緑の楽園
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第二章
第15話 決意
謁見は終わり、与えられた部屋に向かって歩いている。
某テレビ番組で特集されていた、ヤスケという人物を思い出した。
戦国の世。宣教師が連れてきた人物で、当時日本では知られていなかった人種、黒人の若者だ。
織田信長がそれを気に入り、側近として戦にも連れて行ったという話があったそうだ。
現在の俺も、割と似たような状況になっているのかもしれない。
もう俺の戦争参加は決まってしまったことであるし、そのことについてはとやかく言っていても仕方がない。
だいぶ気持ちも落ち着いている。あのガキ余計なことをしてくれおって、という気持ちはない。
昨日に国王の過去話を聞いていることもあり、素直に応援したいという気持ちが強い。
ただ。戦争ということは、だ……。
国王のいるところは本陣になるだろうから、俺とクロが最前線に放っぽり出されるわけではないのだろう。
しかし、勝ち戦であっても激戦となった場合や、あまり考えたくはないが敗戦となった場合は、当然死ぬ可能性が出てくるということになる。
万一死亡するようなことがあると、何のためにここまでやってきたのかわからない。
ヤスケは信長が自害した本能寺の変のときにも一緒にいたそうだが、生き延びたと伝えられている。
俺もそれにあやかれるとよいのだが。
「おい」
突然背後から声をかけられた。女性の声だ。
「はい、何でしょう?」
振り向くと、将軍風の女性がいた。
体は細身だと思うが、腰に差す立派な剣。そして全身から醸し出されているただならぬ雰囲気。
かなり偉い人物であるということはわかる。
女性にしては長身で髪は長く、おそらく相当な美人のカテゴリだ。
年齢はまだ若い。二十代後半くらいだろうか。
謁見のときの重臣チームにいたのかもしれないが、なぜか俺の記憶には残っていない。
厳ついオヤジ達が目立ち過ぎていたので、見落としていたか。
「……」
「……?」
真剣な表情だ。何か思いつめているのだろうか?
と思っていたら、その女性は俺の斜め前まで来て、俺の肩に手を置いた。
「陛下は聡明なお方だ。まだお若いながら判断力に優れている。そして、このたびの戦は条件もわが軍が有利であり、私もそう簡単に負ける戦だとは考えておらぬ。
しかし、どんなに注意をしようとも、不測の事態が発生するのが戦場というものだ」
俺を見つめる双眸の光は、武人らしい強さがあるように思う。
しかし、同時に母性も少し混じっているように感じた。
将軍風の女性は続けた。
「お前はこのたびの戦で、陛下のそばにいることになる。そばにいるということが何を意味するのか、それはお前も十分わかっていると思うが……陛下に万一のことがあるときは、陛下を守って死ななければならぬということだ」
そう言うと、将軍風の女性は俺の肩から手を離した。
「オオモリ・リク。どうか、陛下を頼む」
俺に対して深々と頭を下げた。
そして女性は俺から視線を外すと、今度はクロに対して跪き、祈った。
「陛下を、宜しくお願いします」
……。
俺は外堀が完全に埋められたのを感じた。
話が重すぎだろう。
……いや。
よく考えたら、当然なのかもしれない。
先代国王が急死したのが九年前。当時は国中がこの国の将来を心配しただろう。
跡を継いだ幼少の国王はたまたま聡明であり、現在は自分で国政をおこなえるまでになっている。
だがそれでもまだ十二歳だ。やはり今の将軍達から見ても危うさがあるはず。
謁見の間で怖い顔をしていたオッサン達だって、本当は国王の身が心配でたまらないはずだ。
……だめだな。
さっきまでの考えは捨てなければならないと思った。
おそらく、俺は本能寺のヤスケにあやかることは許されない。
ヤスケは確かに、本能寺の変を生き延びた。
そして、二条城に居た信長の子、信忠に事件を報告するという重要な仕事をした――テレビではそう紹介されていた。
しかし彼としては、本当は信長の命を救いたかっただろう。
その意味では、彼は決して本懐を遂げたとは言えないのだ。
万一の事態になったとしても、俺はヤスケになってはダメだ。
負け戦になろうが、本陣まで崩されようが、あの国王は死なせてはならない。
そして、俺も死なずに生き延びる。
そこまで出来て、初めて及第点である気がした。
***
「まあ気持ちはわかるがな。怒るなよ」
「怒ってないですよ、陛下」
午後、国王がまたこちらの部屋に来ている。
こんなところでのんびりしていて良いのだろうか。
このあと軍議があると聞いているのだが。
「お前は嘘が下手そうだからな。昨日の夜も、『別に怒ってなかったですけど』などと言っておいてプンプンだっただろう」
「今は本当に怒ってないですよ?」
「ということは、やっぱりあのとき怒っていたわけか」
おい。
「陛下、会話に罠を仕掛けていると、そのうち会話に応じる者がいなくなると思うんですけど?」
「あはは、そうだな。気を付ける。お前は反応が面白いから、つい」
国王はイタズラっぽく笑った。
この笑顔だけを見ると、普通の子供だ。
国王は俺と一緒にベッドに座っている。ポジションは昨日同様、俺の左隣。
左手でクロの頭を撫でているのも昨日と同じ。右腕で俺の左腕と組んでいるのも同じだ。
腕組みが好きなのだろうか。この人は。
国王は正面を向いたまま話を続けた。
「謁見のときはもっともらしい理由を付けたが、まあ本当のところはな、余も戦に行くとなると不安なので、お前達に一緒にいてほしいということだ。お前をいきなり巻き込んだことについては、悪いと思っているのだぞ……」
「……」
国王の目線が、ベッドの横に立てかけられた剣に移った。
もう客人ではないから――ということで、守衛より返してもらっていたのだ。
「その剣はイチジョウの剣だな。見覚えがある」
国王は懐かしそうに目を細めた。
「お前、余のことが嫌いというわけではないのだろう?」
「ん? 俺は陛下のことは好きですよ? 頭はキレるようですし、なんだかんだで気遣いをしてくれているとも思っています。贅沢しようと思えばいくらでもできるのに体型は崩れていないし、きっと自分に厳しい人なんだろうなあとも思います。
しかも人望もあるみたいですよね? さっきも、女将軍っぽい人に陛下を頼むって言われましたし」
「ほう、ファーナが……」
国王が小さくつぶやいた。
さっき俺に凄まじい死亡フラグを立ててくれた女将軍は、ファーナという名前らしい。
「で、今。先代国王の遺志を継ごうとしているわけですよね。立派です。嫌う要素なんてどこにもないです」
国王は組んでいた右腕を外し、今度は俺の肩に回した。
背丈に差があるので、国王の手が俺の首の辺りに当たっている。
じわりと広がっていくような熱を感じる。
「そうか。ではリク、よろしく頼むぞ。いざというときはその剣で余のことを守ってほしい」
「はい。どこまで役立てるかわかりませんが頑張りますよ。陛下」
国王は俺の顔を見てニッコリと笑った。
***
城にある会議室。
中央に大きなテーブルが置いてある。
軍議をおこなっているのは、国王と三人の作戦参謀、そして六人の将軍たちだ。
六人の将軍のうちの一人は、昨日廊下で遭遇したファーナという女将軍である。
他の五人も謁見のときにいた顔だ。見覚えがある。
三人の作戦参謀は、全員初めて見る顔だが……。
一人だけ、妙に肌の色が白い人物がいる。病人かと思った。
こんなに白いと太陽の下で活動できないのでは? と思うくらいに透き通る白さだ。
作戦参謀とはいえ、室内に引きこもり過ぎなのではないだろうか。
それはさておき。
テーブルを取り囲み、作戦の確認をおこなっている。
俺とクロもなぜかここにいる。
国王から「お前は余のそばにいることになるので、聞いておいたほうがいい」と言われたためだ。
もちろん発言する気などはまったくない。空気である。
作戦の説明は、作戦参謀の一人がおこなった。
真っ先に目に留まった病人のような作戦参謀とはまた違う人物だ。やはり顔色は白いが、彼ほどではない。
そして、青の組紐で作った頭巾を付け、手には羽毛扇を持っている。
その恰好、どこかの軍師のマネだろうか?
いちおう中身は把握しておこうと思い、作戦の説明は聞いたが……。その内容には、やや不安を感じた。
せっかく敵を大きく上回る兵力があるのに、予定している布陣は本陣が薄すぎたのだ。
俺は将棋でも王将を深く囲うほうが好きで、穴熊の戦型をよく指す。
深く囲ってから序中盤で優勢を築ければ、逆転が起きにくい。自分の王将に王手がかかりにくいので、盤面のあっちこっちに注意を払わなくてもよく、判断ミスが起こりにくいからだ。
王将を深く囲わない戦型だと、攻撃力は高いが乱戦になりやすい。
しかも王手をかけられやすいため、優位に運んでいても、終盤に相手がこちらを幻惑する勝負手を放ってきて、それを受け間違えてしまいハイ逆転、ということが比較的多くある気がする。
今回は兵力も相手より多いだろうということなので、それを生かしてもう少し手厚く攻めたほうがよいと思うのだが。
説明を聞いていると「とにかく全力で攻めて勢いで圧倒しましょう」という感じに聞こえてしまう。不安だ。
うーん……しかし。
口を挟もうものなら、説明役の人に「だまらっしゃい」とか言われそうな雰囲気だ。
軍事に関しては、当然俺はど素人だ。
戦争を知らない子供たちの一人なので、余計な出しゃばりはしないことにした。
出発は明日。
軍議お開きのあとに、国王がこっそり「この戦いが終わったら、また肩車をしてほしい」と言ってきた。
頼むから死亡フラグを立てないでいただきたい。
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