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緑の楽園

作者:どっぐす
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第二章
  第21話 古代遺跡

 どういうことだ……。
 いや、どういうことも何も、そういうことなのだろう。
 この復元予想図は、どう見てもさいたまスーパーアリーナだ。
 それ以外の何物でもない。

 ……。
 そうなると、だ。
 「違う世界に、まったく同じ形に設計された建築物が、たまたまありました」という話が通るはずがない。
 今俺がいるこの世界は、異世界などではないということになる。

 では、異世界でなければ何なのか。
 遺跡となっている、さいたまスーパーアリーナ。
 それが意味することは、一つしかない。

 この世界は、遥か未来の日本――そういうことになる。

 だが、未来の日本だとすると……。
 不自然な点もある。
 真っ先に思いつくのは、なぜ文明レベルが俺の時代よりも下がっているのか、だ。

 文明のレベルは、一度上がったら下げられないものだと思う。
 一度便利なモノを知ってしまうと、それを手放すのは容易ではないためだ……より便利なモノが登場するまでは。

 そして、記録が存在する千年前の時点から、文明の進歩するスピードが異様にゆっくりであることにも疑問が湧く。
 江戸時代のように、何らかの事情で進歩を拒否していた、などということがあったのだろうか。
 しかし、孤児院にいたときにこの国の歴史を少し勉強しているが、その知識の中では思い当たる理由はない。

 ……。

 だめだ。
 この件は、落ち着いて考えないと頭が整理できない。
 部屋でゆっくり考えたい。
 いったん忘れよう。

 今一番大事なことは、国王をここで追い返すことだ。



 ***



 遺跡にいた俺ら一行に、国王が予定通り到着したという知らせが入った。
 現場事務所に荷物を置いた後、こちらに来るらしい。

 あ、来た。

 ――護衛が少ない。
 もっとわんさか連れてこいよ……。
 学者は一杯いるようだが、そいつらはあんたのことを守ってくれるのか?

 国王は俺ら一行を発見すると、こちらに走って寄ってきた。

「リク! お前も来ていたのか。ちょうどいい、余と一緒に回――」
「陛下、帰りましょう」

「……? なぜだ」
「危ないからです。城の人達に引き留められませんでしたか?」
「確かに爺には不安だと引き留められたが……。しかし参謀たちには、現場の士気も上がるし良いことだと、むしろ勧められたぞ?」

 参謀たち――。
 主に、軍議のときにいた参謀三人のことを指しているのだろうが……。
 すでに俺の中で、彼らへの不信感は最高潮に達している。

 この前の戦のときもそうだ。
 俺のような素人からも疑問に思われるような稚拙な作戦を用意し、敵の中央突破を許した。
 一歩間違えば、とんでもないことになっていたと思う。

 そして今度は、国王を、かつて先代が急死した地に、しかもそのときと状況が似ていると知りながら行かせているわけだ。
 このまま何事もなければいいが、そもそも「何事もなければいいが」と思うような状況ならば、最初から行くべきではない。
 それなのに反対もせず、逆に勧めてしまうとは……。
 いったいどういう思考回路をしているのだろう。

 参謀三人のうち、ヤマモトは単なるスピーカーの役割らしく、自分の頭で考えている感じはない。まだ見習いみたいなものなのだろう。
 あとの二人は……ブレーンとしてきちんと機能しているのだろうか? 疑わしいにも程がある。
 今回は、爺の意見が正常な意見だ。間違いない。

「陛下。今回は恐らく爺の意見が正しいです。安全かどうか不安があるときは自重してください」
「お前は心配しすぎだ」
「何かあってからでは遅いからです」
「そんなことを言って、何も起こらなかったらどうする? お前は責任を取るのか」
「責任なんて取れるわけないじゃないですか」
「なら言うな」

 だめだ。
 戦のときも、ヤマモトから避難を進言されたときに速攻で却下していた。あのとき俺が進言していたとしても、おそらく聞いてもらえなかっただろう。
 この国王は、かなりの強情なのだ。

「それはただの屁理屈です。危機を回避する行動を取るのは当然です。そのうえで危機が訪れなければ、それはそれでよいことでしょう。なんで責任云々という話になるんですか」
「お前、今日は少しおかしいのではないか? なぜこんなに突っかかってくるのだ」
「だから危険だからだって言ってるじゃないですか」
「……なぜだ。現場で頑張っている者たちを励ますのは大事な仕事だ。何が悪い」
「それはもちろん大事な仕事でしょう。俺が言っているのはそういうことではなく、危険だから今はやめてくださいということなんです」

 ……。
 国王が納得する気配がない。

 もしかして、俺のやり方もよくなかったのだろうか?
 いきなり頭から「帰れ」と言ってしまったので、余計に反発を招いたのかもしれない。
 もう少し作戦を練って追い返しにかかるべきだったのか?

「このような大規模な事業を始めた以上、一度も余が視察しないなどということはありえぬ。いつか行かなければならないのであれば、最初から行っても同じではないか」
「全然同じじゃありません。少し軽率すぎます。俺は何も、ずーっと行くなと言っているわけではありません。もう少し様子を見て、安全であることを確認して行くべきだと言っているんです」
「……余は帰らぬ。今日はここを視察する。そしてお前も一緒に回れ」

 くそ……。

「だいたい、今回の件についてお前の意見を求めた覚えなどない。余のやることに指図することなど許さぬ」
「え?」
「お前は余に指図する資格などないと言っている」
「……は?」

 ……。
 何言ってんだこいつは。
 俺はあんたの部下じゃないぞ? 何が資格だ。ふざけるな。

「ああそうかよ……。だがあいにく俺はこの国の人間じゃないんでな。部外者として自由に、堂々と意見を言ってやる。ここは危険だからさっさと帰れ。今すぐにだ」
「貴様! 陛下に向かって何という態度だ!」
「おいリク、少し言い過ぎだ」

 国王の後ろにいた中年の男と、俺の後ろにいた女将軍から、抗議の声があがる。
 だがその声も、右から左へ流れていった。

「いいか、よく聞け。あんたは国王だ。あんたに何かあったら、みんなが困ることになる。代わりはいないんだよ。それがわかってるのか? 九年前、先代がここで倒れた。そして検死もロクにしていない。病気だと言われているが、そんな証拠もない。
 つまり、九年前の件は何も解決してないんじゃないのか? それなのにあんたは何の対策もなくノコノコとここに来た。万一のことがあったらどうするつもりだ?」

「……」
「ちゃんと反論できないなら言うとおりにしろ。まあ反論できたところで、今日は力づくでも連れて帰るつもり――」

「おい! リク!」

 俺の名前を呼ぶ大きな声が、下から聞こえた。
 ――うるさいな。今話し中だ。

 ゴツン。

 今度は体当たりのような勢いで、体を当てられた。
 さすがに下を見て確認する。
 あ、クロか。

 ……急に視界が広がっていく。

「クロか。悪い。ちょっとまわりが見えてなかった。どうした?」
「不審な人間がいる」
「……! どこだ!?」

 俺はすぐに周りを見渡した。
 パッと見る限りでは、作業に従事している者以外の人間は見あたらない。

「あの後ろだ。他の人間とは明らかに様子が違う」

 クロが鼻で示した先には、巨大な瓦礫の塊のようなものがある。
 距離は、二十メートルほどだろうか。
 あのあたりには作業員はいなかったはずだ。
 俺には誰もいるように感じないが、クロがそう言うのであれば間違いはないだろう。

「おい、そこにいるやつ! 出てこい」

 いることを前提に叫んでみた。
 疑問形では、いたとしても出てこないかもしれないから。

 すぐに返事はない。
 まさかのクロの勘違いだったか? と思ったところで――

 一人の男が、瓦礫の陰から出てきた。

「……!」

 そして、少しだけこちらに歩いてきて、止まった。

「よくここにいるのがわかりましたね」
 
 男は、十代後半くらいの容姿に見える。まだ若い。
 顔の色は白い。
 ショートで真っ黒な髪と、頭部以外の全身を覆っている黒い服。
 強いコントラストである。

 いや……今は男の容姿などどうでもいい。
 俺には、見えた。
 見えてしまったのだ。
 男が出てくるときに、黒く小さなL字型のモノを、上着のポケットに仕舞ったのを。

 それは、この国には存在しないはずのものだ。
 だが今のは見間違いなどではない。

「お前は誰だ。何のためにここにいる」
「僕ですか? 散歩です。旅人ですので」
「嘘をつくな」
「嘘ではありません」

 男は余裕のある表情だ。
 旅人で通すつもりか。

 いま俺と大ゲンカになっていた国王も、国王の連れも、近くにいた作業員も、ファーナ将軍も。この状況が呑み込めず、ただ見ているだけの状態になっている。
 俺は少し迷ったが、言うことにした。

「しらばっくれるな。お前が出てくるときに一瞬見えたんだ。拳銃を持っているだろ」

 俺のこの問いかけに、男の表情は一変した。
 一転して狼狽した表情になり、上着のポケットと思しき場所を触った。

「なぜ拳銃のことを……。もしや、あなたも人間……?」

 男は意味不明なことを口にし、そして続けた。

「……いや、今はそんなことを考えている場合ではありませんね。任務が優先です」

 何だ? この男はいったい何を言っているのだろうか。
 さっぱりわからない。

「予定が狂いましたが。こうなっては仕方がない。堂々とやらせてもらいます」

 男は上着のポケットから、黒く小さなL字型のモノを出した。
 そしてその先端を、国王のほうに向ける。
 向けられた国王のほうは、まだ状況が理解できず、固まっている。

「国王、お覚悟――」

 俺は二十二年の人生で、最高の反応速度を記録したかもしれない。
 この場で、あれが何かを知っていて、その危険性を理解しているのは、俺だけだ。
 俺しか、この場で動くことができる人間はいない。

 自分でも驚くほど、素早く体が動いた。
 国王の体の前に向かって、飛んだ。

 そして空中で体を少し捻り、男に対して背中を向けながら、国王の前に着地。
 国王の体をしっかり掴み、そして横に飛――

 パン――!

「うあぁ!」

 大きな破裂音とともに、強い衝撃が全身の隅々まで走った。
 同時に、右の腰からわき腹にかけて、突き刺されたような激痛。
 俺は国王の体を抱えたまま、覆いかぶさるように倒れた。

「い、今の音は……! リク! 大丈夫か!」

 下に敷かれるかたちになった国王が、起き上がろうとする。
 俺は、力を振り絞ってそれを抑え込んだ。

「に……にはつ……めが……くる……このまま……う……ぐあぁ…………がはっ」

 右わき腹が焼けるように熱い
 熱くてたまらない。

「うああぁっ……」
「ち、血が……! おい、しっかりしろ!」
「う……ぐ…………」

 踏み固められている地面の上を、薄く広がってきたのだろう。うつ伏せになっている俺の手に、血と思われる生温かい液体を感じた。
 わき腹が熱い。しかし手足は冷たくなっていく感じがある。

「だ、誰か! 医者だ! 医者を呼んでくれ!」

 国王の叫びが聞こえる。
 まわりの人間たちの叫び声が聞こえる。
 クロの咆哮も聞こえているような気がする。
 そして将軍の怒声も。
 しかし、それらのボリュームは徐々に小さくなっていった。

「……い、いやだ……死ぬな! リク!」

 俺の意識は途切れた。 
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