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Evil Revenger 復讐の女魔導士

作者:mst2018ver
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魔王領の日々

 魔王領で過ごした日々は、今までの私の生涯からすれば、そんなに長い時間ではなかったと言える。
 それでも、後の私を形成する上で、あの場所での経験が、欠かせないものになっていることは、間違いない。
 それまで、誰かの助けなしでは生きていけなかった私を、変えてくれた場所。
 あの場所を訪れることは、きっともうないだろうが、あそこは、私にとって、とても思い出深い場所だった。

「こいつを持ってみろ」
 そう言って、ネモから渡されたのは、鉄の剣だった。
 城の中庭で、私の最初の訓練は始まった。
 鞘に入ったままのそれを受け取った時点で、私にはもう重い。
 抜いてみるよう指示される。訓練用に刃は潰してあると言われた。
 たどたどしい動作で、剣を鞘から引き抜く。
 片手では、まともに持っていられない。
 引き抜くと同時に取り落とし、慌てて両手で拾いなおした。
 両手で持っても重い。
 この時の私には、剣の柄を両手で持って、引きずるのが精一杯だった。
「しっかり構えろ」
 ネモは、怒鳴るでもなく、淡々と指示する。
 言うとおりにしないと、殴りつけられるかもしれない。
 兄の下で、そうやって育ってきた私は、ここでもその恐怖から、なんとか、必死に剣を構えようとした。
 だが、刃が持ち上がらない。
 しばらく、声を上げながら、柄を引っ張り続けていたが、結局は持ち上がらず、剣を落として、その場にへたり込んだ。
「……持てないか」
 寄ってきて、剣を拾い上げるネモ。
 肩で息をしている私に、向ける目は無表情で、感情は読めない。
「私……やっぱり、戦うなんて向いてないよね……?」
 恐る恐る尋ねる。
 怒っているのか、呆れているのか。
 どうせ、私にこんなことをやらせても意味などない。
 始めから、わかっていたことだ。
 とにかく、この苦行から、早く解放されたいと、思った。
「それ以前の問題た。剣が振れなければ、何も見られない」
 落胆するでもなく、怒るでもなく、やはり淡々と、ネモは言った。
 こいつを使ってみろ、と、少し短めの剣を渡された。
「このショートソードなら持てるだろう」
 元々、最初の剣を、お前の細腕でまともに扱えるとは思っていない、と彼は言う。
「訓練では、実戦よりも重い剣で体を慣らす。だが、流石に持つことさえできない剣では、訓練にならん」
 渡されたショートソードは、それでも、私には重かった。
 なんとか、切っ先を胸の高さまで持ち上げた。
 姿勢を維持するだけで辛い。腕が振るえている。
「振ってみろ」
 振れるわけがない、持っているだけで辛いのだ。
 だが、彼は、振ってみろ、と今度は睨みながら、もう一度、言った。
 必死に、剣を頭の高さまで持ち上げ、ぎこちない動作で振り下ろす。
 2回、3回、と振ったところで、遂に剣を落とし、へたり込んだ。
「お前に足りないのは、筋力と体力だ。まずは、その剣を楽に振れるようになることだ」
 ネモのその言葉には、呆れも怒りもない。
 早々に見限られると思っていた、いや、見限られて楽になりたいと思っていた私にとって、その言葉は、意外だった。
 こうして、この日より、私の訓練の日々は始まった。

 それから、一週間ほど経っただろうか?
 城の中庭の隅で、私は、ネモに言われるまま、素振りをしていた。
 振っているのは、あの時のショートソードより、さらに短い短剣だった。
 慣れたら、元の剣に戻すと言われている。
 訓練が始まったあの日から、実戦での戦い方などは、一切教わっていない。
 ただ、素振りと、走り込みと、筋力鍛錬だけが続く日々だった。
 始めのうちは、疲れてすぐ休もうとする私を、ネモは叱りつけた。
 毎日、へとへとになるまで、訓練は続く。
 常に見張られ、勝手に休むことは許されない。
 いつも、訓練が終わって部屋に戻ると、あったはずの明日への不安などは、何もかも忘れて、ただ眠った。
 訓練開始から数日が経過すると、私の方も少しずつ弱音も減り、勝手に休むこともなくなってきた。
 そして、昨日あたりから、ネモは、訓練内容のみ告げて、しばしば、席を外すようになった。
 ずっと監視していなくても大丈夫だと、判断されたのだろう。
 今日も、同じように、日課の素振りをこなしていたのだったが、
「おい」
 この日は、突然、声をかけられた。
 ネモの声ではなかった。
 手を止めて振り返ると、皮鎧を身に着けた男が立っていた。
 身長は兄と同じくらい、ここ魔王領では、平均的な体つきの男だった。
「な、なんでしょう……?」
「お前、スーディの娘なんだってな? あの裏切り者の」
 男の顔に浮かんでいたのは、嘲りの笑い。
 昔、治安の悪い街の裏路地で、こういう顔をした少年たちに、絡まれたことを思い出した。
「魔王様も身内には甘いよなあ。スーディの裏切りで、魔王様ご自身が負傷して、退却せざるをえなくなったのによ」
 初めて聞く話だった。
 父は、魔王領の人たちにも、激しく恨まれているのだと感じた。
「お前も、そんなチンタラやってても、訓練になんねえだろ? 俺が手伝ってやるよ」
 言うなり、彼は、腰の剣を引き抜いた。
 それは、訓練用の剣ではなく、真剣だった。
 それを躊躇いなく、こちらに振り下ろす。
「ひっ!?」
 私は、持っていた短剣で、なんとかそれを弾いた。
 後ろにのけぞった後、倒れないよう踏ん張る。
 なんなの、この人!?
 戸惑う私に、彼は容赦なく、追い打ちをかけてきた。
 2撃目も何とか弾く。
 受け損なえば、怪我ではすまない。
 だが、相手は、そんなことは気にも留めていないようだった。
 もし、ネモから訓練を受けていなければ、最初の一撃の時点で、とっくに短剣を弾き飛ばされていたはずだったが、この時の私は、そんなことには気づかなかった。
「おらおら、どうした? 反撃してみろよ!」
 身を守るので精一杯なのだ。
 反撃する余裕などあるはずがない。
 攻撃を受け止めるたびに、腕が痺れ、追い詰められていく。
 もう何度、それを受け止めたかわからない。
 最後の一撃を受けて、城壁に叩きつけられた私は、遂に短剣を落とし、その場に倒れこんだ。
「弱え、弱すぎんぞ!」
 倒れたままでいると、今度は腹を蹴られた。
 激しくむせ返ると、次は顔を踏んづけられた。
「立てよ! 寝るのは早えぞ! おい」
 そんな風にされたら、立ちたくても立ち上がれない。
 苦しむ私の顔を、彼は何度も踏みつけた。
 殺すつもりはないのだろう。
 この人は、ただ、私をいたぶって楽しんでいる。
 私は、踏みつけられながら、兄の暴力に耐えていた日々を思い出してしまっていた。
 あの暴力から逃れて1年以上が経っている。
 無縁でいたかったあの場所に、結局戻ってきてしまった。
 ここ魔王領にも、私の居場所なんてなかった。
 どこにいてもこんな目に遭うのなら、どうせ逃れられないのなら、もういっそ、殺してほしいと、そう思った。
「何をしている!」
 声のした方を見ると、ネモが立っていた。
 男の方も、それに気づいて、そちらを振り向く。
「なんだよ、そんな睨むなよ、ネモ。ちょっと、新入りに、魔王軍の流儀を教えてやってただけだぜ、俺は」
 言いながら、彼は、足を退けた。
「新人いびりが魔王軍の流儀か? 魔王様には、とても聞かせられないな、ルンフェス」
「裏切り者がどういう目に遭うか、教えてやってただけだろうが!」
 ルンフェスと呼ばれた男は、平然と言い返した。
「ネモ、これでも、お前には同情してんだぜ? 自分の親の仇の娘を、面倒見ろなんてよ。魔王様も酷えよな」
 親の仇? どういうことだろう?
 ルンフェスは、今度は私に向き直って言った。
「知ってるか? お前の親父、スーディが裏切った時、ネモの親は魔王様の護衛隊長だったんだぜ? その時、スーディに殺されたんだよ」
 気の毒になあ、と彼は続けた。
「しかも、あの時、魔王様が負傷したのは、こいつの親父が不甲斐なかったせいだ、とそんなことを言う心無い奴まで出てきてなあ。死屍に鞭打つって奴か?」
 私は、少なからず、衝撃を受けていた。
 ルンフェスが言ったことが事実なら、私はネモに恨まれても仕方ない。
 ここでは、一番身近にいる相手からも疎まれている。
 それでは、ここに私の居場所など、あるはずがない。
「ネモ、本当は、お前も、こいつを殺したいんだろ? 代わりに俺が、手を汚してやってんだよ」
 言いながら、彼は、私の肩を蹴った。
「魔王様は、そいつを鍛えることを望んでいる。もし殺せば、お前が罰を受けることになるぞ」
 ネモは、あくまで冷静に、そう返した。
 この人には、そんなに、魔王の命令が大事なのだろうか?
 憎い相手に無理して向き合わなければ、いけないほどに。
「クールだな、ネモよお……。お前、あんまり調子に乗ってんじゃねえぞ」
 それまで、人を小馬鹿にするように喋っていた、ルンフェスの口調が変わった。
「お前が面倒を見た連中が、偶然、手柄を立てただけのくせに、勘違いしてんじゃねえよ」
 彼が本当に気に入らなかったのは、ネモだった。
 私のことなど、実際はどうでも良いのだろう。
 この時、初めて気づく。
「その通りだな。あいつらの手柄は、あいつらの努力によるものだ。俺の手柄じゃない」
「スカしてんじゃねえよ! お前自身は弱っちいくせにな!」
 ルンフェスは、剣の切っ先をネモに向けた。
「抜けよ。俺が身の程を教えてやる」
 だが、ネモは剣を抜かない。
「魔王領内での私闘は禁じられている」
 気が付けば、城内の兵士数人が、何事かと、様子を見ていた。
 ルンフェスも、それに気づいて、舌打ちすると、剣を収めた。
「腰抜けが、命拾いしたな」
 最後に、そう言い捨てて、城内へと消えていった。
「立てるか?」
 倒れている私に、ネモがそう声をかけてきた。
「……うん」
 答えて、ゆっくり体を起こす。
 立ち上がる時に、彼は手を貸してくれた。
「その様子なら、歩けるな? 付いてこい、手当てしてやる」
 その言葉が思いのほか優しかったので、私は少し面食らった。
 ネモは、私を恨んでいるの?
 聞きたくて、でも、結局聞けないまま、手当ては終わった。
「手当てが済んだら、訓練を再開するぞ」
 あんな目に遭ったのに、今日はもう休んでいい、とは言ってくれなかった。
 優しさを感じたのは、僅かの間だけ、彼はどこまでも厳しい。
 やはり、私は恨まれているのかもしれない。そう思った。
 実際は、彼は職務と私怨を混同するような人ではないのだが、この時の私は、まだそれを知らなかった。
 その日も、後に続く訓練は厳しく、疲れ果てた私は、悩むことも忘れて眠りについた。 
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