がはっ」
タケルは後ろの壁に激突。
短剣が飛び、床に倒れていた俺の体の近くまで転がってきた。
「……退くぞ」
「は……はい」
ヤハラが撤退を口にし、小ぶりな灰色の球をズボンのポケットから出した。
そして歯でピンのようなものを外し、それを部屋の中央に投げた。
――あ、これは。
俺がそう思った瞬間、ポムッという膨張音がし、部屋が煙だらけになった。
煙玉だ。
またたく間に、視界がゼロになった。
「わっ! 何だこれ」
「キャアアア! 何ですかコレは?」
煙が晴れたときには、ヤハラとタケルの二人はいなかった。
そして部屋の隅の床に、四角形の大きな穴が空いていた。
そこから逃げたようだ。
「リク!」
「兄ちゃん!」
「お兄さん!」
視界が復活したと同時に、一匹と二人が俺のところに飛んできた。
「お、俺なら……大丈夫だ……」
「大丈夫じゃないよ! 血がすごいし……げ、傷口が開いたんだ? 腹だと止血しづらいから背負ったら危ないね。巫女さん、担架はある?」
「はい、今すぐ用意します。人も呼んできます!」
巫女はバタバタと走っていった。
「カイル、ごめん……俺、お前が……せっかく……色々教えてくれたのに……全然生かせなくて……みっともなくて……本当に申し訳ない……」
町にいた頃、カイルに体術も教わっている。
せっかく教わったことを、実戦で生かすことはできず。一方的にボコボコにされた。
そして敵も呆れるくらいの見苦しい態度を取って。
思い出したら無様すぎて涙が出てきた。
「そんなことはどうでもいいよ! オレのほうこそごめん。こんなことになってたなんて全然知らなくて。院長の実家までクロが来てくれて。慌てて一緒に来てみたんだけど、なかなか兄ちゃんが見つからなくて。そうしてたらすぐ前の建物から巫女さんの悲鳴が聞こえて、どうしたのって聞いたら『手伝って』って…………遅くなってごめん」
「なんでお前が謝るんだ……。助かった。ありがとう」
「うう……ごめん……うっ」
カイルも泣いてしまった。何も悪くないのに。
カイルとクロは俺を探してくれていたのだ。
そしてちょうどこの建物の前にいたときに巫女の悲鳴。俺は運がよかったのだと思う。
しかし、あの巫女。
「手伝ってくれ」と言ったということは、俺を助けるつもりだったということになる。
棒を持っていたが、この倉庫の中か外にあったものを適当に武器代わりにしたのだろうか?
もう戻って来ることはないと思い込んでいたことを、申し訳なく思った。
***
輿のような豪華な担架が準備された。
俺はそれに乗せられ、巫女に連れてこられた四人の運搬要員によって運ばれることになった。
助かったという安心感のせいもあるのだろうか。揺られながら、徐々に気が遠くなってきた。
――あ。
大事なことがあった。
失神する前にお願いしておかないとまずい。
「カイル……いるか?」
「うん。いるよ。大丈夫? どうしたの?」
「頼みが……あるんだけど」
「何でも聞くよ。言って」
「ヤハラが……スパイだったというのを……陛下に……伝えてほしい」
ヤハラがスパイであったという事実を、城の人はまだ知らない。
彼がそのまま帰城した場合、何をしでかすかわからない。
城のみんなの身が危ない。
そして証拠隠滅を図る可能性もある。
高級参謀三人は、専用の仕事部屋がある。ヤハラの部屋には、敵組織の内部情報をつかめるモノがあるかもしれない。それを処分されてしまうおそれがある。
できるだけ早く、国王に伝えたほうがよいだろう。
「わかった。すぐ行ってくるよ!」
そう言うと、カイルは駆け足で向かった。
指示としては言葉足らずだが、あの国王は頭がキレる。「ヤハラがスパイだった」という事実だけを伝えれば、すぐに必要な措置をとるだろう。
むしろ、俺が見えないこともたくさんピックアップして処理するに違いない。
これでもう、緊急で手を打たないといけないことはないと思う。
「クロ、いるか……」
「ここにいる」
担架の上からでは見えないが、すぐ横についてくれていたようだ。
「お前は……ケガは……なかったか……」
「ない」
「そうだ……なんで院長の実家の場所を……知って……いたんだ? しかも俺が……どこで……何をしているか……わからないのに……なんで助けを呼べ――」
「その説明は後だ」
「ああ……わかった。クロ……ありが――」
「喋りすぎだ。悪化する。寝ろ」
クロに怒られたので、黙ることにした。
あ……ちょうど意識も…………。
……。
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