緑の楽園
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第二章
第14話 二つの願い
「余の願いは二つある。頼めるか」
「……? はい、俺にできることであれば」
俺の腕をつかんでいる国王の両手は、少し汗で湿っているようにも思える。
願いとはいったいどんなことだろう。
ここで頼んでくるということは、あまり部下には聞かれたくないことなのだろうか。
もしそうであれば、結構な難度の頼みが飛んでくる可能性がある。
俺は心の中で少し身構えた。
「一つ目だ。肩車をしてくれ」
「……すみません、もう一度言ってもらってもいいですか」
「そなたは耳が悪いのか? だから、二つ願いがあってだな。一つ目は肩車だ。できるな?」
聞き間違いではなかった。
なんだそれは。
「はあ……できますけど」
俺がそう返事をすると、国王の表情がパーッと明るくなった。
「そうか! 部下には頼めないからな。助かる」
見た感じは、本当に嬉しそうだ。
「でも今日会ったばかりの人間に頼んでいいんですか。肩車って実は危険なものですよ。万一俺に悪意があったりして、故意に落としたりしたら事件になります」
頭から落ちたら、最悪死亡のケースもあり得る。
「そなたはイチジョウの弟子だろう。やつの門下に裏切るような不誠実な者などいない」
弟子と言うのは少し違うような気もするが。手紙にそう書いてあったのだろうか。
しかし、町長は相当信用されているようだ。さすが。
「それにお前、そもそもそんなことができる度胸はないよな? だから安全だ」
そう言うと、国王はまたイタズラっぽい笑みを浮かべた。
俺は『そなた』が『お前』になったよと思いながら、同時に「一言余計だよ」と心の中で毒づいた。
まあ、そんな度胸がないというのは事実だと思う。
よく見抜けてますね、国王陛下。
「じゃあ法衣を脱いで、足を広げてください」
「わかった。こうか?」
「そうです。そんな感じ」
法衣を着ている状態だとわからなかったが、国王の体は上流階級にありがちなブヨブヨではなかった。
意外としっかりとしている。これはきちんとトレーニングをしている体だ。
俺は、身をかがめて頭を突っ込んだ。
「持ち上げますので、しっかり俺の頭をつかんでいてください。危ないですから」
よっと。
持ち上がった。
「うおっ。少し怖いぞ」
「後ろに倒れて落下する事故が一番多いと思います。気を付けてくださいね」
「ああ、わかった」
俺はそのまま少し室内を歩いてみた。
最初ガチガチに力が入っていた国王の手も、次第に力が抜けてきた。
「ははは。気分がいいものだな」
俺は部屋を一周してまた立ち止まった。
国王は俺の頭をつかんでいた手をそのまま動かし、ワシャワシャと髪の毛をいじり始めた。
「肩車、初めてだったんですね」
「ああ。してもらった記憶はないな。わかるのか?」
「本気で嬉しそうですから」
爺いわく、国王は十二歳らしい。普通なら父親がまだ存命の年齢である。
肩車の記憶がなく、一度してほしい、ということであれば、こっそり父親に頼めばよいはずだ。
しかし、この年齢で国王に就任しているということは。父親はすでに何らかの――あまりよろしくない原因で、亡くなっている可能性が高そうだ。
急な呼び出しだったこともあるが、何も調べないで来てしまったのはまずかった。
わからないことが多すぎる。
このようなことは下手に本人に聞けない。
カイルに親のことを聞いたときと同じように、つらい思い出を呼び起こさせてしまうことになるかもしれない。
「お前の考えていることを当ててやろうか」
「……」
「『父親はどうしているのだろう。なぜ父親にもやってもらったことがないのだろうか』だろう?」
「よくわかりますね」
「何となくな。昼間の様子を見ると、お前は本当にモノを何も知らぬようだからな。どうせ、余がこの歳で国王をやることになった経緯も知らぬのだろう」
「まあ、そうですね」
お見通しか……。きっとこの国王は利発なのだろう。
そのことが、まだ子供である国王の運命を良いほうに運ぶのか、悪いほうに運ぶのか。
なんとなく歴史的には後者が多そうな気がするが、無関係な俺としてはそうならないよう祈るしかできないだろう。
「余の父はな、すでに死んでいる……」
国王は俺の頭を撫でながら、話を続けた。
「今から九年前。首都の北西に古代文明と思われる遺跡が発見された。その発掘と調査は、この国の発展に寄与することは間違いない――そう考えた父は、国を挙げて発掘をおこなうことにしたのだ」
「……」
「そして最初の発掘調査のとき、余の父も現場を視察した。当時まだ三歳だった余も連れてな」
国王の手が止まった。
「そして父は、その場で謎の奇病を発症して死んだ」
「謎の奇病?」
「余はまだはっきりと覚えている。突然大きな破裂音を発し、胸から血を吹き出しながら、倒れて死んだ。あれは一生忘れぬ」
「……」
「父の急死により、遺跡の発掘事業は中止になった。そして余は三歳で王位を継いだというわけだ。だから余は父に肩車をしてもらった記憶などはないのだ」
やはりつらい思い出だったようだ。
父親が目の前で死亡……三歳の子供には耐え難いことだったはずだ。
しかし、その父親の急死の原因は気になる。そんな病気が存在するのだろうか。
突然大きな音とともに、心臓から血を吹き出す?
そのような病気は少なくとも俺のいた日本には存在しない。この国独特の何かがあるのだろうか? 俺も神社でおかしな症状が出たように。
この国で王族の遺体を調べるということが許されるのかどうかは知らないが、医師による検死はしたのだろうか。
「あの遺跡は、まだ未発掘のまま放置されている。あそこは国境にかなり近い。北の国との戦争が続いている以上は、発掘に危険が伴う。
特に、父急死の混乱に乗じて北の国が占領した遺跡北東の砦は、大きな障害だ。そこを奪還しなければ、落ち着いて発掘はできぬだろう」
奪還、ということは……。
「余は発掘事業の再開のため、このたび遺跡の北東の砦を攻める予定だ」
「戦争、ですか」
「そうだ。余は父の遺志を継ぎたい」
少し俺の頭を触っている手に力が入ったが、すぐに抜けた。
「オオモリ・リクよ」
「はい」
「何と呼べばいい」
「どちらかというと下の名前で呼ばれることが多いですね。リクと」
「ではリク。もう降ろしてよいぞ」
俺はゆっくりと国王を肩から降ろした。
「今日は楽しかった。感謝する」
「あれ? 陛下。もう一つの頼みは?」
「ふふふ。もう一つは、明日の謁見の場でお前に頼むつもりだ。楽しみに待っておれ」
国王はニッコリ笑った。
そして俺の腰の辺りを軽く叩いて、クロに軽く手を振り、自室へ帰っていった。
***
翌日。
再び謁見の間に来ている。俺は片膝をついて頭を下げている状態だ。
国王の指示で、今日はクロも一緒である。
今度は不器用ながら作法も上手くいった。特に突っ込まれなかったので、致命的な問題はなかったと思われる。
爺、サンキュー。
「オオモリ・リク。頭を上げよ」
「はい」
国王が、昨日と同じ法衣姿で玉座に座っている。
昨日の夜に見せていた少年の表情はない。事務的なオーラを発しており、どこか怜悧さが混じった表情だ。
そして……。控えている部下が昨日より増えている。
もしや重臣勢揃いか? と思うくらい、威圧的なオッサンがいっぱい並んでいる。何か意味があるのだろうか。
あまりこのような状況には慣れていないので、正直怖い。
「イチジョウよりそなたのことは聞いておる。王立図書館での調査、そして首都での有識者たちへの聞き込みが円滑に運ぶよう、全面的に協力することを約束しよう」
「はい、ありがとうございます」
これは俺にとっては非常にありがたい。
国王、町長、恩に着ます。
「ただしその前に。条件がある」
「はい」
もう一つの頼みというやつだ。来たか。
「今回、このタイミングで霊獣を連れた旅人がわが国にあらわれたこと、とても余には偶然とは思えぬ。これは、わが国の勝利と繁栄を示唆するものと考える」
ふむ……。
「よって、このたびの戦、そちも連れて行く。余と一緒に参れ」
……。
……は?
な、なぜ?
汗が噴き出してきた。
断らなくては。
俺は戦争に参加するなんて絶対無理だ。
定まらないピントを必死に合わせ、改めて正面を見た。
勢揃いした重臣たちが俺を睨み付けている。
怖い。
そして国王は「どうだ、断れないだろう」と言わんばかりのニヤニヤ顔を向けていた。
そうか……。
それで今日ここで言うことにしたのか。
昨日あの部屋で同じことを言われていたら、絶対に断っていただろう。
しかし今のこの状況、到底断れる雰囲気ではない。
「どうした? オオモリ・リク。返事をせぬか」
何でこうなるんだ――と、心から思った。
「はい……かしこまりました」
仕方なく、一つしかない選択肢を選んだ。
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